2019年6月に激化した抗議デモから9か月、香港はいまもなお大きなうねりのなかにいる。市民と警察の衝突が起こっていたデモの最前線はもちろん、日常生活においてもさまざまな変化があったに違いない。しかしその一方で、変わらない暮らしがあるのも事実だろう。
そんな香港でお店を営む人たちは、街の「今」をどう感じているのだろうか?
香港のリアルな日常を追う企画「Updates Hong Kong 2020」の第3回は、香港屈指の商業地区である湾仔(ワンチャイ)エリアにある、洗練された雰囲気のカフェ『APT. Coffee』を取材した。
※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。
前職の同僚と立ち上げたカフェ。コンセプトは、「テーラーメイド」
香港で生まれ育ったJasonさんが営む『APT. Coffee』のある湾仔(ワンチャイ)は、香港島の二大繁華街・中環(セントラル)と銅鑼湾(コーズウェイベイ)に挟まれたエリア。個人経営のショップや、おしゃれなカフェなどがひしめき合う商業地区だ。
そのなかでも、軒尼詩道(ヘネシーロード)や皇后大道東(クイーンズロードイースト)などのメイン通りを少し上った高台エリアは、湾仔中心部とはまた少し違った雰囲気。中心地の喧騒を忘れさせてくれる、静かな空気が流れている。
2019年3月、このエリアの月街(ムーンストリート)にカフェ『APT. Coffee』がオープン。フォトジェニックな内装やカスタマイズメニューの豊富さが反響を呼んだ。瞬く間に人気店となった『APT. Coffee』とは、一体どんなカフェなのだろうか。
Jason:『APT. Coffee』は、前職の同僚のRachelと一緒に立ち上げました。「APT」は「A Personal Tailor」の略で、「テーラーメイド」という意味。決まったメニューを一方的に提供するのではなく、コーヒー豆はもちろん、ミルクの量や泡のボリューム、フードに使用する食材まで、お客さまが自由に選べることを大切にしているんです。
Jason: テーラーメイドスタイルなので、おすすめはこれ! と一言では言えませんが、例えばサッパリしたサラダには濃厚なコーヒー、味のしっかりしたサンドイッチには酸味のあるコーヒーが合います。お客さまの好みをうかがって、それに合ったメニューをご提案しているんです。
Jason:落ち着いた喫茶店のような雰囲気のお店にしたかったので、最初は西榮盤(サイインプン)や堅尼地城(ケネディタウン)のような中心地から離れたエリアで物件を探していました。
ただ、この湾仔の高台にあるエリアを訪れたときに、中心地なのに静かで、理想の雰囲気にとても近かった。ここでなら自分らしいお店ができると思い、オープンを決めました。
Jasonさんが話すように、『APT. Coffee』の周辺には、おしゃれなショップやカフェが並び、洗練された雰囲気が漂っている。白を基調とした清潔感のある店内と、広々としたテラス席が特徴的な『APT. Coffee』も、すっかりこのエリアに溶け込んでいる。
順風満帆に見える『APT. Coffee』。店を続けていくにあたって苦労したことはなかったのだろうか。
Jason:もちろん大変なこともあります。お店のオープン前、セルフサービスにするかテーブルサービスにするかでRachelと衝突したことがありました。お互いお店に対する思い入れが強いあまり、話し合いは平行線。最終的には私の意見を尊重してくれて、『APT. Coffee』ではテーブルサービスを採用しています。
大変なこともあるけれど、二人だからこそバランスがとれていると思います。私はお店のサービス面を重視しているのですが、Rachelはブランディングなど外に見える部分にも気を配れる人。そんな二人だからこそ『APT. Coffee』をより良いお店にすることができると信じています。
「困難は早めに経験しておいた方がいい」。抗議デモから学んだこと
Jasonさんは、24歳という若さで『APT. Coffee』を開業し、瞬く間に人気店へと成長させた。しかし、そこからほんの数か月後、香港でデモがはじまった。
日本にいると、ニュース報道やSNSだけからしか情報が得られないが、街ではどんな変化が起こっているのだろう。Jasonさんはこんなふうに話してくれた。
Jason:デモが起こる週末には、お店を閉めないといけない時期もありました。
デモが行なわれる大通りがすぐ近くにあるので、お客さまが来られないというのはもちろん、スタッフの出勤にも支障をきたします。デモのある日はオープンしない、もしくは早めに閉めるなどの対応に追われましたね。
デモへの対応に追われる日々に、心が折れそうになったこともあっただろう。そんななか、どのように気持ちとお店の経営を維持し続けてきたのか。
Jason:お店をスタートしてすぐのことだったので、とても不安でしたし、閉店にしようかと迷ったりもしました。
でも、ラッキーなことに湾仔には経験豊富な個人商店のオーナーさんたちがたくさんいます。彼らから「こういった困難は早めに経験しておいたほうがいい」「困難な局面を経験することで成長できる」といった声をかけてもらいました。こうしたアドバイスにより、心を強く保つことができています。
また、これまでは周辺のお店の人たちとも挨拶程度の付き合いしかなかったのに、デモをきっかけに頻繁にコミュニケーションをとり、協力し合うようになりました。このつながりは、本当に財産だと思っています。
Jason:私の自宅は『APT. Coffee』から歩いて10分くらいの繁華街にあるので、デモをきっかけに夜の外出は極端に減りました。娯楽が減ってしまったのは残念ですが、将来を考える時間が増えた、と前向きに捉えています。
また親元を離れて暮らしているのですが、両親と密に連絡を取るようになったという変化もあります。不安や心配はもちろんありますが、デモをきっかけに絆が生まれた部分も大いにあります。
「チャンスや可能性に恵まれた場所」。香港&湾仔の魅力を聞く
最後にあらためて、Jasonさんが考える香港、そして湾仔の魅力を聞いてみた。
Jason:香港はチャンスがいっぱいある刺激的な場所です。貿易の中心地でもあるので、さまざまな国からいろんなものが集まってきて、資源も豊富にあります。
でもとにかく物価が高い。チャンスや可能性に恵まれているのに、金銭的な理由から夢を諦めてしまう人もいると思います。特に若者たちは、目の前の生活に精一杯で夢を見ることができなくなっていますね。
香港は「家賃が高い都市ランキング」でも常に上位。店舗を経営することは容易ではありません。そんななかで、Jasonさんが20代でお店を持てた理由はなんだったのでしょうか。
Jason:私の場合、まだ独身で子どもがいるわけでもないので、失うものは何もないと思ってチャレンジしました。もしお金が原因で夢を諦めかけている人がいるなら、この言葉を贈りたいですね。
「You are too young to worry about money(お金のことを心配するには若過ぎる)」
人生は長いのに、お金で自分の未来を諦めてしまうのはとても残念です。チャレンジすれば、協力してくれる人、応援してくれる人は必ず現れますから。
中環や銅鑼湾に比べて、湾仔は物件が安く借りられます。そのためかこのエリアには、個人が経営する魅力的なお店が集まっているんです。私のお気に入りは、いつ行っても大行列の人気タイ料理店『Samsen』と、ホテル出身のパン職人が立ち上げた『bakehouse』。湾仔には、美味しい専門料理店がたくさんあるんですよ。
Jason:私は『APT. Coffee』のテイラーメイド的な考え方が大好きで、ゆくゆくはこのコンセプトを中華、イタリアン、エスニックなど、いろんな料理で実現したいと考えています。
そして、このアイデアなら世界中の人たちを楽しませられると感じているので、将来的には海外展開も視野に入れています。
ただ、いまはここ香港でがんばりたい。香港にいる人たちを、コーヒーとフードで元気にしたいです。
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『APT. Coffee』
住所: 香港湾仔月街2-12號地下A&B號舖
営業時間: 8:00〜18:30
定休日: なし
電話番号: 852-3619-4393
最寄駅: 湾仔駅、金鐘駅
URL:https://www.apt-coffee.com/
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『Samsen』
住所: 香港湾仔石水渠街68號地舖
営業時間: 12:00〜14:30、18:30〜23:00
定休日: なし
電話番号: 852-2234-0001
最寄駅: 湾仔駅
Instagram:https://www.instagram.com/samsenhk/
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『bakehouse』
住所: 香港湾仔大王東街14號地舖
営業時間: 月曜〜金曜 8:00〜17:00、土曜・日曜・祝日 9:00〜17:00
定休日: なし
電話番号: なし
最寄駅: 湾仔駅
URL:https://bakehouse.hk/
- 香港での抗議・デモ活動について
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報道などで判明している香港における主な抗議活動などの場所と時刻は、在香港日本国総領事館のウェブサイトに掲載されます。適切に情報収拾を行い、付近には絶対に近づかないようにしましょう。
また、最新の抗議活動や施設の運営状況がわかる情報は、以下の「香港ツーリスト・ライブマップ」サイト(英語)にも反映されますので、旅行時にはこちらも参照ください。
https://www.hktouristmap.com/
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