コーヒースタンド×ギャラリー、美容室×アパレルショップ、カレー店×古本屋、植物×カフェ、写真館×カフェ……。福岡には1つの専門性に留まらず2つの要素が合わさった“クロスカルチャー”な店がちらほらあり、それらはどこもとても良い空気感が漂っています。2つの文化が“クロスオーバー”することによって生まれる相乗効果、意外なメリット、そこに行き着いた背景などを、深く掘り下げていこうと思います。
今回ご紹介するのは、天神にある『ECRU.(エクリュ)』です。
※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。
天神の路地裏にある「ワイン」と「コーヒー」のお店
「ECRU.(エクリュ)」とは「生成」や「自然のまま」を意味するフランス語だ。それを知れば、この店への理解はいっそう早く、深くなる。
この「ECRU.」は、ヴァンナチュール(自然派ワイン)、そしてスペシャルティコーヒー、その両方に惜しみない情熱を注ぐ原田達也さんの店だ。「ワイン」と「コーヒー」のクロスカルチャーが、この店に、ひと言では言い尽くせない強い個性をもたらしている。
店があるのは天神のはずれ。昭和通りから親富孝通りへと向かう途中の路地裏に佇む。オープンしたのは2010年5月。横長の敷地は約3坪、通り側は全面ガラス張りで、10人も入ればぎゅうぎゅうになる。そして店内にはイスがわずか2脚しか置かれておらず、オープン時からスタンディングメインのスタイルを採用している。
「元々、立ち飲みや“コバコ”の物件は、全く考えていなかったんですよ」
開業のきっかけを聞くと、原田さんから意外な答えが返ってきた。ただ、「この物件を見た瞬間、ピンと来た」のだと言う。昔から慣れ親しんだ地域だったし、自分の目が行き届く広さにも惹かれた。その広さとはつまり、自分の世界観が十二分に伝えられるステージという表現にも置き換えられる。
敷居は高くも、ゆるやか。それでいてさりげなく本物を提供するお店
店内を見渡すと、静かに時の流れを印象づけるドライフラワーの作品、空間に野生的な緑を添える原生蘭、額装されたコーヒー豆のドローイング、そんな五感を刺激するディスプレイが目に入る。そのいずれもが空間にとてもスムースに溶け込んでいて、スタンディングの店でありながら、野暮を承知で長居したくなる。原田さんのセンスが、そうさせるのだ。
こじんまりした広さは、時に訪れた者同士を出会わせる。隣の席に座ったお客がワインを注文すると、原田さんによる軽妙な説明が始まる。すると、隣でコーヒーを飲んでいた人もその会話の輪に加わり、いつしかワインで乾杯している。そんなシーンが生まれることも珍しくない。
原田さんは元々、美容師を目指していたそうで、こういうスタイルの店を作ろうと思っていたわけではない。きっかけとなったのは、糸島で出会った一軒のお店。勤め先のヘアサロンのオーナーに連れられて訪れたのが、今では糸島エリアの象徴ともいうべきカフェ&ダイニングだった。まだまだ糸島そのものも注目されていなかった時代。今のように飲食店が点在するような賑わいはなく、信じられないくらい静かな場所だった。ただ、その店の中だけは別世界。ひと度入れば、カッコいい大人、最高の音楽、美味い酒が待っていた。いつかこんな店を持ちたい——そんな想いが原田さんの未来を変えた。
飲食の世界に魅せられた原田さんは、中でも夢中になったシングルモルトに導かれるように、その知識を学ぶべくバーで働き出す。20〜24才まで、オーセンティックバー数軒で働き、腕を磨く。その後、大名にあった人気のバー「ネジテパ」(※現在閉店)の店長を務めた後、自身の進むべき道を決めた糸島のカフェ&ダイニングで働きはじめた。
「バーでの経験はとても勉強になりました。ただ、自分がやりたかったのは、バーそのままではなく、敷居は高く保ちつつも、もっとゆるやかで、それでいてさりげなく本物を提供するような店だったんです」
一本のワインに込められた壮大な物語を伝えたい
糸島のカフェ&ダイニングで働いていた頃、ネジテパ時代の常連客の一人が自然派ワインの存在を原田さんに教えてくれた。その人物は衣食住全てに高くアンテナを張っていて、生き方も常に時代の最先端をいっていた。
「まさに“尖っている”ような方からの勧めということもあり、素直に飲んでみたんです」
初めて飲んだ自然派ワインを、原田さんは「感無量だった」と振り返る。
「まずはその味わい。ブドウそのままの味がダイレクトに出ているように感じ、感動的な美味しさでした。ただ、それ以上に心を動かされたのは、一本のワインに込められた壮大な物語だったんです」
「ECRU.」では自然派ワインの中でも、特にビオディナミワインの取り扱いに力を入れている。このビオディナミワインには「地球にも大地にもブドウにも人にも優しい造り方」という定義があり、作り手の性格や考え方が顕著に出るのだという。加えて、生産地の気候、その年の天候までもがワインの味となって全て表れるのだ。
「ただ売れれば良いわけではないので、インポーターの方も本気です。このワインに詰まった価値観をきちん伝えることにも妥協がなく、そんな姿勢に好感が持てました。だから自分もしっかり取り扱っていきたいという責任を感じています」
ワイン同様、コーヒーもまたその日のベストを探る
現在、原田さんはセラーにワイン300本を収蔵。ビオディナミワインは毎日状態が変わるため、今が飲み頃のものもあれば、そうでないものもあり、その見極めも原田さんの大切な仕事の一つだ。
「その日、最も美味しい一本は確実に存在します。それをどれだけきちんと出せるか。毎日のテイスティングはとてもエキサイティングですね」
こうして自分自身の中に“自然派”という価値観の物差しが生まれた原田さんは、「それまで当たり前のように毎日飲んでいたコーヒーも、自然派ワインと同じように、日常の傍らにあるような存在にしたい」と思い立ち、ワインとコーヒーが“W主演”の店を立ち上げた。
こうして原田さんは人気コーヒーショップに通い詰め、学んだコーヒーの知識を自分自身で再現できるよう、コツコツと試行錯誤を続けた。原料のコーヒー豆は、糸島にある「タナカフェプラスコーヒーロースター」で焙煎したものを仕入れるように決めていた。タナカフェの店主・田中さんは元々、原田さんのサーフ仲間であり、夢を語り合った同志。タナカフェでは毎年産地を訪れ、生産者の元を訪ね、その土地、作り手を理解した上で納得のいくコーヒー豆だけを直接買い付けている。原田さんはそんな田中さんの真摯な姿勢にも共感しているのだという。
コーヒーの核に据えているのがエスプレッソだ。「その抽出には正解がなく、やればやるほど深さが分かって面白い」と原田さんは教えてくれた。例えば水揚げされたばかりの新鮮な魚を刺身にするように、コーヒーも焙煎したてが美味しいかというとそういうわけではないのだという。
ワイン同様、エスプレッソもまたその日のベストを探る。コーヒー豆の状態に合わせ、量や挽き加減を微調整し、営業開始のその時までに限界を追求するのだという。焙煎は浅煎りすぎず、甘味を重要視したローストを追求。酸味よりもコーヒー豆の甘みが前面に出てくるよう、田中さんに仕上げてもらっているそうだ。
原田さんが表現したいのは“チョコ感のある味”。口に含んだ直後にもたらされるファーストインプレッションはオレンジなどの柑橘を思わせる華やかな酸味で、その後、豊かな甘みが追いかけてくる。その余韻を口の中で転がしているうちに、明確にカカオのフレーバーが顔を出してきた。「1杯のコーヒーに、こんなにいろいろな味わいが含まれているのか」と改めて気付かされた。
そして、コーヒー豆の話を思い出す。なるほど、コーヒー1杯にもこんなに物語があるんだ、と。「コーヒーって楽しいですね」と、素直な感想を伝えると、ぼくが思っていた以上に笑顔で喜んでくれて、こちらのほうが、とても幸せな気分になった。
エクリュの終わり無き、探求の旅
自然派ワインとスペシャルティコーヒー。両方を取り扱ってみて気が付いたことがないかと尋ねてみた。すると、「知れば知るほど、両者は同じだと思えるんです」という答えが返ってきた。向き合っていくことで、共通点がどんどん発見でき、それが年を重ねていくにつれて、面白く感じているのだと原田さんは微笑んだ。
「掘り下げていけばいくほど深い。きっと終わりはないでしょうね」
ワインを注ぎながら何気なく口にした原田さんのそんな言葉が、頭にすーっと染み込む。
実のところ、ずっとこの店を説明する時、迷っていた。「カフェ」と呼んだら良いか、それとも「ワインバー」と呼んだら良いのか。原田さんにひと通りの話を聞いた今、そんな迷いは目の前にある一粒のコーヒー豆より小さいことのように思えた。
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ECRU.
住所 : 福岡県福岡市中央区天神3-4-1
営業時間 : 12:00~24:00
定休日 : 日曜
電話番号 : 092-791-6833
最寄り駅 : 天神駅
Webサイト : http://www.ecru-fukuoka.com/
Instagram : https://www.instagram.com/ecru_fukuoka/
Facebook : https://www.facebook.com/ECRU.tenjin/
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