「市場」はどんな街にも必ず存在する、人々にとっての食材の倉庫であり、その街の活力の源だ。台湾では、スーパーマーケットに対し、古くからある市場のことを「菜市場(ツァイシーツァン)」と呼ぶ。中国語で「菜」は「野菜」という意味以外にも、「進歩していない」という意味も持ち合わせている。ローカルで人情味溢れ、店のオーナーとお客さんの交流が生まれる場所、そんなイメージだ。台北のとある「菜市場」で、市場の魅力を再生させるプロジェクト「市場小学校計画」は行われた。このプロジェクトの仕掛人である「都市酵母(ドゥシーシァウム)」のクリエイティブディレクター、agua chouに話を聞いた。
※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。
市場は、デザインの力が最も発揮される場所?
デザイン学科が有名な台北の実践大学で「環境美学」を教えるaguaは、学生達と一緒に海外のデザイン事例を研究する中で、市場は街づくりにおいて、格好のデザイン対象だと気づいたのだという。市場は、どんな国にもあり、どんな人でも行ったことがある。さらに、食料品や日用品を販売する店が出来上がるまでのプロセスは、その市場周辺の歴史や街の文化にもつながっている。さらに、現代のほとんどの家庭は、休日に子供を連れて行くのは市場ではなくスーパーマーケットで、市場の経営が厳しくなっているという問題点も抱えている。そんな市場の現状を踏まえ「だからこそ、今動くべきだと思った」と、agua はいう。
「市場小学校計画」は、「市場」と「教育」を融合させるというアイデアから生まれたプロジェクトで、市場の再生から子供たちの教育など、さまざまな目的を持っている。「市場小学校計画」が実行されたのは、下町風情が漂う萬華(ワンファー)の「東三水街市場(トンサンスェージェシツァン)」。この市場は80年の歴史を持ち、「新富市場(シンフシツァン)」という重要文化財や、西門町、龍山寺、剝皮寮などの観光スポットにも近く、観光客がたくさん集まる。「ここは、観光資源になるポテンシャルがあると思った」と萬華生まれのaguaは言う。
「市場小学校計画」ミッション1:小学生市場学
「市場小学校計画」のプロジェクトは、大きく二つに分けられる。一つは「小学生市場学」。
まず、市場のまわり方を再編集する。肉の店は赤、野菜の店は緑、海産物の店なら青など、店をジャンル別に色で分け、市場の入り口にカラフルな地図を設置。これで、大人はもちろん子供も地図を一目見て、市場の配置がわかるようになった。また、市場で40年以上営業している店には、店の歴史を記したボードを設置し、お客さんに店について知ってもらうことにより、店と客との交流のきっかけをつくったり、知識を深めてもらう。その他にも、市場の一角に教室を設けて、色彩学、栄養学など、市場に関することをイラストを多用して紹介し、食材と体の関係もわかりやすく表示した。これによって、食べ物に関する記憶や知識が自然に取り入れられるようになったという。
また実験として、天晴設計、東海醫院、竅門設計という3つの台湾のデザイン事務所が、市場の近くにある小学校の先生と生徒に、市場ガイドや様々なレクチャーを開催した。
「市場小学校計画」ミッション2: 店のリフォーム
「市場小学校計画」のもう一つのミッションは「店のリフォーム」。あるお店のリフォームを、都市酵母が担当する。
リフォーム物件の募集は、一筋縄ではいかなかった。当然のことながら、自分が長年営んできた大切な店をよく知らないデザイナーにリフォームされることに対して、店のオーナーたちが不安に感じ、売り上げにも悪影響を及ぼすのではと恐れたためだ。それでもあきらめずに説明会を何度か実施し、結果、135の店から4店が手を挙げたのだという。IKEAもスポンサーとなり、総力をあげて約3週間の短期間でリフォームを行った。
そのうちの一つ、水越設計(agua design)のデザインにより生まれ変わった「石福菜舖」は、百年以上の歴史を持つ老舗の八百屋だ。
必要以上に手を加え過ぎて現代的にしてしまうと、老舗のローカル感がなくなってしまうため、できるだけこれまでの佇まいを残したのだという。85歳になるオーナーの使い勝手を考え、商品配置や動線にも配慮した。
「大豐魚丸店」のリフォームは、デザイナーの周育潤(ジョウユージュン)によるものだ。
三世代に渡り、様々なお惣菜から鍋の具材を販売しており、手作りの魚団子が人気のお店。店の正面が横に長いことから、フロントデザインがリフォームのポイントになった。作り立ての魚団子と鍋の具材がステンレスの箱にディスプレイされ、他の商品は木箱へ。また、お店のフロントを黒に統一することで食材の高級感を引き出した。ロゴも一新し、フロントの暖簾にプリントされ、家庭食堂の暖かさを持ちながらもオシャレな雰囲気に仕上がった。
「馨都如您意花苑」という花屋は、天晴設計(afterain design)が手掛けた。
花を挿すステンレスの桶はそのままに、木の質感をベースに緑が溢れる、まるでヨーロッパの庭のような暖かい雰囲気が漂う空間に変身した。
デザインの力でできること
二つのプロジェクトが終了した後、都市酵母は親子を招待したイベント「親子市場ウィーク」を開催した。「国際市場トレンド講座」や「市場カリキュラムの展示」などの催しも行い、当日の買出しをする親に連れられた子供たちが、生まれ変わった伝統市場に興味を持つきっかけを作り上げたのだ。
「スーパーや大型量販店が続々と現れ、古くからある市場の存続が危うくなっている今、市場の新しいあり方を考えないといけません。もし次の世代の子供達が改めて市場を好きになってくれたら、大きくなっても市場に行くだろうし、市場の存続問題も解決できるんじゃないかと思っています」と、aguaは親子で市場に来ることの重要性を語る。
たしかにスーパーはとても便利で、人と喋らずに買物ができる。それが都市が生み出す疎遠な人間関係だとすれば、「菜市場」に行けば必ず店の人との対話が生まれる。旬の食材から料理のやり方を教えてもらったりする中で、街の活気が自然に生まれてくるのではないだろうか。
「この計画はその場かぎりのものではなく、これから台湾全国の市場で広げていきたい」と、はっきりした口調で語るagua。
古びたものも、デザインの力で息を吹き返す。そこに活気が生まれ、新たな文化が生まれる。台湾の未来は、こうしたデザイナーたちの力によってもっと輝いていくはずだ。
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