最上を追い求める音楽家 大橋トリオインタビュー

「一人なのにトリオ」というファニーなネーミング、シルクハットに髭をたくわえ、いつも飄々とした表情を浮かべているヴィジュアル、そしてジャズを基調に様々な音楽的要素を内包しつつ、それを誰にでも親しみやすいポップスへと変換するその手腕から、僕には「大橋トリオ」というミュージシャンが、どこか架空の世界に存在するキャラクターであり、魔法のように次々と音楽を生み出しているかのように思えるときがある。人気絵本作家のツペラツペラによって新作『NEWOLD』のジャケットに描かれたポートレイトを眺めていると、ますますそんな印象が強まってくるのだが、今回インタビューしてわかったのは、そんなイメージの背後にある人間味こそが、大橋トリオの最大の魅力だということだ。裏方志向と、それとは相反する自己顕示欲の間で葛藤を続けながら、音楽に対する強い想いを糧にプロ意識の高い活動を続けること。大橋トリオの作り出すポップスは、そうやって生まれているのだ。

(インタビュー・テキスト:金子厚武)

名刺はできたので、今までやってない新しいことを

「第1回CDショップ大賞」で準大賞を受賞した『THIS IS MUSIC』、メジャー初のフルアルバム『I Got Rhythm?』といった話題作に続く、大橋トリオの新作『NEWOLD』は、アコースティックを主体に、ほとんどの楽器を自ら演奏するというこれまでのイメージを大きく覆す意欲作となっている。

「前作まででとりあえず「大橋トリオはこういう人です」っていう名刺はできたと思ったんで、今回は今までやってない新しいことをやるべきだと思って。それでコラボしたりとか、エレクトロニックな要素を取り入れようと思ったんです。エレクトロニカとか好きなジャンルではあるんですけど、「ただ自分がやるには違うけどね」って感じで、でもやるなら半野(喜弘)さんってすぐに結びついてしまったんです」

最上を追い求める音楽家 大橋トリオインタビュー
大橋トリオ

10年来の付き合いという大橋と半野だが、フランスに住み、ヨーロッパを中心に活躍するエレクトロニック系のプロデューサーである半野とは、ひさびさのコラボレーション。打ち込みのビートを主体とした“HONEY”など、新鮮な仕上がりだが、生楽器が自然に溶け込んでいて、大橋トリオらしさは失われていない。また、ボーカリストとしては浜田真理子と手嶌葵という2人の素晴らしい女性シンガーとのコラボを果たしている。

「手嶌さんは洋楽っぽい。浜田さんは…洋楽っぽい(笑)。洋楽っぽい人が好きなんです。あと、浜田さんが歌うとどんな曲も名曲に聴こえるんですよ。で、手嶌さんが歌っても名曲に聴こえるんです。2人ともすごいボーカリストっていうことですね(笑)」

さらには、なんと布袋寅泰がギターで参加し、“JASMINE”で渋みのあるソロを聴かせてくれる。一見、接点のなさそうな2人だが、布袋が大橋のファンだったそうだ。

「(布袋の参加は)目立ちますよね(笑)。とあるラジオ番組にゲスト出演されていたときに、大橋トリオの曲をリクエストして頂いたらしくて。今回コラボものをやろうっていうのは決まってたんで、これはいいタイミングだと。それでお願いしてみたら、喜んで引き受けてくださったんです」

職人気質がゆえのジレンマ

コラボレーションがひとつの軸となった作品ではあるが、「とは言ってもやるのは大橋トリオだから、『っぽい』ものにはしなければいけないなっていう使命はあると思った」と大橋は言う。そもそも、大橋トリオとは映画音楽やCM音楽を主に手がけてきた大橋好規によるシンガーソングライター・プロジェクトであるだけに、大橋の裏方志向や職人的な気質を随所に感じることができる。例えば、彼が歌詞を一切書かないのも、自分の内面をさらけ出すのではなく、ただ音楽をやりたいんだという意思の表れなのである。

「僕は常に他ではしないようなことをしたいんです。例えば、あまり使われないマリンバを入れてみたりとか、ウッドベースを使い続けたりとか。あとは自分で言うのも何なんですけど、「自分の声」は大きいなと思って。ボーカリストによってジャンルが決まるぐらい言ってもいいと思うんですね。僕は本物のボーカリストじゃないんで、あんまりでかいことは言えないんですけど」

この日のインタビューで大橋は、自身のボーカルについて話を振られる度に、「自分はボーカリストじゃない」ということを繰り返していた。とはいえ、僕からすれば彼の声は味わい深いものだと思うし、新作に収録された“12時の針が落ちたら”では見事なスキャットも披露している。今年の夏はフェスやイベントにも多数出演し、ボーカリストとしての自信をつけたのかと思いきや、彼には依然わだかまりがあると言う。

「最初は(歌うことに)かなり抵抗があったんです。ライブは頑張って歌うんですけど、もちろんすぐには楽しいっていう境地にはなれないですよね。『ちゃんとやらなきゃ』っていうプレッシャーの方が強いんで。今もプレッシャーは大きいですけど、肩の荷がやっと下りてきた感じはあります。でも、上達の意識とかは全然ないですね。音楽家としてもっといいものを知ってるわけで、そこには到底到達しないので」

最上を追い求める音楽家 大橋トリオインタビュー

続けて大橋は、ライブで達成感や満足感を感じることがほぼないということも告白する。

「歌の部分ももちろんそうなんですけど、こういうグルーヴ感、こういうアレンジっていう理想形が常に付きまとうんですよ。ライブは生ものだし、ライブはライブの良さだって言い訳みたいに言うんですけど、それは言い訳でしかなくて。もちろん、よりいいものを届けたいわけですけど、編成とか人数が明らかに足りなかったり、理想形にはならないもどかしさがあって、満足感を得るのはなかなか難しいなって」

大橋トリオのアンビヴァレンツな魅力

と、ここでひとつ疑問が生まれてくる。裏方志向が強く、完璧主義的な側面の強い大橋が、なぜ自らがボーカリストではないことを認識し、ライブの難しさを痛感しながらも、「大橋トリオ」としての活動を続けるのだろうか?

「基本は裏方志向なんですけど…わりと出たがりな面もあって…っていうところですよね(笑)。悪い気はしないっていう(笑)。純粋に、僕がやるべきこととやりたいことをやるんですけど、でも自分が満足してるだけじゃしょうがなくて、より多くの人が『いいね』って思ってくれるようなものにすべきなので、それを常に考えてるんです」

本作でコラボレーションを果たした布袋と一緒に飲む機会があったときに、「そこに落ち着くのはホントにくいよね」と言われたことが印象に残っているという。つまりは、「大橋トリオ」という名前を冠することで、個人の内面やエンタテイメント性といったトピックには捉われず、音楽のみに集中できる環境を維持することができる。とはいえ、パフォーマンスをするのは自分自身なので、少なからず存在する自己顕示欲も満たすことができる。布袋が「にくい」と言ったのは、この音楽家にとっては理想的とも言える立ち居地に対してだろう。それはライブでのMCをめぐるこんなエピソードにもよく表れている。

「ライブではお客さんが楽しめるMCをしなきゃいけないっていうイメージがあったんです。若い頃にフォーク・バンドをやってたおじさんたちのコミュニティがあって、20歳ぐらいのときに参加してたことがあるんですけど、みんな面白いんですよ、MCが。『落語か?』っていう(笑)。それで自分もやるようになって、最初は明るく振舞ってたんですけど、あるときボソッとやってみたことがあって、何を言ったかは忘れましたけど、お客さんが満遍なく『クスクスクス』ってなって(笑)。『あ、このスタイル使えるな』って思ったんです」

この「クスクス感」というのが実に大橋トリオらしいが、意外にも音楽に引き込まれたきっかけは小学校の頃に大スクリーンで見たマイケル・ジャクソン『スリラー』の映像だったと言う。照れ屋な裏方志向で職人気質、しかし、その大元にあるのはスーパースターによる一大エンタテイメント。なんともアンビヴァレンツで、人間味のある、いいエピソードではないか。

日本の音楽を海外へ

「今の自分は今の自分でしかないですから、やるからにはやるしかないので、どうせやるなら今できる最高のものを出すしかない」。そう語る大橋トリオの新作には、『NEWOLD』というタイトルがつけられている。「NEW」と「OLD」が結びついて、「今」の大橋トリオを表しているということか。

「なるほど、それもいいですね。タイトルに関しては、聞かれたら『新しいものに挑戦しつつ、今までのスタイルも踏襲してます』って説明するんですけど、ぶっちゃけ言うと響きだけです。響きと見た目、何か変わってるポイントがあればなおよし」

やはり「変わってる」「他とは違う」ことがポイントのようだ。『NEWOLD』が絵本とCDのセットになっているのも、同じくこの考えが反映されているのだろう。

「服を選ぶのもそうだし、それはいつも思っちゃいますね。天邪鬼ってことなんですけど、人と同じことをするのが嫌なんです。ミーハーだったりもするんですけどね。昔は光GENJIにはまって、スケートしたりもしてましたから。ハチマキはしなかったですけど(笑)。そこのバランスを上手くとっているのが大橋トリオ、みたいな感じです」

こうしたこだわりと大衆性の同居があるからこそ、大橋トリオの音楽は熱心なリスナーを唸らせると同時に、誰にとっても親しみやすいポップスとしても機能しているのだろう。大橋トリオに小難しいイメージを持っている人がいるとすれば、それこそアイドルの曲を聴くぐらいのイメージで気軽に耳を傾けてみてほしい。気づけば、彼の音楽の虜になっているはずだから。最後に今後の目標を聞くと、語り口はこれまで同様淡々としながらも、実に力強い答えが返ってきた。

「海外の人と何かをしたいですね。コラボなのか、楽曲提供なのか、プロデュースしてもらうのか、それはわからないですけど。もっと言うと、大橋トリオの日本語の作品がそのまま海外で受けたりしたら面白いなって。洋楽聴くじゃないですか? だったら日本の音楽を向こうの人が聴いてもいいじゃないですか? 少人数だけど、海外の人が『いいね』って言ってくれたりもするから、大橋トリオに限らず、日本の音楽がそうなってもいいと思うんです。求める人は手に入るかもしれないけど、求めないと手に入らないでしょ? 降ってくるわけじゃないから。降らせていかないと(笑)」

イベント情報
大橋トリオ concert 2011
『NEWOLD』

2011年1月10日(月・祝)
会場:愛知県 Zepp Nagoya

2011年1月14日(金)
会場:大阪府 サンケイホール・ブリーゼ

2011年1月15日(土)
会場:大阪府 サンケイホール・ブリーゼ

2011年1月21日(金)
会場:東京都 九段会館

2011年1月22(土)
会場:東京都 九段会館

リリース情報
大橋トリオ
『NEWOLD』

1. きっとそれでいい
2. HONEY
3. 12時の針がおちたら
4. This is the love with 浜田真理子
5. JASMINE with 布袋寅泰
6. Fairy
7. 真夜中のメリーゴーランド with 手嶌 葵
8. 月の裏の鏡
9. CUBE
10. I come through
11. この雨みたいに泣いてみたかったけど
12. 生まれた日
※『NEWOLD』絵本付きパッケージ(3,990円/税込)には、絵本『トリドリ』に加えて、ボーナストラックとして“トリドリ”が収録される。

プロフィール
大橋トリオ

音楽大学でジャズ・ピアノを学んだ後、阪本順治監督の映画『この世の外へ 〜クラブ進駐軍〜』にピアノ演奏とビッグバンド・アレンジで参加。以降、本名の大橋好規として映画音楽やCM曲の制作、小泉今日子や持田香織らへの楽曲提供やプロデュースを行なう。07年、シンガー・ソングライター・プロジェクト「大橋トリオ」としての活動を開始。08年にミニアルバム『A BIRD』でメジャーデビュー。09年11月にメジャー1stアルバム『I Got Rhythm?』を発表。10年11月にはメジャーセカンドアルバム『NEWOLD』をリリース。



記事一覧をみる
フィードバック 0

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Music
  • 最上を追い求める音楽家 大橋トリオインタビュー

Special Feature

Crossing??

CINRAメディア20周年を節目に考える、カルチャーシーンの「これまで」と「これから」。過去と未来の「交差点」、そしてカルチャーとソーシャルの「交差点」に立ち、これまでの20年を振り返りながら、未来をよりよくしていくために何ができるのか?

詳しくみる

JOB

これからの企業を彩る9つのバッヂ認証システム

グリーンカンパニー

グリーンカンパニーについて
グリーンカンパニーについて