※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。
今、台湾でデザインがアツい。
台湾は、歴史が浅いわりに、これまで様々な外来民族に統治されたことで複雑な文化を持っている。特に、デザインに関してはまだまだ発展途上だ。そうした経緯もあり、ここ数年、台湾政府は自国の文化をより強いものにするために、「デザイン」を重要政策の一つとしている。実際に、2016年の「World Design Capital」に台北が選ばれ、関連イベントも多数開催されている。民間でも、「TAIWAN DESIGNER’S WEEK」などのデザインイベントも行われるようになり、大学や専門学校のデザイン学科も、以前よりも人気が出てきた。今、確実に、台湾において「デザイン」が盛んなのだ。
そんな台湾デザイン界のなかで、ひときわ名が知られているデザイナーが、聶永真(アーロン・ニエ)、38歳だ。マスコミでもよく話題にされる有名デザイナーで、グラフィックデザインを主に、ミュージシャンのCDジャケットデザインや、書籍の装幀、モーショングラフィックのデザイン協力やプロダクトデザイン、そして劇団の宣伝ポスターなど、幅広く手がけている。
たどり着いたのは、多くもないし少なくもない、「ちょうどいい」デザイン
アーロンのキャリアのスタートは、学生時代にまで遡る。『永真急制』という卒業制作作品を書店に売り込んだところ、レコード会社の人の目に留まり、2003年からCDジャケットデザインの仕事を始めるようになった。それから早10年以上が経つが、彼のオリジナリティやスタイリッシュさに、今では仕事の依頼が殺到している。
CDジャケットのデザインを始めてからしばらくして、『Shakespeare's Wild Sisters Group』という劇団のアートワークも、総合的にアーロン・ニエが担当するようになり、このコラボレーションは、彼のデザインのアート性をさらに高めた。劇団側も先端的なデザインを望んでいたからだ。
「彼らのセンスがとてもいいって気付いて、すぐに仲良くなったんだ。彼らのためなら、タダでも作ってあげたくなるね。彼らは僕にとって特別なんだ。僕たちはクライアントとデザイナーの関係というより、一緒に作品を作る仲間だと思っている」 アーロン・ニエはこう語る。
長いキャリアを経て、彼のデザインは大きな変化を遂げている。もともとは目をひく派手なデザインが多かったのだが、最近は「ちょうどいい」デザインに徐々に進化してきた。派手すぎず、地味すぎない、ちょうどよさ。装飾をそぎ落とし、極めてシンプルな手法で一番大事なメッセージを伝えたほうが、デザインとして優れた表現だと考えているのだろう。
賞の受賞にはあまり興味がない。
アーロン・ニエが次々に作品を出し、注目が高まるほど、「アーロン・ニエスタイル」を踏襲するフォロワーがたくさん生まれてきた。彼のデザインは、もはや台湾グラフィックデザインの一つのスタイルなのだ。 しかし、アーロン・ニエはその反応を手放しに喜んでいるわけではない。表層的なデザインに注目されてしまえば、それは時代の波に流される流行となり、いつしか自分のデザインを見失ってしまう。また、アーロンは賞に対しても懐疑的だ。一般的には「(デザインの賞を)受賞した作品がいいデザインだ」という認識があるが、「受賞したからといって必ずしもそのデザイン事務所がいいとは限らない」と彼は言う。
「受賞作はどれもいいデザインだとは思うけど、僕自身はあまり興味がないんだ。そういうデザインは、ビジネス的に見て成功したデザインなのかもしれないけど、僕が好きなデザインはもっとアートに近い。あえて賞で言うなら、東京のTDCは、中でもとても興味深いね」
しかし、そんな彼を周りは放っておかない。台湾人として初の「AGI(Alliance Graphique Internationale)」に選ばれたり、REDDOTデザイン賞の審査員に招聘されるなど、大人気だ。次はどんな作品を出すのか、デザイン業界だけでなく、多くの台湾人が注目している。
たとえば最近彼が手がけたセブンイレブンとコラボした「CITY CAFÉ」のコップやグッズのデザインはとても人気だ。グッズはすぐに売り切れ、コップのデザインは色がいくつもに分かれていたので、全色を揃えるためにコップがすぐになくなってしまったほどだ。
大統領選挙候補者、蔡英文のデザインを引き受ける
それでも、やはり彼は現状に満足しない。新たなプロジェクトとして、2016年台湾の大統領選挙の候補者、蔡英文(Tsai Ing-wen)の選挙ロゴのデザインを手がけたのだ。
反対勢力も当然ある中、なぜ、大統領選挙の候補者のロゴをデザインしたのか聞いてみると、とてもシンプルな考えが返ってきた。
「僕たちはただ彼女の政策理念に共感し、クライアントである彼女のために仕事を全うしただけ。もし僕たちのデザインの力で彼女の支持率を少しでも高められたらいいし、多くの人の目に触れるものだから、元々デザインに興味がない人でも今回の選挙を機に、少し刺激を与えられるかもしれない。台湾の選挙ツールのデザインはいつも本当にダサいからね(笑)。」
蔡英文の今回の選挙スローガンである「台湾を照らす(LIGHT UP TAIWAN)」に対し、アーロン・ニエのスタジオはこの言葉に相応しいロゴを6つ提案した。台湾の政党には、それぞれ代表的な色があり、その色をメインに展開していくことが普通だ。しかし、今回アーロンが提案したのは、蔡英文が所属する民進党の色だけではなく、国民党の色である「青」も取り入れたデザイン。選挙キャンペーンのグラフィックデザインが、色にしばられなければならない慣習を破ったのだ。
結局、蔡英文チームは一番品がある、シンプルなデザインにした。
「あのロゴは一見するとただの円にしかみえないかもしれないけど、たくさんのデータをまとめ、どんどんそぎ落としたもの。繊細なディテールが潜むデザインなんだ。普通のクライアントだったら、もっと派手なものを要望するかもしれない。でも、蔡英文さんのチームはこのデザインを選んでくれた。これは政治だけでなく、台湾のデザインセンスにとってもとても大切な選択だったと思う。」
台湾デザインの現状についてアーロンが持つ不満は、その審美眼だ。才能がある台湾人デザイナーはたくさん育ってきているものの、予算をコントロールするクライアント側が、まだデザインを評価する目を持てておらず、なかなかいいデザインが採用されないのだという。クライアントのセンスがよくなることが、結果的にいいデザインが世の中に広がり、生活の奥までそれらが浸透するのが、今の台湾にもっとも必要とされることなのだ。
「台湾らしいデザイン」とは何か?
アーロン・ニエは台湾を代表するデザイナーであることはこれまで紹介してきた通りだが、一見すると彼のデザインは欧米寄りだと評価されることが多く、現に本人もそういう自覚があったらしい。しかし、AGIに選ばれ、彼の作品が欧米のデザイナーの作品と並んだ時に、自分の作品はやはり一番東洋っぽいと再認識したのだと言う。
「自分は台湾生まれ台湾育ちなので、この土の養分を吸い込んでいる。だから、僕の手で生まれたデザインは、やっぱり台湾のデザインだ。台湾らしいデザインをしようと、わざと台湾っぽいパターンをデザインに入れたりする必要はない。自分の美的感覚に素直になって、それぞれの仕事にベストを尽くすだけだ」
デザインをはじめ文化の層が薄い台湾において、「何が台湾らしいか?」は、台湾デザイナー達みんなが抱えている問いだ。アーロン・ニエが放った「台湾人が作ったデザインは台湾のデザインだ」という答えは、あまりにもシンプルでありながら、適切な答えのように思える。
- プロフィール
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- 聶永真 / Aaron Nieh (あーろん にえ)
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台湾グラフィックデザイナー。台湾の「Golden Melody Awards CDジャケット賞」、「REDDOT AWARD」、「IF DESIGN AWARD」、「APD(Asia Pacific Design)」、「東京 TDC(Type Director Club)」など、受賞歴多数。2012年、AGI(Alliance Graphique Internationale)に選ばれ、2013年「REDDOT AWARD」の審査員に招聘された。《Re_沒有代表作》、《FW永真急制》、《不妥:聶永真雜文集》、《#tag沒有代表作》などの著作のほか、自分が編集やデザインした撮影集シリーズ:《Tokyo boy alone》、《編號223》もある。
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