メンバーの活動休止というアクシデントを乗り越えて届けられたSEBASTIAN X初のフルアルバム『FUTURES』は、長編小説を読み終えた後のような、大作映画を見終えた後のような、確かな手ごたえを感じさせる作品だ。悲しみの果てに希望を見出し、それを本人曰く「メルヘン」に落とし込んだ永原真夏の歌詞は、実に素晴らしい。さらに特筆すべきは、その歌詞ブックレットが活版印刷仕様になっているということ。「なぜ活版印刷を用いたのか?」「そもそも、活版印刷って何?」そんな疑問にお答えするべく、永原自身が印刷所を訪れ、ブックレットが出来上がるまでの工程を詳細にレポート。もちろん、アルバムそのものに込めた想いも、じっくり話してくれた。
INTRODUCTION TO 『FUTURES』
永原:私は普段から詩集を読み漁ってるんですけど、詩集って未だに活版で刷ってる作品が多いんですよ。でも最初は活版の存在を知らなくて、こういうフォントがあるものだと思ってたんです。ちょっと染みてるフォントが(笑)。それで「これはどうやるんだろう?」と思って文字に詳しい人に相談したら、「これは活版だから、普通にパソコンで組み立ててっていうのじゃできないよ」って言われて。その時に「これが噂に聞く活版印刷か」って初めて知ったんです。
おそらく、永原真夏と同様に、一言で「活版印刷」と言っても、それがどのような作業工程を経て行われていることなのか、そもそも活版印刷とは何なのか、正しくは理解していない人がほとんどだろう。かつては印刷の主流だった活版印刷だが、今ではデジタルに主役の座を奪われ、名刺やはがき、一部の詩集といった限られた用途に使われるのみであり、普段の生活で僕らが目にする機会は少ない。ではなぜ今回、永原はブックレットを活版印刷にするという大胆なアイデアにこだわったのだろう。
印刷された“スピカ”の歌詞(製本前)
永原:今回のアルバムは、広く広くというよりも、深く深く届けたいって思ってたんです。音楽って器が広いから、人の心をちょっと刺すぐらいならすぐできると思うんですけど、そこからもう一段階ぐっと入り込んで行くにはどうしたらいいんだろうって考えた時に、もっと言葉の伝え方があるんじゃないかって思ったんです。例えば、谷川俊太郎先生の詩集っていろんな形で出版されてますけど、私は同じ詩でも活版のバージョンが一番好きだったんです。それをわざわざ買ったりもしてたんで、きっとそこにヒントがあるんじゃないかって。
人の心を深く「刺す」ために。その方法として、永原が普段読んでいる詩集をヒントにたどり着いたのが、活版印刷だったというわけだ。今回の作品ではアー写もフィルムで撮影するなど、アナログ的な手法が多く用いられているのだが、それらは結果的に「実感」の重要性に気づかせてくれるものとなった。
写真左:永原真夏
永原:フィルムが消費されていく感じもそうだし、活版印刷に関しても、実際の作業を目の当たりにすると、やっぱり作ってる実感が湧くんですよね。人が動いた実感、それってすごく刺さるんです。もちろん、ブックレットを手に取った人が全員「そうか、これは活版印刷なのか」って気付くわけじゃないだろうけど、でもきっと何かを受け取ってくれるんじゃないかって、それは信じてます。
活版印刷を追え!~永原真夏の体当たりレポート
では、実際に永原が現場を訪れ、体当たりレポートを敢行した映像を見ながら、活版印刷によるブックレットができるまでの流れを追ってみよう。工程は大きく分けて、「組版」「印刷」「製本」の3段階。まずは、ある意味最も活版印刷らしい工程である、「組版」から。
第1回:組版作業
映像で見ていただいた通り、まずは部首別に並んだ活字を棚から拾う作業から始まるのだが、3月の震災によってその多くが落っこちてしまい、並べ直すのは一苦労だったそうだ。さらには、落っこちた際に文字が欠けてないかを一文字一文字チェックすることも必要で…やはり、非常に手間暇のかかる作業なのである。とはいえ、細かい文字をスイスイと拾っていく三木さんの姿は、「さすが職人さん!」と感心せずにはいられないものだった。
第2回:印刷作業
途中で三木さんも少し話しているが、この「印圧」の調整というのが、専門家と利用者の考え方の違いが最もよく表れる部分。利用者(特に若い人の場合)はその多くが「活版らしさ」を求めるため、ちょっと荒いぐらいの、濃いめの印刷を希望するそうだ。しかし、専門家としてはもっときれいな、薄めの印刷をよしとする。実際、永原が一番ぐっと来た活版を専門家に見せたら、「大きさも濃さも違って、すごい下手」と言われてしまったらしい。今回のブックレットに関しては、永原と職人さんで何度も調整を重ねた結果、永原が思うよりは多少薄く、職人さんが思うよりは少し濃い、最良のポイントにたどり着くことができた。
第3回:製本作業
現物を手に取った方はお気付きかもしれないが、このブックレットは活版印刷の世界観に合わせ、ホッチキスで綴じることをせず、折っただけのものがそのまま封入されている。そういった実に細かいこだわりの積み重ねによって、CD全体が形作られているのだ。
ご覧いただいたように、やはり活版印刷というのは職人さんの技術なくして作りえないし、その分手間暇もかかれば、もちろん費用もかかる。しかし、僕自身その工程を見学させてもらう中で、永原の言う「作るという実感」を確かに感じることができたのは、紛れもない事実。デジタルでは決して作り出すことのできない、ひとつひとつが宝物であるかのような、そんなブックレット。ぜひ手に取って、あなたにも実感してもらいたい。
永原真夏、最大の危機
より聴き手に深く刺さることを意識し、ブックレットに活版印刷を用いた『FUTURES』。ここからは、このアルバムに込められた永原の想いを聞くことで、活版で印刷された歌詞を紐解く手掛かりになればと思う。
まず最初に、今作に対する自分の感想を書かせてもらうと、僕はこのアルバムをSEBASTIAN X初の「ブルース・アルバム」だと思っている。もちろん、音楽ジャンル的な意味のブルースではなく、「悲しみとどう向き合い、そこからいかに希望を見出していくか」という視点がアルバムの通底にあるということだ。もちろんこれまでも、パブリックイメージの「明るくてパワフルなバンド」という裏側に、生きることの悲しみを忍ばせることで、彼女たちは人間賛歌と呼ぶべき魅力ある楽曲を世に送り出してきたわけだが、本作ではその陰影が強まったことで、歌詞の説得力がはっきり増しているように思うのだ。
永原:色んな感情があることを前提に、これまではその中から明るくてパワフルで強いっていう感情を選んで曲にしてたと思うんですけど、でもそれって必ず何かを経てそういう心境になってるんですよね。しぼんでたり、汚れてたり、暗かったり、そういう考えを経てきてるわけだから、そこを包み隠さずに歌ってみようと思ったんです。
さらに、レコーディング終了後の7月には、ベーシストの飯田が体調不良によってバンド活動を休止することとなる。この事は、アルバムのブルーな印象を強めるどころか、永原のこれまでの音楽人生における最大の危機だったと言う。
永原:音楽をやってて「しんどい」と思ったことって正直そんなになくて、思うがまま、好きなように好きな曲を、ホント悩まずにやってきたんです。でも初めて「私どうする?」って真剣に悩みました。高校生からずっと続いてきたメンバーなので、家族とは言わないまでも、すごく当たり前の存在になってて、それが危ぶまれた時に、「私このまま音楽辞めるの?」って見たこともないような不安が襲ってきて。4人でやってる時はいつも先に光があって、「次はあれやろうよ!」ってアイデアがわいてくるのがとにかく楽しかったんですけど、急に光が全く見えなくなっちゃったんです。彼らとバンドを始めてからずっと膨らみ続けていた希望があったのに、急に目の前に黒い紙を持ってこられて、「見えない!」って…。未来が怖くなりました。人生初ですね。
しかし、彼女たちはバンドの歩みを止めることなく、サポートメンバーを迎え、ライブ活動を続行する。4人だからこそバランスがとれていたバンドの関係を見つめ直し、サポートメンバーはもちろん、残りの3人もそれぞれが飯田の不在を手分けして埋め、「実践」を続けることで、バンドはこの最大の危機に立ち向かった。
永原:飯田君と一緒にお休みして、バンドの活動も止めて、アルバムの発表を見送ることもできたと思うんですけど、それだとあまりに希望がないじゃないですか? 今生まれてきてるものは、実践のレールにちゃんと乗っけて送り出さないと、私もバンドもダメになると思ったので。飯田君お休みの発表はしても、アルバムだけは出そうって4人で話し合って決めました。
結果的に、飯田は当初の予定よりもかなり早い、9月24日の札幌でのライブからバンドに復帰。10月5日のアルバムの発売を、無事にメンバー4人で迎えることができた。
人それぞれのF.U.T.U.R.E.
少々唐突に聞こえるかもしれないが、ミュージシャンが歌詞によって自らの未来を予言してしまうというケースは決して珍しいことではない。まだそのことが表面化していなくても、内面に抱えていることが歌詞として先に表出してしまうというのは、歌詞と書き手の距離が近ければ近いほど容易に起こり得ることですらある。前述のように、飯田の休養はレコーディングの終了後だったわけだが、アルバムの根底に流れるブルーは、それを予言していたと言っても大げさではないだろう。また、アルバムのタイトル・トラックとも言うべき“F.U.T.U.R.E.”の冒頭は、まるで3.11後の状況を歌っているかのような内容なのだが、実際には3.11以前に書かれた歌詞だったりする。そして、“F.U.T.U.R.E.”というタイトルが示すように、この曲は一度失わかけた未来を4人で取り戻すこともまた、予言していたのだ。
10月5日に発売された『FUTURES』のジャケット
永原:基本的には、独りよがりに頭の中で空想していることを歌詞にすることが多いので、今までは「一人」って歌詞が多かった気がするんですよね。希望は一人で見つけるものだし、悲しみは一人で乗り越えるものだって。でもこの曲は、初めて「誰かと一緒に駆け抜けていく」っていうイメージが持てた曲なんです。
「誰かと一緒に駆け抜けていく」というのは、メンバーの4人はもちろん、レコーディングに関わったエンジニアさんなどのスタッフ、レーベルのスタッフや、もちろん今回で言えば活版印刷に携わった職人の方たちも含め、このアルバムをみんなで作り上げたことを象徴する言葉と言えるかもしれない。その実感を込めて、永原は本作に対し、「ようやく本当のアルバムを作れたと思います」と胸を張る。ところで、曲名の“F.U.T.U.R.E.”と、アルバム・タイトルの『FUTURES』の差とは何なのだろう?
永原:私にとっての「F.U.T.U.R.E.」は人との繋がりだったけど、きっと人によっていろんな「F.U.T.U.R.E.」があると思うので、だから『FUTURES』なんです。もしかして、1年前だったら『FUTURE』にしてたかもしれないですね。ただ、私が思う希望がこのアルバムには詰まってるから、それに関しては誰にとっても同じ意味合いになってくれればいいなって思います。
アルバムは、これからも旅が続いていくことを告げる“ロングロングジャーニー”で幕を閉じる。この先の道がどんなに長くとも、メンバー4人がいて、その周りの人たちとの繋がりを忘れなければ、もう希望を見失うことはないだろう。最後に、“ロングロングジャーニー”の<エメラルドのトランクに詰め込むものはもう決まったかい?>という歌詞を、そのまま永原に聞いてみた。
永原:間違いなく、大量の服でしょうね(笑)。私、好きな服じゃないと何があっても1日落ち込んじゃうんです。音楽は…詰め込まなくても、もう持ってるから、そう考えると、やっぱり服なんですよね(笑)。
SEBASTIAN Xの次の停車駅は、12月8日に渋谷クアトロで行われる『FUTURES TOUR』のファイナル。さて、永原はどんなお気に入りの衣装で現れるのだろうか?
SEBASTIAN X
- リリース情報
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- SEBASTIAN X
『FUTURES』 -
2011年10月5日発売
価格:2,300円(税込)
RDCA-10191. ROSE GARDEN,BABY BLUE
2. スピカ
3. 光のたてがみ(Album ver.)
4. 日向の国のユカ
5. FORTUNE RIVER
6. Sleeping Poor Anthem
7. 恐竜と踊ろう
8. おまじない
9. TYPHOON
10. 愛の跡地
11. F.U.T.U.R.E.
12. ロングロングジャーニー
- SEBASTIAN X
- プレゼント情報
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応募方法:CINRA.NETのtwitterアカウントをフォローの上、コチラの発言をRT(リツイート)した時点で応募が完了いたします。
応募〆切:2011年10月26日(水)当選発表:ご当選者のみ10月27日にDirect messagesにてご連絡を差し上げますので、「名前」「郵便番号」「住所」をご返信ください。
永原真夏の直筆サイン入りブックレットを3名様にプレゼント
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- イベント情報
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- SEBASTIAN X presents
『タンタララン in NAGOYA 2011』 -
2011年11月18日(金)OPEN 19:00 / START 19:30
会場:愛知県 名古屋 UPSET
出演:
SEBASTIAN X
オワリカラ(ツーマンライブ)
料金:前売2,500円(ドリンク別)SEBASTIAN X presents
『タンタララン in OSAKA 2011』
2011年11月20日(日)OPEN 18:00 / START 18:30
会場:大阪府 ファンダンゴ
出演:
SEBASTIAN X
東京カランコロン(ツーマンライブ)
料金:前売2,500円(ドリンク別)SEBASTIAN X presents
『タンタララン in SENDAI 2011』
2011年11月25日(金)OPEN 18:30 / START 19:00
会場:宮城県 仙台 PARK SQUARE
出演:
SEBASTIAN X
東京カランコロン(ツーマンライブ)
料金:前売2,300円(ドリンク別)『SEBASTIAN Xワンマンライブ「俺たちFUTURES!」』
2011年12月8日(木)OPEN 18:30 / START 19:30
会場:東京都 渋谷CLUB QUATTRO
出演:SEBASTIAN X(ワンマンライブ)
- SEBASTIAN X presents
- プロフィール
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- SEBASTIAN X
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08年2月結成の男女4人組。08年8月に完全自主制作盤『LIFE VS LIFE』リリース。その後、09年11月6日に初の全国流通盤となる『ワンダフル・ワールド』をリリース。新世代的な独特の切り口と文学性が魅力のVo.永原真夏の歌詞と、ギターレスとは思えないどこか懐かしいけど新しい楽曲の世界観が話題に。10年8月に2nd Mini Album『僕らのファンタジー』をリリース、そして、11年10月に待望の1st Full Album『FUTURES』をリリース。
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