“祈れ呪うな”という何ともインパクト大なタイトルを持ったキリンジの新曲は、「反原発」を声高に叫ぶのではなく、原発を取り巻く社会構造を楽曲として提示することで、意識の喚起を促すかのような1曲。詞曲を手掛けた堀込高樹はこの曲に対し、「自戒も込めた」というコメントも寄せている。キリンジといえば「まず音楽ありき」というイメージが強く、こういった明確なメッセージ性を内包した楽曲には、少なからず驚かされる部分があった。一方、弟の泰行が詞曲を手掛けた“涙にあきたら”も、直接的に震災や原発に言及しているわけではないものの、やはりその影響は避けられなかったと語る。もちろん、届けられた楽曲はどちらもキリンジらしく素晴らしいポップソングである。しかし、その背景には「侵食された日常」があり、その中で表現をすることの難しさを感じる2人がいた。
原発の事故とか地震のこととかが、身の回りに侵食してきてると感じることが多いんですよね。そうなると、そこに触れずに曲を書くのは難しいと思って。(高樹)
―“祈れ呪うな”はタイトルからしてインパクトがあるし、歌詞からは震災と原発事故以降の状況に対するリアクションであることがはっきりと伺えます。率直に、なぜこのような歌詞を書こうと思ったのでしょうか?
高樹:普段詞を書くときは、身の回りのこと――人間関係だったり、風景だったり――そこから何かを拾い上げて膨らませるんですけど、原発の事故とか地震のこととかが、そこに侵食してきてると感じることが多いんですよね。そうなると、そこに触れずに曲を書くのは難しいと思って。僕が読んでる新聞は事故のことをずっと追ってて、わりと毎日そのことを考えざるを得ないようなところもあったから、そのことについて思ったことを歌った方が、自分に対して素直なのかなって。
―普段の生活と原発問題を切り離して考えるわけではなく、普段の生活に原発の問題が入り込んでるという意味で、今までの延長線上にあると言えますか?
高樹:すべては延長線上ですけど、今までだって原発の問題はあって、でもそれを意識してこなかったわけじゃないですか? そこについて、もうちょっと触れたいと思ったんですよね。食べ物を買うにしても、産地とか気になっちゃうでしょ? 小っちゃい子供もいるので、自分の生活と原発がつながってるんだなって、否が応にも実感させられるんですよね。
―小さいお子さんがいらっしゃると気にせざるを得ないですよね。
高樹:あと、あの事故が起こった後に、誰が悪いのか、誰が責任取るのかって話が出たでしょ? 第二次世界大戦もそうだったけど、日本は誰も責任を取らない体質があってよくないって。それもそうなんだけど、でも東電の人を土下座させたらそれで話が済むのかって言ったらそうではなくて、その後ろにもっといろんな問題があるわけでしょ?
堀込高樹
―もちろん、そうですね。
高樹:自分がそういう歌を作るにあたっては、「原発をやめよう」とか、そういうことを具体的に訴えるんじゃなくて、「今こういうような状況で、こういう関係性がある」とか、「こういう立場の人もいれば、こういう立場の人もいて、にっちもさっちもいかなくなってる」とか、そういうことが歌いたいと思ったんじゃないですかね。
―泰行さんは現在の状況をどう捉えていますか?
泰行:確かに、今言ったような問題が日常的になってきてるから、震災前の日常を描くってことと、今の日常を描くっていうのは、ちょっと違うものになりますよね。何かしらの影響はあるはずだから、それを全く無視したものを作っていいものかどうかっていうような感覚はあります。だから、すごくやりづらいですね。
ものを作るときの最初の発端となるようなところに今回の出来事が侵食してきてるから、そこを無視してまでエンターテイメントの純粋性を保っても、その純粋性って「何なの?」っていう(高樹)
―社会的な問題に対して、音楽で何らかのコメントをすること自体をどうお考えですか?
高樹:音楽に限らず、エンターテイメントと呼ばれる人を楽しませるようなものは、エンターテイメントとしての純粋性を保ちたいっていう気持ちがみんなあると思うんです。僕らは特にそうだと思うけど、たださっきも言ったように、ものを作るときの最初の発端となるようなところに今回の出来事が侵食してきてるから、そこを無視してまで純粋性を保っても、その純粋性って「何なの?」っていう気にはなりますよね。
―もはや、それは純粋性とは言えないんじゃないか? っていう。
高樹:むしろ、それをもってしてもエンターテイメントとして昇華させるぐらいな気持ちで向かった方がいいのかなって、ふと、思ったりするときもありますね。「原発ジョーク」みたいのって一切ないですよね。嫌なことをモチーフとして取り上げて、エンターテイメントとして世に出すっていう。
―確かに、そういう表現はあまり多くないですからね。
高樹:あと“祈れ呪うな”は元々曲調がちょっと荒々しかったから、そっちに引っ張られたっていうのもあるかもしれないですね。あの曲調と、原発っていうテーマが、マッチした。もし、もうちょっとソフトな曲調だったら、このテーマは取り上げてなかったかもしれないです。
―とはいえ、ものすごくヘビーな曲ではないし、むしろビートは軽快だったりするので、そういう曲調にこういうテーマの歌詞が乗ることで、エンターテイメントになってると言えるかもしれません。ただ、やっぱりキリンジの「まず音楽ありき」というイメージからすると、今回こういう曲が出てきたことに驚きはあったんですよね。
高樹:みんな特別なことだと捉えずに歌ったらいいと思うんです。ミュージシャンの人たちは多分色々感じてると思うんで、Twitterとかで発言しなくていいから、「そういう曲を書いたら?」って思うんだけど。逆に、こういうことに全く触れずに、これまで通りのものを作るっていうのもすごいですけどね。そのタフさっていうか。
今までは聴いた人が詞からいろんなものをイメージして、聴いた人なりの解釈があっていいと思ってたけど、今回の曲はあんまり勝手に解釈されたら困るなって思うんです。(高樹)
―昨年の震災後には、チャリティシングルの“あたらしい友だち”の配信がありましたが、あのときはどんな気持ちで曲を作ったんですか?
高樹:あれは「何かやんなきゃいけない」っていう空気に飲まれたんじゃないかな…たぶん。今思うと、よくわからない部分もあって。我々みたいなミュージシャンでも、「何か言え」っていう無言のプレッシャーが来るんですよ。当時は何も言いたくなかったんだけど、そういうことを求められるから、頑張って作ったところがあって。だから、“祈れ呪うな”にしてもそうだし、あんまり詞を書いて「楽しい」って感じじゃないんですよね。くすぐりみたいのを入れづらいっていうか…「トゥギャザーしようぜ」とか入れてるけど。
―(笑)。
高樹:今までは聴いた人が詞からいろんなものをイメージして、聴いた人なりの解釈があっていいと思ってたけど、今回の曲はあんまり勝手に解釈されたら困るなって思うんです。「あ、キリンジは反・反原発なんだ」って思われたら困るし。でも、字面だけ見たらそう見える瞬間もあるかもしれないし、そういう誤解がないように書くっていうのは、結構難しかったですね。
―でも、「反原発」のようにストレートに書くことは違うわけですよね?
高樹:そう書くと、そこで終わってしまうでしょ? 反原発・脱原発ってことが世の中的に正しいと思われてる意見で、その正しいとされてるところに寄りかかって何かものを言うっていうのが、フェアじゃないというか、その感じが自分としては居心地が悪くて。だから、この曲ではいろんな立場の人がいて、それぞれの思惑があって、にっちもさっちもいかなくなってる状態っていうのを描いたつもりなんです。
―いろんな立場が描かれているからこそ、誤解を招く危険性もあるということですよね。
高樹:そうなんですよ。第1稿を泰行に渡したら、「誰がどの立場で何を言ってるのかよくわからない」みたいな感想をもらって、「確かにそうだな」って思って、いろいろ整理したんです。
泰行:第1稿はもうちょっと全体的に乱暴な感じというか、全方位に石を投げてるような感じだったんで、その辺をもうちょっと整理したり、表現をちょっと柔らかくするとか、そういう提案をしましたね。すごくデリケートな問題なので。
写真右:堀込泰行
―こういう内容の歌詞を歌うことに関してはいかがですか?
泰行:やっぱり最初は難しかったですよね。多少は言葉がマイルドになったとはいえ、やっぱり攻撃性も強いので。表現の中にちょっと憂いの部分もあるから、自分が歌うことでそういったものが少し出てきたりするといいかなと思って歌いました。でも…僕はちょっと怖くて書けないと思ったかな。持ってる知識も多くなかったから、あんまり言及すべきではないと、自分のものに関しては思ってましたね。
表現の半径をすごく狭めて、ミニマムにしようと思って。今の僕にはそういうものしか作れないなって気がしたんですよね。(泰行)
―泰行さんが詞曲を手掛けた“涙にあきたら”に関しては、どのような思いで書かれたのですか?
泰行:震災や原発がモチーフになってるわけではないですけど、やっぱりその影響は受けてて、あれ以降歌詞を書きづらくなったと思うんですね。日常を切り取ったものであるとか、ファンタジックなものであるとか、言葉遊びだったりとか、そういった部分が混ざってキリンジの音楽だったと思うんですけど、それがやりづらくなったというか。昔だったらポップミュージックのひとつとして言葉遊びみたいなものを楽しめたけど、今はそれをやる場合「なぜそれを今やるのか?」っていうような意志が作り手の側にないといけないような気がして。
―ああ、それをひとつひとつ考えていくのは確かに困難な作業ですね。
泰行:今って大きい絆とか愛みたいなものを歌おうとするムードがあるじゃないですか? それはそれで言葉が上滑りして響いてしまうような気がしていて、どんどん安っぽく聴こえてると思うんですね。そう考えたときに、僕はこの曲をごく親しい友だちのことを考えて作ったんですけど、表現の半径をすごく狭めて、ミニマムにしようと思って。そうすれば、聴いた人それぞれがそれぞれの場所で、狭い半径の中で共有できるというか。今の僕にはそういうものしか作れないなって気がしたんですよね。
高樹:泰行がどういう気持ちで書いたかによらず、昨年以降の日本の状況の中でこういう歌がポンと出てくると、自然とそういう(震災以降の)解釈になりますよね。
―確かに、そこは受け手の側の問題でもありますよね。“涙にあきたら”っていうタイトルだったら、「去年悲しいことあったもんな」って、勝手に結びつけちゃったりしますもんね。
泰行:かなり神経使いますね。「あきたら」なんて不謹慎だろって言われるんじゃないかとも思ったし。
―「風化させるな」ってね。
泰行:そうそう。そう考えちゃうと、全体を大きく歌うことは今僕には難しくて、個を突き詰めるしかないなって感じなんですよね。
―今歌詞を書くことの難しさ、よくわかります。でも曲調自体は、THE BEACH BOYS風の素晴らしいポップソングですよね。
泰行:曲はかなり優しい感じだったので、“祈れ呪うな”にちょっと寄せるってわけじゃないけど、サウンド的にはエレキシタールを入れたりして、サイケデリックというか、ストレンジな方向にしたんです。曲を書いてるときからブライアン・ウィルソンのソロみたいな雰囲気だとは思ってたんですけど、シタールを入れたら一気に感じが出ましたね。その前は「QUEENみたいにしたら?」って兄に言われてたんですけど、でも、ギターオーケストレーションをやったこともないし、時間のない中でチャレンジして失敗するのが嫌だったので、やりませんでした(笑)。
何かに遠慮して作るっていうのは、なるべくやめたいとは思いますね。(高樹)
―では改めて、表現することにある種の困難が付きまとう時代の中で、今後どういったことが大事になるとお考えでしょうか?
高樹:何かに遠慮して作るっていうのは、なるべくやめたいとは思いますね。「こういう曲を書いたら、ラジオでかけてくれないんじゃないか」とかね。さっき泰行が“涙にあきたら”っていう言葉を気にしたっていうのが結構意外だったんですけど、そういう「これを言ったら誰かに怒られるんじゃないか」っていう気持ちに負けないように、不謹慎なこともバーッと歌っちゃえばいいんじゃないですかね…って言うと言い過ぎだけど(笑)。
―あくまで制作に向かうときは、そこを気にしないぐらいのテンションでっていうことですよね?
高樹:そうそう、「不謹慎だぞ」って言われることを恐れずにやった方がいいんじゃないかとは思いますね。
泰行:でも、当然「震災以降」っていうのはこれからも多少歌詞に表れるとは思いますね。バカ騒ぎする歌を書いたとしても、怖いから忘れたくてバカ騒ぎしてるとか、くたびれてる男の人の歌だったら、何かに傷ついた、そういう何かしらの事情や理由があるっていうものになるんじゃないですかね。
―シングルが2作出たとなると、そろそろアルバムが待ち遠しく思います。前回の『SONGBOOK』の取材のときに、泰行さんが「王道のメロディっていうのをもう1回やろうかな」っていう発言をしていらしたのも気になってはいるのですが、そういったことも含めて、現段階での次作の展望があれば教えてください。
高樹:60年代っぽいのが好きだなって話を最近してて、あの辺の音楽ってメロディがすごくはっきりしてるから、そこも関係してくるかなって気はしますね。最近ラジオとか聴くと、わりと60年代っぽい音が多くないですか?
―アメリカとかそういう傾向があるかもしれないですね。
高樹:キリンジはわりと70年代以降の音楽をモデルにすることが多くて、そうなると、ステレオで、マルチトラックで録音されたものを聴くわけじゃないですか? 楽器が上手い具合に配置されてて、しかもハイファイみたいな。例えば、90年代の音響派って呼ばれた音楽とか、ちょっと前だとエレクトロニカとか、そういうのに何となく親しんでから60年代のものを聴くと、すごく音響的に面白く聴こえるんです。今までだとただ単に「分離が悪いな」とか「下が軽いな」とか思っちゃってたことも、結構楽しく聴けるんで、それを自分たちなりに、自分たちの書いた曲にマッチさせるのが今は面白いですね。
泰行:いろんな曲の入るアルバムにはなると思うんですけど、いわゆる王道っぽいアレンジというよりは、今回の2曲みたいな、遊び心を入れるというか、何かチャレンジしてるサウンドの曲が詰まったものになるんじゃないかっていう感じはしてますね。カバーをやったときは、確かにシンプルなものも聴きやすくていいなって思ったんですけど、とはいえオリジナル作品となると、やっぱり遊びを入れたくなるんです。
―やっぱり、常に前進というか、自分たちにとって新鮮なものを作っていきたい?
泰行:王道のアレンジって、それはそれで難しいんですよ(笑)。僕は弦のアレンジができるわけじゃないし、そう考えると、自分たちの得意分野に持って行って、その中で広がりのある作品にしていくのがいいのかなって思うんですよね。
- リリース情報
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- キリンジ
『祈れ呪うな』 -
2012年5月30日から配信限定リリース
- キリンジ
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- キリンジ
『涙にあきたら』 -
2012年6月27日から配信限定リリース
- キリンジ
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- キリンジ
『祈れ呪うな/涙にあきたら』数量限定アナログEP盤(7inch) -
2012年7月7日発売
価格:1,470円(税込)
JET SET / 日本コロムビア / JS7S043
- キリンジ
- プロフィール
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- キリンジ
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1996年10月、実兄弟である堀込泰行(Vo,Gt)堀込高樹(Gt,Vo)の二人でキリンジを結成。98年、メジャーデビュー。卓越した二人のシンガーソングライターを配するグループならではの上品に練り上げられるメロディーとオリジナリティー溢れる詞世界は今やワンアンドオンリーな存在。また、詞曲に留まらず、兄弟ならではのハーモニーと多種多様な音楽的造詣を思わせるサウンド・プロダクションは多くの音楽ファンを魅了し続けている。藤井隆、SMAP、松たか子、坂本真綾など多くのアーティストへの楽曲提供も多数。2012年5月に配信シングル『祈れ呪うな』、6月に『涙にあきたら』をリリース。
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