岡村詩野による、ゆーきゃん『ロータリー・ソングズ』ライナーノーツ

CDを買って、その音楽を聴きながら、封入されているライナーノーツを読む。そこに記されている情報や知識、そして書き手による論評を参考にしながら、その音楽を自分はどのように捉え、楽しんでいるのか/いないのか、思索したりする。そんな風にライナーノーツは、その音楽をより深く楽しむための貴重な手がかりだった。ここで敢えて「だった」と書くのは、ネットで情報を得ることが主流になった昨今、邦楽のCDに関してはほとんど「ライナーノーツ」が付属されることもなくなっているからで、事実として、ネットで調べれば1本のライナーノーツよりも幅広い情報や考察を得ることもできるはずだ。

ただ、それでもライナーノーツを得難いテキストだと思うのは、その音楽作品に同封されることを許された唯一の解説である、ということだ。その作品を発売する音楽レーベルが、信頼している書き手を選び、執筆を依頼する。書き手としても当然、その作品の解説をただ1人任される名誉に対して、並々ならぬ思いがあるだろう。だからライナーノーツでは、文庫本の解説同様に、多くの名文が読むことができるのだと思う。

前置きが長くなったが、そういうわけで今回、音楽ライターとして著名な岡村詩野さんのライナーノーツを掲載させて頂くことにした。この原稿は本来、CDを買った人のみが楽しむべきものではあるが、末尾にあるような理由からウェブ上で無料公開するに至った。せっかくの機会なので、ぜひ「ライナーノーツ」という楽しみに触れて頂けたら嬉しい。


諦念を伴った寂寞と、不安を孕んだ希望とが静かに撹拌された声で、誰かに歌いかけるわけでも、自分に歌いかけるわけでもなく、言葉とメロディという真理をひたすらそっと紡いでいく。その様子は音楽家というより、詩人の姿に近い。いや、詩人という呼び方も適切ではなかろう。ただ、ただ、メロディに魂を吹き込む。ただ、ただ、言葉に躍動を与えていく。恐らくそうした、限りなくつつましやかで、でも限りなくロマンティックな作業に命を注ぐ男だ。それが、ゆーきゃん。

ゆーきゃん

本人は恐らく忘れてしまっていると思うが、今からもう5、6年ほど前のこと、彼に最初に会った時、筆者は開口一番でこんなことを訊ねた。「ニック・ドレイクやティム・バックリィは好きですか」。それまで一度も話したことがないのに、我ながらいきなり無遠慮な質問だったなあと後からちょっと後悔しつつも、その時は彼の音楽の中に潜む言葉とメロディの叙情的な関係性に、それら悲劇の運命を辿った先達をどうしても重ねないわけにはいかなかったのだ。そして、雑踏の中に消え入りそうなあの声でぼそっと呟いた「好きです」。そのさえずりにも似た一言は、僅か1秒程度の歌のようでさえあった。そう、些細な呟きでさえ歌にしてしまう男、それが、ゆーきゃん。

00年代以降の京都シーンの中枢にいるアーティストではある。京都で年に一度開催される音楽フェスティバル『ボロフェスタ』の運営を担っている重要人物の一人としても知られているだろう。あるいは、『サンレイン・レコーズ』というオンラインCDショップ(かつては東京・高円寺駅前に実際のショップがあった)の管理人でもある。でも、その素顔はと言えば、細っこくて髪がモジャモジャで、背中に羽をつけたらまるで天使ガブリエルのようなどこまでも穏やかで物静かな青年。いや、青年ということさえ忘れてしまうような性差を超えた表現者と言ってもいいだろう。それが、ゆーきゃん。

ゆーきゃん

彼がシーンに登場してそろそろ10年になる。だが、筆者は今も本名を知らない。京都大卒業後に活動開始したということ。一時期は東京を拠点にしていたものの、今は再び京都に戻ったということ。近年は、あらかじめ決められた恋人たちへの池永正二と組んだユニット=シグナレスとしても作品を出しているということ、フォーク・ロック・グループ=欠伸 ACBISとしても活動しているということ。彼に関する情報で誰もが共有できるのはせいぜいこの程度だ。そして、これまでにゆーきゃん名義でアルバムを2枚リリースしているということ。それらの作品のいずれもが、ギミックを一切排した歌とメロディだけで構成されたようなシンプルなフォーク・アルバムであるということ…。

だが、そんな事実などこの際全くどうでもいい。どうでもいい、というと本人に失礼になってしまうが、彼がどういう活動をしてきていようが、どんなことを考えて生活していようが、どんな音楽に接してきていようが、つつましやかでロマンティックな彼の音楽を味わう上ではそれらは単なる情報でしかなく、場合によっては要らぬ既成概念となることさえある。筆者が最初に彼に会った際、ニック・ドレイクやティム・バックリィの名前をいきなり出したことを後悔したのも、つまりはそういう共通する音のイメージで語ろうとしたからだ。声と言葉がそこにある。他に何もない。本人の息吹が纏ってあるだけ。その一見脆く繊細な表情が、凛とした強さ、逞しさに変わる劇的な瞬間…彼の音楽はその一点を無造作に捉えたドキュメントだ。

ゆーきゃん

この3作目『ロータリー・ソングズ』は、音楽評論家で音楽プロデューサーとしても活動する高橋健太郎の古家でレコーディングされた。その高橋以下、エマーソン北村、見汐麻衣(埋火)、田代貴之(元渚にて)らも参加している。だが、歌の中にはゆーきゃんしかいない。彼の声と言葉だけが澱みのない生命力だけを讃えて響いている。今年3月の震災によって幾ばくかの動揺も隠せなかったというゆーきゃんだが、それでも彼は言葉を絞り出し、声に託した。どうか、どうか、今ここで、歌が脈動するその一瞬を聴き逃さないでほしい。

※なお、この原稿は本来『ロータリー・ソングズ』にライナーノーツとして封入される予定で執筆した。手違いでメールが届かなかったため、今回この場を借りて掲載されることになった。ゆーきゃん改めてお詫びを申し上げるとともに、提供してくださった当サイトに御礼を申し上げたい。(岡村)

イベント情報
ゆーきゃん
『ロータリー・ソングズ』

2011年10月12日発売
価格:1,680円(税込)
術の穴 / sube-020

1. ファンファーレ ♯0
2. 空に沈む
3. 地図の上の春
4. サイダー
5. Y.S.S.O.
6. 天使のオード(Live at UrBANGUILD,Kyoto)



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