2019年6月に激化した抗議デモから8か月、香港はいまもなお大きなうねりのなかにいる。市民と警察の衝突が起こっていたデモの最前線はもちろん、日常生活においてもさまざまな変化があったに違いない。しかしその一方で、変わらない暮らしがあるのも事実だろう。
そんな香港でお店を営む人たちは、街の「今」をどう感じているのだろうか?
香港のリアルな日常を追う企画「Updates Hong Kong 2020」の第2回は、その名のとおり、香港の中心といっても過言ではない中環(セントラル)エリアにある、いま大注目のモダンクラシックバー『The Wise King』を取材した。
※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。
両親から学んだホスピタリティー。カクテルバー『The Wise King』の哲学
インド出身のSandeepさんがオーナーを務めるバー『The Wise King』のある中環(セントラル)は、いわずと知れた香港の中心地。昼は国際的な金融街、夜はナイトスポットというふたつの顔を併せ持つ。ナイトシーンの中心は、クラブの集まる蘭桂坊(ランカイフォン)と、落ち着いた雰囲気のバーや最先端のレストランが集まるSOHO(ソーホー)だ。
『The Wise King』は2018年にSOHOにオープンし、その後1年足らずで世界最高峰のアワード「The World's 50 Best Bars 2019」のアジア部門にて18位を獲得。さらに、雑誌『Hong Kong Tatler』が選ぶ「The Best New Bar of 2018」に選出、アジアのバーを対象とした「The Bar Awards 2019」でもホスピタリティーがすぐれた店に贈られる「Hospitality Team of the Year」に輝くなど、一際注目を集めている。一体どのようなバーなのだろうか。
Sandeep:『The Wise King』は、非常にシンプルなフードと、クラシックカクテルをメインとしたバー。そこへ季節性と、スパニッシュテイストを加えているところが特徴です。
お酒を飲んでいると、何かつまみたくなりますよね。そこで思い浮かんだのが、スペインのタパスバー。タパスと呼ばれる小皿料理こそ、私がバーに求めるものだったんです。
その歴史について調べていたところ、現在スペインのあるイベリア半島を13世紀に治めていた、アルフォンソ10世という王に行き当たりました。彼が、タパスという食文化を広めた張本人。アルフォンソ10世は多くの国民から慕われ、「El Sabio」と呼ばれていました。「El Sabio」とは、スペイン語で「賢者」。だから、バーの名前を『The Wise King』(賢い王)にしたんですよ。
Sandeep:外観も内装も、アルフォンソ10世をイメージしています。彼が大の赤ワイン好きだったことから、インテリアはクラシックな赤を基調に。シグネチャーカクテルも彼の呼称からとり、「#ElSabio」と名づけました。6時間かけてつくったサングリアに、カヴァというスペインのスパークリングワインを合わせ、仕上げには金粉。いかにも「King」といった仕上がりでしょう。
他のカクテルも、火入れをしたりしてゆっくり時間をかけてつくっています。母が家でみんなをおもてなししながら、料理をしているようなイメージです。私にホスピタリティーの基本を教えてくれたのは両親。『The Wise King』は、お客さまにとって家のような存在でありたいと思っています。
バイクレーサーからバーテンダーの道へ。きっかけとなった師匠との出会いとは
インド南部のバンガロールで生まれ育ったSandeepさん。香港にやってきたのは8年前。車の整備士をしていた父の影響もあって、地元でバイクレーサーをしていた彼が、バーテンダーの道に進むことになったのは、とある出会いがきっかけだったそう。
Sandeep:もともと大学に通いながら、バイクのレーサーとバーでのアルバイトをかけ持ちしていました。その後大学を辞めてホテルのバーで働くことにしたのは、たんにチップがよかったからというだけなんですが……。
そこで出会ったのが、世界的バーテンダーのジャンカルロ・マンチーノ。当時から非常に優秀で、イタリアからインドにやってきて、私が勤めるホテルで働いていたんです。
18歳の私にとって、彼は重要なロールモデルとなり、そこから突き動かされるようにバーテンダーを目指しました。マンチーノに「将来どんなふうになりたいんだ?」と聞かれたとき、真っ先に「あなたのようになりたい」と答えると、彼は「すべてを教えよう」と、いろんなバーや仕事に同行させてくれるようになりました。
その後、バーのプロデュースやコンサルタントを始めた彼について、ドバイ、カタール、シンガポール、中国などのさまざまな国を渡り歩きました。そして最終的に行き着いたのが、ここ香港でした。
Sandeep:最初は、ホテル『カオルーン シャングリ・ラ 香港』でバーテンダーを、その後中環のレストラン『China Tang』や『Howard's Gourmet』のドリンクのプロデュースを手がけ、『The Wise King』の立ち上げに至ります。20代後半でインドにお店を構えた師匠のマンチーノと比べると、約10年の遅れをとってしまいましたが、こうしてオープンできたことはとても感慨深いです。
「いいときも悪いときも笑っていたい」。デモが活発化してから感じていること
Sandeepさんが香港にやってきてから約8年、『The Wise King』が中環にオープンして1年半。その間に、今回の抗議デモがはじまった。
日本にいると、報道やSNSだけからしか情報が得られないが、街ではどんな変化が起こっているのだろう。「デモはすべてのビジネス、特に、中小企業に影響を与えている」と前置きしたうえで、こんなふうに話してくれた。
Sandeep:『The Wise King』はたくさんの常連さんに支えられているので、デモ前後でさほど大きな変化はありません。彼らは変わらずにこのバーを愛してくれます。そのおかげで、ビジネスを継続できています。
自宅は九龍半島の佐敦(ジョーダン)エリアで、デモ活動が起こりやすい場所ではありますが、私自身はバーに出ているので生活時間帯が真逆。だからデモに遭遇したことはありません。しかも香港において、私は外国人という立場。だからこそジャッジはできないし、したくないと思っています。
『The Wise King』はカクテルバーではあるものの、ワインが好きな人たちに向けて、月一回の頻度でテイスティングやチーズとのマリアージュを楽しむイベントを開催している。
また、お客さまを飽きさせないよう、日々新しいカクテルの試作に励み、定期的に新作を発表。掲載しているメニュー以外の要望にも応えられるよう、リキュールや食材はつねに豊富に用意しているという。
いつ行っても、新たな味との遭遇と、安心できる居心地のよさがある。これが、『The Wise King』が愛されるゆえんなのだろう。ただ、デモの最中(さなか)、バーを続けていくことに不安はなかったのだろうか。
Sandeep:どんなことにも波はある。こうして自分でビジネスをはじめた以上、いいときも悪いときも向き合っていく覚悟でいます。いいときも笑って、悪いときも笑って! 口角が下がっていたら、ビジネスも下降していってしまうから。この姿勢は、師匠のマンチーノから学びました。
「誰にとっても開かれた場所」。香港&中環の魅力を聞く
最後にあらためて、Sandeepさんが考える香港、中環の魅力を聞いてみた。
Sandeep:香港は、まさに「人種のるつぼ」。いろんなバックグラウンドの人たちがいるので、とても面白いです。個人的には、インドやネパール、パキスタンなどからやってきた人も多く、言葉や食の嗜好が同じなので、非常に居心地がよいですね。
特にものづくりやサービスの分野では、現地人だけではなく、いろんな国の人たちが活躍している。誰にとっても開かれた場所だと感じます。
中環は、香港のなかでも最も活気があるエリアのひとつ。英国統治時代から金融センターとしての役割を果たし、日中はそこで働くアジア人、欧米人、多種多様な人種が集まって「ダイバーシティー」という言葉がぴったり。
ナイトシーンにも活気があるのは、日中バリバリ働く人々が、夜になるとこぞって街に繰り出すからだ。特にSandeepさんが店を構えるSOHOには競合も多いだろう。
Sandeep:たしかに、SOHOから北西の上環(ションワン)に抜けるエリアには、独創的でクオリティーの高いバーがたくさんあります。でも、ライバルというよりは仲間ですね。友人たちのバーは心からおすすめできるので、それぞれ紹介し合っているんですよ。
たとえばお茶カクテルのエキスパート『Tell Camellia』のカクテルは、とても美味しく、デザインも発想もユニーク。メスカルというメキシコ特産の蒸留酒にフォーカスした『COA』は、バーシーンに革新を巻き起こしたといわれます。このような多才なバーテンダーたちと深いつながりを持てるのも、このエリアのよさだと感じています。
Sandeep:香港は、パワフルな街。シグナル10(香港天文台が発令する暴風雨警報。通常「シグナル8」で、学校・役所・金融機関は停止、公共交通機関も一部停止となる)のときでも飲みに来る人がいるくらい、みんなどんなシチュエーションのときでもポジティブです。
だから私は、香港に暮らす人たちには、状況をよくしていく力があると信じている。現状を悲観するのではなく、いつも笑っていたいですね。
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『The Wise King』
住所:香港中環士丹頓街25號地舖
営業時間:月曜〜木曜 18:00〜1:00、金曜・土曜 18:00〜2:00
定休日:日曜
電話番号:852-2326-5822
最寄駅:中環駅
URL:https://www.thewiseking.com/
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『Tell Camellia』
住所:香港中環砵甸乍街45號 H Code LG樓
営業時間:月曜〜木曜 17:00〜1:00、金曜・土曜 17:00〜2:00
定休日:日曜
電話番号:852-9821-5501
最寄駅:中環駅
Instagram:https://www.instagram.com/tellcamellia/
香港での抗議・デモ活動について
報道などで判明している香港における主な抗議活動などの場所と時刻は、在香港日本国総領事館のウェブサイトに掲載されます。適切に情報収拾を行い、付近には絶対に近づかないようにしましょう。
また、最新の抗議活動や施設の運営状況がわかる情報は、以下の「香港ツーリスト・ライブマップ」サイト(英語)にも反映されますので、旅行時にはこちらも参照ください。
https://www.hktouristmap.com/
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