アートに触れられる場所、と聞いて真っ先に思い浮かぶのは美術館やギャラリーだろう。最近ではビエンナーレやトリエンナーレのような芸術祭も開催されているし、広い意味では本屋でビジュアルブックをめくることもアートに触れているといえるかもしれない。アート好きを自称するなら、この辺りまでは日常的に経験しているはず。では、アートの売り買いを目的とした『アートフェア』はどうだろう?
買わない人は行っても意味が無いでしょ? と考えているなら、それは大間違い。ここで楽しむべきことは、「お金を出せば誰でも買える」というアートの側面を肌で感じることなのだ。「気に入ったら買えるかもしれない……と思って歩くとアート作品の見え方も変わってくるんですよね」と話してくれたのは、ファッションブランド「writtenafterwards」のデザイナー山縣良和さん。昨年はプライベートで来場し、今年はファッションデザイナーとして『アートフェア東京2013』へ参戦する。「ファッションはもっと外側へアピールしていかなくてはいけない」と話す山縣さんに、『アートフェア東京2013』出展に込めた思いを語ってもらった。
アートの価値観でファッションを捉え直す
―今回、山縣さんが作品を出展されるのは『アートフェア東京2013』内の特別展示『トーキョーリミテッド』ですね。ファッションやジュエリー、ビンテージフォトなど近年アートの文脈でも紹介されるようになった多様な表現が集まったブースです。出展依頼があった時の感想を教えて下さい。
山縣:もともと、僕はファッション業界だけでなく、より広い世界に作品を発表していきたいと考えていたので、「ぜひ!」という感じでした。ファッション業界とは違った価値観を持つ人たちに作品を見てもらって、どんな反応が返ってくるのかが楽しみ。今は、それを大きなモチベーションにしてやっています。
山縣良和
―となると、出展するのは『アートフェア東京』を意識した新作ではなく、ご自身のブランド「writtenafterwards」の活動から生まれた作品ということですか?
山縣:はい。2012年10月の『東京コレクション』で発表した『七福神』シリーズから何体か。それと、2011年に東京オペラシティ アートギャラリーで開催された企画展『感じる服 考える服 東京ファッション現在形』で展示した、布でできた貨幣『0円貨幣(zero written note)』も展示する予定です。そして、その原画やシルクスクリーンの版も。この版自体を展示するのは今回が初めてですね。
『寿老人(七福神シリーズ)』photo:Takuma Suda
―山縣さんの作品は、すでにファッション業界では型破りにも捉えられていますが、あくまで、ファッションデザイナーとしての姿勢を崩さず、アートの世界へ乗り込むと。
山縣:そうですね、そこに意味があると思っています。実は2011年に『TOKYO FRONTLINE』というアートフェアに参加したことがあるんです。その時に高額な作品を発表したんですが、ファッションの展示会では「かっこいいけど高いよね」とか「実際には買えないよね」という反応だったのが、アートの世界の人からは「おもしろい!」というポジティブな反応をもらうことが多くて。その時、僕がファッションの世界で作っているものを、そのままアートのマーケットで発表することに可能性を感じたんです。
『弁財天(七福神シリーズ)』photo:Takuma Suda
―『七福神』と『0円貨幣(zero written note)』はそれぞれどんな作品なのでしょうか?
山縣:この2つは延長線上にある作品です。ファッションの創世記を描こうと思ったのがきっかけで、アダムとイブの話をベースに、経済やお金もテーマにしました。僕の作品は、物語が生まれて、そこからクリエイションが始まります。今回は、動物たちと仲良く暮らしていたアダムが、決して見ないようにと禁止されていたのに、動物たちの秘密の作業を覗き見てしまう。その作業が0円貨幣作りなんです。現代版『鶴の恩返し』のようなストーリーです。
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アートは買える。その可能性に触れる。
アートは買える。その可能性に触れる。
―先ほど『0円貨幣(zero written note)』のシルクスクリーンの版自体を展示されるとのお話がありましたが、アートの世界では、版で刷ったシルクスクリーン作品が市場に流通し、お金と交換されていきます。つまり版はお金を生み出す装置ともいえますよね。山縣さんの中で「ファッション」と「お金」は何かテーマとして考えられているのですか?
山縣:布はファッションに限らず、人が生きていくのにおいて重要なマテリアルですが、実はお金の歴史とも深く関わっています。貨幣の「幣」は、布を意味する文字。はるか昔に、布がお金として使われていたことの名残りなんです。ところが、現代ではファストファッションが流行り、布の価値は下がっていく一方です。そこで、複雑で手の込んだジャガード織で巨大な貨幣を作り、『0円貨幣(zero written note)』と名付けることで、その価値を再考してもらおうと考えました。
『0円貨幣(zero written note)』
―ファッションの歴史を遡り、原点をつかもうとする壮大なコンセプトですね。すでにコンセプチュアルなアート作品のようにも感じられます。
山縣:僕は、あらゆる表現がアートになり得る可能性を秘めていると思っているんです。なので今回も、アートの文脈でファッションを語るのではなく、アートとファッションの明確な違いを伝えながら、同時にファッションに潜む新しい側面としてアート的な表現を見つけてほしい。例えば、写真の中にコンテポラリーフォトというジャンルがあるように、ファッションの中にもコンテンポラリーファッションのような視点があっていいと思うんです。今、一部では、ファッションは消費社会の象徴のように語られてしまっています。でも、ファッションの本質は消費社会の中でしか語れないわけではない。もっと違った側面があることをファッションデザイナー自ら積極的に外部に見せていく必要があると、僕は感じているんです。
―その舞台となる『アートフェア東京2013』についても伺っていきたいと思います。山縣さんは昨年、プライベートでも会場を訪れているそうですね。初めての『アートフェア東京』はいかがでしたか?
山縣:率直な感想としては、作品のレンジがとてつもなく広いなって(笑)。骨董が置いてある隣に、絵画や現代アートがあって、コンテンポラリージュエリーといった工芸に近いコーナーもある。こんなに幅広いアートが一堂に集まる場所はそうそうないし、それらをすべて買うことができるという混沌さもおもしろかったです。
『アートフェア東京2012』会場風景 ©アートフェア東京2012 / 撮影:岩下宗利
―展示されている作品すべてに値段が記されている。美術館とは決定的に違う空気が漂っていますよね。
山縣:そうですね。アートフェアでは、気になる作品を見つけると金額を予想しちゃうんですよね。それで近寄って値札を見てみると、自分が思った金額と大きく外れていることも多々ある(笑)。そこでまた価値観が崩されるというか、意表を突かれるというか、それも楽しい。
―確かに、アートの値段を知るのはとてもスリリングなことだと思います。ちなみに、山縣さんの作品も販売を予定しているんですか?
山縣:もちろんです。値段は、アートフェアだからといって変更するわけではなく、通常どおり設定しています。ファッションの展示会では驚かれることが多かった値段も、アートフェアではピタリとハマってくるはず。その反応の違いも興味があります。
『アートフェア東京2012』会場風景 ©アートフェア東京2012 / 撮影:岩下宗利
―ずばり、一般の人が『アートフェア東京』に行く醍醐味とはなんだと思いますか?
山縣:単純に色んな表現を楽しみに行けばいいと思いますよ。そして、「買う」「買わない」ではなく、「もしかしたら買えるかもしれない」という可能性に触れることが刺激的なんだと思います。僕はアート作品を頻繁に買う方ではないけれど、「買わないなら行かない」という発想はまったくないですね。『アートフェア東京』特有の、あの混沌とした空気の中でアートに触れることに大きな意味があると感じています。
「流行」という言葉は、仏教の「諸行無常」という考えに近い?
―山縣さんにとってアートとファッションがどんな関係にあるのか、踏み込んで聞かせて頂けますか?
山縣:アートはクリエイションの代表ですよね。西洋では、神様が創造、つまりクリエイションをしてこの世を作ったと考えられていますが、それを思うとアートは神に一番近い行為なのかもしれない。ゆえにここまで価値化されているんだと思います。明確なコンセプトを掲げ、アーティストが自身の核となるアイデンティティーと純粋に向き合いながら制作を行うというイメージもあります。一方でファッションは、アートの要素ももちろんありますが、もっと移ろいやすく、流動的なものです。ファッションとは「服」ではなく「服装」のこと。モノではなく、コト。現象なんです。そしてもう1つの軸「流行」という言葉は「流れ行く」と書きますが、仏教の諸行無常という考えにとても近い。
『福禄寿(七福神シリーズ)』
―その「流行」を作ったり、追いかけたりすることにファッションが対峙している局面がありますよね。
山縣:ここ10年で、ファッション産業のスピードはさらに大きく加速したと思います。今では、早ければ1週間で企画から、製造、販売にまでたどり着ける。しかもその商品は、サイズ展開もカラーバリエーションも充実している。これだけスピーディーな産業システムが整っている業界は他にないと思います。でも、その目まぐるしいスピードの中で、今後もファッションデザイナーが本当に純粋にクリエイションできるのか? という疑問はあります。
―山縣さんが「ファッションデザイナーは業界の外にもっと飛び出すべきだ」と言うのは、そういう思いが根底にあるんですね。
山縣:そうです。例えば、僕が生まれたのが20年前、30年前だったら、もっと素直にいわゆるファッションの表現に集中して活動していた気がするんです。でも、今はファッションの中にあった、クリエイションの本質を取り戻さないといけない時代なんだと思います。
―アートの世界に飛び込むことが、そのきっかけになると。
山縣:可能性は感じています。僕がファッションをやりたいと思った理由は、単純に服が好きだということもありますが、考えれば考えるほど深く広がりがある世界だと思ったからなんですね。これは、生涯をかけて挑んでいく甲斐があるぞ、と。でも今は、ファッションをそういう視点で語る人が少なくなっている。時々、僕ひとりが暴走しているのかな? と思う時もあるんですが(笑)。もっと同志が増えてくれると嬉しいですね。ファッションクリエイション、つまり、ファッションの中に宿るアート性を見せると同時に、アートとファッションの根本的な違いを見せなければいけない。人間の生々しいところを残していかないと。『アートフェア東京2013』の展示では、それができるんじゃないかと、今から開催を楽しみにしています。
- イベント情報
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- 『アートフェア東京2013』/dt>
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2013年3月22日(金)11:00〜21:00
2013年3月23日(土)11:00〜20:00
2013年3月24日(日)10:30〜17:00
※全日入場は終了30分前まで
会場:東京都 有楽町 東京国際フォーラム 地下2階 展示ホール
料金:
1DAYパスポート2,000円(一般会期中の1日に限り自由に入退場が可能)
3DAYパスポート3,500円(一般会期中自由に入退場が可能)
小学生以下無料(但し大人同伴)
※前売りは各500円引き
-
- シンポジウム&トーク
- 『アート・コレクション今昔物語』
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2013年3月23日(土)13:00〜14:30(開場12:45)
出演:
高橋明也(三菱一号館美術館館長)
塩原将志(アート・オフィス・シオバラ代表取締役)
モデレーター:岩渕潤子(アグロスパシア株式会社取締役、AGROSPACIA編集長)『今、「アート」ではないアートが熱い!?』
2013年3月23日(土)15:30〜17:30(開場15:15)
出演:
櫛野展正(鞆の津ミュージアムアートディレクター)
立花文穂(美術家、グラフィックデザイナー)
保坂健二朗(東京国立近代美術館主任研究員)
モデレーター:ロジャー・マクドナルド( NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト])『装うこと、身に着けることの文化人類学』
2013年3月24日(日)14:00〜16:00(開場13:45)
出演:
SHIMURABROS.(美術家)
山縣良和(リトゥンアフターワーズ代表)
ニリス・ネルソン(キュレーター)
モデレーター:椿玲子(森美術館アソシエイトキュレーター)料金:無料(『アートフェア東京2013』1DAYパスポートを提示)
定員:各回100名(要事前予約)
※残席がある場合のみ会場にて受付
※予約方法はオフィシャルウェブサイト参照
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- 『アートフェア東京2013』
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2013年3月22日(金)11:00〜21:00
2013年3月23日(土)11:00〜20:00
2013年3月24日(日)10:30〜17:00
※全日入場は終了30分前まで
会場:東京都 有楽町 東京国際フォーラム 地下2階 展示ホール
料金:
1DAYパスポート2,000円(一般会期中の1日に限り自由に入退場が可能)
3DAYパスポート3,500円(一般会期中自由に入退場が可能)
小学生以下無料(但し大人同伴)
※前売りは各500円引き
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- シンポジウム&トーク
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『アート・コレクション今昔物語』
2013年3月23日(土)13:00〜14:30(開場12:45)
出演:
高橋明也(三菱一号館美術館館長)
塩原将志(アート・オフィス・シオバラ代表取締役)
モデレーター:岩渕潤子(アグロスパシア株式会社取締役、AGROSPACIA編集長)『今、「アート」ではないアートが熱い!?』
2013年3月23日(土)15:30〜17:30(開場15:15)
出演:
櫛野展正(鞆の津ミュージアムアートディレクター)
立花文穂(美術家、グラフィックデザイナー)
保坂健二朗(東京国立近代美術館主任研究員)
モデレーター:ロジャー・マクドナルド( NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト])『装うこと、身に着けることの文化人類学』
2013年3月24日(日)14:00〜16:00(開場13:45)
出演:
SHIMURABROS.(美術家)
山縣良和(リトゥンアフターワーズ代表)
ニリス・ネルソン(キュレーター)
モデレーター:椿玲子(森美術館アソシエイトキュレーター)料金:無料(『アートフェア東京2013』1DAYパスポートを提示)
定員:各回100名(要事前予約)
※残席がある場合のみ会場にて受付
※予約方法はオフィシャルウェブサイト参照
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- 『コレクター養成 スペシャルガイドツアー』
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2013年3月23日(土)11:15〜12:00 / 12:30〜13:15
ナビゲーター:宮津大輔(現代アートコレクター)
定員:各回10名(要事前予約。予約方法はオフィシャルウェブサイト参照)
料金:各回4,500円(『アートフェア東京2013』1DAYパスポート込)
※アートフェア東京2013 1DAYパスポートをお持ちの方は3,000円
- プロフィール
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- 山縣良和
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1980年、鳥取県生まれ。大阪の服飾専門学校を卒業後、2005年にイギリスの名門セントラル・セント マーティンズ美術大学ウィメンズウェア学科を首席卒業。インターナショナルコンペティション『its#3』にて3部門受賞。ジョン・ガリアーノのデザインアシスタントを務める。帰国後、2007年に自身のブランド「writtenafterwards」スタート。自由で、本質的なファッションの教育の場として「ここのがっこう」を開始。
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