ビエンナーレなどの国際フェス、世界各都市の有力美術館、気鋭作家を発掘する名物ギャラリーなど、アート界の最新地図に影響を与える存在はさまざま。その中で、新たに存在感を示してきたのが大型アートフェアだといわれる。もっぱら「観る」ことを楽しんでいるアート好きにとっては、「買う行為」や「マーケット=市場」に直結するアートフェアは敷居が高い? 意外とそうでもないのかも? そこで7月29日から31日まで開催される日本最大の美術見本市「アートフェア東京2011」の俊英ディレクター・金島隆弘と、現代美術の鬼才を紹介するギャラリー「山本現代」のオーナー・山本裕子を指南役に、フェアの魅力を解剖してみた。
「ウチの薔薇が一番奇麗」っていう気概で
─まずは基本中の基本な質問ですが、アートフェアとはなにか? を教えてもらえますか。展覧会、ビエンナーレ、オークションなどなどイベントがいろいろある中で、アート界における「フェア」にはどんな魅力や役割があるのでしょうか。
金島:アートフェア=日本語では美術見本市ということで、会場で自分の好きなアートを見つけたら、その場で購入できる催しです。ふだんはそれぞれのスペースで活動する有力ギャラリーが一堂に会するのも特徴ですね。来場者にとっては、各ギャラリーがいま推したいアートを一度に体験できるし、作品を買うことはアートの世界にさらに一歩、足を踏み入れられるチャンスだとも思います。
─山本さんのギャラリー「山本現代」は、ヤノベケンジ、小谷元彦、宇川直宏、高木正勝など、異能とでもいうべきアーティストを積極的に紹介しています。そんなふだんのギャラリー展示と、フェア参加の違いってなんでしょう?
山本裕子
山本:ギャラリーの立場からは、ふだんもフェアも自分たちのやることは変わらないとも言えます。いずれも売り物を並べるだけではなく「魅せる場」にしないといけないからです。たくさんのギャラリーが集うアートフェアではどのギャラリストも、たとえるなら「ウチの薔薇が当然一番奇麗」っていう気概で乗り込んでくると思う(笑)。だから内容にも展示にも手は抜けないですね。その緊張感や刺激はフェア独特のものです。
─世界を見渡せば、どんなアートフェアがあるのでしょう?
金島:海外ではスイスの『アート・バーゼル』が最大規模で、近年はマイアミにも展開しています。現代美術に特化したものでいえばロンドンの「フリーズ・アートフェア」などが有名ですね。アジアでもここ数年で、ソウル、北京、上海、台北、シンガポールといったほとんどの主要都市でフェアが誕生しています。中でも『ART HK』が行われる香港は世界的にも注目度が高いです。
─そういう流れの中で、アートフェア東京(『AFT』 )は2005年に始まりましたね。他とは違う特徴があれば教えて下さい。
金島:『AFT』 は古美術・工芸から、日本画、洋画、そして現代美術までが共存するアートフェアである点が一番の個性だといえます。日本ならではの催しですが、海外でいうとオランダのマーストリヒトにも、アンティークから現代美術まで幅広く扱う『TEFAF』という有名なフェアがあります。『AFT』 はアジアの『TEFAF』的な存在になれるのでは、とも思っているんです。
─となると、漫画『へうげもの』的な古美術愛好家が、うっかりハードコアな現代アートに巡り会って「あれもこれも欲しくてたまらぬ…!」となるような現象も起こりうるんでしょうか?
山本:確かに、ふだんは古美術の画廊さんにしか行かないというお客さんが私たちのブースにも来て下さったりしますし、その逆もあるようです。考えてみれば古美術の多くも、当時はアヴァンギャルドだったのでしょうしね。
─古今東西のアートが集結するフェア、それをどうやって巡っていくのがよいでしょうか? 今年から会場構成も変わったと聞いたので、そのお話もぜひ聞かせて下さい。気になる山本現代のブース内容も!
古美術から現代アートまで共存するアートの世界を、都市になぞらえて
─ではここからは、今年の『AFT』 の楽しみ方について、さらに伺っていきたいと思います。
金島:今年の会場構成には、新しい要素を取り入れたんです。古美術から現代アートまで共存するアートの世界を、都市の姿になぞらえてみました。すなわち、中心部の旧市街地から、徐々に郊外の新興地域へと発展していくイメージです。ホール中央に古美術のエリアがあり、そこは照明も少し落として落ち着いた空間になります。そこから徐々に現代のフレッシュな表現を紹介するギャラリー陣へと広がっていきます。
─山本現代は去年まで、開廊5年未満の若手現代美術ギャラリー・セクション「PROJECTS」に参加し、今年からいまお話のあったホール空間に進出ですね。ブースの位置は、その「都市の見立て」でいえばアートの最前線。お隣はインド現代美術の名ギャラリー、ナチュール・モルトゥと韓国のOne and J.ギャラリー…みなさん個性強そうです。
山本: ホントですね(笑)。刺激を与え合えたらと思います。
─もう『AFT』 での出展内容は決まっていますか?
山本:山本現代は、『AFT』 では毎回、作家をひとり選んで個展形式のブースにしています。今年は若手の女性ペインター、今津景さん。すべて新作なので、ぜひ皆さんに観ていただきたいです。
─今津さんは2009年のVOCA展で佳作賞を獲得するなど、注目されている作家さんですね。各ギャラリーでも個展型、オールスター型などいろいろあり、作品だけでなくそこも個性の見せどころでしょうか?
金島:確かに、フェアに訪れることで各ギャラリーの個性や、アート市場の現場にふれられる良さはありますね。それは美術展とはまた違った魅力かもしれません。
「アートを開く」ための特別企画、チャリティ、トークも充実させます
金島:今年の『AFT』 は「アートを開く」をテーマに、いろんな面でフェア全体をオープンにしていくことを目指しています。国際的にも、異業種間にも、地域社会にも、といった意味で。
─なるほど…。おすすめの見どころについて教えてもらえますか?
金島:先ほど話に出た、若手現代美術ギャラリーが集うセクション「PROJECTS」はどうでしょう。今年は、アジアの現代美術コレクターやアートスペース運営者からなる『AFT』 のPROJECTSアーティスティック・コミッティ(委員会)も参加し、「21世紀最初の10年における日本現代アート」を考える特別企画が登場します。具体的には、高嶺格さんと篠田太郎さんの展覧会を開催します。フェアで紹介される機会が少ない作家という点でも、期待して下さい。なおこの委員会も「アジアに開く」という意味で新たに結成したものです。
─アートを社会に開くという意味では、今回、フェア開催まであと1ヶ月弱というところで東日本大震災が発生しました。その影響による延期をはじめ、さまざまな試練を乗り越え、こうして7月末に開催を実現した経緯がありますね。
金島隆弘
金島:そうですね。延期決定後に新たに立ち上げた企画のひとつに、チャリティプログラムがあります。震災に対峙し、アートを通して、またフェアという場を活かして何ができるかと考え、出展ギャラリー、協賛企業、アーティスト等、様々な方と話し合う中で生まれたプロジェクトです。
ひとつは「アート・ファン!」といって、夏開催にちなみ「うちわ」を使ったプロジェクト。出展ギャラリーとのコラボレーションにより、アーティストが描いたうちわを販売します。また、今回メインスポンサーとなったドイツ銀行グループの支援により、若手アーティストによる子ども向けのワークショップも開催します。もうひとつは「アート・プリンツ」といって、出展ギャラリーが提供するカタログや画集、ポストカードを販売します。両プロジェクトとも、売り上げを復興支援のために日本赤十字社を通して寄付します。
─アート界から多彩なスピーカーを招いたトークイベントや、他の注目イベントとの連動も、すべて「アートを開く」ことにつなげていきたい?
金島:そうなんです。トークシリーズ「ダイアローグ in アート」も内容を変え、震災後の社会とアートの関わりを考えるシンポジウムを開催します。震災後に何が起こったのかを振り返り、これから何をしていくべきなのかをアートを通して考える良い機会となると思いますので、ぜひご参加いただきたいですね。
それと、当初予定の4月に開催できていれば『東京アートウィーク』と連動する予定でしたが、延期になっても連動企画が充実しますよ。アートコレクター夫婦を追った映画『ハーブ&ドロシー』がフェア会期中に上映されますし、『アートアワードトーキョー丸の内』も同時期に開催され、連動プログラムも企画されます。また、3月~4月に開催されたSPACE NIO(日本経済新聞社東京本社2階)でのドイツ銀行コレクションの展覧会も再公開されるので、震災により来場できなかった方も、アートフェア東京の延期開催と併せて楽しんでいただけるスケジュールとなっています。
─ドイツ銀行は現代アートの優れたコレクションでも知られていますね。
金島:5万6千点もの作品を所蔵する、アートへの理解が深い企業です。世界の有力アートフェアのスポンサーでもあるので、フェア同士のコネクションを広げていくことができる点でも大変感謝しています。
山本:彼らがスポンサーになってくれるのは、世界水準のアートフェアにとって重要なことかと思います。さらなる活性化につながることを期待しています。それと、金島さんは欧米の追随ではなく、アジアならではのネットワークや場をつくろうという意識が高いのも素晴らしいですね。
─それではいよいよというか、ようやくというか「アートを買う」ことの魅力や、実際にフェアでどんなやりとりが行われているかを伺えたらと思います。
フェアでのコミュニケーションにタブーはないんです
─実際の『AFT』 会場では、お客さんはどんなふうに楽しんだり、購入を相談するとよいでしょうか?
金島:例えば今回の参加ギャラリー133軒について、ふだんの営業場所をぜんぶまわるのは正直大変ですよね。フェアではそれがひとつの建物に集うという便利さがあるから、まずはパーっと見て好みのギャラリーを探したり、逆に知らなかったけど気になるギャラリーをチェックしたり、それが最初のきっかけになると思います。どこもウェルカムですから、気軽に話しかけてみてはどうでしょう。
山本:現代美術については、各作品に、観る側の好き嫌いとはまた別に意味があります。ビジュアルに惹かれて声をかけてくれる方々にはそういうお話をしたり、あとは値段やスペース的に「ウチに置ける?」といった現実的なお話をしたり。買いたい人と、そうではないけど興味はある人で分け隔てはしません。ウチは、モジモジしてるお客さんにはこちらから話しかけるかも(笑)。すごく鋭い反応や指摘をもらうこともあるので、こちらも有り難くて。作家や作品の話をすることでもっと面白くなる部分はあると思いますよ。
─さすがに数百万円の大型彫刻なんかだとなかなか手が出なさそうですが…数万~10万円台の作品があれば、社会人なら十分検討できる世界ですよね。まずは聞いてみればいいと。たとえ予算に合わなくても「それならこの作品は?」という話になったりもしますか?
金島:言ってみれば、フェアでのコミュニケーションにタブーはないんです。ふつうの人付き合いの延長線上ですね。でも、いざ買うとなると額の大小は別に、いわば身銭を切るわけですから、やっぱり真剣になるんですね。それがアートの見方をまたひとつ広げてくれる面はあります。部屋に絵が1枚あると、生活のスパイスになるというか、生活に深みが出るようにも思います。現代美術の作品だと、いろいろなことを考えるきっかけにもなりますし。
山本:私は「アートが家にあるのが特別なの?」と思うんです。どの国でも、人々はその場所の文化に関わっていますよね。それに参加していることを実感するひとつの方法というか。日本は美術館や博物館への年間来場者がもっとも多い国のひとつで、美術に対して高尚なイメージを抱く人も多いように感じます。でもいっぽうで、作家は霞を食べて生きているわけではなくて(笑)、みんなと一緒。5万、10万の買物でも、それがアートシーン全体を支える可能性があるとも言えます。試しにひとつでも作品を手に入れてみると、そうしたことにも思いがおよぶかもしれません。
買った側としては、その作家のこれからの活躍も楽しみ
─最後に、おふたりが最初に買ったアートって覚えていますか?
山本:飴屋法水さんの作品か、奈良美智さんの小さな立体だったか、ダグラス・ゴードンの千枚紙を使った作品だったかな…。どれも当時は、アート界で駆け出しの私でも頑張れば手に入れられた値段でした。若いアーティストの作品はお手頃なものも多くて、ギャラリー側には、まずはそうした価格で彼らの味方になってもらいたい、応援してほしい、そういう思いもあります。買った側としては、その作家のこれからの活躍も楽しみですよね。
金島:僕が最初に買ったアートは、かつて東京画廊に勤めるきっかけをくれた吉田暁子さんの作品ですね。それまでは、アート作品を買うということの意味がわからなかった。でも触れてみると面白い世界で、以来それなりにお金が貯まると作品を買うようになりました。例えば金氏徹平さんの彫刻『Teenage Fan Club』は、北京でのグループ展で観てどうしても欲しくなり、当時の取り扱いギャラリーに相談して手に入れました。僕はアートの仕事で生活させてもらっているので、そのお礼という意味もあるかもしれません。
─「自分コレクション」の最初の一作、というのも思い出深いものになりそうですね。それぞれの目線で、まずは無理せず手に入れられるお気に入りを探しにいくのでよいのかなと。ではもうすぐ始まる『AFT』 を楽しみにしたいと思います。
- イベント情報
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- 『アートフェア東京2011』
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2011年7月29日(金)、7月30日(土)、7月31日(日)
会場:東京都 有楽町 東京国際フォーラム 展示ホール&ロビーギャラリー
料金:1DAYパスポート1,500円 小学生以下無料(但し大人同伴)
- プレトークイベント
『はじめてのアートコレクション』 -
2011年7月19日(火)19:00~21:00
会場:東京都 大手町 SPACE NIO(日本経済新聞社東京本社2F)
19:00~ 未来芸術家・遠藤一郎からのメッセージ
19:30~ プレトーク「はじめてのアートコレクション」
登壇者:宮津大輔(サラリーマンコレクター、アートフェア東京PROJECTSアーティスティック・コミッティー)
山本裕子(山本現代ディレクター、アートフェア東京コミッティー)
藤城里香(無人島プロダクションディレクター)
モデレーター:柳下朋子(日本経済新聞社編集局 生活情報部記者)
料金:入場無料
※要事前予約(予約方法はオフィシャルウェブサイトでご確認ください)
- プロフィール
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- 金島隆弘
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1977年、東京都生まれ。アートフェア東京エグゼクティブ・ディレクター。東京画廊+BTAPの北京スペース運営などを経て、FEC(Far East Contemporaries)を設立。同社の代表として、東アジアにおける現代美術の調査プロジェクト、作家の制作支援、交流事業などを手がけている。2010年にアートフェア東京での現職に就任。
東京都生まれ。2004年に東京、文豪の花街・神楽坂の工場街に現代美術のギャラリー「山本現代」をオープンし、2008年に港区白金の現スペースに移転。ヤノベケンジ、小谷元彦、高木正勝、西尾康之、また宇川直宏など、表現技法に関わらず、独自の技法とコンセプトを持つ鬼才を紹介している。
2005年に誕生した、日本最大規模の芸術見本市。6回目の開催となる今回は、「アートを開く」をテーマに、世界各国22の都市から133のギャラリーが出展する。会期は7月29日~31日。会場は東京国際フォーラム展示ホール&ロビーギャラリー。
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