傑作『LOVEBEAT』から10年、先行シングル『subliminal』を挟んで、遂に砂原良徳の新作アルバム『liminal』が到着した。『LOVEBEAT』で確立したミニマルで立体的な構造はそのままに、今鳴らされるべき音を鳴らした、孤高の極みのような作品であり、間違いなく2011年を象徴する1枚となるであろう。さて、砂原といえば、その寡作ぶりも手伝って、クールで寡黙なクリエイターというイメージが強かったが、実際に対面した印象はむしろ真逆で、歯に衣着せぬ大胆な発言は「パンク」と言って何ら差し支えないほどの、実に熱い人物だった。音楽にはまだ世の中を変える力がある。それを信じて、砂原は早くも次の作品にととりかかる意欲を見せている。どうやら、次の作品がまた10年後ということはなさそうだ。
次に何をやるかすでに考えなきゃなっていう状態になってる感じですね。
―『liminal』は実に10年ぶりのアルバムとなりますが、現在の率直な心境から聞かせてください。達成感なのか、安堵感なのか、それともまた別なのか…いかがでしょう?
砂原:どっちかっていうと、またやることができてきちゃったなあって。前作の『LOVEBEAT』を作った頃っていうのは、次に何をやったらいいのかすぐには見えない感じだったんですけど、今は、次に何をやるかすでに考えなきゃなっていう状態になってる。
―それは次の曲作りってことですか?
砂原:そういうことです。達成感っていうのはね…なかなかないですよね。アルバムを作り終わったときは毎回、「ああ、自分が思ってるところまでできなかったな」って思いますし。
―作っては直しを繰り返して、その「今バージョン」がアルバムとして出るという感じでしょうか?
砂原:そうですね。楽曲をたくさん量産している人たちが多いと思うんですけど、僕は1曲だけいいものが作れれば、本当はそれでいいんです。ビジネス的には成立しませんけど(笑)。その1曲の方が、自分にとって価値があるんだろうなと思っているんですよ。
―でもそうなると、究極を求めて永遠に作り続けることになるんじゃないですか?
砂原:何が難しいかというと、自分っていうのが日々変化するからなんですよね。曲を作っていて、昨日まではよかったのに、突然今日ダメになったりする。同じ曲にも関わらず。そうやって自分が変化していく中で音楽を作っていると、出来を判断するのが非常に難しいんですよね。
―そういうこともあって、本当はご自身でもできるミックスやマスタリングを、益子樹さんにお願いしているんでしょうか? 作品としてまとめあげるために、客観的な目線を入れるという意味合いで。
砂原良徳
砂原:そうです。どうして音楽作品を作っているかといえば、やっぱり多くの人に聴いてもらうためにやってるんだと思うんです。そのためには、僕からダイレクトに出てきたものに対するフィルターが必要だと思っていて。益子さんは僕のフィルター役にすごく合ってるし、彼が音を修正してくれると、自分がどういう音を出しているのかよくわかるんですよ。それでここしばらく益子さんにお願いしていて、どんどんクオリティもあがっていってる。音質に関しては、とりあえず来るとこまで来れてるかなって気はしますね。
―なるほど。前作の『LOVEBAT』で確立した、ミニマルで立体的な構造っていう「砂原さんらしさ」は引き継がれていると思うのですが、確かにそこで鳴っている音は以前と違っていると思いました。
砂原:『LOVEBEAT』の頃ってまだ、ハードウェアのシンセの使用頻度がかなり高かったんですね。それが今回は、ほとんどがコンピューター内でソフトウェアのシンセを鳴らしているんです。例えばオシロスコープなんかで音を可視化するとわかりやすいんですけど、『LOVEBEAT』の頃って、パッと音が止まったように聴こえても、実はかすかに音が震えて残っているんです。音の甘さというか、曖昧さがある。それが今回は、止まるときはビシッと止まっていて。だから、音質的にはずいぶん違うと思いますね。
物の流れとか、人の気分とか雰囲気とか、そういうものがどんどん変わってますけど、やっぱりそれを感じて、その上で音を出すっていう。
―『LOVEBEAT』から『liminal』へと至る音の変化の背景にあるものって、技術的なこと以外では、何が一番大きいのでしょうか?
砂原:やっぱり僕も地球に生まれて、人類の秩序の中で生きてますから、その社会で起きていること全てに影響されますよね。ニュースを見るといろんなことが起こっていて、物の流れとか、人の気分とか雰囲気とか、そういうものがこのところどんどん変わってきて。それを感じて、その上で音を出すわけなので、やっぱりこの10年で大きく変わりましたよね。
―つまりは、音楽に対するリアクションで音楽を作るんじゃなくて、現実世界に対するリアクションとして音楽を作っていると。
砂原:『LOVEBEAT』以降は特にそうですね。音楽のトレンドよりも、社会の雰囲気の方がよほど影響も大きいと思うし、だから僕は今何が流行ってるのか知らないんですよ、全然。ダブステップがどういうものかすら、未だによくわかってないし。
―砂原さんって、海外のトレンドに対するリアクションが強いのかと思っていました。
砂原:若いときはそれでもよかったと思うんですけど、今はシーン的なものが昔ほど強固に定まっているわけじゃないから、あんまりそこは気にしないで作っているんですけどね。
―なるほど。昨年リリースされたシングル『subliminal』って、すごく切迫感のある、警告音を音楽的にリデザインしたような楽曲に思えたんですが、それって社会状況が混沌の度合いを強めていることの反映だと言っていいのでしょうか?
砂原:間違いなくそうだと思います。テレビなんか見てても、現代社会の問題をテーマにした番組がよくありますけど、「こういういいことがありました」っていうんじゃなくて、「今後こういった困ったことがいっぱいあるけど、どうしていこうか?」っていうことの方が圧倒的に多いと思うんですね。特に日本はそうだと思うんですけど。
―それがアルバムにも反映されていると。
砂原:そうです。僕の家の横には小学校があって、小学生が登下校する姿を見ることがよくあるんですけど、彼らのことを羨ましいとはまったく思わないんですよね。むしろ、かわいそうだとしか思わない。なんかね、お母さんと一緒に子供が歩いてるんだけど、お母さんビシッとした格好ですごく決まってるのに、子供は靴に穴開いたりとかしてて、「え? 親子なの?」みたい母子が結構いて。子供はかわいそうだなと思いますよ。全然子供のこと考えてない国だなってホントに思うし。
もし今の音楽に人を変える力がないのなら、僕は今すぐ音楽をやめます。
―そういう現実を反映した音楽を、聴き手にどういう風に捉えてほしいというのはありますか?
砂原:そういうのはないんですよ。もちろん時代の雰囲気や気分が反映されているってわかってくれたら、作った甲斐はあるかなって思います。でもそれを言ったところで、なかなかそういう風には捉えられないと思うし、逆に、どういう風に捉えてもらえるのか興味がありますね。
―砂原さんの音楽にはもちろんダンスミュージック的な側面もあるわけですけど、ただ快楽主義的な音楽ではなくて、人に何かを気づかせたり、何かを変える力になるような音楽に興味があるということですよね?
砂原:そうですね。そういうことがやりたいのであって、ただ単純に聴いて気持ちがいい音楽しか作らないんだったら、音楽をやめてもいいかなって思います(笑)。例えば、音楽を政治的なことに利用するなと言う人もいますけど、音楽で政治がよくなるんだったら、俺はどんどん使ってほしいと思ってて。ポップミュージックの歴史を振り返ってみると、音楽は人の考え方やライフスタイルを変えたり、もしくはそういうものとリンクしたりしてきたわけですよね。もし今の音楽にそういう力がないのなら、僕は今すぐ音楽をやめます。
―でも、そういう力があるはずだと。
砂原:うん、それがないんだったら面白くないし、そういうものを少しでも期待してやっているところがありますね。だけど、2000年以降のポップミュージックからそういう力が失われつつあるのも、強く感じるんです。
3/4ページ:「ポップミュージックは20世紀のもの」ということで、一度そうやって割り切ったほうがいいんじゃないかと考えているんです。
「ポップミュージックは20世紀のもの」ということで、一度そうやって割り切ったほうがいいんじゃないかと考えているんです。
―趣味のものでしかない?
砂原:そうですね、どんどんそうなってきていると思います。でもヒップホップとかが世の中を変えていくのを見てきているし、古臭いと思われるかもしれないですけど、そういう要素は自分の中ですごく大事なんです。
―砂原さんがそういった音楽の力を最も実感したのって、いつの経験が大きいですか?
砂原:いつかな…80年代もあったんでしょうけど、自分で強く実感したのは90年代に自分が濃い活動をしていたときでしょうね。自分たちが作品を出したり、何かを言ったり、世の中に対してプレゼンテーションすることで、少なからず世の中の雰囲気とか人の考えが変わることを実感できた時期でした。
―僕は今31歳なんですけど、僕らが10代の頃っていうのが、まさにその時期ですね。
砂原:僕らの周りだったら、電気グルーヴがいて、スチャダラパーがいて、コーネリアスがいて、(トーキョーNo.1)ソウルセットもいて、みたいな状況の中で、お互いに刺激し合いながら時代の雰囲気を作ってたと思うんですよね。
―90年代のように砂原さんが再び矢面に立って世の中にプレゼンテーションをするっていう可能性はあるのでしょうか?
砂原:僕はあんまり…暴走族でいうと、アタマを走ったりするタイプの人間ではないので(笑)。僕はもっと真ん中の、変わった役割をするタイプの人間だと思うんですよ。だから、僕が何かやることで全部がガラッと変わることはないけど、1枚でも2枚でもぺラッとめくれて、それの連鎖反応があるかもしれないっていう、そういう希望に基づいてやってますね。
―では現代社会っていうのを音楽業界に絞って考えるといかがでしょう? 非常に大きな変化の途中にあると思うのですが、どのようなことをお考えですか?
砂原:例えば50年代の音楽のイメージってありますよね? それと同じように、60年代、70年代、80年代、90年代、それぞれあると思うんですけど、00年代のイメージはありますか?
―うーん…。
砂原:ないんですよ。そしてここから先の10年も、おそらくないと思うんです。11年経って、それでも出てきていないんだから。そういう意味でいうとこの音楽の流れというのは、1度終わったと考えるしかないと思う。つまり「ポップミュージックは20世紀のもの」ということで、1度そうやって割り切ったほうがいいんじゃないかと考えているんです。そしてそれでも音楽をやるんだったら、どういうやり方で、どういうことをやったらいいのかっていうのは、自分でも課題ですね。
―なるほど。
砂原:CDは売れないですよね。今までカルチャーの中に参加しようと思ったら、CDを買って、共通の話題を持った友達を作って、ライブとかクラブとかに実際足を運んで、それでやっと参加できたんですよ。でも今はとりあえずネットがつながってれば、YouTubeで曲を聴いて、Twitterにああだこうだ書いて、レスもらって、それで終わりです。そうなると、それを仕事にしてる人たちのところにお金が回らなくなりますから、当然縮小していくと思うんですね。
―そうですね。
砂原:今はメジャーレーベルでもなんでもそうですけど、クオリティうんぬんよりも、予算のかからないことを優先していると思うんです。「これは安いからやれるな」っていうのが、すごく増えてる。もちろん、お金を使えばいいっていう話ではないですけど、僕らの世代だとマイケル・ジャクソンがドカーンみたいな、マドンナがダーンとか、そういうのを見てきたわけじゃないですか? やっぱり経済の流れの中に音楽がある程度は食い込んでいかないと、しぼんでいくしかないと思うんです。
4/4ページ:音楽自体は結構抽象的なものだと思うから、やっぱり誤解の部分っていうか、違った解釈があるっていう、それが面白いところですからね。
音楽自体は結構抽象的なものだと思うから、やっぱり誤解の部分っていうか、違った解釈があるっていう、それが面白いところですからね。
―音楽業界の話といっても、結局は全体の経済の話とどうしたって結びつきますもんね。じゃあ、近年は音源よりライブが重要だっていう話もありますよね? 砂原さんもライブ活動が以前より活発になってきていますが、ライブに関してはどのような考えがありますか?
砂原:共通体験の重要さっていうんですかね、ライブだと同じタイムラインで1曲目から最後までみんなで一緒に見たり聴いたりするわけですけども、今の時代はそういう共通体験が少なくなってきてる気がして。自分の家でYouTubeで見たり聴いたりするのって、みんな同時にやってるわけじゃないじゃないですか? 昔だったらピンク・レディが売れてたら、みんなピンク・レディを聴いてて、それが時代の雰囲気とか気分になったりしたと思うんですけど、今の共通体験というと、サッカーとか野球の世界大会とか、そういうところですよね。
―そうですね。
砂原:みんな共通体験をいらないとは思っていなくて、実は求めている感じはあるじゃないですか。実際にすごく盛り上がるわけだし。人間は個ですけど、個だけではやっぱり生きていけないというか、成立しないですから、そういう共通体験っていうのは必要だし、重要だと思うんです。だから僕もライブで、同じ空間で、同じ時間軸で見せたいなって思っているんです。
―すごく大きな質問になりますが、砂原さんは音楽の力でどんな変化が起きることを期待していますか?
砂原:それはやっぱり、個々が社会の1個のピースであることを認識することですね。例えば、エジプトで何が起きようと自分には全く関係ないし、影響ないと思って生きている人がすごくいっぱいいるので、そういう人の意識がもうちょっと変わってほしいなって。もちろん、自分ももっと高い意識を持つ必要があるんですけど。
―わかっていても、流してしまいがちですからね。
砂原:わからないふりをしてる人もいますよね。わかっていても、行動するのが難しいから。また一方では、行動することで生まれる「副作用」を無視している人も多い。現代人ってみんな濃い知識をいっぱい持ってるけど、それがいろんなところに点在しているだけで、全然つながってないんですよ。だから自分がやってる活動の中に副作用があることに気づかないんです。
―難しい問題ですね。
砂原:こういうことを考えた上で何かをやろうと思うと、大体何もできないっていう状況に陥りがちなんですよね。悩みますよ、ホントに。音をひとつ出すのでも悩みます。「実は出さないほうがいいんじゃないか?」って思うこともありますし。
―その悩みが積み重なった10年でもあった?
砂原:それはありますね。何かをやろうと思っても、副作用のこともあって、ホントにそれをやるのが正しいことなのか考えてしまう。音楽じゃなくても悩むと思うんですよね、今って。でも、そういう意識は高めた方がいいと思うし、人にも持っていてほしいっていうのはありますね。
―はい、よくわかります。
砂原:別に音楽を聴くことで人により意識的になってほしいとか、そういうことだけのために音楽を作ってるわけでもない。僕の想いはこうで、これが正しくて、これ以外の解釈は間違いとか、そういうつもりは全然ないんです。それだったら、自分でマニフェスト掲げて社会活動をやったらいいと思うんですよ。音楽は結構抽象的なものだと思うから、やっぱり誤解の部分っていうか、違った解釈があるっていう、それが面白いところですからね。
- リリース情報
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- 砂原良徳
『liminal』初回限定盤(CD+DVD) -
2011年4月6日発売
価格:3,360円(税込)
Ki/oon / KSCL-1666-16671. The First Step(Version liminal)
2. Physical Music
3. Natural
4. Bluelight
5. Boiling Point
6. Beat It
7. Capacity(Version liminal)
8. liminal
[DVD収録内容]
1. subliminal
2. Wave Motioh(Version2)
3. LOVEBEAT(live at Liquidroom 2009)
- 砂原良徳
- リリース情報
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- 砂原良徳
『liminal』通常盤 -
2011年4月6日発売
価格:3,059円(税込)
Ki/oon / KSCL-16681. The First Step(Version liminal)
2. Physical Music
3. Natural
4. Bluelight
5. Boiling Point
6. Beat It
7. Capacity(Version liminal)
8. liminal
- 砂原良徳
- プロフィール
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- 砂原良徳
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電気グルーヴに91年に加入し、99年に脱退。ソロとしては、95年〜01年にかけて4枚のアルバムをリリースし、その他にもプロデュースワークや数多くのCM音楽などをを手掛けてきた。昨年5月には、元スーパーカーのメンバーで現在は作詞家、音楽プロデューサーとして活躍するいしわたり淳治とプロデュースユニット (ユニット名:いしわたり淳治&砂原良徳)を始動。同年7月に9年ぶりとなるオリジナル作品、4曲収録のEP『subliminal』をリリース。
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