発酵の研究所!? 宜野湾市嘉数エリアから生まれる、新たな沖縄。その2.『宗像発酵研究所』

いくら沖縄好きの旅行者でも、「宜野湾市嘉数(かかず)」と聞いてすぐにピンとくる人は多くはないだろう。ここは米軍基地のそば、外人住宅が立ち並ぶある意味で「沖縄らしい」このエリア。この場所で、酵母パンの店『宗像堂』が灯し続けた小さなが灯りが、キラリキラリと、瞬き始めた。『LIQUID』の次に向かうのは、『宗像堂』の新しい試み『宗像発酵研究所』。

>「飲む」ことの専門店? 宜野湾市嘉数エリアから生まれる、新たな沖縄。その1.『LIQUID』

※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。

沖縄自家製酵母パンの草分け、『宗像堂』の隣に研究所がオープン!?

沖縄で自家製酵母パンといえば、多くの人は『宗像堂』の名を挙げるだろう。もともと自家製酵母に代表されるようなハード系のパン(カンパーニュやバゲットなど)を食べる文化がほとんどなかった沖縄。さらに前述しているように戦時中に激しい戦禍を経験した嘉数という場所では、今まで飲食店を開く立地として決して適した場所とは言えなかった。そんな条件の中、『宗像堂』はオープン以来15年に渡り、地元客から観光客にまで愛されている。これはほとんど奇跡に近いのではないかと、ぼくは思っている。

「パンを作るために生地を発酵させる、ということだけではなくて、微生物の生育環境全体で考えています。この場所がどんな空間で、誰が来て、どういう暮らしをしているとか……。そういった自分の活動全般のアウトプットが、ぼくにとってのパンなんだと思っています」と『宗像堂』の宗像さんは言う。

石積みの階段を降り、扉を開いて焼きあがって来るパンを手にとったら、ブランコが揺れるガジュマルの木が佇む裏庭へ。その時々の出会いを受け入れ、反応し、それがパンに影響していく。

ぼくが初めて宗像堂を訪れたのはおそらく7〜8年前のことだと思うけれど、おそらくその時と、いまではパンの味が全然違う。でも、どちらも宗像堂のパンなんだという説得力を持っている。風を感じながらそのパンを頬張れば、不思議な「癒し」を感じるはずだ。それが、店主である宗像誉支夫さんが15年かけて作り上げてきた「宗像堂」という空間。

人と人が出会って化学反応が起きる、新しいなにかが生まれる場所

そんな宗像さんが、2017年11月、『宗像堂』の目と鼻の先に『宗像発酵研究所』をオープンした。発酵をキーワードに、宗像さん自身によるパン教室や、多彩なゲストを招いてのトークイベント、ワークショップなどが開催される。「研究所」と聞くとちょっと難しそうで、自分には関係ないと思ってしまいそうだけれど、その固定概念を取り払って、扉を開いてみてほしい。

「もともとここは、東洋医学研究所という名前で100歳のお医者さんが運営していた物件なんです。あるとき、先生から直接、君に譲りたい、と声をかけられて。それまでは物件を買うことなんて考えてなかったけど、縁あって譲っていただくということになったので、ぼくになにができるか考えました。自分はもともと研究職だったし(※宗像さんは、もともと大学院で微生物の研究をしていた)、自分がやりたいことって実験や研究。パンを作ることも、僕にとっては研究と挑戦の繰り返しだった。だから、篭って研究するのではなく、人と人が出会って化学反応を起こしていくような、新しいなにかが生まれる場所を作ってみたいと思ったんです」

宗像さんは「知らないことの豊かさ」と教えてくれる。普通だったら、知らない、ということは少し後ろめたいことのように思ってしまうけれど、宗像さんは知らないからこそ得られるものがある、という。

「なにかを体験するときに、ゼロからの場合と、予備知識を持って体験するのとでは、感じられることの幅が全然違うんです。ゼロだった場合、そのひと独自の解釈が可能になる。つまり、たどり着きたい目的に対してアプローチの方法が無限。それがおもしろい。隙間を知識で埋めるのではなくて、体験を通して自分がなにを感じるのかっていうことを主軸にした研究っていうのが、独創性があっておもしろいんです」

宗像さん自身、実はパン作りは講習を一度受けただけで、どこかで修行したわけでもなく独学で学んできたという。「自分の指先から学んだ」からこそ、知ることがたくさんあったし、試行錯誤していくことが快感だった。その感覚を、今、この場所で多くの人に共有したいと思っているのだ。

現在不定期で開催しているのは、宗像さん直々にパンについて学ぶことができる「パン教室」。実際に生地に触り、成形し、パンが焼き上がるまでを体験することができる。宗像さんが『宗像堂』の経営を通して感じた、「ひとが成長する姿を見るのがたのしい」ということ。そのことを自分の中心に据えたいと思ったその感覚があるから、いまは惜しみなくその経験を語ってくれる。パンに興味はあるけれどまだ何の知識もない、そんなひとにこそ、ぜひとも思い切って参加してほしい。

全ては、発酵の概念に通ずる、不思議な研究所

この場所で行われるもうひとつの研究が「ワークショップ」という形で開催されるイベント。最近発行された宗像堂の本「酵母パン 宗像堂」の対談ページを見るだけでも、宗像さんの交友の広さを知ることができるのだけれど、宗像堂を通して出会ったひとたちと、「ここでしかできない遊びを挑戦しきって、やり終わったときに達成感があるものをやりたい」という。例えば先日開催されたのは、考古植物学者・丹野研一さんを招いた「古代小麦のお話と本格カレーの会」。

そしてもうひとつ、宗像さんがこの場所に託している想いがある。それは「100年先の沖縄を良くしたい」ということ。いますぐにはなにかを大きく変えることができなくても、100年後に良い感じになっているような、流れの起点を作ることという。

「未来へのそういう責任の果たし方もあるかなと思って。いま1mm変えられれば、100年後には結構変わってるはず。それは、いままでやってきたことの延長線上でできることだと思っていて。自分たちが楽しみきった結果が、なにかを変えてくれるんじゃないかな」

宗像さん曰く、そもそも発酵とは「微生物(菌)の代謝のなかで人間が利用できるもの」のことで、それによって食品を製造すること。でもきっとそれだけではなくて、人と人とが出会い、互いに学び、刺激しあって化学変化を起こすことも、メタファーなんじゃないかと、この場所にいると思う。『宗像発酵研究所』とは、そういう大きな意味での「発酵」を起こさせる場所なのだ。

『宗像発酵研究所』の脇には小さな畑があって、そこでは試験的に植えた古代小麦が育っている。顕微鏡があるわけでもなく、人と人が出会い、体験を通して学ぶ、不思議な研究所。ちょっと興味が湧いたなら、ぜひ、足を運んでみてほしい。きっとあなた自身のなかでなにかが発酵をはじめ、より良い方向に一歩踏み出せるから。

宗像発酵研究所
住所:沖縄県宜野湾市嘉数1-20-7
詳細:パン教室、各種ワークショップを不定期で開催。詳細は宗像堂のホームページやfacebookにて。
Webサイト:http://www.munakatado.com/
facebook:宗像発酵研究所
プロフィール
セソコマサユキ
セソコマサユキ (セソコマサユキ)

編集者・ライター。雑誌『カメラ日和』『自休自足』の編集者を経て、「手紙社」にて書籍の編集、イベントの企画&運営などを手がける。2012年、沖縄への移住を機に独立。著書に「あたらしい沖縄旅行」「あたらしい離島旅行」がある。



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