「アーティストと行くヨコハマまち歩き」をレポートしていく本連載。第6回の今回は、「カップルと行くまち歩き」をテーマに、映画監督の冨永昌敬さんとミュージシャンの新津由衣さんという男女2人をお迎えしました。映画『パビリオン山椒魚』や『パンドラの匣』、菊地成孔や相対性理論のミュージックビデオなど、各界のクリエーターからも熱い注目を浴びる冨永さんは横須賀在住。また、『OPEN YOKOHAMA 2011』参加事業プログラムでもある新感覚ツーリズムイベント『港のスペクタクル』では、撮りおろしの実験作品の上映をシネマ・ジャック&ベティにて控えており、今回はその映画館も付近にある黄金町エリアを中心に散策しています。一方、RYTHEMのメンバーとして10代から活躍し、今年からソロプロジェクト「Neat's」として活動を始めた新津さん(現在、CINRAでは彼女の活動を追う「早く人間になりたい Neat's(26歳女子)」が連載中)は川崎出身。ともに横浜の隣町と縁があり、横浜は近い存在だったという2人には、定番スポットからは一歩離れて、過去の歴史と新しい息吹が交錯し、クリエイティブを刺激するヨコハマを体験していただきました。
(取材・テキスト:タナカヒロシ 撮影:菱沼勇夫)
今回のスタート地点は京浜急行の黄金町駅。黄金町といえば、かつては売買春や麻薬取引の街として知られていた街。しかしいまでは、警察、行政、地域、大学が一体となって、アートによるまちづくりが行われ、さまざまなアーティストが集まる街に変貌しました。現在、黄金町駅から約1km隣の日ノ出町駅までの線路沿いエリアでは『黄金町バザール2011』が行われており、黄金町で活動しているアーティストに加え、実際に街に滞在しながら制作活動を行った国内外約30組のアーティストの作品が展示されています(11月6日まで)。
今年8月には高架下に新たなスペースとして「かいだん広場」が誕生。ナイトバザールやダンス、パフォーマンスなどさまざまなイベントが行われています。取材日は毎週火曜に行われている野菜の直売中。千葉の大多喜(おおたき)から前日に集荷された新鮮な野菜が販売され、まだ午前中にもかかわらず完売状態という大人気。しいたけ、なし、冬瓜、ゴーヤ、モロヘイヤなどをはじめ、古代米や自家製のトマトジャムの販売もありました。
愉快なおばちゃんたちとの会話も弾み、トマトジャムを購入した冨永さんは、おまけとして大量のおかしもゲット(笑)。そして、スタッフが記念撮影をお願いしてみると、おばちゃんたちはNeat'sさんを見て「ダメだよ、こんなきれいな子の隣に並ばせちゃ」と言いつつも、満面の笑みで応じてくれました。野菜だけでなく元気までくれた地域のみなさん、ありがとうございました!
2人はそのままかいだん広場に隣接する「高架下新スタジオ」へ。ここには写真や絵画、人形などが展示されていますが、なかでも目を引くのが舗装もされていないスタジオ奥の敷地に展示された巨大なオブジェ。宇宙船、あるいはジャングルジムのような不思議な構造物『スプートニク(高架下の)』(牛嶋均・作)や、トトロのような巨大なぬいぐるみ『メダム K』(さとうりさ・作)を見たNeat'sさんは大はしゃぎ。同じクリエーターとしてもおおいに刺激を受けたようです。
「廃墟のようになりそうだった場所を、アートスペースに変えていくという試みはおもしろいですよね。私がいまやろうとしているプロジェクトも、何もないところから何ができるのかを探す、という発想の転換を軸にしているので、すごく興味をそそられたし刺激になりました」(Neat's)
移動中も歩く先々に点在する黄金町バザール会場に目を奪われつつ、続いて2人がたどり着いたのは「竜宮美術旅館」。ここは昭和20年代に建てられ、廃墟となった旅館の造りを活かした展示スペース兼カフェで、タイムスリップしたかのような気分にさせられる不思議な空気を放つ建物。「なんかゾワゾワしますね」(冨永)、「ちょっと怖くてドキドキするんだけど冒険したくなる。子どもの頃に感じたジブリの世界の印象そのままですね」(Neat's)と、期待しつつ足を踏み入れる2人。
建物内は客間ごとに異なるアーティストの作品を展示しており、なかでも2人は部屋中に小さな双葉が張り巡らされた『ひかりを仰ぐ』(松澤有子・作)に感銘を受けた様子。「双葉の裏側にキラキラの紙が貼ってあって、光が反射して白い壁に色がついていたんです。これはアイデア賞ですよね」(Neat's)。
展示は客間だけでなく、なんとお風呂にも。志村信裕さんの作品である『lace』は、浴室にプロジェクターでレース模様を映し出していて、人の体にレースが映ったり、浴槽の水をさわるとそのゆらめきに合わせて天井に反射するレース模様が揺れるなど、幻想的な空間を演出。入浴してみて初めて完成するというこの作品、実は予約をすれば実際に入浴することも可能。さすがに今回は入浴はしなかったものの、浴槽に張られた水を不思議そうにいじる2人の姿が印象的でした。
館内をひと通り見終えた後は、併設されたカフェで昼食を。冨永さんはハヤシライス、Neat'sさんはベーコンハムサラダサンドに舌鼓。ここまで初対面ですぐに取材に入り、若干ぎこちなかった2人も、ここでお互いの作品についての感想を伝え合ったり、自らの作品を作るうえでのこだわりを話したり、ついさっきまでさまざまなアートにふれていたせいもあってか、あっという間に深〜い話に突入。
冨永「実はアートスペースみたいな場所とは無縁で、こういう場所に来るのも4〜5年ぶりなんですよ。久しぶりにこういうものにふれて、ちょっとうらやましくなりましたね。やっぱり仕事柄、他人の作品を見ると、これを作るのにいくらかけたんだろうなとか、ついつい考えちゃうんですけど(笑)、ここにあるアートはそういう商業的なものをまったく感じさせないというか、想像もつかないですよね。でも、想像もつかないっていいことだなと思って」
Neat's「大学のときに映像の授業をとっていたんですけど、 『無意味な映像を撮る』っていう課題があったんです。それが私にとっては衝撃的で、やっぱり何かを見せたら、何かしら人は考えちゃうし、これは何を伝えたかったんだなって読み取られちゃう。そのときは、いかに相手の想像力をシャットダウンするかっていうことを考えながら課題をやったんですけど、すごい新鮮だったんですよ。今日はいろんな作品を見て、いまも冨永さんのお話を聞いて、そのときのことを思い出しましたね」
昼食後に2人が向かったのは、懐かしい雰囲気漂う映画館「シネマ・ジャック&ベティ」。ここは「ジャック」と「ベティ」の2スクリーンを備え、ジャックでは旧作や名画を中心に、ベティではミニシアター系の新作を中心に上映しており、10月には冨永監督の最新作『アトムの足音が聞こえる』も上映予定。今年で20周年を迎え、横浜の映画ファンから愛される劇場ですが、開館当初はカップルで訪れ、男性はジャックでちゃんばらや西部劇を、女性はベティでロマンス映画を見て、上映後に落ち合って一緒に食事に行くというスタイルを提案していたんだとか。
「もともとミニシアター系の映画館は好きなんですけど、ここは特に落ち着きますね。ここでライブとかしてみたいなぁ」というNeat'sさん。一方の冨永さんは「単館系の映画や名画座的な作品を本当に好きな人は、東京まで見に行くと思うんですけど、ここにこういう映画館があれば横浜に住む友達や恋人も連れて行きやすいですよね。そうやって新しい映画ファンが生まれる環境を作ってくれてるのは、ありがたいです」と映画監督ならではの感想。実際、この日は平日の昼間にもかかわらず、制服を着た高校生男子2人組が映画を見に来ていたのが印象的。もしかしたら10年後は彼らが映画監督になっているかも!?
最後は特別に映写室も見学させていただきました。最近ではデジタル上映も増えているそうですが、カタカタと回るフィルムの音を間近で聞くと、やっぱり感慨深いものが。なお、現在は1日12作品を上映しており、フィルムでの上映か、デジタルでの上映かはホームページでも確認可能。見学中はフィルムが回転する音に耳を澄まし、映写機が映す先をじーっと見つめていた2人。シネマ・ジャック&ベティのみなさん、貴重な体験をありがとうございました!
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