TOYOTAプリウスのCMソングとして大量にオンエアされているエミ・マイヤーの“On The Road”。曲名だけではわからなかったとしても、そのスモーキーで伸びやかな歌声を聴けば、「あ、あれか! 気になってたんだよねー」という人がきっと多いのではないかと思う。改めて紹介すると、エミ・マイヤーは日本人の母とアメリカ人の父の間に生まれ、現在はシアトルを拠点に活動するシンガー・ソングライター。これまでにShing02やJazztronik、Ken Ishiiらと共演し、前作ではノラ・ジョーンズらを手がけるハスキー・ハスコルズをエンジニアに迎えるなど、様々な人との出会いから、良質なポップスを作り続けている。“On The Road”を含む新作『LOL』は、彼女のトレードマークであるピアノではなく、アコギをメインとした軽やかな作風になっているが、これもやはりコラボレートする相手との出会いから導かれたものだという。たくさんの人と音楽を共有する喜びと同時に、ひとつの居場所を築く夢を感じながら、彼女の一期一会の旅はこれからも続いていく。
(自分の声は)まだ親しくなってる途中の友達みたいな感じです(笑)。
―CMでエミさんの曲を聴いて、楽曲自体はもちろん、改めて声がいいなってすごく思ったんですよね。今のボーカルスタイルはどのように形作られてきたのですか?
エミ・マイヤー:最初はピアノから音楽を始めて、歌ってはいなかったので、歌に関しては今でも毎年発見することがあります。去年の頭ぐらいに初めてボーカルレッスンを受け始めて、まだ親しくなってる途中の友達みたいな感じですね(笑)。
―ちゃんとレッスンも受けてるんですね。
エミ・マイヤー:アメリカでは最近、アデルとかジョン・メイヤーとか、声をダメージして手術をしてるシンガーが多いんです。それで、そうはならないようにレッスンを受け始めたんですけど、私は今まで喉で歌っていたことを発見して。だから今は、もっといろんな部分で歌おうとしてますね。声って胸と喉と頭に分けられてるんだなってすごく思いました。
エミ・マイヤー
―喉からじゃなくてお腹からとはよく言いますけど、さらに胸や頭からも。
エミ・マイヤー:そう、そのために発声の運動の曲を作ったりして(笑)。でも、自分にとって難しかったことを曲でチャレンジするのが楽しいんです。それが上手くなったら、次のものにチャレンジするみたいな。
―自分で自分にチャレンジするものを課していくと。どんどん難しくなって大変ですね(笑)。
エミ・マイヤー:ただ単に、チャレンジするのが好きなだけかもしれないですね(笑)。
恐れて自分の家に閉じこもるよりは、出て行って人と会える時間の大切さが改めて分かった。
―『LOL』はアコギをメインにした作品になっていて、それもひとつのチャレンジだったんじゃないですか?
エミ・マイヤー:あの…意外と簡単でした(笑)。ピアノのときって、歌も演奏もやらなければならないから、すごく緊張感があるんですね。でも今回は演奏をギターに任せられたので、歌に集中できた分ラクでした。そもそも今回はエンジニアさんの自宅スタジオで録ったんですけど、エンジニアさんはすごくサーファー系のバイブスで、ホントにリラックスして作れたんです。一度もプレッシャーを感じなかったし、びっくりするぐらい楽しかったです(笑)。
―そもそも「ギターの作品を作ろう」と思ったわけではなくて、ギタリストのジョージ・ドーリングさんとの出会いから、この作品に発展したわけですよね?
エミ・マイヤー:そうです。彼は作業の仕方が素晴らしいんですよ。今回、楽器はほとんど彼が弾いているんですけど、完成形がきちんとイメージできているから、全部一発録りでした。パーカッションとかも、ギターを叩いたり、実はこんな音(ジーンズを擦る)とかも入れてるんですよ。そういう遊び心とか、真剣過ぎない、間違っても恐れないっていうところもすごく共感できました。
―今回のコラボレーションは、「今を大事にして精一杯生きれば明日がある」、「人との縁は神秘的であり、直接会えることは恵まれたことである」という2つの言葉に背中を押されたそうですね。
エミ・マイヤー:それは去年の5月のツアー中に、HEATWAVEの山口洋さんから聞いた言葉なんですけど、震災の後って来日していいのかやっぱり迷ったんです。アメリカでは「放射能が危ないよ」って言われたりもしましたし。でも決心して日本に来て、結局すごくよかった。恐れて自分の家に閉じこもるんじゃなくて、出て行って人と会える時間の大切さが改めて分かったので、そういうシチュエーションをこれからも自分から作っていきたいと思いました。
―エミさんは以前からそういう人や文化との出会いをとても大切にされていますよね。
エミ・マイヤー:きっとそうですね(笑)。そうやって人に会ったり、文化に触れたり、コラボレーションしたりするのがすごく好きですし、音楽をやっている以上に、人や文化とのコミュニケーション全てが、パッケージとしてすごく幸せなんです。だから、自然とそうなっちゃうのかもしれませんね。
いろんなリアリティが重なって、どこにでも行き来できるっていうのが、音楽の魅力だと思うんです。
―そういう人や文化との出会いを大切にする自分を形成したルーツってどこにあると思いますか?
エミ・マイヤー:ジャズがきっかけだったのかもしれません。中学校の頃はクラシックをやっていたんですけど、他の人と触れる時間があまりなかったので、ジャズをやってみようと思ったんです。それで放課後になると、私が通っていた高校よりもジャズ・アンサンブルが盛んな学校に行って、ピアノで参加したりしていました。そこで普段だったら知り合えないアイデンティティとかバックグラウンドの人と友人になれたりして、高校時代の私にとっては大事でしたね。そういういろんなリアリティが重なって、どこにでも行き来できるっていうのが、音楽の魅力だと思うんです。
―大学では民族音楽を専攻されていたそうですが、それも今の話とつながる部分ですよね。よりいろんな文化の音楽を知りたいっていう。
エミ・マイヤー:そうですね。旅行したかったっていうのもあるかもしれないですけど(笑)、シアトルにはワールドミュージックフェスティバルもありましたし、インド、アイリッシュ、沖縄音楽とか、全部好きだったんです。
―じゃあ、迷うことなく民族音楽を専攻したんですね。
エミ・マイヤー:最初は国際関係の学科を専攻しようと思ってたんですけど、内容があまりにも政治的だったので人類学に移ったんです。でも、そこでももっと音楽とかアート系をしたいなと思って、全部合わせて民族音楽になりました(笑)。
―そっか、初めからというわけではなくて、そこにたどり着くまでにはいろんな試行錯誤もあったわけですね。
エミ・マイヤー:そうですね。それって今のキャリアも同じで、自分の好きなことが全部混ざってその専攻になったように、今も旅行とか人に会うのが好きで、いろんなものを見て、吸収して、出すのも好きだから、それが今の音楽になってるんです。
―“Doin’ Great”は、そんな自分の背中を押すような曲になってますよね。
エミ・マイヤー:そうですね。たまに「次は何をしようかな」っていう心配もしますし、アメリカでは自分でマネージメントもしているので、めんどくさいこととかたくさんあるんですよね(笑)。でも、なかなか前に進まないことが、ある日コロッと前に進んだりもするから、フラストレーションをためるよりは、その歩んでいく道、チャンレンジも楽しんでやっていけば、結果的には全部大丈夫だからっていう曲ですね。
―アメリカではマネージメントもご自身でやられてるんですね。特にどんな部分が大変ですか?
エミ・マイヤー:CDの制作とかめんどくさいですね(笑)。iTunesにアップロードしたりとか。
―あ、事務的なこと(笑)。
エミ・マイヤー:オフィスワークみたいなことが…「だったらもっとピアノ弾きたい!」みたいな(笑)。でもこれまでコラボレートしたいミュージシャンとコラボレートできていて、そういうことはマネージメントとか事務所がいたらかえってできない部分もあると思うんです。動きやすいっていうのはすごく大事だと思いますね。
いろんな人に触れると自分のアイデンティティがよくわかる。
―“lol”は子供の誕生を祝った曲だそうですが、実際にお知り合いに子供が生まれて作った曲なんですか?
エミ・マイヤー:そうなんです。一昨年に『ミツバチの羽音と地球の回転』っていう原子力についてのドキュメンタリーにピアノの曲を2曲提供したんですけど、そこで初めて原発の次の世代に対する影響を知ったんです。その年の12月にニューヨークで親しい友達が赤ちゃんを産んで、すごく嬉しくて書いた曲なんですけど、その後に3.11があって、この曲はもっと歌いたいなって思うようになりましたね。
―本作には大学の先輩であるアルバートさんも参加されていて、そのこともエミさんにとってはすごく大きかったそうですね。
エミ・マイヤー:アメリカの大学には宗教や人種だったりのサポートネットワークがあって、自分から頼んだわけじゃないんですけど、アジアンアメリカンサポートクラブに私も入れられたんですね(笑)。そこで2年上のアルバート君に会って、初めてアジアンアメリカンっていうアイデンティティについて考えさせられたんです。でも、それより大きかったのが、アルバート君は弾き語りでライブをしていて、初めてシンガーソングライターみたいな存在と近くなれたことで。私が歌を書き始めたのは大学に行く直前ぐらいだったので、いいタイミングで出会えました。
―さっきから言ってる人や文化との出会いの根底には、自身のアイデンティティを見つめるっていう部分もあるわけですよね。
エミ・マイヤー:はい、いろんな人に触れると自分のアイデンティティがよくわかるし、変化して行きながらも、「ここは絶対ずれちゃいけない」ってところがわかってきて、それは音楽も一緒だと思います。最初はとりあえず面白いからやってみて、でも段々自分の本当に作りたい音楽がわかってくるんだと思うんですよね。
―難しい質問だとは思うんですけど、その「ここは絶対ずれちゃいけない」部分って、どんな部分だと感じていますか?
エミ・マイヤー:具体的には言いにくいですけど…直感なんですよね。ギターテイクでも自分のボーカルテイクでも、「ん?」って思ったところをメモしておいて、後から聴いて、「ここはもっとこうしたい」とか。その瞬間のインスティンクト(本能)っていうか、そういう感覚は大事にしたいと思います。それが毎日の日常生活の中にもアプライできるようになってきたかなって。
―今回の曲作りで言うと、“What Kind”は結構苦労されたそうですが、それも最後は直感を信じて?
エミ・マイヤー:時間が限られてる中で完成させなきゃいけないときって、ホント直感だけですよね。そういう部分ではアルバート君も同じバリューを持っていて、彼も直感的に賛成できないことがあったらすぐ言いますし、お互いぶつけ合ってできたみたいな感じでしたね(笑)。
4/4ページ:(“On The Road”は)「ずっとここにいたい」っていう気持ちと、「どうしても旅に戻ってしまう」っていう2つの自分を合わせて書いた曲なんです。
(“On The Road”は)「ずっとここにいたい」っていう気持ちと、「どうしても旅に戻ってしまう」っていう2つの自分を合わせて書いた曲なんです。
―エミさんは今までいろんな人と出会って、コラボレーションをされてきてるわけですが、人とのコミュニケーションにおいて大事にされていることはありますか?
エミ・マイヤー:コミュニケーションって、多すぎることはないんですよね。きっとわかってるだろうけど、100%クリアじゃなかったら、とりあえずちゃんと言うっていうのが大事ですよね。だから、最初は必要以上にしてもいいのかなって。後から誤解を招かないように。
―自分が音楽に向かう姿勢という点において、影響を受けた人を強いて1人挙げるとしたどなたになりますか?
エミ・マイヤー:一昨日京都で会ったんですけど、シンヤヤマモトっていう絵のアーティストがいて、制作のメンタリティとかアートに対する姿勢がすごく似てると思いました。「やったことがないからやらない方がいい」と思うより、「とりあえずやっちゃおう」みたいな。それもインスティンクトですよね。彼は彫刻を作ったり、絵を描いたり、洋服を作ったり、今は大工に凝ってるらしいんですけど(笑)、自分に置き換えてみると、ピアノからギターに行ったり、ボーカルになったり、コラボレーションしたりっていうのと似てると思うんです。いろんなアプローチで自分の好きな芸術をやっていて、それはすごく自由でいいなって。今回ツアー会場で発売する素敵なトートバッグもシンヤさんにデザインして頂きました。
―エミさんも絵を描いていらっしゃいますし、そういう音楽以外のアートから影響を受けることも多いですか?
エミ・マイヤー:すごく多いです。映画とか美術館とかはすごく大事ですね。両親が2人ともアート系で、そっち方向から芸術に入ったので、目で見たものからインスピレーションを受けて曲になることが多いんです。だから、CM音楽って私にとってはすごく簡単で、画像があるから、それにあわせればいいっていう。自分のイメージとは違うイメージを優先して、自然とジャンルが変わったりしても、結局自分から出てくるものなので自分のものになりますし、それで今まで書いてないような曲を書くのがすごく楽しいです。
―なるほど、じゃあ“On The Road”もエミさんにとっては作りやすかったわけですね。
エミ・マイヤー:“On The Road”はミックスドフィーリングの曲なんです。シアトルでもロスでも日本でも、1ヶ所に居続けるのってすごくいいことで、友達ともっと深い関係になれたり、自分のコミュニティを築いていけたりするじゃないですか? でも、動いてたらそれをするチャンスがあまりなくて、「ずっとここにいたい」っていう気持ちと、「どうしても旅に戻ってしまう」っていう2つの自分を合わせて書いた曲なんです。
―旅っていうのもエミさんの作品から常に感じられるテーマですけど、実際にはその中で常に揺れてる気持ちが強いんですね。
エミ・マイヤー:強いですね。自分の中の大きな課題です。
―今現在はその2つの揺れはどういう状態にありますか?
エミ・マイヤー:今は結構幸せですね。今しかできないことをやれてますし、家庭を持ったら簡単には動けないですから、今はすごくいい感じです。
―これからも、いろんな人や文化との出会いが続いていくんでしょうね。
エミ・マイヤー:そうですね。その中で自分の軸を段々と磨いていって、やっとどこかにたどり着けたら、もっといろんな人にオファーできることもあると思いますし、今はそれこそオンザロードなライフスタイルで磨いてる感じですね(笑)。
- リリース情報
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- エミ・マイヤー
『LOL』 -
2012年4月11日発売
価格:1,575円(税込)
VITO-111 / Plankton1. エル・オー・エル
2. ドゥーイン・グレイト(アコースティック・ヴァージョン)
3. スティル
4. ワット・カインド
5. オン・ザ・ロード(プリウス・ヴァージョン)
- エミ・マイヤー
- イベント情報
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- 『ツアー・オン・ザ・ロード』
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2012年5月19日(土)
会場:神奈川県 横浜 GREEN ROOM FESTIVAL'122012年5月24日(木)
会場:東京都 吉祥寺 STAR PINE'S CAFE2012年5月25日(金)
会場:神奈川県 相模原 杜のホールはしもと・多目的室2012年5月28日(月)
会場:京都府 磔磔2012年5月29日(火)
会場:兵庫県 神戸 cafe Fish!2012年5月31日(木)
会場:長崎県 旧香港上海銀行長崎支店記念館(弾き語り)2012年6月1日(金)
会場:福岡県 Gate's7(弾き語り)2012年6月2日(土)
会場:静岡県 焼津文化会館(ゲスト:永井聖一)
- プロフィール
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- エミ・マイヤー
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アメリカを拠点に活動するシンガー・ソングライター。日本人の母親とアメリカ人の父親の間に京都で生まれ、1才になる前にアメリカのシアトルに移住。07年にシアトルー神戸ジャズ・ボーカリスト・コンペティションで優勝。その後、国内外の著名アーティストと共演を重ね、フジロックなど各地の大型フェスにも出演。その歌声と存在感で多くの聴衆を魅了している。暖かなスモーキー・ヴォイスは数々のCMでも聞くことができる。
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