みなさん、いいお酒飲んでますかー? 京都の町家で工房兼店舗を開いている、今宵堂を訪ねてきました。今宵堂は、徳利や盃、肴を盛るための小皿などを制作・販売する酒器工房。場所は、鴨川まで徒歩1分。北大路と北山の間にある住宅街で、外から見た印象は店舗というよりは、完全にひとの家。がらがらっと玄関を開けた先で出迎えてくれたのは、上原連さん、梨恵さん夫妻です。
※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。
京都人って「いけず(意地悪)」って言う人もいますけど、全然そんなことないですよ。
―今日はよろしくお願いします。酒器専門のお店ってあまり聞いたことがありませんが、京都には多いんですか?
上原連(以下、連):酒器を専門に扱っておられる店はいろいろありますけど、いろんな作家の酒器を集めて販売されているので、私たちのように自分で作って売ってという酒器専門の店はあまりないかもしれませんね。
―ご夫婦で陶芸家ということですよね。
連:そうです。京都にろくろの職業訓練校(京都府立陶工高等技術専門校)があるんですけど、そこの同級生だったんです。
―そうだったんですね。酒器づくりも夫婦ご一緒に?
連:夫婦でやっていると、「これ、どちらが作られた作品ですか?」ってよく尋ねられるんですけど、うちはそれが一切なくて、すべての器にふたりの手が入っています。得手不得手によって、作業を分けたりはしますけど、基本的にはすべてふたりで。
梨恵:釉薬をかけるとか、ふたりでやる方が効率のいい作業ってたくさんあるんですよ。
連:普通の陶芸作家さんがひとりでやっていることを、私たちは4本の手を使ってやってきたので、今ではもう、ひとりじゃ絶対にできない気がしています。こんなにたくさんの工程、どうやってひとりでやるんだろって(笑)。
―まさに二人三脚で切り盛りしているんですね。
梨恵:町のお豆腐屋さんに近い感覚だと思います。酒器なので作っているものが小さくて、作業をするにもこの町家くらいがちょうどやりやすいんです。
―一見するとお店かわからないようなこの町屋がまた素敵です。
連:この町家は築でたぶん80年くらい、大家さんが大切にされてきた建物で、私たちは改装も一切してないんです。天井も壁もぜんぶ、大家さんに塗っていただいて、店の看板まで作ってくれました。
―なんと! 家の中で陶器を焼くってことも、とくに驚かれることもなく?
梨恵:それがむしろ喜んでいただいて、喫茶店にすればいいとか、いろんなアドバイスまでいただいて(笑)。
連:もともと大家さんも京都の西陣で帯のデザインをされていたそうで、ものづくりに対してとても理解があって、職住一体というのも当たり前なんですね。京都人って「いけず(意地悪)」って言う人もいますけど、全然そんなことはありませんよ(笑)。
毎日晩酌をするのが夫婦の約束。
―京都といえば無形文化遺産にもなった和食、そして、割烹や料亭という連想をされる方も多そうです。
梨恵:私たちが料亭や割烹で飲むことはありませんけど、実は、京都の酒場というのも、和食を楽しむにもすごくいいと思うんです。地元の旬な食材をちゃんと採りいれて、しかも最近は日本酒に力を入れてるところもたくさんありますから。
連:そうそう。京都は寺社仏閣の町だって思われますけど、実はパン屋さんや洋食屋、喫茶店が充実していて、庶民的で味のある店がほんとにたくさんありますよね。僕たちは酒器を作っていますけど、そんなにお酒が強いわけじゃなくて、実はすぐに眠くなる(笑)。それに、昔はお燗酒も飲めなかったんですけど、「あさきぬ」さんや「ごとし」さんみたいな魚の旨い酒場でお燗酒も好きになりました。やっぱりお燗酒って食中酒だなということを感じさせてくれるんですよね。
―烏丸御池の『魚の匠 あさきぬ』と、丸太町の『魚とお酒 ごとし』ですね。
連:展示会でいろんな地方を訪れるんですけど、地元に愛されてる大衆酒場もいいですよね。地域によってはごく普通に家族連れのお客さんが来てたりして。
梨恵:大衆酒場にもちゃんと文化があって、その土地ごとに毛色も違って。だから、ほんとにおもしろいなあと思います。
―今宵堂のSNSでは、いつも晩酌の様子をアップされてますよね。
連:最初、Twitterに載せはじめたのが5〜6年前かな。ただそれよりも前、結婚したときから必ず晩酌をしようって決めていたんです、夫婦の約束じゃないですけど(笑)。
―そんな約束、聞いたことないですよ(笑)。
連:晩酌が1日をいちどリセットする時間になるんです。食事の前にほんのちょっと飲むだけで、すごく幸せな気持ちになれる。それをSNSにアップしているんです。
―そうか、そもそも晩酌というのは、食事の前にするものなんですね。
梨恵:そうなんです。晩酌ってほんとにちょっとのお酒と一品くらいのもので、時間にしたら5分、10分くらいのもの。その後から普通に夜ご飯がはじまる。晩酌の後にカレーを食べたりとか、そんな感じです。晩酌も「あまりがんばらない」がテーマで。
―気さくな晩酌ですね。
連:スーパーのお惣菜を1品アテにしたりとか、京都は肉屋さん、魚屋さんもまだまだ多いので、アテを考えるのが楽しい。1日の中でも、晩酌がとても濃い時間になっているので、もう朝から「今日の晩酌、何にする?」ってふたりで相談したりして(笑)。
―夜ご飯だとがんばりすぎてしまいそうですけど、晩酌だからこそ、スーパーのお惣菜もよかったりするんですね。
連:そうなんですよ。フタを開けただけの状態で出された缶詰とか、むしろそれが嬉しかったりしますよね。
梨恵:そうそう。だけど、もちろんちょっと器に盛り替えるだけでいい気分にもなる。うちでも富士山のお皿や鳥の絵のお皿とか、遊び心のあるお皿を作ってますけど、買ってきたちくわ天をお皿に乗せてみるだけでも、わりと幸せな気持ちになれる。そんなささやかな幸せで十分、仕事のやる気に結びつくんですね(笑)。
―酒器専門店として、晩酌に使えるようなお皿も作られているんですね。
連:うちでは“アテ器”と呼んでいて、なので、あまり大きなお皿は作りません。酒卓に並べてちょうどいいくらいのもの。だからなのか、うちには焼き物好きのお客さんはあまり来られなくて……。
梨恵:そうなんです。ほんとにお酒好きの方がすごく多くて。
酒器づくりのアイデアは、お客さんと京都の街角から教えてもらう。
―おふたりは酒豪というわけでもないんですよね。
連:そうなんです。だからほんとに、お酒の経験値が高いお客さん達のおかげで、うちは酒器屋として成り立ってきたところがあるんです。飲食店さんから注文いただくことも多いですけど、1合じゃなく半合で出すことが増えたので半合出しの器を考えてほしいとか、2合の徳利の注文が増えているとか。今、お燗(熱燗)がまた流行っているとか、そんなムーブメントのことも全部、お客さんに教わりました。
―確かに、顧客が酒飲みのプロなんだから、そこに耳を傾けるのがいちばんですね。
梨恵:ほんとにありがたいです。
―商品のバラエティも渋いものからかわいいものまで、今宵堂の商品は個性の幅が広いなと思っていました。ちなみに、陶芸界において酒器というのはどんな扱いなんでしょう。
連:京都の場合は、特に懐石との結びつきが強いものですから、酒器と茶器といえば、ふつうの器より高いものですね。
―格式が重んじられる世界ですね。
連:そうです。焼き物をやってる方にすれば、酒器は高く売るものという考えが主流かもしれません。僕も陶芸オタクですから、そういう格式ある器も大好きなんですけど、うちでつくっているのは日常的に使えるようなもの。1800円前後の盃なんかが一番多いです。
―それはうれしいですね。
連:私たちは骨董や古美術、陶芸も大好きなので、昔のことも調べたりしながら制作に活かしています。
梨恵:京都は骨董屋さんも多いですし、和菓子屋さんのショーウインドウを見てるだけでも、古くていい器をよく見かけるんですよ。
―京都の街角に制作のヒントが見つかるんですね。
連:展示会ごとにいろんなネタを考えるんですけど、たとえば、可盃(べくはい)と言って、わざと穴を開けたお猪口があるんです。そこを指でふさいで、こぼれないように一気に飲み干すという盃で。
梨恵:高知県の方に聞くと、だいたい家にひとつはあるって言われますね。あとは、鹿児島の方とか。
連:可盃って、穴をただ開けてるのが多いんですけど、うちはハート型の穴を開けて、“お酒も愛もこぼれないように”という「ハート射抜猪口」として作っています。
―洒落が効いてますね!
梨恵:私たちはお酒もそうですけど、お酒にまつわる文化が好きなんですね。いまの日本酒ブームも楽しんでいますけど、それだけじゃなくて、大衆酒場もいいし、家でちょっと楽しむ晩酌もいい。大阪の串かつ屋でバイトしてたくらいですから、立ち飲みでビールも大好き(笑)。
連:僕たちと同世代でがんばっている蔵元さんが今、全国にいて、お友達にも多いんですけど、そういう点でもいろんな方にお酒文化のことを教えてもらいながら、今宵堂を続けていけたらいいですね。盃をつくるにもひとつの釉薬にこだわってということではなく、豊かなお酒文化の中で遊びながら、いろんなものを作ってみたいんです。
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今宵堂
上原夫妻が営む酒器専門店。京町家を工房としながら、週末のみ店舗として開かれる。酒器や肴器の注文はホームページからでも可能だが、現在、注文が多く半年〜1年待ちの状態。 毎月の営業日、営業時間はHPより
http://www.koyoido.com/
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