今年に入って、じん(自然の敵P)のアルバムがオリコンチャートで1位を獲得したり、つい先日にはtofubeatsのメジャーデビューが決定するなど、ネット発の若きクリエイター / アーティストが、よりマスなレベルで活躍することは、決して珍しいことではなくなった。しかし、そんな中にあっても、佐香智久の男性版シンデレラストーリーは、ちょっと異例だと言っていいだろう。2010年、佐香が「もっと多くの人に聴いてもらいたい」という思いから音楽活動の場をネットに求め、自身の歌をアップし始めた際、彼が名乗っていたのは「少年T」。元々の内向的な性格もあって、あえて匿名性の高い名前を選び、ひっそりと活動を開始したはずだった。しかし、彼の透明感のある歌声は、甘いルックスも手伝ってすぐに評判となり、ウェブ界のプリンスとして注目を浴びると、昨年のデビューイベントには2,000人が集まるという、ちょっとしたフィーバーが巻き起こったのだ。今年2月に発表されたファーストアルバム『はじめまして。』に続く、早くも6枚目となるシングル『バイバイ』は、初めて自分のために作ったという転機作。いまだ発展の途上にある21才が、これからどんなストーリーを描いていくのか、じっくりと見守りたい。
僕ホントに根暗だったんですよ(笑)。
―今年の2月に出たファーストアルバムの『はじめまして。』と、4月に渋谷AXでやったワンマンで、メジャーデビュー後の活動に一区切りがついたと思うんですけど、振り返ってみるとどんな1年でしたか?
佐香:……みんな大人だなあって(笑)。
―(笑)。周りのスタッフさんがっていうことですか?
佐香:そうですね。僕は好きで音楽を始めて、もっとたくさんの人に聴いてもらえるチャンスになるならと思ってデビューさせていただいたんですけど、デビュー前は音楽以外のことも全部自分でやってたので、音楽に集中できないときもあったんです。でも、デビューしてからは、自分は音楽だけに専念すればよくて、周りの人たちが今まで自分でやってきた煩わしい部分をやってくれたりするので……大人だなあと(笑)。
―でも、それまでは大人の人と一緒に仕事することってなかったろうから、逆に大変だったりもしたんじゃないですか?
佐香:こうやってお話を聞いていただくこと自体なかったですからね……っていうのも、僕ホントに根暗だったんですよ(笑)。一人で本格的に音楽を始めたのは高校3年生ぐらいからなんですけど、高校は休み時間になっても誰も立ちあがらずに勉強してるようなクラスだったんですね。
―進学校だったんですか?
佐香:特別進学クラスだったので、僕もその場の雰囲気に飲まれ……って言い方をすると人のせいにしてるみたいですけど(笑)、それでどんどんアニメとかが好きになっていって、内に籠っていったんです。
―でも、バンドをやってたこともあるんですよね?
佐香:やってました。でも、やっぱり人に合わせるのが難しかったというか、自分が練習してきたのに、練習してこない人とかいるじゃないですか? それが煩わしくて、だったら全部自分でがっつりやれる方がいいなと思って。
―じゃあ、デビュー以降は大人の人と接する機会も増え、少しずつ性格も変わってきた?
佐香:そうですね、昔はホントに根暗で、もやしみたいな、日陰でジメジメみたいなやつだったんですけど……。
―そこまで言わなくても(笑)。
佐香:でも、こうやってお話ししたり、人前で歌う機会も増えて、自分って意外と話すのが好きなんだなって思いました。
―うん、まだ出会って5分ぐらいだけど、特にコミュニケーション下手っていう感じはしないですよ。運動も得意だっていうし、そんなに自分のことを根暗っていうのが不思議なくらい。
佐香:水泳とスノーボードとスキーは一応インストラクターの資格を持ってるんですけど、でもそれって全部一人でやる競技じゃないですか(笑)。そういうのはとことんやってたんですけど、授業のバスケや団体競技になると……協調性がないというか(笑)。
―何でそういう性格だったんだろう? 学校の雰囲気以外にも、何か原因があったんですか?
佐香:特に、女の子と話すのが苦手だったんですけど、小4のときからずっと好きだった女の子がいて、その子が僕に耳打ちしてくれたことがあったんですね。それがすっごいキュンときて(笑)、思い出に残ってたんです。中学になってからはクラスが別だったから話すこともなかったんですけど、同じテニス部になって、男2人女2人で練習に行くみたいな話になって、そのときひさしぶりに話したんです。そうしたら、「初めまして」って言われたんですよ。そこで深く傷ついて、それから女の子と話すのが苦手になったんです。
―そっかあ、まさに青春の1ページだね(笑)。
佐香:きっと存在感が薄かったんだろうなって……やり直したいです(笑)。
大学に入ったら何とかしてモテたくて、少女マンガを読んでノウハウを学ぼうと思って(笑)。
―ネットで曲を発表するようになったのは高3からとのことでしたが、それ以前からニコ動とかはよく見てたんですか?
佐香:いや、大学で使うために親にパソコンを買ってもらったのが一人で音楽をやるきっかけだったんで、それから1、2か月の間にオーディオインターフェイスやマイクを買って、「すごいじゃん!」ってはまっていった感じです。それで勉強がおろそかになって、第一志望に落ちたんですけど(笑)。
―「いつかデビューしたい」って思って始めたわけじゃなくて、最初はただ「多くの人に聴いてもらいたい」っていう理由で始めたわけですよね? だからこそ、本名じゃなくて「少年T」を名乗ってたんだと思うし。
佐香:そうですね。本名も何もかもばれずに、ずっとネットでやっていけたらいいなと思ってたので、最初は匿名でやってました。
―ネットに曲を上げ始めたら、すぐにリアクションが返ってきたんですか?
佐香:それまで褒めてくれる人がいなかったから、ネットに上げて、「すごくいいですね」って言ってくれるのが嬉しかったです。「これぐらい俺も機材があればできるし」みたいな批判コメントだったとしても、「だったら、やってみろよー」とか思うのも楽しくて。
―「癒される」とかっていう反応にも最初はびっくりした?
佐香:声を褒めてもらえることもそれまでなかったから、「そうなの?」みたいな感じでした。録音した自分の声を聴いて「気持ちワル!」って思ってましたから(笑)。
―最初はみんなそう思うよね(笑)。じゃあ、すごく自信があったというよりも、恐る恐る発表してたような感じ?
佐香:今も全然自信はないんですけど、好きって言ってくれる人がいるうちは、自分では好きじゃなくても、自信くらいは持とうと思って歌ってますね。
―歌い方で意識してることとかってありますか?
佐香:特に深く考えてるわけじゃないんですけど、誰かのために歌えたらいいなとはずっと思ってます。僕も漫画やアニメを見て、その世界に入ったような気持ちになって救われてきたところがあったので、そういう歌が自分も歌えたらいいなって。
―少女マンガが好きなんですよね?
佐香:はい、もちろん少年マンガも好きなんですけど、少女マンガは高3で初めて読んで、ここ3、4年でガーッと読みました。高校のときは全然女の子としゃべれなかったから、大学に入ったら何とかしてモテたくて、少女マンガを読んでノウハウを学ぼうと思って(笑)。ちょうど『NANA』が流行ってて、自分が音楽をやってたのもあったから、「これ超いいじゃん」と思って、そこからどんどんはまっていきました。
―最初は恋愛の参考書のつもりだったけど、どんどんその世界にのめり込んで行ったと。
佐香:それまで恋愛の経験が少なかったんで、自分が主人公の気持ちになって、「これが嫉妬?」みたいな(笑)、いろんな感情を体験するのが楽しかったんです。あと、少女マンガってパターンがあるじゃないですか? 女の子がいて、男の子が2人いると、最初はこっちを好きになって、途中あっちに行きつつ、最後こっちに戻るみたいな(笑)。そういうパターンが見えてくると、パズルみたいで面白いなって思うようになって。
―ちなみに、少女マンガで学んだことは現実の恋愛に活かされた?
佐香:いや、まったくないですね(笑)。ただ、想像力を鍛えるのに役立っていて、例えば、電車の中で向かいに女の人がいたら、「きっとこの人はこういう性格で、こういう男の子がいたら、こういう反応するだろうな」とか、「この人の考える浮気のラインってどれくらいだろう?」とか考えたり。すごく気の強そうなOLさんだったとしても、「彼氏がみんなとご飯行くだけで、すごい妬いたりするのかな」とか思うと、少し優しくなれたりして(笑)。
―人間観察がすごく細かいとこまで行ってますね(笑)。
佐香:決して高飛車になって人のことを見てるわけじゃなくて、(小声で)「ちょっと失礼します」みたいな感じで、その人を題材にさせてもらうというか。あと、電車に乗ってるとき、隣で話している人の顔を見ないで、話の内容からその人の顔を想像するんです。それで顔をパッと見て、イメージしてた顔が当たってるか外れてるかを確認する、っていう遊びもよくやっています。
―そういう人間観察を通して養われた複雑な感情の表裏、それこそパズルみたいな人間関係の面白さっていうのは、間違いなく佐香くんの歌詞の魅力になってる部分ですよね。
佐香:そうだと嬉しいです。もちろん、僕もそれなりの恋愛はしてるんですけど、それでも人よりは少ないと思うんですね。なので、少ない経験の中からストレートに「自分はこう思う」っていう歌詞か、「〜なのかな?」っていうのしか歌えないので、その人になったつもりで考えるっていうのは、すごく楽しいんですよね。
「音楽が好きだから」っていうよりは、「誰かのために何かをする」っていうことが好きなんだなって思うんです。
―ニューシングルの“バイバイ”は、<敵は僕の中にいる>という歌詞が象徴しているように、自分と向き合うことをテーマにした曲になっていますね。
佐香:今回は初めて自分のために歌った曲で、「誰かのために」って思う自分のために歌ってるというか。曲を作る最中も自分を見つめ直すことが多かったですね。
―最初にも言ったように、メジャーデビューからの1つのサイクルが終わった後にこういう曲が出てくるっていうことは、この1年にはある種の葛藤もあったのかなって思ったのですが。
佐香:そこは自分でもよくわかっていないというか、歌詞を書いてる最中に「あ、今こういうこと思ってるんだ」って、自分でも初めて気づく感じなんです。歌詞が最後に行くにつれて前向きになっていってるのは、曲を書いてる最中の自分の心境だったので、聴いてる人も同じ気持ちで聴いてもらえたらと思います。
―確かに、とある詩人も、感情をインプットして「よし、書くぞ」って書くわけじゃなくて、いざ書くときになって、そこで初めてインスピレーションが湧くというようなことを言っていて。
佐香:僕も曲を考えるときに、「このフレーズいいな」って思って、携帯に入れておいたりするんですけど、そこから使うことってほとんどないですね。あのときそう思ったっていうことは、今ならもっといいものができるんじゃないかと思うから、いざ書こうとすると、そのときのものは使いたくないんですよね。
―インタビューで話してみて初めてわかることとかも多いですもんね。じゃあ、曲作りに関してはどんな風に進めてるんですか?
佐香:一番最初は僕がアコースティックギターでデモを録音して、アレンジャーさんからアレンジが返ってくると、思ってた通りになってることが多いです。“バイバイ”に関しても、ラフの段階で世界観が一致していたので、特に僕の方から意見をすることもなかったですね。
―それって逆に言えば、自分の歌さえあれば、どんなアレンジでも佐香智久の楽曲になるっていうことでしょうか?
佐香:元は弾き語りでやってたので、どんなアレンジでもいいと思ってます。すごく暗い曲でも、明るい曲でも、アップテンポなロックでも、そういう自分もいると思うし、自分自身をもっと探してみたいと思ってる最中なので、もっといろんな曲を作ってみたいですね。
―1年でシングル5枚にアルバム1枚って、かなりのペースだったと思うけど、それこそネットで曲を発表するように、これからもコンスタントに作品を発表していきたい?
佐香:はい、自分の中ではまだまだ「出してくれ!」って感じなので、これからもそれを出していくんじゃないかと思います。
―世界の終わり“INORI”やRADWIMPS“有心論”のミュージックビデオを手掛けている須藤カンジさんが監督のミュージックビデオもかなりインパクトがありますよね。
佐香:ビデオでもライブでも何でもそうなんですけど、僕が「こういう風にしたいです」って言うと、いつもそれを上回るものになるんですよね。例えば、ライブに向けて準備をしていく中で、途中で1回落ちるときってあるじゃないですか? だから、途中で1度完成させておいて、その後落ちるけど、そこからさらによくしていって、本番を最高のものにするっていう流れで作っています。今回のビデオも、僕のイメージをさらに膨らませて、最初にイメージしたものよりもさらにインパクトの強いものになったっていう感じなんです。
―じゃあ、こんな仕上がりになるとは全然予想していなかった?
佐香:もっとわかりやすく、自分と自分が向き合うような絵になるのかなって思ってました。
―それこそ、鏡とかね。まさか、着ぐるみに入ることになるとは(笑)。
佐香:ジャケットは森の中なんですけど、ビデオは雪山で撮ってて、この衣装10キロぐらいあるんですよ。それを朝の6時から夜の9時ぐらいまでずっと、脱がずに背負ってたんです。
―休憩中も?
佐香:脱ぐのに5人ぐらい必要なんで、迷惑かけちゃいけないと思って、ずっと着てました(笑)。
―でも、歌詞のファンタジックなゲーム的世界観をよく表したビデオになってますよね。最初に話してくれたような佐香くんの元々持ってる内向的な気質と、実はじっくり人を観察してるような視点も感じられるし、シングルの通常盤ジャケットで着ぐるみから出てるのも、自分という名の敵を倒してここからまた始めるっていう、ちゃんとストーリーを感じさせるものになってて、すごくいいなって。
佐香:そうですね。この衣装はホントにすごく動きづらかったんですけど(笑)、でもできあがったらすごくインパクトがあって、今までにないものができたので、よかったと思います。
―では、最後に今後のことをお聞きすると、佐香くんは今もニコ生の配信をやってたり、夏には舞台にも挑戦したりとか、これから活動の幅がますます広がっていくんじゃないかと思うんですね。ご自身では、今後どんな活動をしていきたいと考えていますか?
佐香:今の気持ちを言えば、人のためになることであれば何でもよくて、極端に言っちゃうと、別に歌じゃなくてもいいんです。ただ、僕は歌っていうツールでしかそれができないから、歌うことで精いっぱい人のためになれたらいいなって思ってます。「音楽が好きだから」っていうよりは、「誰かのために何かをする」っていうことが好きなんだなって思うんです。
―9月には渋谷公会堂でのライブも控えています。ライブはよりダイレクトに「誰か」を感じられる場所ですよね。
佐香:ひさびさに友達と会うみたいな感覚なんですよね。だから、いろいろしゃべりたいことがあって、すごくいっぱいしゃべっちゃうんです(笑)。
- イベント情報
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- 『ボクと夏にバイバイ』
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2013年9月14日(土)OPEN 17:00 / START 18:00
会場:東京都 渋谷公会堂
出演:佐香智久
料金:3,900円
- リリース情報
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- 佐香智久
『バイバイ』初回限定盤(CD+DVD)
2013年7月17日発売
価格:1,500円(税込)
SECL-1351/1352[DISC1]
1. バイバイ
2. 恋模様
3. 君がいるから
4. バイバイ 〜Off Vocal〜
5. 恋模様 〜Off Vocal〜
6. 君がいるから 〜Off Vocal〜
[DISC2]
1. バイバイ(Video Clip)(智久 Only Ver.) - 佐香智久
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- 香智久
『バイバイ』通常盤(CD) -
2013年7月17日発売
価格:1,250円(税込)
SECL-13531. バイバイ
2. 恋模様
3. 君がいるから
4. バイバイ 〜Off Vocal〜
5. 恋模様 〜Off Vocal〜
6. 君がいるから 〜Off Vocal〜
- 香智久
- プロフィール
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- 佐香智久 (さこう ともひさ)
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1991年12月26日生まれ、北海道札幌市出身。2010年、少年Tとして、ウェブでの音楽発表を開始。「癒しの声」と話題になり、ウェブ界のプリンス的存在となる。2012年3月、1stシングル『愛言葉』にてデビュー。オリコンデイリーランキングでは最高位9位を獲得。デビュー以降リリースしたシングル4作の内、3作のシングルがオリコンデイリーチャートTOP10入りし、最高位では7位を獲得。2013年6thシングル『バイバイ』を発売。今夏、初舞台『タンブリングvol.4』の出演も決まり、役者としても活躍が期待される。
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