4月29日から8月8日にかけ、東京国立近代美術館で『建築はどこにあるの? 7つのインスタレーション』展が行われる。本展では、若手から大御所まで世代の異なる7組の日本人建築家が、新作インスタレーション(展示空間にオブジェや装置を置き、展示物だけではなく空間全体を鑑賞させる作品)を展示する。各建築家の制作プロセスが特設ウェブサイトで公開されていることでも話題の本展覧会に、新作を出品する建築家ユニット「アトリエ・ワン」(塚本由晴、貝島桃代)。このたび、その展示作や建築への思いなどについてお聞きすることができた。アトリエ・ワンの生み出す、独特のかわいらしさを感じさせる創作物は、身のまわりにある様々なものを愛でる日々から生まれている。そのように納得できるインタビューとなった。なお、今回オフィス内の様子も撮影させていただいたので、こちらの写真もあわせてお楽しみいただきたい。
(インタビュー・テキスト:田中みずき 撮影:川越翔平)
渋谷ハチ公前広場とは逆の「まちあわせ場所」
─今回、東京国立近代美術館で開かれる『建築はどこにあるの? 7つのインスタレーション』展に出品する作品は、どのようなものなんでしょうか?
塚本:美術館に前庭があるんですが、そこに竹をアーチ状に重ねて、キリンや象、カバ等をつくります。人間よりも大きな動物が、四本の脚で立っていて、その下は日陰になります。人間が立ったまま入ることもできるし、芝生に座り込めるようにして、動物も人も一緒に『まちあわせ』しているようになればいいなと。
─下に入って、大きな動物を見上げるようにしたら、周りのものがすべて大きく見えた子どもの頃の気持ちを思い出しそうですね。芝生の上も、座ると気持ち良さそうです。
作品模型
塚本:展示が4〜8月なので、晴れの日は気持ちが良いものの、日差しも強くなります。だから、日陰が欲しいと考えました。
─展示空間は、まるで動物が集まっている場所に、人間たちがお邪魔するといった感じがしますね。
貝島桃代
貝島:そうですね。ちょうど渋谷のハチ公前広場とは逆なんです。夜になって、美術館に誰も居なくなると、その動物たちが動いて皇居の周りを徘徊するんです(笑)。
塚本:え、そうなの?(笑)。
貝島:いや、あくまで想像のお話(笑)。動物たちが「美術館の前で、まちあわせしようか」ということで集まってきているわけですね。
─なるほど。完成作を実際に目の前にすると、さらに想像が膨らんできそうです。今回の展示場所は、アトリエ・ワンさんご自身で決められたのですか?
貝島:いえ、キュレーターからの指定だったのですが、私たちは外にあることを生かした作品を考えることが好きなので、前庭を提示して頂いたのかな、と思います。
塚本:今までも国内外の美術展に参加してきましたが、その際の創作物を「マイクロ・パブリック・スペース」と呼んでいます。人々がわらわらと集まってきて、リラックスして楽しめるような場所をつくることに興味があるんです。
また、今回のように美術展に出品する場合、模型や図面を展示するのではなくて、小さくても良いので原寸の空間をつくり、それを体験したりそこに人が関わっている状態を外から眺めたりして欲しいと思っています。家具や構造体自体も作品ですが、それによって生まれる人の居方のようなものも含めて作品だと考えています。
「竹橋」なので、素材に竹を使いました
塚本由晴
─ところで、出品作の素材に竹を選んだ理由とは、なんなのでしょうか。
塚本:美術館のすぐ脇にかかっている橋が竹橋なので、竹にしました。名前の由来は、今は石張りの橋ですが、昔は竹でできた橋があったからとも、橋のたもとに竹が生えていたからだとも言われています。 もちろん、他にも素材選びにおける様々な条件がありました。芝生は枯らしたくないし、谷口建築(近代美術館)とは競合したくない。そういった条件にも、竹がぴったり合いました。
─現場に応じて素材を選んでいったわけですね。また、お二人は『メイド・イン・トーキョー』等、東京を歩いて見つけたユニークな建築物を集めた本を出していらっしゃいますが、美術館の周りを歩いてみてどのような印象でしたか?
塚本:あそこは東京の都市空間の中でも、一番キレイな場所ではないでしょうか。
貝島:私は皇居の周りを歩くのが好きなんですが、あのあたりは起伏のある坂が多くて良いんですよ。
塚本:そこに高速道路が被っていたりもする。東京らしいといえば、東京らしい風景ですよね。
─ちなみに、いつも町を歩く時に、見るように気をつけているポイントはありますか?
貝島:ポイントは定めていないですが、「この街ってどんな場所なんだろう」とか、「この建築ってどんなものなんだろう」といったことは気にしていますね。それで気付いたことをお互いに言い合ったり。スタッフや学生たちとも話し合ったりしています。
建築とは、人間のそばにいつも居てくれる大きな存在
─今回の作品は動物が集まるというモチーフですが、お二人のグループ名「アトリエ・ワン」も犬の鳴き声が元になっていますね。犬型の椅子『イヌイス』をつくっていらっしゃったりもしますが、動物に思い入れがあるんでしょうか?
『イヌイス』
貝島:そうですね。動物だけでなく、植物も好きですよ。人間は独りで生きられる存在ではなくて、他の生き物や、いろんなものに囲まれている交差地点で暮らしていると思っているんです。
塚本:じつは、理想はムツゴロウ王国のような状態なんです(笑)。無理ですけど。
─そうなんですね(笑)。では、人間も動物も植物も、日々の生活で時間を共有していますが、建築も私たちと時間を共有する存在として捉えていらっしゃいますか?
塚本:そうですね。自分たちにとって「建築」とは、人間のそばにいつも居てくれる大きな存在だと考えています。今回の作品では、その字義通りに人間のそばに居る大きなものをつくることにしました。見た目は動物なんですが、よく見ると竹のアーチでできていて、れっきとした建築でもあるという存在です。
─人間中心ではなく、他の生き物たちと寄り添って暮らすというイメージもあるんでしょうか。
塚本:はい。あまり人間中心に考えずに、少しそこから引けるような方法がないかと、常々考えています。
貝島:建築って、例えば王様が宮殿やピラミッドを建てたりといったように、個人が自分の権力を象徴するための道具として使うことができてしまうものですよね。でも、何かを建てるということには多くの人間が関わり、そうして社会がつくられていくという面もあります。私たちは、物として完成された「建物」だけではなくて、その場に関わる人々や、それを生み出す社会そのものにも関心があるんです。そうしたさまざまな関係性をふまえた上で、人が自然に集まってこられるような建築をつくりたいと思っているんです。
塚本:そうですね。でも、それは「人が引く」という話とは少し違うんじゃないかな?
貝島:いや、「特定の個人が主人公ではない」という意味で、引いていると思うんです。
塚本:「個人」というふうに限定せずに、もう少し範囲を拡大しても良いんじゃない? … とツッコんでみましたが、これ以上追及するのはやめましょうか(笑)。
かみ合わないコミュニケーションも、コミュニケーションとしてのひとつのあり方
─このテーマに関して、これ以上の説明は不要でしょうか?
塚本:「この文章は文法的に何かおかしい」と読者が気づいた時点で、内容はすでに伝わっているからそれで良いんだと、小説家の保坂和志さんがおっしゃっていて、なるほどなと思ったことがあります。
─自分が違和感を抱いた、ということを相手に伝えることができれば、それでもう十分だということでしょうか。
塚本:そうですね。私も「すべてがかみ合わなければコミュニケーションではない」と思っていたのですが、微妙にかみ合わないままのコミュニケーションも、コミュニケーションに違いないと思うんです。むしろ、コミュニケーションとは、そういうものなんじゃないかと。
貝島:人間と犬の関わりでもそうですね。「犬の本心はわからないけれど、喜んでいるような気がする」というコミュニケーションが成り立っているわけだから。
塚本:そうそう、最近特にそう思うようになってきているんですよ。
開かれた場所としてある建築物にしたいんですね
─なるほど。それでは、お二人がコミュニケーションを取りながら作品をつくっていく際に、なにか役割分担はあるのでしょうか。
塚本:強いて言うならば、「ボケ」と「ツッコミ」でしょうか(笑)。貝島さんが当然「ボケ」なんですが(笑)。貝島さんは、モーレツに面白い施主みたいな人なんですよ。あまり技術にはとらわれずに、「こうだったら面白い」という発想をするのが得意で。そういうところが「ボケ」的だと思うんですね。
貝島:いやいや、予算など現実的なこともしっかり考えていますって! ただ、「なぜ我々はここでこれをつくるんだろう」とか、「なぜクライアントはこうつくりたいんだろう」といった、根本的な部分に関する疑問を持つことを大事にしているのは確かです。そして、それへの回答や思考の道筋を、一つのストーリーにまとめることが建築家の重要な仕事だと思っています。プロジェクトや計画に関わる人が納得して動けるようにしておきたいんですよね。
塚本:とはいえ、どちらかといえば「ボケ」的、「ツッコミ」的であるというだけで、明確な役割分担を行っているわけではないんですね。二人で一緒になって考えていく姿勢を保っています。
─二人でものを考えていくというのは、クリエーターとしては独特なのかもしれません。考えはうまくまとまるのでしょうか。
貝島:でも建築ってそもそも、多くの人が関わる仕事であって、一人でやるものではないんですよね。その意味で、例えば雑誌などの編集作業や、映画制作に近いのかなと思います。だから、複数で考えるのはとても自然なことなんですよ。
オフィス外観
塚本:もちろん、全く考え方の違う二人だと無理だけれど、方向性を共有している人どうしであれば、そんなに難しくはないと思うんですよね。基本的に、我々は建築を「俺が俺が」と自己顕示をしながらつくることに興味がないですから。
貝島:だから、アトリエ・ワン的視点というのもなんとなくはあるのですが、それが何かというとケース・バイ・ケースだったりするんです。そのとき持っている情報とか、一緒につくろうとしている人との関係などによって変わってくるんですよね。
─とはいえ、アトリエ・ワンの建築や作品からは、可愛らしさやユーモア、親しみを持てるといった要素などは共通しています。そういった意識は持ちながら制作していらっしゃるんですか?
塚本:ようは作品が「生き生きとしている」かどうかです。生き生きとさせることで、建築が「誰かに独り占めされていない」ようにしたくて。常に開かれたものとして、皆がその場を使っているという状態をつくりたいんですね。加えて、やっぱり二人ともバカバカしいことが好きなんですよ。今回も「竹橋」だから竹とか、皇居の森だから大型動物とか、ある意味でバカバカしい発想や妄想から出発して、結果的にうまくいくとかなり楽しいですね。
─今回の作品も、いろんな人が集まることができる開かれた場所となりそうですね。展示を楽しみにしています。
- イベント情報
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- 『建築はどこにあるの? 7つのインスタレーション』
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2010年4月29日(木・祝)〜8月8日(日)
会場:東京国立近代美術館
時間:10:00〜17:00(金曜は20:00まで、入館は閉館30分前まで)
参加作家:
伊東豊雄
鈴木了二
内藤廣
アトリエ・ワン
菊地宏
中村竜治
中山英之
休館日:月曜日(5月3日、7月19日は開館)、5月6日(木)、7月20日(火)
料金:一般850円 大学生450円
※東京国立近代美術館ウェブサイトにて割引引換券を掲載
- プロフィール
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- アトリエ・ワン
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塚本由晴と貝島桃代による建築事務所、アトリエ・ワン(英語表記・Atelier Bow-Wow)は1992年に設立された。国内外の建築だけでなく、著作では東京で見つけた様々な様式が折衷される不思議な建築から、建築と都市のできかたを考察した『メイド・イン・トーキョー』(2001)等で注目を集め、美術展などにも参加。幅広く精力的に活動を続けている。代表作に、『ガエ・ハウス』(2003)、『ホワイトリムジン屋台』(2003、第3回越後妻有アートトリエンナーレ)、『まちやゲストハウス』(2008)などがある。
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- 塚本由晴
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1965年生まれ。87年東京工業大学工学部建築学科卒業。87-88年パリ建築大学ベルヴィル校(U.P.8)にて学ぶ。92年貝島桃代とアトリエ・ワンを設立、94年東京工業大学大学院博士課程修了。ハーバード大学大学院客員教授、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)客員教授などを歴任。2000年より東京工業大学大学院准教授。
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- 貝島桃代
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1969年生まれ。91年日本女子大学住居学科卒業。92年塚本由晴とアトリエ・ワン設立。94年東京工業大学大学院修士課程修了、96-97年スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETHZ)奨学生、2000年東京工業大学大学院博士課程修了。筑波大学講師、ハーバード大学大学院客員教授、ETHZ客員教授などを歴任。09年より筑波大学准教授。
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