「文字と言葉」がテーマに据えられた□□□の新作『CD』は、楽曲のみならず、ジャケットや歌詞カードのデザイン、ミュージックビデオに至るまで、徹底的に「文字と言葉」にこだわって制作されている。ジャケットのCDやアー写はすべて文字で作られ、初回盤はホロ箔に、いまどき珍しい活版印刷仕様というこだわりようだ。このディレクションおよびデザインを担当したのは、いち早くUstreamを導入した『everyday is a symphony』のライブ演出以来の付き合いとなる伊藤ガビンをはじめ、伊藤と共にデザインユニット「NNNNY」のメンバーであるいすたえこ、最近メンバーに加わったという林洋介、そして宮本拓馬の4人。別途公開される□□□メンバー・インタビューに先んじて、まずはこの4人を迎え、デザインの側から『CD』という2011年屈指の問題作に迫ってみた。
(インタビュー・テキスト:金子厚武 撮影:柏井万作)
捨てないことを推奨してるわけじゃなくて、「どう思うのかな?」っていう問いかけが面白いかなって。
―初めは□□□の側からどんな依頼があったのですか?
伊藤:最初は「ホームページをリニューアルしたいからやってください」ってことを言われたんですよ。あと以前からの流れでライブ演出のふたつですね。…で、結局ジャケットとかミュージックビデオまで作ってるっていう(笑)。
□□□『CD』中ジャケット
―(笑)。
伊藤:「文字と言葉」が今作のテーマっていうのは聞いてて、じゃあトータルで作った方が面白いんじゃないの? って思ったんです。それで、全部文字でやろうって提案をしたら、「じゃあジャケットも」みたいな流れに…言われたかな? 言われないで勝手にやってたのかな?
―(笑)。メンバーとはどんな話をされたんですか?
伊藤:僕は秋葉原の「3331(Arts Chiyoda)」(秋葉原の旧錬成中学を再利用したアートスペース)にいるんですけど、部屋が教室なんで、人が入ってきやすい雰囲気なんですよね。それで□□□のメンバーも突然ガラっと入ってきたりするわけです。どっか行って、また酔っ払って入ってきて、急に今作の歌詞カードのアイデアについて説明を始めたんですよ(笑)。
いす:その前にせいこうさんとこで花火大会を見てたときに、三浦康嗣くんが「アルゴリズム的な曲をやりたいと思ってずっと考えてて、やっとできそうな気がする」って話はしてましたよね。だから事前にちょっとは聞いてたんですけど。
―文字だけでジャケットを作ろうっていうアイデアはすんなり決まったんですか?
伊藤ガビン
伊藤:メンバーと最初の頃話していたのは、アルバムコンセプト的には「何もなくていいんじゃない?」「真っ白でいいんじゃん?」ってことでした。だけどタイトルが「CD」になった時に、CDのパッケージそのものがテーマになった感じですね。 CDとレコードを比べると、CDになった時点でデータの入れ物になってて、フェティッシュな感じじゃなくなってるんだけど、なんとなくブツとしての存在感をちょっとだけ残してる、そういうところが面白いと思ってて。
いす:廉価版みたいな。余計な飾りがなくてCDそのものしかない、みたいな。
伊藤:CDって、ブツとデータの中間の不思議な存在だなあ、と。だから歌詞カードも、いわゆる「自炊」と言われている、スキャンして本体を売っちゃうっていうカルチャー…じゃないけど、それに対応しようみたいなことを話してたんですよ。だから今回、歌詞カードを冊子として綴じてないんです。
―なるほど。
伊藤:裁断済みだから、「スキャンして捨ててもいいですよ」っていうアプローチなんですけど、こういう手間暇かかった活版印刷(活字を組み合わせて作った版で印刷する)の物を前にして、「どう思うのかな?」「捨てられるのかな?」って問いかけてるんです。だって三木さん(初回盤の活版印刷を担当した弘陽印刷の社長)がひとつひとつね、活字を拾って、活版印刷で組んで、刷ってるわけじゃないですか? 「そんなものを捨てられるのか?」と。だけど、スキャンしやすいように裁断済みっていう(笑)。
―世代で分かれそうですね。今の若い人はパソコン買い換えるときに音楽データを移さないとかいうし。
伊藤:ほかのアルバムと比べると大分捨てにくいものになってるとは思うんですけど、捨てないことを推奨してるわけじゃなくて、「どう思うのかな?」っていう問いかけが面白いかなって。電子書籍が話題になっているときに、いとうせいこうさんがTwitterで「紙の本にこだわってるのなんかノスタルジーしかないからダメだ」みたいな発言をしてて、でも一方では江戸趣味っていうか、古典芸能みたいなことを愛してるじゃないですか? そういうのが面白いなって。
バラバラのものが、たまたま並んだときに意味を持つ、それって「文字と言葉」が持ってる面白い要素だと思って。
―実際の制作はどのように進んで行ったのですか?
伊藤:まずアイデア出して、そのためのプログラムを林くんが書いて出力して、それを細かく修正して、いすさんが最終的にデザインに落としこんでいく感じですね。
林洋介
林:プログラムを使って歌詞に使われてる文字からグラフィックを作ったんですけど、これを作るにはまず文字の重複をなくすんですよ。例えば「会いたい」って歌詞だったら「い」が2回出てくるとか、そういう重複をなくして、文字が濃く見える順番に並べ替えました。大抵画数の多い文字が濃くなるんですね。それで濃い文字はポイント数を小さくして、写真の色の濃さと対応させつつ、ある程度ぶつからないように並べるとこうなります。
いす:ジャケットの文字は全部ランダムに並んでるわけじゃなくて、探すと曲名があるんですよ。ちゃんと10曲分読めるようになってるんです。
林:ジャケットは曲名の文字だけで作ってて、まず読めるようにマウスで並べてから、あとは書いたプログラムで一気に埋めるっていう。
―なるほど。曲タイトルがちゃんと読めるのは気づかなかったです(笑)。あとさっきちょっと話に出ましたが、活版印刷でやろうっていうアイデアはどこから生まれたのですか?
伊藤:この作品で「文字と言葉」って言ってるのは、置き換えが可能っていうか、2つのフレーズがバラバラに組み合わさったときに新しいフレーズになって、エモーションが生まれるみたいな関係になってるじゃないですか? それはコンピューターでフォントを並べていくっていうよりも、活字みたいにそれぞれ1個1個独立した、別に何の意味も持ってないバラバラの文字があって、それを並べていったときに意味が生まれるみたいな、そういうところと上手いことリンクしてるなと思ったんですよね。バラバラのものが、たまたま並んだときに意味を持つ、それって「文字と言葉」の面白さそのものだと思って。
―でも活版印刷って手間もお金もかかるわけですよね。
伊藤:でもね、お金かかかってはいるけど、世の中のイメージよりはかかってないんだよね、きっと。今活版で何かしようとすると、頼んだ印刷所からさらにどっか行って、またどっか行ってって、中間マージンが発生して高くなっていくわけで、ひとつひとつの印刷の工程はそんなに高くないんですよ。じゃあ、ちょっとチャレンジしてみようかって言ったら、commmonsの人たちは結構前のめりにやってくれるんですよね(笑)。「これ嫌われるだろうな」と思ったら、逆にすごいやる気満々で(笑)。
ガビンさんはアナログが好きなわけでは全然ない人で、むしろどうでもいいと思ってる人なので(笑)。
―素晴らしいですね(笑)。実際やってみてどんなことが大変でしたか?
いすたえこ
いす:アシスタントは何人かいらっしゃったんですけど、基本的には三木さんおひとりでやってらして、こういう歌詞カードはやったことがないって話だったんで、最初は「無理かも」って弱腰だったんですけど、段々周りから反響もあったみたいで…。
―乗ってきたと(笑)。
いす:そうですね。しまいには、タワーレコードの広告にもなって、テンション大上がり(笑)。最初はメンバーの名前も覚えてなかったんですけど、「覚えようと思うから教えてくれ」って連絡が来て(笑)。でもメールがなくて、FAXか出向くしか方法がないから、ちょっとした直しとかを伝えるのに行かなきゃいけなかったりとかして。
―でも作るのに手間暇がかかる分、後にも残るっていうのがアナログなものの良さだったりもしますよね。
いす:でもガビンさんはアナログが好きなわけじゃなくて、むしろどうでもいいと思ってる人なので(笑)。活版印刷に憧れがあったわけではなくて、むしろ活版をやることに抵抗があるみたいな話もしてました。「今あえて活版印刷を使う」っていうことにオシャレみたいな感じが伴っちゃったりするのが。
伊藤:ある意味、デザイン用途でしか使われてないジャンルになりつつあるから。10年ぐらい前までは週刊誌とかも活版印刷でバンバン刷られてたんですよね。だけど今はデザインとか質感とかそういうもののために使われてると思うんですよ。そういう意味では気を抜くとオシャレになりすぎちゃう危険な手法なわけですよ。
いす:あと活版は手触りっていうか、デコボコしてるのが良さだと思われてるんですけど、実際に活版をやってる三木さんとかは、デコボコになることをすごい嫌がってて。デコボコさせるために強く押して刷っちゃうと、文字がつぶれちゃうんです。だから、あえて活版印刷をつかって文字をデコボコにしたいっていうのは、デザイナーのこだわりでしかないんですよね。なので今回は、紙を厚くする代わりにちょっと押しを強くしてデコボコにしたんですけど。
伊藤:CDというメディアの一番スタンダードなジュエル・ケースと、普通の上質紙で、刷り方だけ違うっていう感じにしたんです。
いす:あとこれ(“ちょwwwおまwwww”の歌詞カード)は活版用の活字がなくて、三木さんが活字を削ってくれたり、あるものをなんとか使ってやってて。
―ああ、顔文字はパソコンや携帯のメールが普及してからのものですもんね。
伊藤:あと三木さんから余裕で拒絶されたのが“lAv'mi”(笑)。同じ活字が何個もあるわけじゃないから、ここまで同じ文字が多いとできないって。だからこれは樹脂で版を作って、それで刷ったんです。
ほんの一瞬だけアスキーアートになったりもするんですよ。
―活版印刷では色々ご苦労があったわけですね。あと今回はミュージックビデオも作られてますよね。“あたらしいたましい”はやはり文字だけで作られてますね。
伊藤:実作業では林くんがジャケットの手法を中心にいろんなプログラムを書いて、手付けのモーションは宮本くんがつけていったカタチですね。曲の構造自体が複雑なので、文字のモーションで説明を試みつつ、コンセプト通り「最初から最後まで全部文字」みたいな。自分たちの首を絞めるっていう(笑)。最初は安易にアスキーアートでいけるんじゃないかって思ったんですけどね。
いす:それだと見たことある感がすごく出ちゃって。
伊藤:BECKのすごいいいアスキーアートを使ったビデオ(“Black Tambourine”)があって、全部文字でビデオを作るって決めたあとにそれ見て、「おっと!」って(笑)。だからそこは全部避けたっていうか、他の手法を探しました。林君がそういうのを探求するタイプなので、しつこくいろんな方法を試して。
いす:最初はもっと顔らしくなってたのを、どんどんギリギリわかるぐらいまで削いでいったり、文字を大きくしたりとかして、何となくわかるぐらいまでにして。
宮本拓馬
宮本:シーン数が結構多いから、アルゴリズムがひとつしかないと飽きちゃうじゃないですか? だから、このシーンは輪郭だけとか、このシーンはジャケットっぽくとか、そういう風にシーンごとに変えました。
伊藤:スタジオで本人たちの撮影もしたんだけど、ほぼ使ってない(笑)。昨年の『□□□忘年会2010』のときに、隣にスタジオを組んで、お客さんに歌ってもらったのを撮ったんですけど、それをいっぱい使ってるんです。輪郭が歌詞でできてるんですけど、発声のタイミングに合わせて、その文字が大きくなったりしてます。
いす:気づかれないけど(笑)。
―確かに、これは言われないとわかんないですね(笑)。
伊藤:ほんの一瞬だけアスキーアートになったりもするんですよ。あと撮ったビデオから手書きのアニメーションを起こして、その線でやってたり。男女が別々で歌ってて…(ビデオを見ながら)これ林君ですけど(笑)。
―ああ、言われてみれば(笑)。あと“ヒップホップの経年変化”のビデオも作られてますよね。
伊藤:これはLA在住の牧鉄兵くんに細かい詰めをやってもらいました。あれはいとうせいこうさん、元々ああいうイメージがあったんですよ。紋付で、最初から最後までお辞儀をしてラップをしたいって。
―なるほど。そうなるとさっきの“あたらしたましい”の話と同様に、飽きさせない工夫が必要になりますよね。
伊藤:でも“ヒップホップの初期衝動”もすごいシンプルなビデオだったから(最初はYouTubeにあげるティーザー用に撮ろうとしたものだったそうです)、あんまり何もしないのがいいんじゃないかと思って。でもやってはみたものの、段々何か入れたくなって(笑)。
―蚊が飛んでたりするんですよね。あれは絶対にわからない(笑)。
伊藤:別に意味はないですけどね、全体的に(笑)。
昔はアーティストのビジュアルとかレコードジャケットって、その時代を代表するデザイナーの主な仕事の場所だったわけじゃないですか? でも、もうなくなっちゃいますからね、こんなもんは(笑)。
―“あたらしいたましい”にしてもそうだし、ほとんど気づかれないような部分っていうのは、作り手としてのこだわりなんですかね? それとも遊びなのか、どうなんでしょう?
林:わりと普通に作ってる感じではあるんですけどね。むしろ、かっこいいシャープなものを作ってると思ってるんですけど、なんか「キモグラマー」とか言われて、「おかしいな?」って(笑)。
いす:“あたらしいたましい”ができたときも、「きもー! やるじゃーん!」って(笑)。
―褒め言葉ですよね(笑)。
いす:でも本人も途中から「きもいのできました」って(笑)。
林:あきらめました(笑)。
伊藤:でもまあ□□□ってバンド自体が過剰ですから。これとか意味わかんないじゃないですか? 「何で帯にこんな書いてあるの?」みたいな。こんな長い原稿を帯用に渡されても(笑)。
いす:帯が大きすぎて、せっかく箔押しで作ったジャケットが見えづらいっていう(笑)。
―様々な「過剰」が結集された作品というわけですね。では最後にもうひとつ、本作は『CD』というタイトルになっていって、これはCDと配信のどっちがいい悪いという話ではないものの、CDというパッケージメディアの持つ可能性を見つめ直す意味があると思うんですね。みなさんはCDというメディアに対してどのような見解を持たれていますか?
伊藤:僕意外とCD買うんですよ。マスター的な、「最初からバックアップとってあるぞ」みたいな(笑)。昔はグラフィックデザイナーっていうと、アーティストのビジュアルとかレコードジャケットをやりたがったし、その時代を代表するデザイナーの主な仕事の場所で、ヒプノシスとかピーター・サヴィルとか、時代を担ってたわけじゃないですか? でも、もうなくなっちゃいますからね、こんなもんは(笑)。だから、グラフィックデザイナーどこに行くんだろうみたいなこととかも、ちょっと面白い話題なんですよね。
―それはライターにとってもまさにそうで、ライナーノーツとかなくなっちゃうと、「ライターどこに行くんだろう」ってことですよね。
伊藤:雑誌もないからね。
―そうなんですよね。広げていくとそういうことに、音楽にまつわる文字要素がなくなっていくわけですからね。
林:僕はCD世代だからよく買ってて、初回盤とかきれいに残しておく感じなんですよ。クレジットを見て誰が参加してるとか、スペシャルサンクスで「このバンドと仲がいいんだ」とか、そういうのが知れるのは情報としてよかったんですよね。だから、プログラミング的なことで言うと、誰と誰がどういうつながりであるとかをビジュアライズしたりとか、そういうのは興味ありますね。でも配信曲にそれがつくとかじゃなくて、別のとこになっちゃうのかもしれないですけど。CDは音はもちろん、デザインや情報まで上手くパッケージングされてるけど、それが全部バラバラになっていくのかなって。
―必ずしも一緒である必要はないわけですもんね。
林:いい悪いは別として、今はちょうど過渡期なのかなって思いますね。
- イベント情報
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- 『□□□03「CD」御披露目会「CD-R」』
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2011年2月26日(土)OPEN 17:00 / START 18:00
会場:東京都 原宿 ラフォーレミュージアム原宿
出演:□□□(三浦康嗣、村田シゲ、いとうせいこう)+オータコージ
演出:伊藤ガビン
料金:前売3,000円 当日3,500円(共にドリンク別)
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- 『□□□04「CD」御披露目会「CD」』
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2011年2月27日(日)OPEN 16:00 / START 17:00
会場:東京都 原宿 ラフォーレミュージアム原宿
出演:□□□(三浦康嗣、村田シゲ、いとうせいこう)+内田慈、大木美佐子、金田朋子、まつゆう*、オータコージ
演出:伊藤ガビン
料金:前売5,500円 当日6,000円 2日間通し券8,000円(共にドリンク別)
- リリース情報
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- □□□
『CD』 -
2011年2月23日発売
価格:3,000円(税込)
RZCM-46734 / commmons1. はじまり
2. 1234 feat.内田慈
3. ヒップホップの経年変化
4. 恋はリズムに乗って feat.大木美佐子
5. スカイツリー
6. あたらしいたましい feat.金田朋子
7. ちょwwwおまwwww
8. ヵゝヵゞゐ。 feat.RUMI
9. iuai feat.まつゆう*
10. lʌ'v mi
- □□□
- プロフィール
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- NNNNY (えぬえぬえぬえぬわい)
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グラフィックデザイナーのいすたえこと編集者の伊藤ガビンによって結成されたデザインユニット。その後、イラストレーターの萩原慶、プログラマー&デザイナーの林洋介、NY支局のマット・ファーゴが加わった。理詰めで考えた末の見たことない結論としてのデザインが得意。
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