実に4年ぶりとなるバッファロー・ドーターの新作は、その名も『The Weapons Of Math Destruction』。「大量破壊兵器」を意味する「Weapons Of Mass Destruction」の「Mass」を「Math」に変えた、いかにもバッファローらしいユーモラスかつコンセプチュアルなタイトルだ。ジャーマン・ロックの流れを汲んだミニマルなアプローチはそのままに、前2作以上にロック的なエッジを強め、ZAZEN BOYSでもおなじみのドラマー、松下敦が強靭な黒いグルーヴをひねり出している本作は、閉塞感漂う現代社会への、アートという武器を用いた彼らからの宣戦布告に違いない。自主レーベル「Buffalo Ranch」を設立し、ニュー・モードに突入した3人に話を聞いた。
(インタビュー・テキスト:金子厚武 撮影:柏井万作)
音楽業界の人って最近CDのことを「フィジカル」って言うんですよね。
―『The Weapons Of Math Destruction』は、前2作とは明らかにモードが変わった作品だと思うんですね。『Psychic』と『euphorica』はどこか日常的というか、肩の力が抜けているように感じられたのに対し、本作はサウンドもアートワークも重厚です。実に4年ぶりの新作でもあるわけですが、本作の構想はいつ頃からスタートしたのですか?
シュガー吉永:「来年アルバムを出せなかったら5年も空いちゃうね」って話を去年してて、それは空き過ぎだからもう作ろうよって感じで。その2年ぐらい前にもアルバムを作ろうとしたんですけど、そのときに契約してたV2レコードが(アルバムを)作ろうとした途端になくなっちゃって、そのゴタゴタもあって遅れちゃったんです。
シュガー吉永
―アルバムの方向性について話し合ったりとかはしましたか?
吉永:「絶対来年出さないと嫌だ」っていうのがまずあって、とにかく曲を作ろうって感じだったから、どんなアルバムを作ろうっていうより、今私たちが感じている音楽を作る感じでした。最初はだいぶぼんやりしてて、インストみたいな曲ばっかりで、「さて、このアルバムはどうなるんだろうねえ」って思ってたんですけど、タイトルが出たときにみんなの気持ちがひとつにまとまっていって。
―では、そのタイトル『The Weapons Of Math Destruction』はどのようにして生まれた言葉なのでしょう?
ムーグ山本:新しいCDを作るにあたっていろんな人と話をしたときに、音楽業界の人って最近CDのことを「フィジカル」って言うんですよね。以前はそんなことなかったんだけど。それって要は「データ」に対して「フィジカル」、「物」ってことですよね。なんか「あ、CDって物体なんだ」って思ったんですよ。そういうこともあって、なんとなく物理みたいなところが気になっていて。あと世の中って今エコとかそういう風潮があって、なんとなく自然に帰ろうみたいな、ヒッピーっぽい感じが大きいじゃないですか。だけどそうじゃない、もっと数学的で理知的な見方がないものかって探し求めてたら、新しい物理学者の人の仮説にぶち当たったりして。そういう意識でいたらシュガーからこのタイトルが出てきて、すごく共感して。
撮影:YANO BETTY
物理学的に今の世の中が悪くなる仕掛けがあるのかもっていう説に立ったときに、それはひとつの答えとして面白いなって思った。
―現在の風潮とか社会に対するネガティヴな気持ち、怒りのような気持ちがあったのでしょうか?
山本:世の中がどんどん悪くなっていくことの理由ってなんだろうと思ったときに、それはわからなかったんですよ。神秘主義みたいなところで、そういう考え方をしても余計わからなくなるっていうか、自分の中ではっきりした答えを見出せなかったんですけど、物理学的に今の世の中が悪くなる仕掛けがあるっていう説を知ったときに、それはひとつの答えとして面白いなって思ったんです。そんなにネガティヴな気持ちはなくて…
吉永:どっちかっていうとポジティヴだよね。白黒はっきりしたっていうか。
山本:物理学的にどうしようもなく悪くなってるんだけど、逆に答えを知ったときにすっきりして、そこに対して反抗するっていうか、力を向けていいよねって思えたんで。世の中が明るいとは言い切れないと思うし、一見暗いような質感はあるかもしれないけど、それは現実だから。それはそのままこのアルバムにも反映されてると思うんですけど、それに対する動きはわりとポジティヴだと思います。
上の階層の次元から見ると、自分たちにはどうしようもない力も説明がつくっていう、それを世の中が悪くなるどうしようもない力って解釈した。
―その物理学者の仮説ってどんなものなんですか?
ムーグ山本
山本:「多次元宇宙論」っていうのがあって、例えば重力っていうのは、論理的にはホントはもっと大きいはずなのに、すごく小さいんですって。なんで小さいのかっていうのは長年解明されてなかったんですけど、今の先端の論理物理学によると、3次元の中で見てるからわからないのであって、5次元の世界っていうのを仮定して、その中で宇宙がこういう仕組みになってるっていう仮説を基に考えると、つじつまが合うっていうことなんです。上の階層の次元から見ると、自分たちにはどうしようもない力も説明がつくっていう、それを世の中が悪くなるどうしようもない力って解釈したんですけど。
―なるほど。1曲目の“Gravity”はそこから来てるんですね。
吉永:そうです。もう歌詞もばっちり、テーマ通りの。
山本:その5次元宇宙論っていうのが面白かったんですよ、とにかく。それを実際に実証しつつあるっていうのが。あるひとつの答えが出されたから、じゃあそれに対してどうかっていう態度が生まれてくるし。
撮影:YANO BETTY
「平和を願ってる人がこんなにいるのに平和が訪れないのは何でだろう、あきらめるしかないんだろうなあ」とか思ってたんだけど、でもなんかあきらめたくない、どうにかならないのかしらって思ってて。
―タイトル自体はシュガーさんが考えられたそうですが?
吉永:歌詞とか何にもないときに、曲のタイトルだけなんとなくついてて、今回数字が多いなと思って。「Weapons Of Mass Destrusction」=「大量破壊兵器」っていう言葉は、世の中に出たときからなんて強い言葉なんだろうってずっと気になってたんですけど、数字が多いなと思ったときに、「Mass」と「Math」をかけて、「大量」じゃなくて「数学」にしたらちょっと面白いかもって思って。
―「Mass」を「Math」にすることでネガティヴなイメージが反転されてポジティヴというか、面白いニュアンスになりますよね。
吉永:「平和を願ってる人がこんなにいるのに平和が訪れないのは何でだろう、世の中いろんな力が働いてるからなあ、欲望とか働いてるからなあ、結局一部の人の欲望が勝って世界は平和にならないんだろうなあ、あきらめるしかないんだろうなあ」とか思ってたんだけど、でもなんかあきらめたくない、どうにかならないのかしらってずっと思ってて。(物理学者の)リサ・ランドールさんはそう言ってるわけじゃないんだけど、彼女の言ってる目に見えない力が人間世界に影響を及ぼしてるとしたら、それがそう(世界が悪くなる力)なのかなって。そういう見えない力は、あきらめるんじゃなくて、破壊した方がいいんじゃないかなって思って。「Destruction」なんて強い言葉をバッファローは今まで使ってなかったんだけど、今回ちょっと使ってみようと思ったのも、ぼんやりしてる場合じゃないっていうか。
左:大野由美子
―そういう意味ではポリティカルな側面のある作品とも言えますか?
吉永:ポリティカルなアルバムってわけではなくて、もっと大きな意味で考えてる。今まで日常っぽかったのが今回は違うって最初に言ってたけど、今回も全然日常なんですよ。それはベースにあるっていうか、ポリシーではなくて、必然的にそうなるだけなんだけど。今の私たちの日常はこれなんですよね。
周りがあきらめムードになってたり、はっきりしない音楽が多くなってきた気がして、それがすごい嫌だった。
―『Pshychic』よりも前、『I』はある種コンセプチュアルな作品だったと思うんですけど、あの作品と比較するとどうですか?
大野由美子:あれは2001年でちょうど作ってるときに9.11が起こったんだよね。
吉永:そういう時代だったんで、あのときはもっと祈る感じだったんですよ。みんなちょっとしたことに気がついてないから、そういうのの積み重ねで悪い方向に行ったりしてるのかなって思ってて。それで、みんなが「I Know」ってやっていけばポジティヴな方向に行くんじゃないかって考えてたんだけど、それから10年経っても全然状況は変わりそうになく、祈っててもダメなんだなって。それであきらめるしかないと思ってたときに、リサ・ランドールさんの「Extra Dimensions」の話を聞いて、あきらめなくていい理由がここにあったって感じて。
―サウンドは非常にアグレッシヴですよね。特にアルバム後半のドラムはすごい。こういう方向性に行ったのはなぜなんでしょう?
大野:はっきりしたものを作りたいとは思ってて。日々のニュース見たり新聞を読むといろんな不満があって、それをただ見てるだけじゃ嫌だって気持ちがすごくあって、「強く言ってもいいんじゃない?」って思ってたから、音でもはっきり強い音にしてもいいんじゃないかなって。周りがあきらめムードになってたり、はっきりしない音楽が多くなってきた気がして、それがすごい嫌だったから、はっきりした、エッジの効いた音楽を聴きたいって思って、自分も作るんだったらそういう音にしたいって本能的にそうなってたと思うんです。
―「はっきりしない音楽」っていうのは?
大野:「これはすごい」って情熱を持って聴きたくなる音楽がすごく少なくなってきた気がする。それは年代のせいなのか、自分が年と共にそうなってきたのかよくわからないけど、若い子でも、濃い感じの若者が少ないっていうか(笑)。意欲があまりない人っていうか、そういう人がこの頃多いのかなって。就職できないとか、そういうことに対してあきらめてる人が前より多いと思うし。
撮影:YANO BETTY
「森ガール」とか聞くだけでむかつく。そういう分類がおかしくない?
―「ニート」って言葉も昔はなかったですもんね。あと「草食系男子」とか。
吉永:「草食系男子」って嫌だよねえ。
大野:(笑)。
吉永:その言葉も嫌い。「草食系」とか「カメラ女子」とか。
―「森ガール」とか?
吉永:そう、「森ガール」とか聞くだけでむかつく。そういう分類がおかしくない?
―うーん、分類することで落ち着かせようとしてるんですかねえ。音楽にジャンル名つけるみたいに。
大野:人間にジャンルをつけて(笑)。
吉永:「草食系男子」って、男子は肉食っぽくないといけないっていう前提があっての話じゃない? いいじゃん、べつに草食だって。ベジタリアンの彼氏とか最高だと思うけどね。
大野:そういう草食じゃないと思うんだけど(笑)。
軽い鬱状態であっても、そこに安住していられるっていうのがあって、それで生命力がどんどん失われていく。
山本:さっきニートっておっしゃってたけど、今って若者は部屋の中にいても生きていけるんですよ。それはコンピューターがあるからだと思うんですけど、軽い鬱状態であっても、そこに安住していられるっていうのがあって、それで生命力がどんどん失われていく。それが「草食系」ってことなのかなって。生命力の弱い男の子みたいな。由美子が薄いとかぼんやりしてるって言うのも、そういうなんとなくエネルギーがない状態だと思うんです。音楽もデスクトップで作れるようになって、テクニックがない人でも作れるっていういい部分もあるんだけど、一方では、インスタントに薄くて軽いものを誰でも作れるっていう。
大野:肉体的な感じがないんだよね。
山本:なんだかんだで古いロック・バンドの子達っていまだに残ってるじゃないですか? 一時なくなると思ったんですよ、DJとか流行ったとき。でもまた復活してて。今回のアルバムを改めて聴いても、ギターの鉄の弦の軋みとか、生々しく録れてると思うんですよね。録る方もそういうことにすごく意識的になってて、一つ一つの物体が出す音の質感っていうのを、新しいテクノロジーを使ってですけど、ものすごく磨いて入れてるんですよ。そういう虚像じゃない、実像としてのものを求めてるんじゃないかなって。そういうのに触れると気持ちも高揚するし、やってる方も盛り上がるんですよね。余計なものは要らないって気持ちになってくる。
時間と共に経過する贅沢な時間っていうのが私は好きだから、何かCDじゃない形でもそれができるなら、あった方がいいなとは思うけど。
―「フィジカル」っていう話で言うと、4年前に比べて現在はリリース形態も多岐に渡るようになって来ました。そういう話ってされました?
吉永:ダウンロードがどんどん増えていって、CDがどんどんなくなっていって、アメリカなんてもうCD屋さんがないじゃないですか? 日本ももうすぐアメリカみたいになると思うんですけど。CDはなくなるでしょうね、きっと。
―「フィジカルなものは音源も含めてすべてプロモーション・ツール、つまりはタダになって、その見返りとしてライヴに来てもらう」という構図になるっていう話がありますが、それについてはどう思われますか?
山本:私たちはCD制作業者ではないんで、メディアの形が変わっていくことに関しては、そこにストップをかける気もないし、時代がそういう風に進んでいくならそれでいいと思うんです。それは止められないし発展していくもので、それよりも音楽を作って聴き手に届けるっていうのがやりたいことだから。どんどんデジタル・テクノロジー化していく一方で、夏フェスが大きくなっていったりとか、そういうものも求められてますよね。あとライヴで演奏するときの、生演奏に関するテクノロジーが進化して、生ですごいいい音が出せるとか。全部データになるわけじゃないし、バッファローはもちろんライヴを大事にしてるんで。
大野:でも気持ち的には一枚っていうイメージがすごくあって。今はダウンロードするから「一枚の作品」っていう考え方が10年前とは全然違ってると思うんだけど、一枚でずっと聴けるアルバムはやっぱりいいアルバムだと思う。時間と共に経過する贅沢な時間っていうのが私は好きだから、何かCDじゃない形でもそれができるなら、あった方がいいなとは思うけど。
―今年はフジロックへの出演、秋にはオーストラリア・ツアーも予定されていますね。バッファローは以前から海外とのつながりが深いバンドですが、海外との距離感はこの数年でどう変わりましたか?
吉永:昔はプロモーターがいて、エージェント経由で、みたいな大きな話だったのが、今はそうじゃない。フェスとかも昔は大きいのしかなかったけど、今はちっちゃいのが日本全国で毎週のようにあるじゃない? そういうのがみんなクオリティを持ってバンドを呼んでくれるようになってるから、大きな会社に属してなくても、情熱とマネジメント力があればできるようになってる。システムが変わってきてますよね。今まで会社が仕切ってたのが、一個人、一アート好きが自分で計画して、資金集めてやっていくみたいな感じになってるし。CDが売れなくなって、レコード会社がダメでとか言ってる人いるけど、それはシステムが時代に合わなくなったからそうなってるだけで、音楽が好きで、音楽をやりたい・聴きたい人が、純粋に音楽の場をクリエイトする時代になってきてるから、それはポジティヴなことだと思いますよ。
4/4ページ:時間と共に経過する贅沢な時間っていうのが私は好きだから、何かCDじゃない形でもそれができるなら、あった方がいいなとは思うけど。- イベント情報
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- Buffalo Daughter presents
『WMD drop 1』 -
2010年7月29日(木)
会場:東京 新代田FEVER『FUJI ROCK FESTIVAL '10』
2010年8月1日(日)
会場:新潟 苗場スキー場2010年8月3日(火)
会場:東京 渋谷CLUB QUATTRO『RISING SUN ROCK FESTIVAL 2010』
2010年8月13日(金)
会場:北海道 石狩湾新港樽川ふ頭横野外特設ステージBuffalo Daughter Japan Tour 2010
『WMD drop 2,3,4』
『WMD drop 2』
2010年11月15日(月)
会場:東京 恵比寿LIQUIDROOM『WMD drop 3』
2010年11月16日(火)
会場:心斎橋 クラブクアトロ『WMD drop4』
2010年11月17日(水)
会場:名古屋 クラブクアトロ
- Buffalo Daughter presents
- リリース情報
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- Buffalo Daughter
『The Weapons Of Math Destruction』(Blu-Spec CD) -
2010年7月7日発売
価格:2,500円(税込)
Buffalo Ranch DDCB-120281. Gravity
2. All Power To The Imagination
3. Two Two
4. Rock'n'roll Anthem
5. A11 A10ne
6. The Battle Field In My Head
7. Down Beat
8. Five Thousand Years For D.E.A.T.H.
9. Six, Seven, Eight
10. Run
11. Unknown Forces
12. Extra Dimensions
13. New World: It Day
- Buffalo Daughter
- プロフィール
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- Buffalo Daughter
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シュガー吉永 (g, vo, tb-303, tr-606)、大野由美子 (b, vo, electronics)、山本ムーグ (turntable, vo)。93年結成。96年にビースティ・ボーイズが主催するGrand Royalと契約。同年1stアルバム『Captain Vapour Athletes』(Grand Royal/東芝EMI)を発表。アメリカ主要都市のツアーも行い、活動の場は東京から世界へ。98年に発表した2ndアルバム『New Rock』(Grand Royal/東芝EMI)は、大きな反響を得て瞬く間に時代のマスターピースに。その後もアメリカ中を車で何周も回る長いツアー、そしてヨーロッパ各都市でのツアーも行い、ライブバンドとして大きな評価を得る。01年『I』(Emperor Norton Records/東芝EMI)を発売、03年『Pshychic』、06年『Euphorica』は共にV2 Recordsよりワールドワイド・ディールで発売される。今年の夏、自らのレーベル"Buffalo Ranch"を設立。4年振りとなるニューアルバム『The Weapons Of Math Destruction』がリリースされる。
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