漫画家・映像作家のタナカカツキが2008年に発表した映像作品『ALTOVISION』とは、見るものに視覚の範囲を超えた未知の身体的体験を促すものであった。クラムボンの原田郁子とともに、恐怖心をあおるような強烈なクライマックスを描き出したL.E.D.の“I'll”もまた、聴覚の範囲を超えた体験を味わうことのできる楽曲であり、そのミュージックビデオをタナカが手掛けたことはもはや必然だったと言ってもいいのかもしれない。CINRAでは2009年にもL.E.D.とタナカの対談をお届けしているが、その後、タナカは伊藤ガビン・いすたえこと共に「VJ QUIZ」としてL.E.D.のライブに映像で参加するなど、両者の距離はさらに接近。今回は“I'll”の作曲者である横山裕章も加え、“I'll”の話を中心にアルバムについて、そして「ものを作る」ということについて、再びじっくりと語り合ってもらった。
「いいメロディ浮かんだから聴いてよ」って、20分ぐらいずっとスティールパンを披露されました。果たしてどこからどこまでがいいメロディなのか分からなかったけど(笑)。
―前作の『GAIA DANCE』はカツキさんの映像作品『ALTOVISION』が制作のきっかけになったと前回の取材でおっしゃっていましたが、『elementum』にも何かきっかけはありましたか?
佐藤:結局まだカツキさんの『ALTOVISION』から端を発したインスピレーションの連鎖がバンドの中でもそのまま続いてる感じなんです。その流れの中で自然にできたものを作りためていきました。だから、コンセプチュアルに制作が進んだわけではないですね。
タナカ:続けないと「バンド」にならないですからね~。「普通にやった」ってことでしょ?
佐藤:そうです(笑)。
左から:オータコージ、タナカカツキ、佐藤元彦、横山裕章
―今作から入ってきたスティールパンの音色がとても印象的で、軽やかな、開かれたイメージを受けました。
佐藤:前作はまだ今の7人じゃなかったし、それぞれの役回りにも共通認識がなくて、流動的だったんです。あと、前作を出してからライブの本数がかなり増えて、バンドサウンドとして固まってきたっていうのも大きいですね。スティールパンに関しては、Kakueiさんがあるときからスティールパンに目覚めて(笑)、それをバンドに取り入れていったら、新しい風が吹きましたね。
オータ:いつの間にかスティールパン命みたいになってたよね(笑)。この間もKakueiさんの家に行ったら、「いいメロディ浮かんだから聴いてよ」って、20分ぐらいずっとスティールパンを披露されました。果たしてどこからどこまでがいいメロディなのか分からなかったけど(笑)。まあ、それぐらいエネルギッシュにハマってるっていう。でも、そういう旬なものは取り入れた方が面白くなるんですよね。
―カツキさんはアルバムを聴かれてどんな印象を受けましたか?
タナカ:L.E.D.のライブでVJ中にたくさん聴いていたから、知ってる曲ばかりでしたね~。だから僕にとってはもはやニューアルバムじゃなかったけど(笑)。
L.E.D.『elementum』ブックレットより
―まあそうですよね(笑)。
オータ:でも一緒にVJやってるガビンさんは、アルバム聴いて「新基軸だね」って言ってましたよ。
タナカ:それ、VJ中にどれだけ音を聴いてないかよく表していますね(笑)。だってVJ中に電話したりメールしてるもん(笑)。僕は一生懸命(音と映像を)合わせてたもん。その違いですよ。
オータ:同じVJチームなのにこうも意見が分かれるとは(笑)。
2/4ページ:原田さんのイメージが僕らのイメージとちょっと違う軸だったから、正直「どうかな?」って思ったりもしたんですよ。
原田さんのイメージが僕らのイメージとちょっと違う軸だったから、正直「どうかな?」って思ったりもしたんですよ。
―とはいえ、原田郁子さんを迎えた初のボーカル入りトラック “I'll”は間違いなく新機軸ですよね。
タナカ:うん、先ほど「開いてる」っていう話がありましたけど、僕が言うのもあれやけど…?
佐藤:はい(笑)、ファーストでカツキさんとご一緒させていただいてから、バンドの外にある感性を受け入れながらもの作りをするっていうのが本当に楽しくなってきてて。今回の“I'll”に関しても原田さんという第一線のミュージシャン、一流のエンジニアである池内さんとともに僕らのフォーマットで音を作ってみようって話が自然と出てきたんですね。そういった流れで原田さんにお願いしたんです。
―インストバンドには大ざっぱに2つに分類すると、歌がないからこそイマジネーションを広げられるっていう部分にこだわりのあるバンドと、結果的にインストになってるだけっていうバンドがいると思うんです。L.E.D.は前者だと思うので、ボーカルを入れることはすごくチャレンジだったと思うんですけど、いかがですか?
佐藤:そうなんです。だから、いわゆるリードボーカルの感覚で歌う人は違うなと思っていて。原田さんは声質そのものにも特徴があるし、よく言われるように楽器として響く声ですよね。それにインストバンドで歌った経験もあるから、敢えてお願いしなくても、L.E.D.の音楽のひとつの要素として声をのせてくれる人だろうと思っていたんです。実際にその通りでした。
―どんな風に作っていったんですか?
タナカ:曲ってタイトルがあるじゃないですか? このタイトルがあるからこそ、化学反応が起きることってあると思うんですよ。“I'll”もそういうのに近くて、単語から広がるイメージで歌詞を付けていったと思うんです。
―カツキさん、もはやバンドよりも雄弁ですね(笑)。
佐藤:嬉しいですね(笑)。カツキさんの言った「イメージ」というのがまさに正解なんですけど、L.E.D.って映像を思い浮かべながら音を作ることが多いんです。この曲はヨコチン(横山)主導で作ったんですけど、まずは原田さんとイメージを投げ合いました。
横山:ホントに最初は漠然としていて、例えば雪とか氷とか、そういう冷たい景色を思い浮かべさせるようなイメージをバーッと並べて、そのイメージを体感できるサウンドを作って、原田さんとやり取りをして。それでレコーディング当日に原田さんが持ってきてくれた言葉を基にして、「ここはこう歌おう」、「ここはこう喋ろう」って、徐々に組み立てていったって感じですね。
―実際のレコーディングはいかがでしたか?
横山:ドキドキしっぱなしでした(笑)。決まってない分、思いつきで「ここはこうやってみよう」って感じで作れたので、新鮮というか、予想もつかない出来になる楽しさはありましたね。
佐藤:ミックスも紆余曲折あったものの結果、いい流れでしたね。ラフミックスを聴いて、原田さんもイメージが具体的に出てきたみたいで、最終ミックス前に彼女の方から打ち合わせをしたいと言ってきてくれて。ただ、僕らにもイメージはあったので、すぐにそことピタッとはいかないじゃないですか?だから最初は、原田さんのイメージが僕らのイメージとちょっと違う軸だったから、正直「どうかな?」って思ったりもしたんですよ。だけど、擦り合わせていくうちに彼女の考えも分かってきて、その方向に行けばよくなるって確信できたんです。だから最初は手探りでしたけど、クリアな形でコラボができてホントよかったなって思いましたね。
オータ:最終的には原田さんも拍手で、みんなで「ワー!」ってなったよね。
カツキさんの映像と僕らの音を合わせると、奥深い怖さが付随されて、音だけとはまた違った感覚になる。
―そして、そのビデオをカツキさんが手掛けられたわけですが、内容については意見交換をしたんですか?
佐藤:1回打ち合わせたんですけど、ほとんど内容についての話はしなかったですね。カツキさんの世界観が元々大好きだし、絶対の信頼があったので。
横山:でも顔の案はそのとき出ましたよね?
佐藤:あ、そうだっけ。
タナカ:ローアングルのイメージはあったんですよ。でも最近のハイビジョンってえげつなくて、実写にすると鼻毛が見えるから線画にしましたね(笑)。
―そういう理由だったんですか(笑)。カツキさんは曲からどんなイメージを受けたんですか?
タナカ:歌詞が1番具体的なので、それを頼りにしましたけどね。アイルランドに住んでる人からメール来たんやな、こっちからは月が見えへんかったんやな、と。でも、「曇ってて こっちは なにも 見えないや」って歌詞のところに、おっきい月がバチーンって出てくるんですけどね(笑)。そういういたずらはしていますね。
オータ:拡大解釈すれば、心の中では見えてるとか。
タナカ:アイルランドの人の目線かもしれないしね。解釈は色々でいいんです。
オータ:俺はあの最後に向けてのシーンがとにかく怖くて…。あの感覚は独特ですよね。怖いんですけど、救いはありつつ、微妙な空気にさせられたっていうか。
タナカ:あそこは対比やと思うんですよね。音楽がグワーっと行って、パッと終わるじゃないですか? パッと終わる静けさと、マックスで音が来てるところとの対比は、力を入れてやろうと思ってたんですよ。
横山:この曲はあんまりリズムを入れたくなくて、グワーっていうのだけで作ろうと思ったんです。だから、あそこが1番やりたかったんです。
―ちゃんとそこに映像的にもクライマックスが来てると。
タナカ:まあ、その話は今初めて聞きましたけどね。事前に聞いておけば不安なくできたのに!
―(笑)。
オータ:あの最後はホントすごいですよ。後味が悪いんだけど不快じゃないっていう。
佐藤:でも少女が駆け出してるからフワッとなるよね。
オータ:そうなんだよね。でも手前にすごい怖さがあった上でのフワッとだから、救いのエンディングにはなってるんだけど、微妙に後味が悪いというか、「この子どうなっちゃうんだろう?」っていう不安感もあって。あの独特の後味の悪さはぜひ感じてほしいですね。
佐藤:音に関しても、原田さんもやっぱりあそこにこだわってたよね。怖くすることに。俺ら的には「これぐらいでいいかな?」って思っても、「もっともっと!」って。「よけたくなるくらいの音にして欲しい!」って言ってたよね。
タナカ:そのビデオを作るって、苦痛ですよ(笑)。何度も何度もそのシーンの調整をして、その度に恐ろしい音が降り掛かってくるからね。そりゃあ、よけたいよね。(笑)
オータ:ははは!(笑) でも実際、音だけ聴いたときはうるさいって思いますよね。昼のラジオでかかったとき、「視聴者大丈夫かな?」って思いましたもん。主婦の皆さん、洗い物落としちゃうんじゃないかなって(笑)。でもカツキさんの映像と僕らの音を合わせると、奥深い怖さが付随されて、音だけとはまた違った感覚になるから、コラボ作品としてすごいよかったんじゃないかって。
佐藤:僕らが『ALTOVISION』を見てキャーキャー言ってたその感じが、ホントに僕らの音と合わさっていて、ものすごく嬉しくて、涙出てきちゃったんですよ。「ああ、やっと一緒にできたな」って。カツキさんの映像って、どれを見ても同じ感覚というか、カツキさん独特の情感に満ちていて、ノスタルジックな感じとか、叙情的で優しいんですよね。
世の中ですげえって言われてるものって、結局シャレから入ってるような気がしなくもないんですよね。
―L.E.D.の音楽には「旅」の感覚が付き物だと思うんですけど、実際どの程度意識されているんですか?
佐藤:癖になってるんですよね。ヨコチンも旅先で見たイメージを音として残そうとするし、今回で言えば “bluemoon in Togakushi”は、全パート、合宿に行ったときに作った音なので、そのときの思い出も込めてこのタイトルはつけたし。実際、レコーディングの合間に戸隠神社に行ったんですよ。そしたら偶然、儀式をやってたのですかさず録音してそのフィールド音入れちゃいました。
オータ:曲タイトルに関して言うと、やっぱり爆笑なのは“500”だなぁ。アルバムの最後に“500”だから、なんか意味ありそうじゃん?
横山:500年前の景色を想像させられたらいいなっていうのが表向きのテーマなんですよ。
―でも、実際には?
横山:とあるヒップホップのDVDを見て、1ドルのレコードを5枚まで買ってサンプリングしていいって条件でトラックを作る番組があって、それを日本版でやれたらいいなって思って。100円セールのレコードを5枚集めて、それだけを使って曲を作るっていうのが裏のテーマなんです。(笑)
オータ:俺やっぱ思うんだけど、面白さってそういうことなんだなって。この曲も言ったら500円だし、さっきのカツキさんの線画も鼻毛が見えないようにしたわけじゃないですか? (笑)ポップなというか、笑える入口から、いろんなテーマを含んで、最終的には意味があるものになっていくっていうか、ホントは意味がないのかもしれないし、でも広く捉えればあるのかもしれない。そういう意味で500円って聞いたときに「なるほどな」って思ったんです。世の中ですげえって言われてるものって、結局シャレから入ってるような気がしなくもないんですよね。
―なるほど。じゃあ、『elementum』っていうアルバムのタイトルはどうでしょう?
佐藤:ぶっちゃけトークな感じになってるから言っちゃうと、タイトルありきで作ってるわけじゃないし、正味、これも後付けなんですよね。今回コンセプトはなかったんで、自分たちがその都度作ってる、ひとつひとつの要素を集めていったっていう、それぐらいの意味ですね、ホントに。結局かっこつけないと出せないんで(笑)。
人が入ると広がるっていうか、ファーストと比べて明らかに変わったっていう手応えがあるんです。
タナカ:タイトルってホントに難しいと思うんですよ。ある意味限定させることだし、何でもいいって言っても印象よくないとダメだし、結局こだわっていくと思うんですね。でもL.E.D.の人たちは、情感を大事にする人が多いと思うんですよ。僕はよく「ライブ中にもっとトークしてよ」って言うんです。こういう人柄だって思って聴いた方が面白いと思うんですよね。だから、次のアルバムにはトーク入れてほしい(笑)。
―(笑)。でも今おっしゃったことはホントそうで、CINRAも音楽に詳しい人ばかりが見てるわけじゃないから、まず人間性を伝えて、その人の作ってる音楽っていう見せ方がすごく大事だなって話をしているんです。
タナカ:そう、人から入って行った方がいいような気がするんですよね。まあ、性格が全員悪かったらそんなこと言わないですけど(笑)。
―カツキさんからはトークという要望が出ましたが(笑)、L.E.D.として今後の展望はありますか?
佐藤:前作は自分たちで全部録って、自分たちでミックスもしたんですけど、今回は人に委ねようってことで、池内さんというエンジニアと一緒に録って、ミックスもお願いしたんです。そうやって作って思ったのが、カツキさんもそうだし、原田さんもそうなんですけど、人が入ると広がるっていうか、ファーストと比べて明らかに変わったっていう手応えがあるんです。今後も要所要所で他の人と一緒にやっていくような形が、1番いいものができるんだろうなって思いますね。
―カツキさんは、トーク以外にL.E.D.に対する要望はありますか?
タナカ:最初のぼんやりした、抽象的なところから具体的なところに曲を落としこんでいく作業の中で、1番具体的にした曲を聴いてみたいですね。まだ“I'll”も余地があるじゃないですか? 聴いた人が景色を広げる余地が。それが全然ないやつ。ハッキリと答えがあるやつも、最終的には聴いてみたいですね。それで、すごいつまんなくあってほしい。
佐藤:すいません。それはまだ怖くてできないす…。せめて10年先ってことで勘弁してください(笑)。
- リリース情報
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- L.E.D.
『elementum』 -
2011年4月6日発売
価格:2,500円(税込)
PEMY-0151. aqua
2. ventus
3. I'll(feat.原田郁子)
4. hitofudegaki
5. terra (album ver.)
6. nathan road
7. bluemoon in Togakushi
8. ignis
9. 500
- L.E.D.
- イベント情報
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- 『exPoP!!!!!』
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2011年4月21日(木)
会場:東京都 渋谷 O-nest
出演:
L.E.D.
MaNHATTAN
Fragment×leno (術ノ穴)
and more
料金:無料(2ドリンク別)
- L.E.D. 『elementum』release tour
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2011年5月1日(日)
会場:愛知県 名古屋 栄lounge Vio
出演:L.E.D.、egoistic 4 leaves、stim、ホテルニュートーキョー、mississippiroid2011年6月12日(日)
会場:渋谷O-NEST
出演:L.E.D. with VJ QUIZ、Calm、WUJA BIN BIN2011年6月17日(金)
会場:宮城県 仙台enn 2nd
出演:L.E.D.、タテタカコ、and more
- プロフィール
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- L.E.D.
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各方面で活躍する生楽器のマエストロ7人から成るシネマティック・インストバンド。そのサウンドは、Jazz、Funk、HipHopからHouse、Ambient,Minimal、Electronica、Krautrockまで様々な要素をバンド独自の有機的フィルターを通して解体、再構築。既存のインスト、ポストロック勢とは明らかに一線を画し、映像を強くインスパイアさせる、まさにシネマティックなサウンドスケープを展開している。結成当初から確かな演奏力と映像親和性により高い評価を受けているライブは各地のフェスをはじめ、活動の幅を広げ続けている。また映像に重きをおくコンセプトにより前作のアートワーク、ライブでのVJ参加(VJ QUIZ)、今作ではMVを手掛けた漫画家でもあり映像作家の異才タナカカツキとのコラボレーションも話題に。そして2011年バンド初のボーカルトラックにクラムボンの原田郁子を迎えた楽曲“I'll”(アイル)を含む渾身の2ndアルバム『elementum』が遂に完成。
1966年生まれ、大阪府出身。18歳でマンガ家デビューし、以後、映像作家、アーティストとしても活躍。漫画家としての代表作は『バカドリル』(天久聖一との共著)『オッス!トン子ちゃん』など。2008年には究極の映像美で新境地を拓いた『ALTOVISION』をブルーレイで発売。
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