春夏秋冬問わず、観光客や地元客で賑わう嵯峨・嵐山エリア。この地は、平安時代から百人一首が選定された、風光明媚な名勝として愛されてきました。そしてこのエリアは、素晴らしい庭の宝庫でもあります。苔と岩の美しさや希少な石組みなど、今回は隠れ家的なお庭の楽しむポイントを紹介。前回に引き続き、『一度は行ってみたい京都「絶景庭園」(光文社知恵の森文庫)』の著者であり、京都在住ガーデンデザイナーの烏賀陽百合(うがやゆり)さんと一緒に、庭園を巡りながらその魅力に迫ります。
<京都の庭園をめぐる。禅の思想が反映された庭の世界へ。>
※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。
宝厳院
京都市右京区の叡電「嵐山駅」から徒歩3分にある『宝厳院』は、室町時代につくられた歴史のある大本山天龍寺の塔頭寺院。
ここの庭は「獅子吼(ししく)の庭」と呼ばれ、江戸時代のガイドブックとも言われる「都林泉名勝図会」の中でも紹介されています。獅子吼とは「仏が説法する」という意味で、この庭を歩いただけで、説法を聞いたような気分になれるというもの。確かに、庭園を歩きながら、鳥の声や風の音を聴いていると、次第に心が静まっていくような感覚があります。
烏賀陽:「獅子吼(=仏が説法する)」というだけあって、この庭には、独特の凛とした空気が流れています。庭園内の緑は大変美しく、小川の流れも涼しげ。苔の絨毯は生き生きとしていて、自然の力を感じます。禅僧がつくっただけあって、人智を超越した、何か不思議な力が宿っていると感じます。
五感をくすぐる「不思議な力」は、庭に据えられた獅子の形をした獅子岩や緑色をした碧岩などの巨石の影響もあるのかもしれません。ここでは岩の表面には鮮やかな苔が生えているのも見どころ。室町時代から静かに月日を重ねて、今に至る美しい風景をつくってきたといえるでしょう。
烏賀陽:枯山水(かれさんすい)の向こう側に見える滝は、「龍門瀑(りゅうもんばく)」といいます。瀑というのは、滝のこと。中国での、鯉が一生懸命に滝を登りきると龍になるという「登龍門」という話が元といわれ、成功を表したり、出世を表したので、禅の教えにもよく使われました。鯉が龍に変わるように、自分たちも精進しようという事ですね。その考えは、現在でも「このコンテストは〇〇の登竜門」という風に使われています。
天龍寺
次に訪れたのは、『法厳院』から徒歩約8分の場所にある『天龍寺』。世界遺産に登録されている臨済宗天龍寺派大本山の寺院で、ここの庭は、夢窓疎石(むそう そせき)という、鎌倉・室町時代の有名なお坊さんによってつくられました。
夢窓疎石は、有能な政治家でもあり、お坊さんであり造園家でもあったという、いわば当時のマルチタレント。かつてこの『天龍寺』の庭をつくるためには、多額の資金が必要で、そのために夢窓疎石は、「中国・元との貿易再開」という企画を足利尊氏に提案し、成功させたといわれています。
烏賀陽:夢窓疎石は「極楽浄土」を表すために庭をつくりました。それまで絵に描かれていた極楽浄土を、庭の世界で表現したいという想いがあったようです。
この庭は、嵐山の借景も重要なポイント。植物の植え方にも工夫が見られ、赤松や楓などのさまざまな種類の樹木が植えられています。ここでは、日本庭園に大切な“遠景・中景・近景”という奥行き感がきちんと表現されています。
烏賀陽:夢窓疎石は、天皇からのみ与えられる国で1番偉いお坊さんの称号を、なんと7回も賜ったすごい高僧なんです。当時、夢窓疎石の庭は流行り、足利義満の鹿苑寺(金閣寺)も足利義政の慈照寺(銀閣寺)も、彼がデザインした西芳寺(苔寺)を参考にしたといわれています。ちなみに、西芳寺(苔寺)は、アップルの創始者スティーブ・ジョブズが愛した庭としても有名ですね。
烏賀陽:この庭で注目していただきたいのは、池の向こう岸にある龍門瀑(りゅうもんばく)を表した滝石組(たきいわぐみ)。ここの鯉を表す鯉魚石(りぎょせき)は変わっていて、まるでマトリョーシカの人形のような形で、今まさに鯉から龍に変わろうとする、躍動感溢れる様子を表しています。たった一つの石でそれらを表現出来るのは、彼ならではの感性の表れですね。
大河内山荘
『天龍寺』を出て、少し寄り道を。観光名所である「竹林の小径」に入って10分ほど竹林を真っすぐ突き抜けると、ひっそりと佇む一軒の家にたどり着きます。目立った看板もないので、つい通り過ぎてしまいそうになりますが、ここに嵐山の隠れた名庭『大河内山荘』があります。
烏賀陽:『大河内山荘』は、昭和を代表する大スター大河内 傳次郎(おおこうち でんじろう)の自邸。当時、映画俳優で成功するのは難しいと言われていた中、大ヒットを連発する人気俳優でした。
烏賀陽:敷地の広さはなんと二万平方メートル! 山を全て庭にするというなんとも壮大な趣味ですね。大河内 傳次郎は34歳でこの土地を購入し、64歳で亡くなるまで、出演料のほとんどをこの庭に注ぎ込んでつくったそうです。景色の良い場所にさり気なく置かれた石のベンチや美しい灯籠など、随所に彼のセンスと庭に対する愛情が感じられます。
お茶室へと続く、飛石も絶妙なバランス。ここの飛石は庭の真ん中ではなく、右端に据えられています。左手に楓の木立を眺めながら歩くのは、庭をより効果的に美しく見せるための、大河内 傳次郎の演出。また、少し曲線を描いた飛石の具合もちょうど良く、ゆっくりと庭を歩けるように工夫されています。
烏賀陽:これは私が、日本の中で一番好きな「霰こぼし(あられこぼし)」です。「霰こぼし」とは、あられを撒いたように様々な色や形の小さな自然石を組み合わせて敷いた敷石のこと。自然石の形を利用しつつ、全体の端のラインは揃えなければいけないという高い技術が求められるため、庭師の腕の見せどころなんです。『大河内山荘』には、この霰こぼしがあちこちに仕掛けられているので、足元にもぜひ注意して歩いてみてくださいね。
『大河内山荘』は、現在も彼のご子息によって大切に守られています。管理も行き届いており、とても細やかな心遣いで大切にされていることが、庭のあちこちから伝わってきます。
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大河内山荘
住所:京都市右京区嵯峨小倉山田淵山町10
拝観時間:9:00~17:00
嵐山よしむら
お庭巡りで疲れた足を休めつつ、お昼ご飯で寄り道を。「渡月橋」の横の道を川沿いに上がっていくと、まるで料亭のような門構えで迎えてくれる蕎麦屋が『嵐山よしむら』です。桂川に面した大きな窓から、小倉山と渡月橋の景色を一望できることも人気のひとつ。
国産の蕎麦の実のみを石臼で挽いたこだわりの蕎麦は、つるっとしたのどごし。シンプルなざるそばは、ランチでもディナーでも時間を選ばずいただけます。嵐山の絶景をバックに、その日のお庭の感想を語り合ってみてはいかがでしょう。
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嵐山よしむら
住所:京都市右京区嵐山渡月橋北詰め西二軒目
営業時間:11:00〜17:00(オフシーズン)、10:30〜18:00(観光シーズン)
電話番号:075-863-5700
定休日:年中無休
URL:https://yoshimura-gr.com/arashiyama/
- プロフィール
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- 烏賀陽百合 (うがや ゆり)
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京都市生まれ。ガーデンデザイナー。同志社大学文学部文学史学科卒業。兵庫県立淡路景観園芸学校景観園芸専門課程卒業。カナダ・ナイヤガラ園芸学校で3年間園芸、デザインなどを学ぶ。イギリス・キューガーデン付属のウェークハースト庭園にてインターンシップを経験。これまで25ヵ国を旅し、世界中の庭を見て回った。現在、京都を拠点に庭のデザインやガーデニングを指導。気軽に植物を楽しめるガーデニングを提案し、東京など各地で講師をしている。また京都の庭園巡りツアーも主催し、日本人や海外の観光客にも、その魅力を伝え続けている。 著書に『一度は行ってみたい京都「絶景庭園」(光文社知恵の森文庫)』がある。
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