HereNow沖縄のキュレーターにして、沖縄在住の編集者・セソコマサユキさんは、数々のガイドブックを著書にもつ、旅のスペシャリスト。おいしい食事や美しい風景……、旅をするときの目的はいろいろあるけれど、セソコさんの旅はいつだって“人”に会いに行くこと。「なぜなら、素敵なお店も街の空気も、すべては“人”によって生み出されるものだから。そこにいる人の営みや暮らしの背景には物語があり、それを知ることで旅はもっと豊かなものになる」とセソコさんは話します。
そんなセソコさんが案内してくれたのは、沖縄本島からさらに南に位置する石垣島。那覇からも飛行機で約1時間の場所で、人口は約5万人。近年、リゾートや商業施設などの新スポットで賑わい、沖縄の離島では珍しく人口が増加している島のひとつです。今回会いに行ったのは、その島で活き活きと暮らし、ゆるやかにお店を営む5名の愛すべき人たち。前編後編に分けて、島のゆったりとした時間に身を任せ、ちょっぴり寄り道しながら、1泊2日の旅をどうぞ。
※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。
DAY 1
1.武田珈琲
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まず最初に向かったのは、石垣島にコーヒー農園をもつ、コーヒー豆専門店『武田珈琲』。セソコさんは昨年島を訪れた際、たまたま通りがかったこの場所に不思議と導かれたのだそう。「その時はコーヒーを一杯だけいただいて、すぐ次の目的地へ向かったので。今回ゆっくり来てみたかった」と嬉しそうに話します。
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早速オーナーの武田隆治(たけだ たかはる)さんに農園を案内してもらうことに。コーヒーの木を守るために力強く伸びる防風林をくぐり抜け、農園へと足を踏み入れていきます。
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「石垣島はコーヒーベルトの北限。理屈上、日本の中では一番石垣島がコーヒー作りに適しています。でも生産の難易度でいったら、世界一難易度が高い場所かもしれませんね」と武田さん。
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そんな武田さんの話に頷くセソコさん。そう、難しさの訳は毎年沖縄で猛威を振るう台風にありました。訪れた日の数日前にも強力な台風がきたばかり。少し元気のないコーヒーの木の葉を手に、武田さんはこう続けます。
「台風の後は塩害でやられてしまうので、葉っぱを表と裏と2回ずつ、一枚一枚手作業で洗います。農園には300本の木があるので、それだけで丸2日かかってしまったり。沖縄での栽培は地道な努力の積み重ねが必要。常に全滅のリスクと隣合わせなんです」。
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もともと地元福井にある農業生産法人に勤めていた武田さん。様々な食物を研究するなかで、栽培が味の7割を決めるというコーヒーの奥深さに惹かれ、ただただ“おいしいコーヒー”をつくりたくて、適地を探し回り、ここ石垣島へたどり着いたそう。それからコーヒー栽培をはじめて7年になると言います。
「それまで石垣島には一度も来たことなかったし、知り合いもいなかった。でも台風対策についておしえてくれるおじぃや、気にかけてくれるおばぁがいたりして。いろんな人が助けてくれるんですよね」。
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コーヒーの精製は、水が豊かな石垣島という場所を最大限に活かした、ダブルウォッシュド(水洗処理方式)を採用。通常1回だけ洗い流すウォッシュドが主流のなか、洗浄後、再度水に漬けるダブルウォッシュドは、コーヒーにとって贅沢かつ、ベストな精製方法。実の粘り気をとればとるほど、おいしいコーヒーになるといいます。
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「広い敷地と安い労働力で、大量生産して利益を出す生産国が多いけど、先進国だからこそできるコーヒーってあると思うんです。たくさんはつくれない。だけど利用できる資材や肥料は使いつつ、石垣島という場所を生かしながら、日々コーヒーにとってベストな環境を模索しています」と、武田さん。
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現在、武田珈琲で販売している豆は、島で栽培した豆と海外の9品種を配合したブレンドコーヒー。「もちろん100%石垣島の豆を出したい。そこにジレンマはあるけれど、まずは沖縄でもコーヒーができるということを広く知ってもらいたいから」と語る武田さん。そのブレンドを丁寧にドリップしてくれました。
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毎日手挽きして淹れるほど、コーヒー愛好家でもあるセソコさん。ゆっくり味わうように飲んだあと「おいしい。ほんのり甘みを感じる」と一言。雑味が少なく、甘いアフターテイストが楽しめる武田珈琲のブレンドは、ストイックにこの場所と向き合う武田さんのような、真っ直ぐでやさしい味がしました。
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2.Baraque
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武田さんのやさしいコーヒーの余韻に浸りながら、車を走らせること約50分。続いて向かった先は、石垣島北部の明石集落にひっそりと佇む、バインミー屋さん『Baraque(バラック)』。セソコさんの著書『石垣 宮古 ストーリーのある島旅案内』の表紙を飾ったお店です。
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「去年取材させてもらったときは、お店はなくて、移動販売と配達だけだったんですよね。僕も今回、店舗は初めていくので楽しみです」。軽やかな足取りでお店へ向かいます。
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集落の角を曲がった先に現れたのは、自宅の倉庫につくられた小さなお店。それでも移動販売のときの軽のワンボックスカーに比べたら随分と大きい。変わらないのは、看板や椅子、ドア、什器などすべて手づくりだということ。
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オーナーの田中すみれさんは、6年前に家族で石垣島へ移住してきました。この地に来てから、すみれさんはお店をスタートし、ご主人の正敏さんは家具製作・大工仕事でとして独立。もちろん、お店の内装は正敏さんが手がけたものです。
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「大きくなったねー!」と長男の然人(ぜんと)くんを見て、驚いた様子のセソコさん。
妊娠、出産、育児と自身のライフステージにあわせて、ずっとお店のスタイルを変えてきたすみれさんですが、お店ができてからもお店を開ける日を固定することに悩んでいるそう。
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「今はイベント出店もあるので、とりあえずここは木曜と金曜だけの営業にしてます。でも休めなくなるのは困るし、3人の子どもにいつなにがあるかわからないし、営業日を固定しちゃうのって難しいんですよね~。ほかの店舗さんってどうしてるんですかね?(笑)」。
そんなすみれさんの言葉にと笑って返すセソコさん。バインミーを作っている間も、二人の会話には終始笑いが絶えません。
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「移住する前はなんとなく離島がいいな~と思っていて、久米島や宮古島も考えたけど、最終的に石垣島へ。田舎すぎず、都会過ぎず、お店とか何か始めるにはチャレンジしやすい島のように思います」。
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この日は、セソコさんにお店一番人気メニュー「スーチカー(塩豚)のバインミー」を作ってくれました。素材はできるだけ島のものを使い、噛みごたえのあるフランスパンは島内のパン屋さん『セブンベルズ』のもの。コリアンダーソースとハーブの芳ばしい香りが食欲をそそります。
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大きく口をあけてガブッとかぶりつくセソコさん。「幸せな気持ちになれるバインミー屋さん」だと話すのは、バインミーそのもののおいしさもあるけれど、きっと石垣島の太陽のように明るい、すみれさんがつくるから。お腹も心も満たされたあと、私たちはまた次の目的地を目指しました。
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Baraque
住所:沖縄県石垣市伊原間343
電話番号:090-2406-3368
営業時間:12:00~15:00
定休日:木曜日・金曜日
URL:https://www.facebook.com/ishigaki.BARAQUE/
3. 平久保崎
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次に向かう途中、セソコさんが「ちょっと寄りたいとこがあって……」と連れていってくれたのが、石垣島最北端の『平久保崎灯台』。
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「灯台のある風景が好きで、そのなかでもここはお気に入り。石垣島にきたときはできるだけ寄るようにしてるんです」。この景色を見て、セソコさんが訪れたくなる理由がすぐにわかりました。澄んだ海の青と、真っ直ぐな水平線を前にすると、不思議と心が洗われるような感覚に。
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どこまでも続く、うつくしい青の景色に心を奪われます。
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ちなみに、セソコさんは旅をするとき、スケジュールにはなるべく隙間をつくっておくのだとか。時間にゆとりができると、こうして寄り道ができるから。
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その寄り道が思わぬ発見や出会いに繋がったりする。それもまた、旅の醍醐味なのだそうです。
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平久保崎灯台
住所:沖縄県石垣市字平久保
4.bar costilla
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日が暮れるに連れ、だんだんと涼しくなってきて、次の行き先まで宿泊先から歩いて向かうことに。日中は日差しの強い石垣島ですが、10~11月頃になると夜風が心地よく感じます。
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市街地のホテルから歩くこと約20分。繁華街から少し離れた静かな住宅街に、赤瓦屋根のおしゃれなお店が見えてきました。こちらが1日目最後の目的地『bar costilla(バル・コスティーリャ)』。石垣島の食材を使ったスペイン料理屋です。
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「こんばんは~」と引き戸をあけて、店主 櫻島克哉(さくらじまかつや)さんに挨拶をするセソコさん。ライター仲間に教えてもらってずっと気になっていたというこのお店は、実は初めての訪問。
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一見強面に見えるけれど、穏やかな物腰の櫻島さん。ウェルカムドリンクにと、パインのリキュールを使った白のサングリアを出してくれました。
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和と洋が喧嘩しないように、程よいバランスで組み合わされた居心地の良い店内は、オープン時にすべて自分で手がけたそう。席は10名も入るといっぱいになってしまう広さ。小さいけれど、それがまた心地よい空間です。
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「物件を選ぶ基準は赤瓦屋根で、市街地からちょっとはずれた、隠れ家のような場所を探していました」。
そう話す桜島さんは、もともと東京・神田の駅前で立ち飲み居酒屋を経営していた人。そのお店は人気店で、入れ替わり立ち替わりいろんな人がお店にやってきたそうです。
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「ちょっと人に疲れちゃったんですかね(笑)。端っこに行きたくて、7年前に石垣島に移住してきました。いまのお店はセブンイレブン。7時から11時までの4時間だけ開けて、お客は多くても一晩2組まで。自分の時間軸で、ゆっくりやらせてもらってます」。
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いろいろと話を聞いているうちに、桜島さんおすすめの料理がテーブルに到着したので、ビールで乾杯することに。旅先で交わす杯は、また格別です。
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島野菜(冬瓜・オクラ・四角豆)のオーブン焼、石垣産車海老のパエリア、石垣牛スジの赤ワイン煮など、島で獲れた素材を使ったオリジナルメニューがずらり。スペイン料理と島の食材の組み合わせは新鮮だけれど、これほど相性が良いとは! 旅の夜に染み入る美味しさで、お酒もすすみます。
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今日会った人たちを思い出し、「石垣島の人たちは、働き方も、暮らし方も、石垣島だから表現できる自分らしいやり方を持っていておもしろいんだよなぁ」と話すセソコさん。
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楽しい夜はあっという間。「また来ますね」と桜島さんに約束をして、宿泊先のホテルへ。爽やかな夜風とともに、この日あった出来事を振り返りながら、歩いて帰路へとつきました。
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bar costilla
住所:沖縄県石垣市大川57
電話番号:090-1701-8806
営業時間:19:00~23:00(L.O 22:00)
定休日:水曜日
URL:https://bar-costilla.jimdo.com
- プロフィール
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- セソコマサユキ
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沖縄在住の編集者。紙、web等の媒体を問わず、企画、編集、執筆、写真などを通して各地の魅力を独自の世界観で表現し、発信している。『新版 あたらしい沖縄旅行』『石垣 宮古 ストーリーのある島旅案内』など著書多数。沖縄CLIP編集長、チューイチョーク株式会社 取締役CMO。
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