トヨタの高級車ブランド「LEXUS」が、次世代を担う全世界のクリエイターを支援するために国際デザインコンペティション『LEXUS DESIGN AWARD』を創設。受賞作品には、世界最大の国際家具・デザインの見本市『ミラノ・デザインウィーク』(ミラノサローネ)に出展する『LEXUS DESIGN AMAZING 2013 MILAN』での展示機会が与えられた。入賞した12作品のうち2作品は、審査員兼メンターを務める世界的なクリエイターの指導を受けた作品を発表できる、画期的なコンペティションだ。
第1回のテーマは「MOTION」。世界72か国から1,243点にも及ぶ応募が殺到した中、見事入選を果たしたのが当時多摩美術大学の現役大学生だった五十嵐瞳。彼女の作品『Making Porcelain With an ORIGAMI』は紙の型を用いて制作された磁器。従来の方法で作られた磁器とは全く異なる、薄さと美しさ、繊細さを併せ持った極めて独創的な作品で、建築家・石上純也のメンタリングを経て展示された。現在は革鞄の会社にデザイナーとして勤める五十嵐。世界的なコンペティションを経て、「自分の輪郭がはっきりした」と語る彼女のアイデアには、これからの物作りを担う者の風格が感じられた。
アートとは縁遠い、理系一家で生まれ育つ
22歳の若さで『LEXUS DESIGN AWARD』を受賞した五十嵐瞳。理系一家に育った彼女は、もともと美術の世界にはそこまで興味がなかったそうだ。
五十嵐:美術は好きでしたが、それを職業にするとは考えてもいませんでした。幼稚園の頃は、落ちているゴミを拾ってくっつけて遊んだり、砂遊びが好きな子どもだったみたいです。両親が二人とも数学の先生をしていて、兄は稲の研究、弟が材料工学に携わっていて、理系一家に育ったんです。そういうわけで、絵もよく描いてはいましたが、美術にそれほど関心はなくて、数学や生物といった理系科目が大好きでした。中学と高校ではバスケットボール部に入っていたのですが、高校の部活がチャラチャラっとしたところで……(笑)。何か打ち込めるものを、と探してるときに、美術の先生と仲が良くて美術室の居心地が良かったのがきっかけで、美大を目指したんです。
多摩美術大学に進学して「実験漬け」の日々が始まったわけだが、意外にも彼女の理科系への関心が制作に活かされることになる。
五十嵐:大学では、まず制作の課題が出されて、それについてひたすら考えていくので、モチーフやイメージよりも課題ありきだったと思います。課題に対して、頭で考えるというより、手で考える、とりあえず目の前にある素材を組み合わせるということをずっとやっていました。実験するみたいに、選択肢を全部試してからじゃないと答えを出したくないんです。要素を洗い出して、ある素材を別の素材に置き換えて、また別の素材を……といった具合に作業をする過程が楽しい。美術の「感覚の世界」がいまだに理解できないところがあって、「どううまく生産していくか」とか「物の作りの仕組み」といったことに興味がありますね。
五十嵐瞳による作品『Making Porcelain With an ORIGAMI』
日々の課題の解決のために様々な素材に触れる中で、卒業間近にようやく「磁器」に着手。その作品で『LEXUS DESIGN AWARD 2013』を受賞することになる。
五十嵐:学校にたまたま窯があったので、卒業間際になって使ってみようと思いました。初めて磁器を使ったときには、「焼いたものを実際に使える」ということに感動しましたね。磁器は土でできていて、落とせば割れてしまう「壊れる」存在です。その儚い存在を産業的なベクトルに向けると、硬質で割れない丈夫な性質に変化していきます。そうではなく、磁器の生産に元々ある工芸的製法で「壊れる」を肯定的にとらえ直すと、より繊細な表情が生まれ、新たな価値となるのではないかと思ったんです。
五十嵐瞳による作品『Making Porcelain With an ORIGAMI』
「プロダクトにおける『繊細さ』の新たな価値」を発見した五十嵐にとって、磁器との出会いは美しさへの接近となったようだ。受賞作『Making Porcelain With an ORIGAMI』に使われている「紙の型を用いた磁器」はどのようにして制作されたのだろうか。
五十嵐:磁器を扱う以前に、紙をいじっている時期もありました。紙の目に方向があるように、素材自体に方向性があります。紙を押して出てくる皺を別の素材に置き換えると、何か新たな製法の兆しが見えるのではと思い、塩ビ板や布などいろいろな素材を試す中で、紙という素材の可能性に興味を持ちました。私はあまりパソコンが得意ではないので、ほとんど手作業でやっています。型紙を作って、泥を入れて、出して、紙ごと焼くというプロセスで、初めは長方形の紙を円筒状に丸めただけのところからスタートしています。そこから鋳込み技法を行う上で重要となる、泥を溜める形状を考えていきました。紙は水に触れると弱くなるので、何度も泥が流れ落ちてしまい、試行錯誤していました。けれどある日、お弁当に入っているアルミの銀紙を見て「これだ」と思って。そこからさらに改良を加えていき、最終的には他の素材を使うことなく、紙の折りだけで型が作れるようになり、あのような形状にたどり着きました。
五十嵐瞳による作品『Making Porcelain With an ORIGAMI』
そのようにして作られた卒業制作を『LEXUS DESIGN AWARD 2013』に送ったわけだが、コンペに送ったきっかけは「たまたま研究室の前に応募要項の紙が置いてあったから」。アーティストになりたいと思っていたわけでも、有名になりたいという動機でもなかったと言う。
五十嵐:それまで一度もコンペに出したこともなくて、卒業後は就職して、地道に働いて、自分で窯を買って、今の研究を続けたいなとぼんやりと思っていたんです。でも卒業制作がとても面白かったので、「大学生活もこれで最後だし記念に出したいな」と思っていたときに、研究室の前で『LEXUS DESIGN AWARD 2013』の募集用紙と出会いました。他にもコンペはあったのですが、審査員の方々と「運が良ければ、もしかしたらミラノにいけるかもしれない」と思ったんです。『ミラノ・デザインウィーク』(ミラノサローネ)はプロダクトを学んでいる学生にとっては憧れの場所ですし。
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ミラノでハッキリした自分だけの輪郭
ミラノでハッキリした自分だけの輪郭
初応募のコンペで受賞を決め、ミラノで展示できることになったが、そもそも海外に行くのも初めて……と、初めてだらけの五十嵐。『ミラノ・デザインウィーク』に出展するLEXUSの会場で作品を展示するにあたって建築家・石上純也の指導を受けることに。
五十嵐:石上さんは雑誌でしか見たことのない方だったので、最初はとにかく驚きの連続でした。でも驚いてばかりもいられないと思って、いろいろな提案を自分からするようにしました。初めは「紙の型紙で作った磁器で家を建てたい」というとても壮大な計画を相談していたんです(笑)。でも現実的な方法を探るうちに紙だけでは強度が足りず、鉄パイプで補強すればどうにかなるのではないか、という話になったのですが、それだと結局、紙である必要はなくなりますよね。それで石上さんとこの作品の「繊細さ」への表現への挑戦を決めたんです。
あくまでも「紙で作ること」にこだわる姿勢を見せる心の内には、「技法に合った表現方法を探る」という興味を垣間見ることができる。その制作のアプローチこそが、五十嵐の作品から漂う美しさの秘訣だろう。
五十嵐:常に物事を素直に考えようと思っています。無理な方法で無理な物を作ったとしても、どこかしらズレが生じると思うんです。素材を活かした表現方法で、より手順を整頓していけば、結果として「新しさ」が生まれると思います。そういった効率の良さ、物事の過程のシンプルな美しさは、物作りではなく普段の生活でも感じていることです。石上さんと出会って自分が何か変化したというよりは、石上さんと話す中で「自分が何を考えているのか、作品の中で何を大切にしているのか」という輪郭が明確になったと思っているんです。
石上の指導を受けた後、五十嵐は『Making Porcelain With an ORIGAMI』を携えてイタリア・ミラノに赴いた。世界最大のデザインの祭典の感想やいかに。
五十嵐:とにかく新しいインスピレーションを受ける場所でした。ただ、作品を出展したことで反省もあって。作品を観た人からよく「これ、紙?」って質問されて。「単なる折り紙をどうして展示しているんだ?」と思った方もいるかもしれません。「磁器の今までの製法を変えることによって、そのものの表現が変わり、そしてその表現は新たな価値になるかもしれない」という想いが、作品を観ただけでは伝わらなかった。大学であれば、普段の自分の人となりでなんとなく伝わっていた表現力の脆弱な部分に、言葉も通じない、初対面の人たちに観てもらうことで気が付きました。
五十嵐は今、ミラノから持ち帰った想いを自分の中で巡らせ、昇華している最中のようだ。
五十嵐:『ミラノ・デザインウィーク』は、大量生産というよりも、家具自体の美しさを価値にしていく場所なのではないかと思っています。私が向かって行く方向は、それとは少し違っていて、誰がデザインしたかなんて関係ないけど良いものを人々に手に取ってもらい、長く使ってもらって、同時にそれを作る職人さんの生活が成り立っていく……それがうまく循環するシステムを作りたいし、その中にいたいんです。
『LEXUS DESIGN AWARD』は2回目の開催に向けて、『DESIGNER’S COLLEGE』というワークショップを予定しているが、その登壇者には、『アルス・エレクトロニカ』のアーティスティックディレクターであるゲルフリート・ストッカーや、小説家の平野啓一郎が登壇する。つまり、「デザイン」という言葉を冠していながらも、既成のデザインではなく、道具や環境、社会、人、未来……といった様々なキーワードを掛け合わせてできる、「新しいデザイン」を再定義する取り組みを行っている。現にそのコンペで「次世代のクリエイター」として選ばれた彼女は、いわゆるデザインではなく、地場産業に興味を持ち、日々邁進しているのだ。
五十嵐:石上さんとの制作に向けて、滋賀の信楽に訪れましたし、それまでも埼玉の小川町で和紙すきに行ったりして、各地をまわっていました。とにかくやると決めたら、その土地や技法のことを知らなければ失礼という気持ちが強いし、地場産業にも興味があるんです。私は陶芸作家でもアーティストでもなんでもありません。ただ、デザイナーとして、どうやって産地の方と関わっていけるかを考えていきたい。
現在は革鞄の会社に勤める彼女。デザイナーとして働く日々を過ごしているそうだ。若くして大きな舞台を経験した彼女の今後の目標が気になるところ。
五十嵐:新入社員として会社に入り、社会には経験、積み重ねによる人とのつながりで評価される部分が多々あるということを学びました。私はこれまでずっと自分一人で突き詰めてやる作業ばかりやっていたので、その部分をサボってきていたんじゃないかと思っています。今後は、これまでの人生で自分にどんなことがあって、どんな人たちと関わってやってきたか、ということを初めて会う人にも胸を張ってしっかりと伝えられるような経験の積み方をしていくつもりです。ミラノに行き、海外に対する興味も出てきましたし、会社勤めと並行しながら、磁器の作品の次の展開も構想中です。そうやって、どんどん人と関わっていく中で、私はまず日本人であって、23歳で、女性で、多摩美を卒業して……と自分が何者であるのかを認識して、研ぎ澄ましていきたいなと思います。
- イベント情報
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- 『LEXUS DESIGN AWARD 2014』
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応募期間:2013年8月1日(木)〜10月15日(火)
テーマ:「CURIOSITY」
審査員:
パオラ・アントネッリ(キュレーター)
アリック・チェン(キュレーター)
バーギット・ローマン(『デザインブーム』編集長)
伊東豊雄(建築家)
アリス・ローソーン(デザイン評論家)
福市得雄(LEXUS INTERNATIONAL EVP)
メンター:
アーサー・ファン(建築家、エンジニア)
ロビン・ハ二キー (ゲームデザイナー)
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- 『LEXUS DESIGN AWARD 2014 DESIGNER'S COLLEGE』
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2013年9月29日(日)10:00〜14:00
会場:東京都 表参道 INTERSECT BY LEXUS
ファシリテーター・レクチャラー:ゲルフリート・ストッカー
ゲスト:平野啓一郎
定員:25名
料金:無料(昼食付き)- LEXUS DESIGN AWARD DESIGNER'S COLLEGE
- プロフィール
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- 五十嵐瞳(いがらし ひとみ)
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1990年生まれ。2013年多摩美術大学生産デザイン学科プロダクトデザイン専攻卒業。第1回『LEXUS DESIGN AWARD』入賞。
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