2009年にも「今月のイチオシ」で取り上げたラッパー環ROY(たまきロイ)が、オリジナルとしては2枚目となるアルバム『BREAK BOY』をリリースした。このヒップホップの可能性を拡張する傑作アルバムが、身ひとつでその名を轟かせてきた環ROYの出世作になることはまず間違いない。同作にプロデューサーとして参加した盟友・三浦康嗣(□□□)をゲストに招いて行ったこの対談、二人にとってはありふれた日常会話なのだろう。しかしこれが、作り手たちの営みを知らぬわれわれには実に刺激的な内容だった。こういうところから立ち上がってくる音楽が、人の心を動かしたり、時代に影響を及ぼす力になるのだから、人と人のコミュニケーションって面白い。
(インタビュー・テキスト:小宮川りょう 撮影:柏井万作)
でた、得意の禅問答スタイル! それでいつも俺を苦しめる(笑)。
―今日は環ROY『BREAK BOY』にトラックメイカーとして参加した□□□(クチロロ)の三浦康嗣さんにゲストとして来ていただきました。プライベートでも仲がいいんですよね? 二人の馴れ初めは?
環ROY
環ROY(以下、環):イベントで一緒になったのがきっかけ。Public-imageってコンピの話をもらったときに声をかけて、一緒に曲を作って以降仲良くなったんです。□□□のことは『Sense of Wonder 』っていうフェスで初めて見たんだけど、ライブと音源とで印象が違うというか、康嗣くんは波がある。
三浦康嗣(以下、三浦): そうかな?
環:康嗣くんの波は壮絶でしょ。USTREAMでライブやったとき、いとうせいこうさんに「弾き語りやって」って振られて、無意識なんだろうけど超小声で「やだな」って呟きながらはじめてたよ。
三浦:違うよ(笑)。前も言われたから確認してみたけど、「できるかな」って言ってたよ。波があるって言うと、なんだかイヤな感じだけど、人間誰でも波があるわけで、俺はその波を隠さないだけ。ステージでさえ何を言われてもいい、何事にも動じない大物感がある…ってことにしといて! タマちゃんみたいに表舞台で堂々としてる人って、きっと逆に臆病なんだよ。
環:でた、得意の禅問答スタイル!それでいつも俺を苦しめる(笑)。波があること認めてるし(笑)。まぁ確かに臆病ってのは合ってるかもね。
三浦:俺はタマちゃんのことは、ラップがうまい人だなと思ってました。客を沸かすのがうまくて、大道芸人っぽくていいなぁ、と。ラップしながら、一人でターンテーブル扱ってたのも潔ぎ良いよね。普通、カッコだけでもDJをつけるでしょ? なんで一人でやるようにしたの?
環:ヒップホップのライブDJって、ほとんど曲を流してるだけで、一緒にライブするほどのものでもないもん。一人でやるのは、スケジュールとか合わせて練習するのが面倒だから。サイプレス上野とロベルト吉野ぐらいできるなら当然意味はあるけど、大概のバックDJって意味ないって思ってたし。
三浦:特にJ-POPのDJなんて、立ってるのが仕事みたいになってるよね。PAが音出せばいいじゃんって思うよ。見え方が大事だから、(DJがいないと)構造としてアイドルと同じになるのがマズイんだろうけど。
環:形骸化してるよね。
三浦:もう、人形を置いとけばいいじゃん。
環:かわいいね。やろうか(笑)?
自分の「地元」であるヒップホップ・シーンの人に理解してもらいたい。
―いつも二人でこんなやりとりを?
環:まぁそうです。二人でKREVAの話ばっかりしてます。俺が「もうKREVAって単語出さないで」って言うと、康嗣くんが無言でKREVAの曲を弾き始めたり。愛しすぎでしょ(笑)。
三浦:こないだライブも一緒に行ったよね(笑)。日本の音楽ではKREVAがダントツでしょ。タマちゃんも「KREVAだけだぜ/頼もしいぜ/他には見あたらねぇ」って“J-RAP”で歌ってたね。
―日本語ラップに対する世間のDISを綴りつつ、「それでも好きだぜ、Jラップ」って歌っている曲“J-RAP”はどんな思いで制作したんでしょう?
環:一連のコラボレーション作品を出す中で(環ROYはこれまでに5枚のコラボ作をリリースしている)、言葉の意味ではなく、アティテュードでクリエーションを提示していたんです。そういったことがヒップホップの外側の人たちに引っかかって活動の幅が広がっていったけど、自分の地元であるヒップホップのシーンでは「なんかよくわかんねぇな」ってなってるように感じた。だけどやっぱ「地元」の人に理解してもらいたいし、それならちゃんと言葉にして伝えないとダメなんだろうなぁと思ったから、ああいう歌詞になりました。
三浦:めちゃくちゃ大事だと思うよ、そういうの。オルタナティブな方面に行きすぎて、ヒップホップシーンの人達にわかってもらえなかったからカマって! ってことでしょ?
環:可愛く言うと、そういうこと(笑)。そういえば康嗣くん、こないだツイッターで昔のアルバム(□□□『ファンファーレ』)について書かれてて、色々やりとりしてたよね? まとめられてたのを読んだんだけど、面白かったよ。その中で「自分に苦手なことばかりに挑戦してきたツケが回ってきた」って書かれてたけど、あれはどういう意味なの?
三浦:タマちゃんが「自分の活動が理解されなくて寂しい!」っていうのと一緒だよ。自分が嫌いなアーティストとかジャンルがあったとして、「俺は本当にそれが嫌いなのか?」って思うのね。自分の価値観なんて全然アテにならないから、「実は好きなんじゃねえの?」って思うようにしてるの。
左:三浦康嗣(□□□)
―たとえばこれまでにどんなことがありました?
三浦:俺はファットなヒップホップの音の質感が大好きで高校のときからずっと聴いてるけど、自分が作る音楽ではそれとはまったく逆のことをしちゃうんですよ。ヒップホップの基準で言ったら良くないような、スカスカで音でやってみるほうが逆にスゴイんじゃないかとあえて思い込んでみる。それでそういう風にやってきたんだけど…。
環:どうなった? そのツケは?
三浦:誤解されたね。ツイッターのやりとりでも返したけど、俺、フリッパーズギターはほとんど聴いたことないのに、「オザケン好きなのね」とかってまとめられちゃう。それと、器用貧乏になるね。ゼロ年代以降、特に一つのことをがんばって続けている人の方が強いし。
環:器用貧乏な感じは確かにあるね。アルバムを作るにあたって、俺もそんな気がして何か手打たなきゃって思ったもん。ツイッターのやり取りを読んでて、なんだか状況が気持ち悪いくらい似てて、変な気分になった(笑)。
三浦:俺はタマちゃんより、意識的にオルタナティブなことをやってきてると思う。去年の□□□とか中途半端だったよね。ヒップホップの人に受けるわけでも、ポップスの人たちの心を揺るがすわけでもないし。ライブ盛り上げてなんぼっていうタイプでもないし。結論としてハードコアに「何者でもない感じ」を突き詰めるっていうのも、いいんじゃないかと思って。
環:ネオ・ ヤン富田だね。
三浦:うん。ヤンさんは一番影響を受けた人だから、同じスタイルでは絶対にやっちゃだめだと思ってる。好きな人とは全然違うことをやらないと面白くないよ。ヤンさんっぽくないスタイルで、真逆のことをやらなきゃ。例えば「ヒップホップは黒人のマネとかをする『スタイル』じゃなくて『発明』だ」みたいな発想さえ相対化するみたいな。そうするとなぜかこんな風になっちゃうんだよね。単純に言うと、八百屋のおばちゃんでも聴いてわかるものを目指したいなぁ。
環:さっきの別の取材で、俺も同じこと言ってたわ(笑)。
みんなチャンネル変えて聴けばいいんだよ。
環:ポップな音楽を作りつつ、康嗣くんは俺よりヒップホップが好きなんじゃねえか説があるけど?話してると俺より詳しいしね。
三浦:好きだよ。俺のは原理主義っぽいから、より信者的な「好き」だよね。
環:多分俺の方がラディカルなヒップホップ好きだけど、康嗣くんは「そんなに好きなんだ!」って感じでびっくりしたよ!
三浦:普段はそういうの出したくないの。誤解されたいじゃない。
環:今度は誤解されたいんだ(笑)。でもまぁ、中途半端さをハードコアに突き詰めるってことは、誤解されたいってことだよね。
三浦:そうそう。ミュージシャンが自分のことを説明するっていうのはあんまりかっこよくない。90年〜00年代初頭までは音楽バブルだったからあまり説明しなくても済んだけど、不況になってくると説明せざるをえないんだけどね。音楽バブル期に青春時代を過ごしちゃったから説明は「カッコ悪い」と思うんだろうけど、カッコ悪いと思っている自分が嘘なんじゃないかなって思うようになってきてる。でもとにかく、説明するのって面倒くさいよね(笑)。
環:こないだの□□□のアルバムは、説明だって自分で言ってたじゃん。
三浦:あれは音楽で説明する、ステートメントっぽい音楽ってことだからさ。
環:今回のアルバムで俺は言葉で説明したけどね。
三浦:それを踏まえて言うけど、『BREAK BOY』 はいいアルバムだと思うよ。
―三浦さんも2曲参加していますが、どういう基準でプロデューサーの人選を?
環:打ち込みがうまくて、自分とテンションの合う人にお願いしました。OliveOilやBUNとかは超マイワールドの人なんだけど、それ以外の人はこちらの要望に答えてくれる応用力のある人達。今回は自分がプロデューサーで、スキルのあるトラックメイカーをピックしました。
三浦: Himuro Yoshiteruさんの作った“J-RAP”のトラックも良かったね。俺の“うるせぇ”って曲は、スキマ産業的にやったよね。
―スキマ産業的?
三浦:全体が出来上がってきたところで、「こういう曲が欲しい」って言われて作ったんです。全体的にタイトすぎるから、もっとバカみたいな曲があったほうがいいんじゃないかって相談を受けて…。
環:悩んでたんで、すぐ会えるトラックメイカー全員に相談しに行ってたんだよね。
三浦: BPM早い⇔遅い、明るい⇔暗い、音数多い⇔少ない…みたいな風に図を書いて、分析したんだよね。結局意味なかったけど(笑)。最終的に、「それならテンポが遅くて音数少なくて、馬鹿っぽいのを作ればイイんじゃない?」ってことで“うるせぇ”をその場で作ったんですよ。
環:康嗣くんは、あとからバランスを取るための楽曲を足したりするのに最適なプロデューサーでしたね。でも康嗣くんには期日とか無意味。ほっといたら作んないんだもん。漫画の編集者がやるみたく見張って、その場で作ってもらったね。そのほうが早いもんね。
三浦:なんでもやろうと思えばできちゃうし、タイトな打ち込みとざっくりしたループ、どっちも好きだから、「こういう方向で作って」とか指定してくれないと困るんですよ。そういう意味で良く特性を理解して起用してくれたなと思います。
環:直感です。俺は勘で生きてるんで。でも康嗣くんは何でも好きっていうより、「何でも好きと思いたい病」でしょう?
三浦:いやそんなことないよ。食べ物に好き嫌いないし、音楽にも好き嫌いないはず。根本的に嫌いなものはないけど、一応嫌いってことにしとかないとキリがなかったり、好きじゃないってことにしなきゃいけないから嫌いって言ってるだけ。みんなそうでしょ?
環:まぁそうだよね。食べ物は関係あるのか分かんないけど、色々な音楽を聴くっていわばチャンネルを変える行為だもんね。
三浦:そうそう、みんなチャンネル変えて聴けばいいんだよ。みんな一つのチャンネルでいろんなジャンルを聴いて判断しようとするからおかしくなる。そういう姿勢にFUCKって言ったのが□□□の1stアルバム。「クロスオーバー」とかみんな軽々しく言ってるけど、「ただお前流にしただけだろ?」っていう。当時はそれがイヤだったんだけど、その風潮は最近強まっちゃったよね。「音楽はなんでも聴きます」って人に好きなものを5個ぐらい挙げてもらうと、こういう風に好きなのねってのがわかる。結局「泣けるか? 泣けないか?」だけで判断してたりね。そんなこんなで世の中的には(泣かせる系の)“Break Boy in the Dream feat.七尾旅人”がウケがいいんだろうね。、トラックだけで言えば個人的には“うるせぇ”の方が好きなんだよなぁ。
環:そうかもね。おれは“Break Boy in the Dream feat.七尾旅人”のほうが好きだけど(笑)。
自分で自分の感性とかアイデンティティを揺さぶって、これでいいのか? って悩みつつ、挑戦してたい。
―タイトルの『BREAK BOY』=B-BOYについてお聞きします。ヒップホップを聞くのに「こうじゃなくちゃいけない」というのはないハズなのに、B-BOYの一部はポーザーの集まりになってしまっているような側面もありますよね。
環:最近はヒップホップのイベントに呼ばれなくて、バンドマンがやるようなライブハウスのイベントに出ることが多くなったんだけど、他ジャンルの人達、特にロックやってるって人とかはヒップホップがみんな好きですね。コミットメントを求めてるように感じます。ヒップホップの「閉じてる感じ」が障壁になって、コミュニケートできずにモヤモヤを感じているように思いました。手塚治虫が「漫画家はマンガを読んでマンガを描くな」って言ってたけど、「B-BOYはヒップホップを聴いてヒップホップを作んな!」っていうのも言えると思います。後追いや、そのままの輸入じゃない、自分なりのヒップホップを作ったから『BREAK BOY』って名前をつけました。……どう?
三浦:すごいいいじゃん。なんで、意見を求めんの(笑)?
環:いや、 いつもアイデンティティを揺さぶるようなこと言ってくるじゃん(笑)。康嗣くんは思い込みが一つの場所に沈殿しない人。だから、俺からのニーズが高い人なんです。
三浦:一箇所に沈殿して爆発するっていう時もあるけどね。
環:爆発するのって長く活動できない感じがするんだよね。そういうものこそカッコいいから大好きなんだけど、俺は長く続けられるような活動をしたいな。自分で自分の感性とかアイデンティティを揺さぶって、これでいいのか? って悩みつつ、挑戦してたい。康嗣くんもそうでしょ?
三浦:そうだね。アルバムに話を戻すけど、今までのようなオルタナティブ感は今回はないでしょ。
環:ないね。コラボシリーズはある意味オルタナティブな伏線だったので、それをしっかり回収する音源を作りたいと思ったんだよね。アルバム最初の5曲くらいは自分の「地元=ヒップホップシーン」に向けて「分かれ、このやろう!」って気持ち。中盤は、今までの振り幅のある活動を総括していて、後半の3〜4曲は、もう少しレンジを広げて今後の活動を示唆するような……そういうシークエンスで作りました。
―今後の活動はどうしていくんですか?
環:康嗣くんと話してたのは、ラッパーのリリックは作詞家の作る詞とは違うんですけど、日本でビジネスとして成功したいと思ったら、自分も作詞家として高度になっていかなきゃいけないなと思ってます。
三浦:無駄を削ぎ、言葉数の多さと音数の少なさのバランスを取ったって意味ではKREVAの『心臓』ってアルバムは傑作だったね。日常感のあるラブソングという形でやるっていうのは高度だなぁと思ったし、詞の技術が物凄く高い。
環:日本人のだいたいは英語がわかんないから、日本のヒップホップは歌詞は置いといて、フロウとかラップのサウンド面にだけ偏ってきた感じはありますよね。まぁ、これまでの俺もそうなんだけど。そこに「作詞家であれ」っていうクサビを打ち始めてるのがKREVAだよね。ラップの作詞には可能性があるんだぞって示唆してる。
三浦:うん。B-BOYって結局、トラックオタクなんだよね。ラップを突き詰めるっていうのは、まだまだ可能性があるよ。
環:ヒップホップで何がいい詞なのかっていう基準がまだ曖昧だと思うから、自分もそこに挑戦したいな。だから最近、山下達郎を聞いています。「達郎とKREVAが好き」って書いておいてください(笑)。
- リリース情報
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- 環ROY
『BREAK BOY』 -
2010年3月17日発売
価格:2,600円(税込)
POPGROUP Recordings POP-1241. 晴
2. バニシングポイント
3. 任務遂行
4. J-RAP
5. creation
6. go! today
7. うるせぇ
8. 六年間
9. BGM
10. Innercity blues
11. F/R/E/S/H
12. オレノバン
13. love deluxe
14. Break Boy in the Dream feat.七尾旅人
- 環ROY
- プロフィール
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- 環ROY
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ラッパー/MC。2006年、1stアルバム「少年モンスター」でソロデビュー。鎮座DOPENESSやOLIVE OIL、□□□、fragment、Eccy、NEWDEAL、DJYUIなどのアーティストとコラボレートし、5枚のミニアルバムと4枚のレコードを発表。Fuji Rock Festival '08、'09出演。ヒップホップはもとより、ロックやテクノをも消化しながら、全国各地の様々な音楽イベントに出演し注目を集めている。 2010年3月17日、2ndアルバム「BREAK BOY」をPOPGROUP Recordingsよりリリース。
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- 三浦康嗣
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1998年ブレイクビーツ・ユニット□□□(クチロロ)を結成。以降、徐々にポップス中心のスタイルへと移行し、2007年12月にはCubismo Grafico Fiveとしても活躍 中の村田シゲが、2009年7月には作家、タレントとして活躍中のHIP HOPのオリジネイター、いとうせいこう氏が□□□ に加入。最新アルバム『everyday is a symphony』発売中。
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