交通事故によってMTBI(軽度外傷性脳損傷)と診断され、記憶障害を抱えながら活動を続ける音楽家GOMA。そんな彼の半生を、過去映像と事故後のライブ映像で綴ったドキュメンタリー映画『フラッシュバックメモリーズ3D』が全国公開される。先日開催された『東京国際映画祭』のコンペティション部門で観客賞を受賞したこの作品は、『ライブテープ』などで知られる映画監督の松江哲明が、3Dを大胆に導入することでGOMAの「記憶の層」を見事に表現すると共に、その人物像もドキュメントした、素晴らしい作品である。
今回の取材から遡ること480日前。CINRAでは2011年9月にGOMAへのインタビューを行い、『記憶を失った音楽家GOMAが、「未来」を信じるまで』という記事を掲載した(その年の記事ランキング1位になるほど大きな反響を呼んだ)。記憶障害を抱えるGOMAは、やはり前回の取材のことは覚えていない。今も記憶の定着は思うようにいかず、日々の生活がどんなに困難であるかは、想像すらつかない。しかし、事故前と何ら変わりがないというポジティブな性格と、たゆまぬ努力によって、GOMAは今も確かに前へ前へと進み続けている。『フラッシュバックメモリーズ3D』やこのインタビューからは、そんなGOMAの強い想いがはっきりと伝わるはずだ。
CINRA.NET >『記憶を失った音楽家GOMAが、「未来」を信じるまで』
CINRA.STORE > 『フラッシュバックメモリーズ3D』対談 松江哲明(監督)×高根順次(プロデューサー)
何が消えてしまって、何が残っているのか、いまだによくわからない。
―2011年9月以来の取材になります。その後、お体の調子はいかがですか?
GOMA:事故当初から比べるとだいぶ良くなってるんですけど、ちょっと気を緩めるとすぐに体が動きづらくなったりするから、今も常に気を張ってる状態ではあります。普段使ってない筋肉を使うことが脳にいいみたいで、そういうことはなるべく意識的にやるようにしています。
GOMA
―事故後は肉をたくさん食べるようになったともおっしゃっていましたが、そういうことも脳の回復につながっているわけですよね?
GOMA:脳が疲れてくると、自然と体が肉を欲するんですよね。高次脳(機能障害)の状態って、言わば人間の理性の「理」の部分が外れたような状態らしくて、それって言うたら動物みたいなもんで(笑)。本能的に体が求めるもの、脳が欲してるものを感覚的に取り入れていったら、すべてが潤滑になってくるんですよね。
―そういうGOMAさんの状態に関する話でいうと、『フラッシュバックメモリーズ3D』を観てまず驚いたのが、前回の取材でGOMAさんが「脳にパッと画像が表れることがある」とおっしゃっていたまさにその感覚が、3Dで表現されていることでした。あれは不思議な体験でした。
GOMA:記憶ってすごく複合的なもので、味覚・嗅覚・聴覚・触覚とか、そういう感覚が複合的に絡まって、脳の中に記憶として蓄積されていると思うんです。だから普通は、匂いを嗅いだり、何かを食べたりすると、それに付随する何かのイメージが出てくる。だけど僕の場合、神経がつながりきっていない状態で画像が出てきてるから、まだそれが何なのかわからないっていう状態なんだと思います。
―神経がつながっていれば、その画像が何であるかわかるのかもしれないけど、まだ断片的な状態にあると。
GOMA:そうみたいです。5年とか10年のタームでそういう神経がつながってくるらしいので、そうなればもっと生活しやすくなるのかなって思うんですけど。今はまだ自分の記憶に自信が持てなくて、最近のことやと思って話しても、実は十何年前のことやったりとか、時間軸が脳の中でバラバラの状態なんです。少しずつ記憶が残るようにはなってきたから前進はしてるけど、過去の記憶に関しては、何が消えてしまって、何が残っているのか、いまだによくわからないんですよね。
リスクがあるにせよやらなあかんと思ったのは、自分がこうやって頑張る姿を見た人たちが、「俺も頑張ろう」って思ってくれるからですね。
―映画をご覧になって、実際にご自身の脳の感覚とリンクするような部分はありましたか?
GOMA:さっきも話した「画像が出てくるけど、それが何だかわからない」っていう、脳損傷の症例パターンのひとつを疑似体験できると思うんですね。実際リハビリの先生が見たときも、「すごく勉強になります」って言ってて。やっぱり、脳の症例のことって話すだけだとなかなか伝わらないから、実際に映画を見て、体験してもらったら、何となく感覚がわかると思うんです。
『フラッシュバックメモリーズ3D』 ©2012 SPACE SHOWER NETWORKS INC.
―実際のお医者さんにも参考になるっていうのはすごいですね。
GOMA:リハビリの先生方も、自分自身が脳損傷してるわけではないですからね。
―ご自身の活動自体が、脳損傷の認知を拡大させる役割を担っていることに関して、GOMAさんは以前から意識的だったと思います。しかし、ドキュメンタリー映画を作るということに関してはやはり、葛藤もあったのではないかと思うのですが。
GOMA:やっぱり最初はありましたね。ホントだったら、自分が障害を持ってるなんて人に言いたくないし、そこをオープンにすることで、自分や家族にどういうアクションが返ってくるかもわからないじゃないですか。実際ちょっとずつ障害のことが表に出始めると、普通に話してくれる人がどんどんいなくなって、みんな色眼鏡で接してくるようになったし。
―それでもそれを公にしようと思えたのは、何が力になったんですか?
GOMA:リスクがあるにせよやらなあかんと思ったのは、やっぱり自分がこうやって頑張る姿を見た人たちが、「俺も頑張ろう」って思ってくれるからですね。自分と同じような障害で日々葛藤してる人が手紙をくれたりするんです。その人たちは僕の活動に夢を見てくれてるから、絶対頑張らなあかんって、そういう思いはどんどんでかくなってます。もちろんそれ以外にも、個展(GOMAは事故後に絵を描くようになった)を観に来てくれた人が、ボロボロ泣きながら「俺も頑張る」って握手をしてくれたりとか、そういう瞬間瞬間が積み重なって、「やっぱやらなあかん」って、後押ししてくれたんです。
『フラッシュバックメモリーズ3D』 ©2012 SPACE SHOWER NETWORKS INC.
―みんながGOMAさんに勇気づけられたのは、前回のCINRAの記事がもの凄いアクセス数を記録したり、今回の映画が『東京国際映画祭』で観客賞を受賞したことでも証明されていますよね。
GOMA:観客賞という結果は、観てくれた一人一人の人らの応援だと思うんです。そのお陰で、どこかでリスクや不安を感じていた自分の気持ちも吹っ切れたし、これからまだまだたくさんの人に観てもらいたいと思えるようになりました。
この空間が僕の新しい思い出になっていく、ここから自分の新しい人生が始まるんだなって思えて。
―映画の中で、特に印象的なシーンはありましたか?
GOMA:ピンポイントでは正直よく覚えてないんですけど、みんなと一緒にあの映画館のスクリーンで観たときに、自分が通ってきた過去の経験とか思い出を、自分もまたみんなと一緒に経験したような感覚になりました。
―真っさらな状態で、もう一度自分の人生を追体験したと。
GOMA:事故からの3年間は、不安を埋めるために過去の写真や映像を見たりしていて、それで自分が前に進んでいる気がしてたんです。でもあのとき、自分の過去をみんなと一緒に観ている現在の自分がいて、スクリーンの中には事故前の自分がいて、この空間が僕の新しい思い出になっていく、ここから自分の新しい人生が始まるんだなって思えて。これから自分が見たり、聞いたり、経験することが、これからの僕を作っていくんだって、すごく思ったんです。
『フラッシュバックメモリーズ3D』 ©2012 SPACE SHOWER NETWORKS INC.
―それって、GOMAさんにとってもかなり大きな心境の変化ですよね。
GOMA:自分で自分の過去を掘り起こして勉強していくみたいなエネルギーの使い方は、これでもうやらなくていいと思えたのはすごく大きいです。今の自分を認められるようにもなってきて、今の自分の脳でしかできないような、この障害を自分の長所に変えていけるような、そういうもの作りにこれからどんどんチャレンジしていきたいと思ってます。
伝えようと思っても伝わらないことってあると思うんですけど、情熱とか想いっていうのは、ちゃんと伝わるんだなって。
―では、今後のもの作りについてお伺いすると、まず音楽活動に関しては、現状をどのように捉えていらっしゃいますか?
GOMA:音楽に関していうと、事故の前にできてたことがまだ全然できてないんです。とにかく頭で覚えることが難しいので、その代わりに体の記憶を使えるようになってきて、ライブのペースも少しずつ上げていけそうかなって。
―「体の記憶」というのは、どういうものなんでしょうか?
GOMA:例えば日本人って、お箸を渡されたら、パッと正しい持ち方で握れますよね。何回も繰り返しやってることって、脳で思考するより先に体が覚えているんです。だから僕は今、前だったら2、3回繰り返せば覚えられたであろうフレーズを、日々何百回って繰り返して、体に覚えさせるんです。
―それって、想像を絶する練習量が必要になりますね。
GOMA:とにかく体に覚えさせて、「もうここまで来たら1ステージできるやろう」ってところまで自分を高めて、それでステージに出る。だからステージに上がって自分が何をやっているのか、正直まだよくわかってないんです。ただ体が反応する、体が音を出してくれてるって感じなんですよね。
―先日(2012年11月)は映画の公開記念のライブもありましたが、そのときも今おっしゃっていただいたような状態でライブをやっていたわけですか?
GOMA:そうですね。ステージに上がるまではすごい緊張しますけど、終わった後の達成感は半端ないです(笑)。「できたー!」みたいな、爽快な気分になります。
高根順次
―相当な不安と戦いながら、ステージに上がってるんですね……。
高根順次(『フラッシュバックメモリーズ3D』プロデューサー):僕は今GOMAさんの日記をお預かりして読ませてもらってるんですけど、あの公開記念ライブの日記にGOMAさんは「新しい曲がまだできない。これからどうやって作っていけばいいんだろう……」って書いていて。
―既存の曲を憶えてライブをやり切った達成感よりも、記憶の問題で新しい曲を作れない不安感が勝っていたんですね。映画の中でも日記の引用が出てきますが、すごく重みがありました。
高根:ものすごくいろんな悩みや葛藤が克明に書かれてて、おおげさじゃなく、人の人生の厚みがそこにあって、それを背負った作品なんだって再確認させられました。この映画を見て、ライブを見れば、「GOMAさん元気になってきたんだな」って受け取る人も多いと思うんですけど、実際は今もものすごい不安と戦ってるんだなっていうのを、日記を読んで改めて感じて。
『フラッシュバックメモリーズ3D』 ©2012 SPACE SHOWER NETWORKS INC.
GOMA:誰かに見せるために日記を書いてたわけじゃないから、何かを伝えようと思って書いたわけでもなく、何気ない日々の想いを書いていたものなんです。でも、映画を見て感動してくれた人がメッセージをくれたり、高根さんも僕が書いたものから何かを感じてくれた。「伝える」っていうのと、「伝わる」って違うんだなって、最近思うんですよね。伝えようと思っても伝わらないことって結構あると思うんですけど、情熱とか想いっていうのは、ちゃんと伝わるんだなって。
―はい、今日話をしながらもそれを痛感してます。
GOMA:いまだに朝起きて、「今日は体動くかな」ってところから始まって、相変わらず日々もがいてるような感じですけど、ちょっとだけ勇気を出して、それを外側に開いていくことを自分が選んで、そうしたら、自分が想像もしてなかったみんなの想いが僕にも伝わってきたんです。そういう想いって、絶対に伝わるんですよね。
見た後に「明日からまた頑張ろう」って思ってもらえるような、気持ちを後押しできるような、そういう広がり方をしてくれたら本望ですね。
―今後のもの作りということで、絵に関しても聞かせてください。やはり音楽同様、頭で考えるのではなく、今も体が動くに任せて描いている状態なのでしょうか?
GOMA:そうですね。頭に浮かんでくる画像を描いていく、残していく感じです。描かないと、脳が騒がしくなってくるんですよ。脳損傷すると、傷ついた部分がショートしたみたいな感じになるんですけど、そのざわつきを鎮めるために、僕の場合は絵を描くことが良かったみたいなんです。
―以前の作品は点描画でしたが、タッチが変わってきたりしているのでしょうか?
GOMA:ずいぶん変わってきてます。初期のものってすごく抽象的で、何を描いてるのかいまだによくわからないものが結構あるんですけど、最近は自分の何らかの感覚に引っかかって出てきた画像を描いてるので、見えてるものを見えたように描く、だからだいぶ具体的になってきました。
GOMAによるアート作品
―それって、神経が少しずつつながってきていることの表れなんでしょうね。
GOMA:そうだと思います。シナプスが生きてる細胞同士をつなげていく、その過程が絵の中でも見れるっていう感じがしますね。自分の脳がどういう形で育っていくのかはまだ全然未知数ですけど、最近は自分の脳がどう回復していって、その過程でどんな世界観が自分の中に見えてくるのか、それを楽しもうと思っていて。その都度自分が表現することさえ忘れなければ、十数年経ったときに面白い作品群になって、自分の進化が見えると思うんですね。前のCINRAのインタビューで自分がどう感じて、どう言ったのかはわからないですけど、それを読み返して、また今回のを読むと、自分の心の変化や進化が見れるでしょうしね。
―映画に関しても、また10年後に見たら新たな発見があるでしょうね。
GOMA:やっぱり映像ってすごいなと思って。自分は音とか写真で記録をしてきたけど、何より記憶にダイレクトに作用してくるのは映像で、視覚的に飛び込んでくるものは、すごい威力を発揮するんですよね。映像が発するメッセージとか、想いのパワーって、この先何年経ってもずっと消えないと思うんです。
―これから映画が公開されて、ますます多くの人に想いが伝わっていくでしょうね。
GOMA:国境とか世代とか関係なく、何か体感できる映画だと思います。観た人が「俺もまた明日から頑張ろう」ってなるような、そういう映画になればいいなっていうのは、監督と最初から話してたんです。「この気持ちをわかって欲しい」とか、最初は思ってたのかもしれないけど、最近は「わかってくれ」なんて全然思わなくて、ただただ「これは現実で、いつ誰に起こるかもわからんことなんやで」って、それだけわかって欲しくて。自分の気持ちなんてわかって欲しくないというか、こんな事故に誰一人あって欲しくない。だから、観た後に「明日からまた頑張ろう」って思ってもらえるような、気持ちを後押しできるような、そういう広がり方をしてくれたら本望ですね。
- イベント情報
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- 『フラッシュバックメモリーズ3D』
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2013年1月19日より全国順次3D上映
監督:松江哲明
出演:GOMA & The Jungle Rhythm Section
配給:SPOTTED PRODUCTIONS
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- 松江哲明監督、GOMAが登壇する舞台挨拶が決定
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1月19日(土)新宿 (1)18:30〜の回上映終了後 (2)20:50〜の回上映開始前
1月20日(日)梅田19:00〜の回上映終了後
1月21日(月)京都19:00〜の回上映終了後
1月22日(月)名古屋18:35の回を予定
1月24日(木)横浜19:00〜の回上映終了後
1月25日(金)博多19:00〜の回上映終了後
1月26日(土)博多19:00〜の回上映終了後(GOMAのみ)
1月27日(日)広島19:00〜の回上映終了後
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- フラッシュバックメモリーズ公開記念
GOMA個展 記憶展第三章『ひかり』 -
2013年3月9日(土)〜3月20日(水・祝)
会場:東京都 恵比寿KATA(恵比寿リキッドルーム2F)2013年4月27日(土)〜5月6日(月・祝)
会場:大阪府 大阪PINE BROOKLYN
- フラッシュバックメモリーズ公開記念
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- フラッシュバックメモリーズ公開記念 ワンマンLIVE
『2nd Life』 -
2013年4月5日(金)
会場:大阪府 大阪シャングリラ
出演:GOMA&The Jungle Rhythm Section2013年4月7日(日)
会場:東京都 渋谷 WWW
出演:GOMA&The Jungle Rhythm Section
- フラッシュバックメモリーズ公開記念 ワンマンLIVE
- プロフィール
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- GOMA
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1973年生まれ。大阪府出身。ディジュリドゥアーティスト、画家。単身で渡豪した、オーストラリアで数々のコンペティションに参加し入賞。 98年アボリジニーの聖地アーネムランドにて開催された「バルンガディジュリドゥコンペティション」では準優勝し、ノンアボリジニープレイヤー として初受賞という快挙を果たす。国内外の大型フェスにも多数参加し、自身の10周年の活動をまとめた映像制作をしていた09年交通事故に遭い高次脳機能障害の症状が後遺しMTBI(軽度外傷性脳損傷)と診断され活動を休止。その後も懸命にリハビリを続け再起不能と言われた事故から苦難を乗り越え2011年6月に静岡で行われた野外フェスティバル「頂」にてシークレットゲスト出演をし、FUJIROCK FESTIVAL’11にて伝説のライブを行い、奇跡の復活を成し遂げた。
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