言葉に出会ったソングライター Applicat Spectraインタビュー

2011年の11月にシングル『セントエルモ』を期間限定で発表し、今年4月に正式なデビューを控えるApplicat Spectra。まだ結成から1年半ほどしか経っていないバンドだが、楽曲のクオリティや詞の世界観がすでに大きな話題を呼んでいる、2012年期待のニューカマーである。話を聞いたバンドの中心人物=ナカノシンイチは、幼少期から何かを作ることが大好きだった職人気質のクリエイターであり、楽曲やプロダクションへのこだわりは相当なもの。そして、そんな彼が期せずして歌うことになり、言葉と向き合うことになった結果、Appicat Spectraの物語は始まったと言っていいだろう。今回はそんな彼らの序章をゆっくりと紐解いてもらった。

「自分がここにいます」っていうことが言いたかった

「Apple」「Cat」「Spectacle」「Orchestra」の4つの単語を組み合わせた、Applicat Spectraという不思議な響きを持ったバンドが大阪で結成されたのは2010年の8月。しかし、アップルをトレードマークとするビートルズの精神を受け継いだキャッチーなメロディ、猫の鳴き声のように特徴的なボーカル、そしてギターロックにエレクトロニクスを加えた、文字通りスペクタクルで、オーケストラのような壮大さを感じさせるサウンドがすぐに話題を呼び、2011年8月の結成1周年イベントで、2012年の正式デビューを発表することとなる。ギターとシンセサイザー、ベースとサンプリング・パッドというように、1人が複数の楽器を担当するライブのインパクトも大きく、10月に開催された日本最大級のライブショーケースフェスティバル『MINAMI WHEEL2011』ではデビュー前にも関わらず入場規制が起きるなど、とにかく「鳴り物入りのデビュー」だと言っていいだろう。

「2011年は10年分ぐらい生きた感じですね(笑)」と照れ笑いを浮かべたバンドの中心人物ナカノシンイチは、昔から音楽好きの少年で、中学生のときに親にアコースティック・ギターを買ってもらったことをきっかけに、徐々に音楽にのめり込んでいった。しかし、そのことをナカノは「たまたま」だという。

ナカノシンイチ
ナカノシンイチ

ナカノ:たとえば学校で『ドラゴンボール』のカードが流行ったときは、自分なりのカードを画用紙に書いて作ったりとか、ゲームが流行ったときも自分のゲームを作ってみたりとか、とりあえず、好きなものは真似して作ってみたいっていうのはあったかもしれないです。だから、そのとき親に買ってもらったのがたまたまギターだっただけで、音楽が必ずしも特別だったわけではないと思うんです。

この「たまたま音楽だった」という感覚は、バンドを結成し、デビューが決まった今でも変わりはないという。つまり、ナカノにとっては「何で表現するか」以上に、表現をすることそのものが重要だった。そして、「何でそういうことがしたかったんだろうね?」という質問に対しては、じっくり考えた上で、次のように答えてくれた。

ナカノ:「自分がここにいます」っていうことが言いたかったんだと思うんです。ただ、それを上手く出せてなかったんだと思います。目立ちたくても目立てなかった感じです。

このナカノの発言が、彼の表現の根底に位置するものだということは、話を進めていくうちに徐々にわかってくることになる。

職人気質のソングライター=ナカノシンイチ

たまたま始めた音楽ではあるものの、「とりあえず、好きなものは真似して作ってみたい」というナカノだけあって、高校でバンドを始めると、大学生になる頃には自然と作曲へ興味が向けられていった。「自分の方がいいのが作れるっていう、漠然とした自信だけはありました」というように、元々ナカノは何かを吸収し、自分のものにするセンスに長けているのだろう。まずナカノによるデモ作りからスタートするというApplicat Spectraの楽曲における緻密な構成や音の配置からも、彼がかなりの職人気質なソングライターであることが十分伝わってくる。

ナカノ:僕ら、スタジオで曲ができたことがないんですよ。スタジオで「せーの」でやってしまうと、細かな部分の詰めが甘くなってしまって、ホントは音がぶつかってるんだけど大丈夫に聴こえちゃったりとか、ジャッジがすごく甘くなってしまう気がするんです。バンドでやることによって思い通りにならない悔しさもあるにはあるんですけど、煮詰まったときに相談できる人がいるっていうのはすごく大きいんです。僕は曲を作るのが遅いので、バンドじゃなかったらもっと時間がかかってたと思います。

ナカノシンイチ

自分がシンガーであり、プレイヤーであること以上に、あくまでソングライターなのだということをナカノははっきりと自覚している。彼らの持ち味のひとつである「1人が複数の楽器を演奏する」ことに関しても、実はこういった彼の気質が発端となっている。

ナカノ:ギターでこれまで聴いたことがないような音色を出してる人もいますけど、すごい研究して面白い音を出す時間があったら、いい曲を作る方に時間を使いたいんです。ギターじゃなくても、キーボードとかサンプリング・パッドで面白い音は出ると思うので、だったらそっちを使いたい。だから、僕はプレイヤーって意識はホントなくて、ライブももちろん大事なんですけど、必要だからやってるっていう感覚はあります。汗かきたくないんですよ、僕(笑)。

そんなナカノにとって、11月に期間限定でリリースされたプレ・デビュー盤『セントエルモ』において、Q;indiviの活動で知られる田中ユウスケがアレンジで参加し、レンタル限定盤には元FreeTEMPOの半沢武志がリミックスで参加していることが、大きな刺激になったことは言うまでもない。

ナカノ:ホントに光栄で、今は技を盗んでる最中です。「やっぱりすごいな」っていう部分と、「自分でもできる」って確信できた部分もあって、変なワクワク感がありますね。特にFreeTEMPOは以前からホントに大好きなんですよ。「こんなにすぐ夢が叶っちゃっていいのかな?」っていうぐらい。

2011年の1月にFreeTEMPOとしてのラストライブを行い、その後は本名で活動をしている半沢は「Applicat Spectraの音楽の中にある、童話的な世界観にこれほどまでに共感した事は、僕の10年間の音楽活動の中で、一番の衝撃でした。新しいスタートを切るこのタイミングで、このバンドに出逢えてよかった」というコメントを寄せるなど、バンドとは相思相愛の関係にある。エレクトロニクスを取り入れているとはいえ、いわゆる「歌もののロック」の範疇にありながら、クラブミュージックのクリエイターからも熱い支持を集めるアーティストというのは、決して多くはないかもしれない。

ナカノ:FreeTEMPOはダンス・ミュージックに「泣き」を持ってきたのがすごくて、「こんなにメロディよかったら踊れないじゃん!」って思っちゃうような、「体が動く」っていうか、ホントに「心が躍る」みたいな、そのバランス感覚。それは自分のバンドにも完全に取り入れてますね。

“セントエルモ”と“イロドリの種”は「僕のすべて」

実を言うと、バンドの結成時にはナカノではないボーカリストがいたそうだ。そのボーカリストの脱退により、他のボーカルを探しながら、繋ぎで歌っていたナカノが、結局そのままボーカルに落ち着いたという経緯がある。よって、ナカノはバンドで歌うことも初めてなら、歌詞を書くのも初めて。特徴的な彼の歌声は、元々ボーカリストではなかったというのが不思議なほど強い記名性を持っているが、それ以上に「歌詞を書いたのも初めて」という事実には驚かされた。

「読書感想文とか出したことすらないですから(笑)。ひねり出したっていう感じです」という彼の歌詞は、しかし、明確なテーマ性をファンタジックに描き出し、音楽としての響きのよさも併せ持った、実にクオリティの高いものだ。“セントエルモ”では虚無に満ちた世界の中で生きる意味を見出すべく、「人と人のつながりの中にこそ意味がある」という「関係性の物語」を立ち上げ、カップリングの“イロドリの種”では、現在多くのアーティストが向き合っている善悪の二元論に対する違和感を巧みに描いている。そしてこの歌詞は、かつて「自分はここにいます」ということを上手く表現できなかったナカノが、今もその思いを抱えながら、それでも何とか苦手であるはずの言葉でそれを表現しようとした結果なのである。

ナカノ:自分が劣ってるっていう感覚があって、世の中のスピードについていけてないんです。本を読むのも遅かったり、どうしてもできないことっていうのがいっぱいあって、歌詞を書くのもすごく時間がかかる。だから、半分は自分に対して歌ってるんです。「こうやって生きたら、少しは気持ちが楽になるかもよ」って。「生きる意味」とかって、はっきりとした答えは出せない問題だと思うんですよ。ただ、間違ってもいいから何か仮定をして、それを歌詞に入れるっていうのは意識してます。

“イロドリの種”で描かれているように、表現欲求と、それが上手くできないという気持ちに引き裂かれながらも、「関係性の物語」という仮定を立ち上げることで、力強い一歩を踏み出した“セントエルモ”。この2曲は、まさにApplicat Spectraの、ナカノシンイチの世界観の根底に位置するものであり、確かな所信表明だと言っていいだろう。

ナカノ:やりすぎたかなとも思ってるんです。この2曲で、僕のすべてなんですよ。最初からすべて出しちゃった(笑)。

大きな目標を目指すっていうのは、何か違う

正式なデビュー前にすべてを出してしまったというナカノに対し、「じゃあ、今は何に興味がある?」と聞くと、「宇宙ってどうなってるのかな?」という誇大妄想的な返答が返ってきたのには一瞬度肝を抜かれたが、それはつまり、人知を超えた力に憧れ、そこによりどころを求めるという、誰もが一度は通るであろう思考回路がポロッと口から出たということのようだ。

ナカノ:誰かが言ったことをそのまま飲み込むのは違うと思ってて、よりどころを自分で作ろうとしてる感じなんです。最初は「何かを作る」っていうのが自分のよりどころだったんだと思うんですけど、言葉を書くようになったことで、もっと具体的に「どう生きたらいいのか」を考える時間が増えたので。

2012年のApplicat Spectraは、4月の正式デビューを控え、10年分の密度だった2011年以上に濃密な時間を過ごすことになるに違いない。そこで、2012年の展望を聞いてみたところ、再び職人気質のソングライターとしてのナカノが顔を見せた。

ナカノ:今までは「ライブでできる」っていうのを前提に曲を書いてたんですけど、それを1回振り払いたいんです。曲の途中で楽器を変えるときって、それ以外の人間が何か音を出して間を繋がなきゃいけないので、僕らの曲ってやたらブレイクが多いんですよ(笑)。そういう制約なしに、単純にいいものが作りたいんです。

「じゃあ、もっと大きな、バンドとして成し遂げたい目標は?」という最後の質問に、ナカノは再びじっくりと考え、言葉を選びながら答えてくれた。

ナカノ:大きな目標を目指すのって、僕は何か違う気がするんです。例えば、「武道館でライブがしたい」って、武道館じゃないと入りきらないから武道館でやるわけじゃないですか? 「100万枚売りたい」っていうのも、それだけの人が欲しいと思ったから売れるわけで、それって目標を立ててやるよりも、いい曲を作って、いい演奏をするしかないんじゃないですかね? だから…じゃあ、こうします。「これ以上いい曲が書けないって思うこと」にします。

現代の誰もがどこかしらで感じている生きづらさと向き合いながら、強いクリエイター気質で最高の音楽を生み出そうとする姿勢を持ったApplicat Spectra。あなたと彼らの関係性の物語は、すでに始まっている。

リリース情報
Applicat Spectra
『セントエルモ』

2011年11月9日、タワーレコード、TSUTAYA RECORDS、HMV、新星堂で期間限定リリース
価格:500円(税込)
APCS-2

1. セントエルモ
2. イロドリの種

Applicat Spectra
『セントエルモTakeshi Hanzawa Remix』

iTunes Storeにて配信中

イベント情報
『Fly like an Eagle』

2012年2月14日(火)OPEN 18:00 / START 18:30
会場:東京都 渋谷 WWW
出演:
Applicat Spectra
TAKUYA
HAPPY BIRTHDAY
赤い猫

プロフィール
Applicat Spectra

2010年8月関西にて結成。ナカノシンイチ(Bass, Vocal, SamplingPad)、ナカオソウ(Guitar)イシカワケンスケ(Guitar, Synthesizer)、ナルハシタイチ(Drums) の4人組。相反する2つの世界を歌いあげるあどけない印象的なボーカルスタイルとエレクトロとギターロックが融合した独特のサウンドがデビュー前より話題となる。PC同期などを一切使わずメンバーが2つずつの楽器を担当して再現する独自のライブスタイルなど何もかもが新しい新世代バンド。



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