自主レーベル「zelone records」から11月18日にリリースされた1stアルバム『幻とのつきあい方』が、オリコンチャートでも11位となるヒットを記録した坂本慎太郎。ソロデビュー作が巻き起こした反響は、昨年3月のゆらゆら帝国の解散以降彼の動きがずっと待ち望まれてきたこと、そして彼以外に作ることのできない世界観が確固としてあり続けることの証明と言っていいだろう。
コンガの乾いた音色が印象的な、洗練されたユルさと微かな熱を感じさせる全10曲。甘いメロディとソウルの風味を感じさせる曲調は、バンド時代とは違う「個」の風合いを感じさせる。歌詞の言葉はどこか示唆的だが、しかしその音楽には、聴いているうちに自然と生活の中にピッタリとハマるような心地よさがある。
iPadで1ヶ月かけて制作されたという"君はそう決めた"のサイケデリックでユーモラスな自作アニメーションのPVも話題を呼んだ彼。アルバムの背景にある美学を、あらためて尋ねた。
ロックコンサートみたいな場所じゃないところで鳴ってるイメージはありましたね。
―アルバムが先日リリースされて、たとえばチャートも含めたセールス面での反響も非常に大きかったと思います。今の状況にはどんな手応えがありますか?
坂本:それは他の人たちが売れてないだけなんじゃないのかな(笑)。本来売れてるようなビッグネームが今の時期に作品を出してないとか、もしくは以前ほどCDが売れてないから、僕みたいなのがこんなに上がってきちゃうのかな、って思いましたけど。
―ただ、このアルバムが求められていたものだということはすごく思うんです。すごく居心地のいい音楽だと思うんですけど、それは単に心地いい音楽ということじゃなくて、とても批評的な表現になっている。そのスイートスポットに合致する人が多かったということなんじゃないか、と。
坂本:わかんないですよね、それは。どうなんでしょうね。ホントにいいと思ってるのか1人1人に訊いてみたいですけどね(笑)。
―坂本慎太郎さんご自身としては、自分にとっての居心地のいい音楽を作ろうという意識はありました?
坂本:完全にそれだけですね。ずっと家にこもって1人で作ってたんですけど、何かに対して何かをするとか、他の誰かがどう思うとか、そういうことは考えていなくて。そもそも世の中で流行っているものも知らないし。今の自分が感じている身の回りの空気感みたいな中で、聴きたい感じのアルバムだという。
坂本慎太郎
―どういう場所で鳴ってるとか、どういう空気感のところで鳴っているとか、そういうイメージもあったんでしょうか?
坂本:やっぱり、ロックコンサートみたいな場所じゃないところで鳴ってるイメージはありましたね。それは音響的なこともあるし、ステージにバンドがいて、みんなそっちの方を向いているような感じの場所じゃないところというか。そういうところじゃなくて、場末の小さなバーみたいなところでみんなが話していて、邪魔にならないように箱バンがやっているみたいな。
―拳が上がってないという?
坂本:上がってないですね。だけど音楽はすごくいい感じで鳴ってる。そこの空気感のような音楽というイメージです。
―これはゆらゆら帝国の頃にも遡る話かもしれないですが、ロックコンサートの約束事や形骸化に対する批評的な感覚は、坂本さん自身もずっと持っていたと思っているんですね。その流れで聴くと、『空洞です』とこのアルバムは、鳴らしている音は違うかもしれないですけど、見ている方向は結構近いように思っているんですけれども。どうでしょう?
坂本:それは自分でもわからないんです。作ってる時は、バンドでやってきたことを受けてとか、それをあえて絶ち切ってとか、そういうことは一切考えていなかったですね。で、結果、こんな感じになった。もし流れがあったりするように感じるのであれば、狙ったというよりは、自然にこうなったという。自分ではそこは全然意識してないですね。
みんながさり気なく興味津々な感じがちょっと鬱陶しいなって思って(笑)。
―いわゆるJ-POPやロックのサウンドメイキングって、音圧を上げる方法論が一般的によくありますよね。でも、このアルバムはポップであるけれど、音圧は決して高くない。そういうあり方のポップって、今の時代にはすごく少ないなと思ったんです。
坂本:音圧というよりは、ドラムとベースのイメージがしっかりとあったせいかもしれないですね。具体的に言うと、ドラムもベースもミュートして、音が伸びないようにしてあるんです。まずドラムは、部屋が鳴ってるような感じも抑えて録ったり、シンバル類を使わなかったりするんです。残響があんまりないんですよね。全部、点の配置になっていて。それでグルーブとかコード感とかを出す。そういうサウンドでポップに聴こえるものを作りたかったんですよね。あんまり音と音の間を埋めたくなかったという。それが、結果的にこういう聴こえ方になっているんです。
―点と点で配置する音楽って、どういう感覚なんでしょう?
坂本:隙間を活かす感じですね。音が鳴ってないところを上手く感じさせるというか。それは、部屋で何人か集まって、普通に演奏している感じにしたくなかったということなんですよね。
―楽器も坂本さん1人で演奏したんでしょうか?
坂本:いや、ドラムとかコンガは友達が叩いてますし、サックスとビブラフォン、ハーモニカもプロに頼みました。
―たとえば豪華なコラボをやろうとか、そういう発想はなかったわけですよね。
坂本:全然ないですね。最初は、ドラムとかコンガも自分でやろうかと思ってたんです。気持ち的にはそれでもよかったんですけれど、さすがに練習しないとできないんで、それやってると完成がいつになるのかわかんない(笑)。あと、ヘタウマみたいになっちゃうと思ってるのと違ったんで、そこは友達に頼んだんです。でも、その人選もすごく考えたんですよ。ゲストに呼んだ人たちには、自分の中の選択があって。
―どういう人選だったんでしょう?
坂本:何だかわかんない感じにしたいというのはありましたね。呼んだ人全員が集まってもバンドにならない感じというか。あとはその人のパーソナリティですね。あんまりテンションが高くてギラギラした人が来ても、今回の音には合わないし。このアルバムは、そういうところで人選しないと、思っている空気感が出ない気がして。
―リリースは自主レーベルの「zelone records」からという形態ですが、坂本慎太郎さんのレーベルというDIYの体制でやっていこうと考えたのは?
坂本:アルバムの録音を始めた頃は、いつにリリースするとか、どうやって出すとか、何も考えていなくて。とりあえず作業を始めたんですけど、まあ、納得できるものができるまでやろうと思ってやっていて。で、やっぱり音とかアルバムの感じからしても、1人で自分のレーベルで出すのが1番しっくりくる気がした。自然な気がしたんですよね。
―実際に、例えばメジャーからきた話を断ったというようなこともありました?
坂本:それはなかったです。最初から、レコーディングしてることも誰にも言ってなかったんで。たぶんみんな知らなかったと思います。ゲストに来てくれた人たちしか知らないし、仲の良い友だちにもあんまり言ってなかったんで。こっそりやってた感じです。
―隠そうという意識もあったんですか?
坂本:みんながさり気なく興味津々な感じがちょっと鬱陶しいなって思って(笑)。レコーディングやってるって言うと、「やってるらしい」って噂されるのが面倒くさいじゃないですか。「いつ出るの?」とか「どんな感じなの?」とか。
―でも、もともと解散した後に、ソロでやろうというイメージはあったんですよね。
坂本:解散した後は何も考えてなくて、ほんと、ひたすらぼーっとしてましたね。ただ、何かをやるとしたら1人でやるしかないというのは思ってました。またメンバーを探してバンドを組む気分にはなれないし。
自分が1番グッとくる作品を作れば、他にもグッとくる人はいるんじゃないかって。
―楽曲を聴いて、今年の震災以降の時代感や空気感とのリンクを大きく感じたのですが、坂本さんとしてはそういう意識はありました?
坂本:それはありました。ただ、アルバムの全体的な質感やイメージは、震災の全然前からあって。それは震災をまたぐことによっても変わらないし、むしろ、震災前に考えていたことがより確信を持てるようになった。震災前にこういうものが聴きたいと思っていたのが、もっとそういう気持ちが強まりましたね。歌詞は震災後に書いたものが多いんですけど、それは最初に思っていたサウンドの上で今自分が歌ってしっくりくる歌詞にしたということなんです。
―僕はとても直接的な歌詞だと思いました。
坂本:そうですか。
―リアルな言葉だなと思ったんです。正直な言葉というか。実際、そういう意識はありました?
坂本:そうですね。ぽろっと出ちゃったものはそのまま使ったりもしたし。どういう風にしようかを最初に考えて作ったというより、自然にこうなったという感じです。
―『空洞です』の時にも、あの当時の時代感を反映した歌詞になっているという話をしていたと思います。でも、今はあそこで歌った言葉がリアルじゃないというか、すでに過去のものになっているという感覚があったりします?
坂本:そう思います。というか、今はあまり聴きたくないって感じですね。自分では。
―“幻とのつきあい方”の「幻を扱う仕事には 気をつけよう」という歌詞の言葉には、どきっとさせられる人も多いのではないかと思いました。そういう風に自分の音楽や言葉がどう作用するか、ということも考えます?
坂本:それはあんまりないかな。自分が聴きたいものを作っていく、ということだけですね。人がどういうのを聴きたいだろうとか、どういうものが伝わりやすいかというよりは、自分が1番グッとくる作品を作れば、他にもグッとくる人はいるんじゃないかって。
―アルバムは『幻とのつき合い方』、英語では『How To Live With A Phantom』というアルバムタイトルになっていますよね。この「幻」、「Phantom」という言葉には、どういうイメージを込めているんでしょうか。
坂本:1曲目の“幽霊の気分で”(In A Phantom Mood)というのが、今回のアルバムの制作の最初に出来た曲なんです。そこからアルバム全体のイメージが出てきたところもあって、1番今回のアルバムを象徴している曲なんですよね。だから、これを本当はアルバムのタイトルにしてもいいくらいの言葉だったんです。でも、“幻とのつきあい方”もいいなと思って、そっちにした。そこで「Phantom」という同じ言葉を使うのが格好いいかな、って。それくらいです。
1人のギタリストとしても、自分の曲しかできないというのもあるんで。肩書きを名乗るのが恥ずかしいんですよ。
―ちなみに、“君はそう決めた”のPVも1人で全部作ったんですよね。あれはどういう風に作っていったんですか?
坂本:あれは、アルバムを出すからにはビデオがあった方がいいという話になったんですけど、やっぱり1人でやってるんで、まず予算がないということがあって。そうした時に、バンド時代にずっとビデオを撮ってくれた山口保幸さんという映像監督と、お金をかけなくても面白いことが何かできるんじゃないかという話をする中で、iPadの「Animation Creator HD」というアプリを使ってアニメを作るということになったんです。そういうやり方でやれば簡単にできるということを監督が教えてくれたんで、まずはiPadを買いに行くところから始めて。あとはひたすら家で書いていた、と。
―どれくらい時間がかかったんですか?
坂本:大体1ヶ月ですね。とはいっても、使い方に慣れたり試行錯誤する時間もあって。それを過ぎたら、後はひたすら書いていくだけ。起きてから寝るまでずっとやってました。途中から脳がヤバくなってきて(笑)、脳内麻薬が出てきて、変なテンションになってきましたね。
―イラストとかアートワークは描かれてますけれど、アニメをやるのは初めてですよね。
坂本:昔からアニメを作ってみたかったんです。でも、やっぱり目的がないとやれない。今回はちょうどいいやり方も教えてもらったし、自分のプロモーションビデオという大義名分があれば、そんなに恥ずかしくないですし。
―観た瞬間、あえて失礼なこと言うと、これだけ凄いものを作れるって「坂本慎太郎、ヒマなのか?」ってちょっと思っちゃったりしましたけど。
坂本:思いますよね。実際ヒマなんで(笑)。
―ミュージシャンとして活動する一方でイラストも手掛けているということについては、ご自分ではどういう風に捉えているんでしょう?
坂本:前から思ってるのは、自分でミュージシャンだという自覚もあんまりなかったりするんですよね。歌手とかギタリストと名乗るのも気恥ずかしい感じがあって。かと言って、イラストレーターでもない。全部一緒くたになって、遊びなんだか仕事なんだかわからないラインでずっとやってきてる感じがしてますね。
―クリエイターのような立場の名乗り方が気恥ずかしいという?
坂本:クリエイターというのも恥ずかしいし、アーティストというのも、もっと恥ずかしいですからね。1人のギタリストとしても、自分の曲しかできないというのもあるんで。肩書きを名乗るのが恥ずかしいんですよ。
―なるほど。わかりました。ちなみに、この先にライブをやる計画はあります?
坂本:あ、ないです。それはまったくない。
―確かにこの音楽がライブの場で鳴ってる風景は全然思い浮かばないです。
坂本:そう言われることは多いですね。
―じゃあ、今後の展開というのは?
坂本:違うバンドの作品をひとつ、自分のレーベルで出そうとは思ってるんですけど、それくらいです。今後に何やるかも、特に決まってないですね。自分が興味を持ってのめり込めることがあれば、なんでもいいと思ってますけど。
- リリース情報
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- 坂本慎太郎
『幻とのつきあい方』 -
2011年11月18日発売
価格:2,625円(税込)
zel-0021. 幽霊の気分で(Album Version)/In A Phantom Mood
2. 君はそう決めた / You Just Decided
3. 思い出が消えてゆく / My Memories Fade
4. 仮面をはずさないで / Mask On Mask
5. ずぼんとぼう / A Stick And Slacks
6. かすかな希望 / A Gleam Of Hope
7. 傷とともに踊る / Dancing With Pain
8. 何かが違う(Album Version)/ Something's Different
9. 幻とのつきあい方 / How To Live With A Phantom
10. 小さいけど一人前 / Small But Enough
- 坂本慎太郎
- プロフィール
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- 坂本慎太郎
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1967年9月9日大阪生まれ。1989年:ロックバンド、ゆらゆら帝国のボーカル&ギターとして活動を始める。2006年:アートワーク集「SHINTARO SAKAMOTO ARTWORKS 1994-2006」発表。2010年:ゆらゆら帝国解散。解散後、2編のDVDBOXを発表。2011年:salyu×salyu「s(o)un(d)beams」に3曲作詞で参加。自身のレーベル、zelone recordsにてソロ活動をスタート。
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