キレのある鋭いダンスと、デジタル技術を取り入れた硬質な作品で国際的にも高く評価される振付家・北村明子。しかし2011年、従来のイメージを覆すかのように、伝統あるインドネシアの武術・ダンス・歌などにインスパイアされた国際共同制作プロジェクト「To Belong」を始動した。
2012年に東京とジャカルタで上演された『To Belong -dialogue-』では、ジャワのカリスマ的パフォーマーであるスラマット・グンドノや、伝統仮面舞踊を基盤にもつコンテンポラリーダンサーのマルティナス・ミロトなどと共演しながら、北村ならではのアプローチで新しい表現世界を開拓。近年急速に存在感を増すインドネシアの多様なアートの魅力に初めて接した観客も多かったことだろう。
あれから約1年、長野県・茅野市民館とシンガポールで新作『To Belong -cyclonicdream-』が発表される。サウンドとしての「歌」の力に焦点をあて、プロジェクトはさらなる深化を遂げようとしているようだ。北村と、そして強力に脇を固める音楽監督・森永泰弘に話を聞いた。
体はついていけるんだけど、頭がついていけない。そういうことがバリではいっぱいありました。(北村)
―そもそも北村さんがインドネシアに興味を持つようになったきっかけは?
北村:10年くらい前にヨーロッパで、「アジア」を特集したフェスティバルがあって、そこでインドネシアのムギヨノ・カシドさん(ダンサー、振付家)と一緒になったんです。ムギヨノさんの動きは緩急が全然読めないし、コンセプチュアルに作っているので理解できない所もあったんですけど、それでも何か近しいものを感じました。その後に今度は知人の伝手でバリに行く機会があり、バリのシラット(東南アジアの伝統武術)を習ったりして、その辺からインドネシアのイメージが変わってきましたね。それまではケチャとかリゾートのイメージしかなかったので(笑)。
―バリではどういう体験をしたんですか?
北村:友達に誘われて、寺院で体を延々シェイクするというエクササイズに参加したんです。地元の人たちはトランスとかヒーリングと呼んでいました。2週間ぐらい寺院で寝泊まりして、朝から1日3回、3時間ずつ続けていたら、ひたすら体が止まらなくなって、本当に熱を出したりして、大変な騒ぎだったんですよ。体はついていけるんだけど、頭がついていけなくて、何が起きているのかわからない。そういうことがバリではいっぱいありました。日常的な事から、祭礼、ダンスも含めて。
―バリって、そういうことが結構ありますね。
北村:言葉で説明しようとするとオカルトチックになってしまうんですけど、そうじゃなくて、体でわかる現象ですよね。大学でジャズダンスをやっていた頃にも、スティーヴ・ライヒの音楽で体を動かしていたら、反復の中で何かが更新され続けるような、不思議な高揚感を体験したことがあるのを思い出しました。
―北村さんは2001年の『Finks』など、武術系の動きを以前から取り入れていますが、バリでシラットに出会ったのが大きかったのでしょうか?
2012年に上演された『To Belong-dialogue-』より
北村:そうですね。そのエクササイズにシラットの達人たちも来ていて、そこで初めてシラットを見せてもらったんですけど、今まで見たことのない動きにビックリしてしまって。それで帰国してすぐに東京でシラットを習える所を探して、今の先生に出会ったんです。
―具体的に、どういった部分に惹かれたんですか?
北村:動物のように素早く動くところに感動しました。大学時代に空手の演武をちょっとやっていたり、子供の頃に兄の影響でプロレスを見ていたりしていて、もともと武道の動きに興味はあったんです。
―プロレスも、ですか?
北村:四角いリングの中で動きを展開し続けられるっていう所がすごいなあと思っていました。私がやっているプンチャック・シラットのプリサイディリ派というのは近代シラットで、型というかロジックに則りながら動きを持続させていくのが大事なんですね。戦いを持続させていく上で、エネルギーを合わせたり、逃がしたりするので、相手を倒すよりもエネルギーを渡し合う速度感とか強さを楽しむエクササイズみたいな側面が強いんです。
―なるほど、ダンス的ともいえますね。
北村:自分の振付にシラットの型をそのまま持ち込もうとは思いませんが、「動き」という面で、すごく参考になるんです。プンチャック・シラットには動物の動きを真似た型があって、自分の体に型で制限をかけながら相手を攻撃するとき、何を意識して動くのか考えさせられたりします。それ以前には持ち得なかった視点ですよね。そうやってシラットを学ぶ中で、感覚的に体得したものを自分のダンスに取り入れています。
歌声を、風とか木の音と同じように聴きたいと思いました。(北村)
―前作の『To Belong』を観ていても、型を見せるというより、ダンサーとダンサーの間の動きの流れがとても動的に構成されていると思いました。それは舞台のダンスでは見失われがちな、そもそもの「ダンス」の本質ともいえるものかも知れないですね。
北村:動的とおしゃっていただいたように、エネルギーを「渡す」「もらう」の継続というのは、プリミティブだけど、自分のダンスの中では大事にしたい感覚ですね。これはシラットからもらった面が大きいと思ってます。ヨーロッパ的な目線では、こういう感覚は全部「神秘」ということにされてしまうんですけど。
―解せないものは「神秘」で片付けてしまう。
北村:現象について説明しようとすると変な理論になってしまう。「メソッド」にしようとかね。例えばシラットを学ぶっていうことは、単に師匠についてずっと学ぶということで、バレエのように体系化されたものではないんです。でも、理論化できないから悪いということではないし、神秘でもないですよね。
―そうしてインドネシアからの影響も受けてきた北村さんですが、今回の公演はインドネシアの女性シンガーであるエンダ・ララスを迎えて、歌を大きくフィーチャーした内容になりそうですね。
北村:エンダは、ジャンル的にはクロンチョン(インドネシアを代表する大衆音楽のジャンル)の歌手といっていいと思うんですけど、聴くだけで脳がキレイになるような、皮膚に入ってくるような歌声です。
『To Belong -cyclonicdream-』イメージビジュアル ©Akihiko Kaneko
―森永さん(音楽監督)は、実際にインドネシアでエンダさんのレコーディングも行っているんですよね? エンダさんはどんな方なんですか?
森永:お父さんがワヤン(インドネシアの伝統的な影絵芝居)の人形遣いなので、ジャワの色んなスタイルの音楽に精通していて、クロンチョンも含めて、オールジャンルに何でも歌える人なんです。映画監督のガリン・ヌグロホさんが作った舞台版の『オペラ・ジャワ』に出ていて、監督から紹介してもらいました。
北村:歌って歌詞にメッセージがあるので、これまでの公演では使ってこなかったんですけど、前回の『To Belong』でグンドノと会って、彼が歌い出す横で軽く体を動かしてみたときに、機械では調整がつかないような抑揚が、ダンスにも大切なんだなと思ったんですね。拍というより、生きた声の波、力のグラデーション。歌声を、風とか木の音と同じように聴きたいと思いました。
―ジャズダンスでもモダンダンスでも、振付はやはりリズムや拍が軸ですからね。
北村:そうなんですよね。やっぱり昔のノートを見たら、全て「8カウント」に合わせて振付が書かれていました(笑)。でも最近は森永さんの影響なのか、彼の音楽にはよくわからない音がたくさん出て来るし、感覚が鋭いというか繊細なので、それがダンスに良い影響を与えている気がします。
北村さんのメールの内容はもう本当に「意味不明」で(笑)、それをどうやって音で解釈するか考えるのが楽しいんです。(森永)
―森永さんはもともとミシェル・シオン(フランス人の作曲家、批評家で、映画・映像と音楽の関係を書いた著作も多い)の所で学ばれて、映画の分野で音響を扱ってこられたわけですが、最近は舞台のお仕事を増やされていますね。
森永:やはり映画と舞台ではやれることが違うので、自分なりの問題意識を解消できますね。映画に比べてダンスには具体的な身体があるので、映画とは文脈や手法を変えることができるんです。
―森永さんはフィールドレコーディングを多く行っていますが、舞台音楽を手掛ける方としては異色の経歴ですよね。前回の『To Belong』もそうですが、森永さんを音楽監督に迎えて、北村さんはいかがでしたか?
北村:森永さんの音を使ってダンスが作れるか、正直初めは悩みました(笑)。ノイズがプツプツプツプツ…っていってるだけの音だったり、小津安二郎の映画の音とか、魚の呼吸の音とか……そういう音楽で踊らされるわけですから(笑)。でもその音に耳を澄ましていると、体と一緒に音が運動してるのを感じられるようになりました。彼の方も、こちらが投げるオーダーにどんどん返してくれるし、お陰様で自分が踊る音の概念が広がりましたね。
森永:北村さんから出てくる言葉をどうやって音で解釈するか、考えるのが楽しいんです。そこへ自分のモチベーションがつながってくると、自分と北村さんの連鎖反応が起きてくる。北村さんのメールの内容はもう本当に「意味不明」で(笑)、それを読み解くのが面白い。
北村:わかることを投げてても面白くないからねー(笑)。森永さんは2011年の「To Belong」プロジェクト立ち上げに関わってくださった映画監督の石川慶さんから紹介して頂いたんです。でもよく調べたら彼のCDはもともと自分で買って持ってたんですよ。何年も前にお店で試聴して、何だかわからないけど号泣して。ドローン系のトラックだったんですけど。
森永:ドローンで泣くって(笑)。
北村:ヘッドフォンで聴いているとすごく細かい音の粒子が入って来て、感情の琴線を攻められたんです(笑)。
お金さえあればできることを、お金がなくても何とかするっていうのが私たちの楽しみ方。(北村)
―北村さんの従来の作品はどちらかというとテクノロジーの無機質なイメージが強かったと思いますが、『To Belong』では映像技術などを使いつつ、それでいて実際に映し出される内容はオーガニックで、牧歌的だったりしますね。森永さんの音響も、デジタルな要素とアナログな要素が接合しているし、この辺りは意識していますか?
北村:前はよく「ハイテク」って言われたんですけど、見かけだけで、本当は超アナログだったんですよ。映像プロジェクションの操作とかも人力でやっていたし(笑)。
森永:僕も外国で仕事をすることは多いですけど、「日本の作品は本当にハイテクなんだけど、現場はすごいアナログなんだね!」と驚かれますよ。タイミングの合わせ方とか、阿吽の呼吸で揃えたりするから。
北村:現場は意外にそうなんだよね。で、人力でやってたのを、機械好きの人が機械化していったりする。お金さえあればできることを、お金がなくても何とかするっていうのが私たちの楽しみ方なので(笑)。
森永:僕はデジタルとアナログの、どっちにも付かない中間に興味があるんです。例えば利便性の高い道具を持ってインドネシアの辺鄙な街に出かけて行って、そこの環境の中にスピーカーを置いて鳴らして録音したり。
―デジタル技術はアナログな素材を情報に変換して、元の文脈から切り離し、流通可能な状態にするわけですよね。ところが、それをまた特定の環境や文脈の中に置き入れると。
森永:すると当然、音質は悪くなるわけだけど、それがその場所のキャラクターですから。そしてそのキャラクターというのが、デジタルとアナログの中間ってことかなと思ったんです。今回の作品でも「重なり合う」とか「行き来する」というのが考え方の基盤になっていて、音のあり方としても、「中間」を目指すということをしてます。
―まっすぐ前に進んでいくだけじゃない時代の感覚ですね。インドネシアも近代化があまりに急激なために一定方向に進歩せず、色んなものが混在してハイブリッド化している場所だと思います。
森永:骨董品屋に行くと昔のスイス製のものすごく高級な、本当は300万円くらいする録音機が、どこかの放送局からパクって来たとかでなぜか2万円くらいで売ってて、大人買いできたり(笑)。そういうことと僕の中ではつながってますね。アジア的というか。
―今回の作品はエンダの他にもインドネシアのアーティストがたくさん関わっていますね。ユディ・アフマッド・タジュディンが「ドラマトゥルク」(劇団、カンパニーにおいて創作の補助を行う人)としてクレジットされています。
北村:以前から演出家の宮城聡さんと一緒に仕事されているのを知っていたので、インドネシアへ行って、会ったんです。細かく体に演出をする人で、しかも自分とは違う発想を持っている人ですね。
―彼の劇団「テアトル・ガラシ」はいわゆるフィジカルシアターで、国際的に活躍していますが、インドネシアではコンテンポラリーダンスの世界にもかなり関わっている人です。彼が北村さんの作品に本格的に参加するというのは、これはちょっと楽しみですね。
北村:彼は結構きつくって、稽古のビデオを見て「踊っちゃってますねえ……踊る前の状態の映像はないの?」とか言われたりするんです(笑)。やっぱりダンサーはついテクニックの鎧で固めちゃうので、「これだとアキコが何をやろうとしてるのか見えないんじゃないか」って。ダンスの世界では当たり前でも、本当は当たり前じゃないことって多いので、彼はそういう前提に突っ込みを入れてくれる存在です。
『To Belong -cyclonicdream-』イメージビジュアル ©Akihiko Kaneko
―音楽担当でクレジットされているマルツキ・モハメドさん(Kill the DJ)という人は?
森永:彼はもとは美術作家なんですけど、タルヴィン・シンと出会ったのがきっかけで、インドネシアの音楽を使って何かできないかという事で地元のヒップホップ集団を集めてラップを始めたらしいです。
北村:ユディとも長い付き合いで、舞台美術も担当しているんですけど、今はラッパーっていう(笑)。昔のジャワの神話とかでラップをしていたりします。
―やはり単にアジアの伝統芸能というより、現代のアーティストに興味がありますか?
北村:同世代の人に興味がありますし、彼らが今どのように「伝統」を見ているのかにも興味があります。他のアジア国の人たちと比べると、どうしても自分は「ルーツ」がないからとコンプレックスを感じてしまいがちなんですが、話してみるとユディやマルツキもそんなに違わなくて、ホッとしたり。視点や感覚は共有できる気がします。
―映像作家の方もいますし、色んなジャンルの人たちのバトルロイヤルで、どんな公演になるのか楽しみにしています。
北村:今回はもうメチャクチャ楽しいですね。大変だけど、きっと面白くて楽しい公演になると思います。
- イベント情報
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- 『To Belong -cyclonicdream-』
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2013年11月28日(木)、11月29日(金)OPEN 18:00 / START 18:30
会場:長野県 茅野市民館 マルチホール
出演:
Endah Laras
大手可奈
Rianto
西山友貴
川合ロン
北村明子
音楽(インドネシア):
Slamet Gundono
Kill the DJ(Jogja Hip Hop Foundation)
Endah Laras
演奏(日本):
石井麻依子
斎木なつめ
小林妙子
嶺秀美
谷口宏樹振付・演出:北村明子
ドラマトゥルグ・演出:Yudi Ahmad Tajudin
音楽監督:森永泰弘
音楽制作:CONCRETE
映像監督・製作:兼古昭彦
ドラマトゥルグ・映像製作:山田咲
衣装デザイン・製作:堂本教子
テクニカルディレクション・美術・照明:関口裕二(balance,inc.DESIGN)
舞台監督:浦弘毅(TEAM URAK)
宣伝美術:兼古昭彦
宣伝広報:土谷真喜子(株式会社リーワード)
制作:小山遥子(Office A/LB)
主催:Office A/LB 北村明子
助成:公益財団法人セゾン文化財団・芸術文化振興基金
提携:茅野市民館指定管理者 株式会社地域文化創造料金:
前売 一般2,000円 学生1,500円 (大学生以下・前売のみ)
当日 一般2,300円※11月28日、29日両日共に新宿駅から茅野市民館迄チャーターバスを運行予定。詳しくはOffice A/LBまでご連絡下さい。
北村明子オフィシャルWebサイト 問い合わせ『To Belong -cyclonicdream-&ビフォートーク』
2013年11月8日(金)20:00〜
会場:東京都 森下 森下スタジオ
料金:無料
- プロフィール
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- 北村明子(きたむら あきこ)
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バレエ、ストリートダンスを経て早稲田大学入学後、ダンス・カンパニー「レニ・バッソ」を結成。2001年、アメリカのBates Dance Festival委嘱ソロ作品『Face_Mix』はダンサー・振付家としての評価を確実なものにした。2001年の代表作『Finks』がアムステルダムのJULIDANSフェスティバルで好評を得て以来、ヨーロッパ、アジア、北南米の各都市で上演。2005年にはベルリンの「世界文化の家」からの委嘱作品『Ghostly Round』も世界各地で上演し、絶賛を得た。2010年からソロ活動を開始。
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- 森永泰弘(もりなが やすひろ)
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東京芸術大学大学院映像研究科に在学中から『カンヌ国際映画祭』『ヴェネチア・ビエンナーレ(美術部門)』、『ヴェネチア国際映画祭(短編部門)』のイベントでスペシャルライブを行うなど、国際的な注目を集める。映画や舞台芸術、メディアアート等の領域でサウンドデザイナーとして活動しつつ、南イタリアや東南アジアを中心に少数民族の音楽や環境音をフィールドレコーディングした作品を制作している。園子温監督『恋の罪』では、音楽監督を務めた。
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