沖縄初となる「Bean to Bar」スタイルのチョコレート専門店『TIMELESS CHOCOLATE』。ここで使われる原料は、世界中から買い付けてきたカカオ豆と島ザラメや純黒糖といった沖縄・鹿児島で採れるサトウキビのみ。多湿多温の沖縄は、チョコレートづくりには決していい条件ではないが、それでも『TIMELESS CHOCOLATE』が沖縄に店を構えるのは、自分たちの目の前に世界に誇るべき「サトウキビ」があるからだ。 オーナーの林正幸に、『TIMELESS CHOCOLATE』誕生の経緯と、『TIMELESS CHOCOLATE』の表現方法について話を訊いた。
※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。
世界を旅する中で、日本から発信できるものはないかと考えていた
—林さんはもともとコーヒーの勉強をされていたそうですね。コーヒーに興味を持ったきっかけは何だったのですか?
林:以前、単身アメリカに1年ほど住んでいた時に、サンフランシスコで友達になった人たちとストリートで遊んでいたのですが、その時よくコーヒーを飲みに行っていたんです。ちょうどブルーボトルコーヒーが出始めの時期で、マイクロロースター(焙煎士)が点在しはじめていました。そういう西海岸のカルチャーの中で、コーヒーって面白いなと思ったんです。
—それは何年前ですか?
林:2006年くらいのことですね。僕はもともと旅好きな父の影響で、子どもの頃から様々な国や地域を旅していたんです。それでバックパッカーとして必要最低限のものだけで旅をしていると「豊かさの本質」について気づかされるんです。日本やアメリカや先進国の人たちは豊かだと言われるけれど、現地にいる人たちの方が笑っているし、ジュースも果物をその場で絞っているし、俺たちが買って飲んでいる果汁100%ジュースよりも断然フレッシュでいいモノを飲んでいる。そういうのを見て、「原料ってなんだろう?」と思ったんですよ。
—確かに、コーヒーも産地や工程によってまったく違いますよね。
林:サンフランシスコ滞在時にそれをとても感じましたね。一杯のコーヒーという飲み物にも関わらず、グレープフルーツのような酸、バニラのようなミルクテイストとか、まるでワインのテイスティングのように様々な表現がある。コーヒーはそれが面白いなと思いました。その後、コーヒーの勉強のために、アメリカ西海岸のコーヒーショップを北から南までまわっては、雰囲気、デザイン、原料の違い、使用する器具や抽出による味の違い、それらを見て回りました。
—チョコレートとの出会いはその時ですか?
林:チョコレートに関しては最初から興味があったわけではないんです。8〜9年前、サンフランシスコで、カカオ豆と砂糖だけでチョコレートをつくっている『ダンデライオン・チョコレート』に行って、カカオの産地別によるチョコレートの違いを食べた時に、確かに面白いなと思ったんですが、その頃はコーヒーを学んでいた時なので、カカオ豆はコーヒー豆と似ているなと思ったくらいでした。
—それからどういった経緯でチョコレートに?
林:その後、オーストラリアのメルボルンでエスプレッソを学んだんですが、エスプレッソを勉強するうちに、初めて「コーヒーと砂糖との相性」を考えはじめたんですよ。濃縮されたエスプレッソをカップに落として、最初はストレートで飲む。次に砂糖を入れて、最後残った液体にはお湯を入れていただく。その2番目の砂糖を入れて飲む時、どの砂糖を入れたかでまったく味わいが変わってくる。それでサトウキビを追求したいと思ったんです。
—原料としてのサトウキビを知りたいという想いが、沖縄に繋がったんですね。
林:サトウキビの栽培は日本だと沖縄か鹿児島の一部だけですからね。僕はこれまで20カ国くらい旅をしたんですが、自分は日本人なので、日本から発信するものができないかと思っていました。それがサトウキビだと思ったんです。まず、原料自体を嘘つけないものにしたい。自分が食べたくないものは出したくない。アメリカで見たコーヒーのシングルオリジン(原産地を生産国ではなく農場単位で考えること)のカルチャーは、砂糖やカカオにも通用すると思ったし、オーストラリアで学んだ砂糖を何かに混ぜる時の酸のコクから感じたものはチョコレートでできると思ったんです。
カカオを食べるようなチョコレートを僕ならつくれると思った
—沖縄でのお店はどのように生まれたのですか?
林:最初はチョコレートというのは考えていなくて、カフェをやるつもりだったんです。もともと東京でも飲食店を経営していたのですが、そこでもランチ後にコーヒーを淹れたりしていたので。でも2年前、仕事の手伝いで沖縄に3ヵ月滞在したんです。その時、栄町市場の『COFFEE potohoto』にコーヒーを飲みに行って、そこでコーヒーの本質を追求する人の姿に触れ、その後、沖縄市のコーヒー専門店『豆ポレポレ』にも出会って、「あ、沖縄にこんな人たちがいるんだ」って驚いたんです。そのとき、自分はこの人たちが焙煎する進化していくコーヒーを一生飲み続けたいと思った。それぐらい情熱と探究心が強く、常に良い刺激と感覚を共有させてもらえるなって。
—であれば、自分はコーヒーではない、と。
林:じゃあ自分は、違う切り口で何ができるのか? と思いましたね。その時、サンフランシスコにいた時にサトウキビは原料中の原料だなと思ったことと、以前、カカオ豆からチョコレートをつくったことがあったことを思い出したんです。
—なるほど。
林:大手のチョコレート会社って、カカオマス、カカオバターに乳化剤、植物性油脂などを混ぜ合わせてチョコレートをつくっていくんですが、僕らの場合は、原料であるカカオ豆からストレートにつくるので練る作業が必要なんですね。でも最初は何の機材もなかったから、小さなジューサーとフードプロセッサーでカカオ豆を刻んでいって、最後すり鉢で練っていったんですが、まったく滑らかなチョコができないんですよ。でもそれを食べた時に、粗挽きの食感が舌に残って。以前食べたダンデライオンがつくっていたスムースで香りがあるチョコレートというよりは、カカオを噛み締めた時にアロマが口中に広がるような、インパクトの強い、粗挽きのチョコレートを僕ならつくれるんじゃないかと思ったんです。それで、カカオに合わせるもう一つの原料である砂糖を探しに、沖縄のファーマーズマーケットをまわりました。その時出合ったのが、蜜分が残っていて、その土地の味が残っているサトウキビと表記された島ザラメだったんです。
—私は初めてTIMELESSのチョコレートを食べた時、これまで食べたチョコレートとはまったく違う概念のもので驚きました。
林:島ザラメは奄美大島とその横にある喜界島でつくられているものですが、島ザラメを使うと、最初にカカオの粗さが際立って、あとからジャリジャリと島ザラメの甘さが追ってきて、旋律が変わってくるんです。いわゆる粉糖を使ってしまうと、同化してしまって、爽やかな味が出ないんですよ。最初にカカオのアロマがバーッと口の中に広がった後にどんな旋律を描けるかが重要だったので。
今年のサトウキビ超イケてるじゃん! ってなったら面白いと思う
—サトウキビはどうやって選んでいるのですか?
林:島を渡ったり、取り寄せたりして、味の違いをカッピング(テイスティング)してまわりました。多良間島(たらまじま)の黒糖はすごくミネラル分を含んでいてパンチがあったり、粟国島(あぐにじま)の黒糖はバニラみたいな匂いがしたり、伊江島(いえしま)の黒糖はフルーツみたいな酸とそこにも少し塩味があったり。やっぱり調理方法や、サトウキビの品種ですべてが変わってくるんです。僕自身、この土地でやる以上は、沖縄の素材を必ず活かすものをやろうと思っていて、そこで辿り着いたのがサトウキビだった。その表現としてチョコレートがあるということなんです。
—店内では、各国のカカオ豆と黒糖や島ザラメをテイスティングできるコーナーもありますね。
林:お客さんはチョコレートの店だということは100%わかって来店してくれるんですが、カカオを食べたことない人が90%以上。だからこそ、最初に原料を食べてもらうようにしているんです。みんな最初に「これって食べれるんですか?」と質問をしてくる。今まで沢山のチョコレートを食べて来たはずなのに、その原料の味を実は知らないんです。そして、「サトウキビも実はこんなに違うんですよ」って食べてもらうんですが、原料は同じなのに味の違いがはっきりと解るのでみんなビックリしますね。
—チョコレートができる工程を知ってもらいながら、ここ沖縄で採れるサトウキビが持つポテンシャルも伝えられる、という。
林:チョコレートって一括りに見えるけど、どんな原料を使って、どういうプロセスを経て、それがチョコレートと呼ばれているか、なんですよ。それはコーヒーをやっていたから知れたことだと思う。それがなかったら、いまのサトウキビもチョコレートのアイデアもなかったと思いますね。さらにこういうことを伝え続けていけば、毎年味が違うんだということもわかってもらえると思うんです。ボジョレーヌーボーみたいに、「今年のカカオ超イケてるじゃん!」とか、「今年のサトウキビ超イケてるじゃん!」ってなってきたら面白いと思っています。
沖縄には、この島から何かを発信しようというすごいバイブスを感じる
—日本でも「Bean to Bar」のスタイルは少しずつ増えてきていますが、TIMELESSの表現が特化しているのはどこだと感じていますか?
林:数千、数万とチョコレートがある中で、僕らの美学は、これだけ違うもの、濃縮されたものをつくっているというところにあります。いま、日本、海外でもそうですが、健康志向のチョコレートも多く、ローチョコレートやココナッツシュガーを入れたもの、カカオバターを添加していてもBean to Barという名目でやっている会社とか、徐々にマーケットは増えているんですけど、僕らみたいにサトウキビを細分化している会社は世界にどこにもないです。僕はストリート出身だから、ショコラティエみたいな繊細なチョコレートをつくりたいわけでなく、自分たちの持っている本質を伝える作品をつくりたくてやっているので。
—本質を伝えるために、沖縄という場所は適していると。
林:最適ですね。これまでも毎年毎年アメリカに行って、現地の状況を見てきたんですが、今年7月に行った時に、数々のカフェとかデザインとかを見てきて、初めて負ける気がしないと思って日本に帰って来たんです。それはなぜだろうと思ったんですけど、やっぱり沖縄の影響が強い。沖縄で僕が出会ったコーヒーの焙煎家はもちろん、久茂地のピッツァ『BACAR』や今帰仁のビストロ『誠平」など、沖縄の飲食店には良い意味でならず者で変態気質な人がいて、みんなめちゃくちゃ癖があるんですがひたすらかっこいいんですよ。そのクオリティやこだわり、デザインの中には、この島から何かを発信しようというバイブスをすごく感じています。
—そのバイブスは、それまでの林さんの拠点だった東京や横浜では感じなかったのでしょうか。
林:もちろん横浜はめちゃくちゃ好きだし、東京でも店を出しているからわかるんですけど、東京は常に横を気にしている感じはしますね。見栄えを気にしてるというか。沖縄は島のサイズ感もあると思うのですが、みんなすごくオープンだし、自分たちが面白いなと思うことをちゃんとやっていれば、みんな来てくれる。
—狭い分、いいものをシェアしていく文化が根付いていますよね。
林:先日、ハワイの友達家族が沖縄に来てくれたんですが、3歳児の子がご飯食べる時に、椅子をつなげてきて「コネクティング」って言うんです。そして食べ物がきたら「シェアシェア」って先に食べさせてくれるんです。その時、「シェア」と「コネクティング」という言葉にすごく感銘受けて。これって、沖縄でも同じことが起きるんです。シェアしていこうよ、つながっていこうよっていう。その中でこそ、新しいことも生まれると思うので。
僕らは誰もヘイトしないですね。どんなヤツでもかかってこいっていうのが僕らのポリシーなので。
—お店がある北谷という場所についてはどう思っていますか?
林:北谷は、台湾、中国、韓国などのアジアの人々から、ベース(米軍基地)の人たちから、もちろんウチナーンチュの人たちも合わせて、いろんな人がいる。沖縄は南部、北部、中部というエリア分けがある中で、ここは中部にあたるわけですが、本当に北谷こそチャンプルー(混じり合い)というか、僕は沖縄のヘソに見えたんです。沖縄にいろんな歴史があることは重々承知の上で、すべてが凝縮されて、いろんな他言語が飛び交っている。そういう場所で勝負をしかけてみようというのがあったので、北谷は合っていますね。
—観光客も多く訪れる観光スポットでもありますね。
林:いろんな人が来ますよ。それこそ「森永DARSの方が好き」という人もいるんですよ。でもそれでも全然いいんです。原料の本当の味を知ってもらう事が自分たちにとって一番大切な事なので。なので僕らは誰もヘイトしないですね。どんなヤツでもかかってこいっていうのが僕らのポリシーでもあるので。飲食業だけでなく、アクセサリーや化粧品、ヨガやワークアウトなど、みんな原料の本質に気付きその良さをそれぞれの分野で活かしてくれる。これってすごく幸せな事だと毎日噛み締めてます。
—実際、このお店の面白いところは、チョコレートの工場でもありつつ、カフェでもありつつ、陶芸家・今村能章の器や、アーティストの作品を展示販売するギャラリーとしても成り立っていますよね。
林:この場所をいろんな刺激を発信する社交場にしたいんです。サンフランシスコで僕が見てきた店は、社交場というイメージがすごく強くて、その中でコーヒーやおいしい食事をサーブしていました。それでいて、現地のアーティストを呼んでサロン的な役割も果たしていたんです。ここでも最近、様々なイベントもやっています。いまの現代に合わせて、いま僕たちの感性で持っているものは何か、その時に旬なものは何か。それらを楽しみながら沖縄で面白い展開を仕掛けたらと思うんです。
——TIMELESSは、提供するチョコレートだけでなく、場所としても、様々なものをつなぐ面白い存在になっていきそうですね。
林:僕は本当に人に恵まれていると思います。出会った人たちも素敵な人たちばかりで、自分がイヤなことはやらないよっていう人が多い。ダライ・ラマも同じこと言っていたんですけど、イヤなことをボールとして投げたら、カルマとして必ず自分に戻ってくる。だから、僕らも自分たちが食べたくないものは絶対投げるのはやめようぜって。常に、僕らが面白いと思うボールだけを投げ続けようと思っています。そうすれば、絶対返ってくる。そして、今度は次の世代の人たちに見せたい。そうやって本質でつながって、自分たちのパッションをシェアしていければと思うんですよね。
- プロフィール
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- 林 正幸 (はやし まさゆき)
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1984年横浜生まれ。幼少の頃から多国籍な音楽やアーティストなどの文化に影響を受け育つ。サンフランシスコでコーヒーの本質を知り、エスプレッソの本場メルボルンでバリスタのライセンスを取得。島ごとに異なる味わいを持つ沖縄のサトウキビに魅了され、カカオ豆からチョコレートになるまでを一貫して行う「Bean to Bar」をメインとしたFactory+Cafe『TIMELESS CHOCOLATE』をオープンさせる。
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Timeless Chocolate
住所 : 沖縄県中頭郡北谷町美浜9-46 ディストーションシーサイドビル2F
営業時間 : 11:00~19:00
定休日 : 年中無休
電話番号 : 098-923-2880
駐車場 : あり
Webサイト : http://timelesschocolate.com
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