女性シンガーソングライターが花盛りの現在にあっても、決して無視することのできない新たな才能がまた一人登場した。それがデビュー作『Why White Y?』を発表する、寺岡歩美のソロプロジェクトsugar meだ。彼女がフェイバリットに挙げるのは、ジョン・レノン、エリオット・スミス、ニック・ドレイク、Sparklehorse……見る人が見れば、かなりギョッとしてしまう並びではあるが、ここから連想される内省的で美しい楽曲を愛する音楽ファンの期待を裏切るようなことは決してないはず。さらには、周りを固めるのが共同制作者のmilkを筆頭に、小山田圭吾、イトケン、千住宗臣となれば、これはもう盤石だと言っていいだろう。リードトラックであるTHE BEATLESテイストの名曲“as you grow”を聴けば、誰しもが彼女の虜になるに違いない。
実はここに至るまでにはかなりの紆余曲折があったsugar me。燃え尽きて真っ白になっていた音楽への愛情を再び取り戻せたのは、自らが必要とする人、いるべき場所を見つけ出すことができたからだ。遂に作品を完成させ、晴れやかな気持ちで未来を見つめる現在の寺岡の心境を、インタビューから感じ取ってほしい。
今やってる音楽よりも、以前のほうがたくさんの人に受け入れられたのかもしれないけど、その中に果たして自分自身が入っているのかって。
―寺岡さんは以前ユメオチというバンドで活動をされていましたが、その前はRallye Labelとは別のレコード会社と契約をしていたそうですね。
寺岡:高校まで北海道にいて、大学から東京に出てきたんですけど、大学の途中でオーディションを受けて、2年半から3年ぐらいデビューに向けて準備をしていたんです。大学卒業をしてからもそのまま音楽活動を中心とした生活をしていたんですけど、行き詰まってしまって。それでホントに苦しかった時期に、ユメオチに誘ってもらったんです。ずっと弾き語りをやっていたので、みんなで音を合わせる楽しさに救われた感じがしました。
―何がそんなに苦しかったのでしょうか?
寺岡:1つは、準備期間だったので、曲を作っても作ってもリリースできないことがすごくもどかしくて。あとは、作った曲に対して自分の意志とは違う意見が飛んできたときに、それに反発できるほど自信がなかったこともあって、自分がホントは何をしたいのかがわからなくなってしまったんです。オリジナルを作り始めて日が浅かったし、まだ自分がやりたいことが固まる前に、他の人の意見が入ってくることが裏目に出てしまったんだと思います。
―その頃はどんな活動をされていたのですか?
寺岡:最初は曲作りのいろはを教えてもらって制作していたんですけど、後半からはライブをたくさんこなしたり、Ustreamで週1回の定期的な放送を1年近くやったりもしました。なおかつその合間で新曲も作るという感じだったので、もちろんいい勉強にはなったんですけど、当時の自分にとってはすごく大変でしたね。
―最近のアイドルみたいな活動ペースですね(笑)。
寺岡:私自身はインディーの音楽やオールディーズなんかもよく聞くし、地味な音楽も好きなんですけど、当時はもっとポップなものやキャッチーなものが求められていて、それに応じて曲を作っていました。なので、もしかしたら今自分がやってる音楽よりも、その頃の音楽のほうがたくさんの人に受け入れられたのかもしれないですけど、その中に果たして自分自身は入っているのか、っていう疑問が出てきたんですよ。それでは本末転倒なので、思い切ってやめることにしたんです。
まだできることがあるというか、むしろまだ何もやってないし、「作品を残さずに逃げるのか?」って思ったんですよね。
―寺岡さんが理想とするアーティスト像っていうのは、どんなものですか?
寺岡:憧れてるのはジョン・レノンや、エリオット・スミスのような、パーソナリティーと音楽が一致している人です。ありのままが出ている感じがするというか、「その人だからこそできるもの」を作っていて、そういった部分を大事にしたいなって。
―作られたアーティスト像とは、真逆と言ってもいいかもしれないですね。
寺岡:そうですね。でも、それに気づくまでに結構かかったんです。例えば、今は個人でも自主レーベルから出すとか、いろいろな選択肢がある時代だと思うんですけど、当時はどうしたら良いのかわからなかったんですよね。
―上京して音楽活動を始めてからそんなに時間も経っていなかったでしょうしね。自分である程度ライブ活動などをしていれば、また違ったかもしれないけど、学生のうちに関係者から声がかかったら、「デビューできるかも」って思っちゃいますよね。
寺岡:そういうところは調子がいいんです(笑)。でも、やってみて、ちょっと違うんだなって、身をもって知りました。
―じゃあ、前のところをやめてから、現在の所属レーベルであるRallyeと出会うわけですね。
寺岡:アルバムを一緒に作ってもらったmilkがRallyeから出すことが決まっていたので、そのつながりで私の曲も聴いていただいて、声をかけてもらいました。当時はもう音楽をやめようかなって、一旦リセットしないとなって思ってたんです。お金を貯めて海外に飛んでしまおうかぐらいの気持ちだったんですけど、そこでRallyeと出会えてホントによかったと思っていて。ここでまだできることがあるというか、むしろまだ何もやってないし、「作品を残さずに逃げるのか?」って思ったんですよね。それで、今までのストックはいったんゼロにして、今回アルバムに入ってる曲は、全部Rallyeに決まってから書いたんです。
―じゃあ、当時作ってた曲は……。
寺岡:全部ボツですね(笑)。
―それは、曲のクオリティーの問題なのか、それとも心機一転のためだったのか、どちらなのでしょう?
寺岡:両方ですかね。今でも「昔の曲やらないんですか?」って言ってくださる人もいるんですけど、やっぱり自分の中ではちょっと違うなっていうのがあったので、勇気を出して、「えい!」って(笑)。
―決断するときはゼロか100かみたいなタイプなんですか?
寺岡:もともとはすごく慎重で、コツコツやるのが好きなタイプなんですけど、何か大きい岐路に立たされたときに、決断するのはわりと得意というか、いざというときは大胆っていうことですかね(笑)。
毒のあるポップスをやりたいんです。
―アルバムにはセルジュ・ゲンスブールのカバーをはじめ、フレンチポップの要素も入っていますよね。
寺岡:フレンチポップはすごく好きで、ジェーン・バーキンも憧れの存在です。フランス語と日本語ってどちらもアクセントがベタッとしていたり、マイナー調の音楽が多かったり、もともと民族的に似ている部分があるので、親近感と目新しさと、どちらも感じられるのが好きなんです。
―何かフランスと接点があるわけではないんですか?
寺岡:父親のお友達がパリに住んでいて、奥さんがフランス人なので、小さいころから憧れはありました。ミシェル・ゴンドリー監督の映画(『ムード・インディゴ うたかたの日々』)とのコラボ曲も作らせていただいたり、浅からぬ縁は感じてるんですけど、フランス語がペラペラとかではないです。
―でも、フランス語で歌詞を書かれてる曲もありますよね。
寺岡:大学時代に第二外国語でかじったぐらいで、あとは歌を聴いてるうちに覚えたという感じです。なので、フランスにポンと放たれても、生きていけないと思います(笑)。
―国民性以外に、寺岡さんにとってフレンチポップは何が肌に合ったんだと思いますか?
寺岡:自分としては、毒のあるポップスをやりたいんです。私は歌い方にあまりクセがない方だし、声質もわりとニュートラルなので、楽曲はクセがあるものにしたいんですね。フレンチポップも、ロリータっぽい可愛い声だけど、楽曲自体はマイナー調で悲しいみたいな、そういうバランスがすごくいいなって思うんです。
―さっきエリオット・スミスの名前が出てましたけど、ポップなんだけど、影があるというか、そういう感じはありますよね。
寺岡:100%ハッピーなポップスを歌ってみても、あんまりしっくりこないというか、面白くないと思ってしまうんですよね。やっぱり、エリオット・スミスとか、あとはSparklehorseとか……。
―もしかして、ニック・ドレイクもお好きですか?
寺岡:大好きです。ジュディ・シルも好きです。やっぱり影というか、毒というか、それが出ているものに惹かれてしまうんです。自分の曲にもそういう要素を反映させたいなと思っていて、そこに自分の声の素直さを合わせられればなって。日本人だとCharaさんがすごく好きで、自分の歌い方もあれぐらいクセがあるといいなと思うんですけど、そのままコピーしても自分には合わないから、バランスを少しずつ探っていって、今に至っている感じですね。
―自分の中に毒の部分ってあると思いますか?
寺岡:どうなんでしょうね……。自分ではあんまり意識したことはないかもしれないです。
―内省的な部分があったりとかは?
寺岡:結構社交的で、人見知りとかはないですね。もちろん深い付き合いになってくると、人も選びますし、自分で意識してないところで好き嫌いがあったり、ちょっとしたことで「ん?」って思ったり。そういう部分はあるのかもしれないですね。
これまでの曲を捨てて、ゼロから作ったので、自分の中がすっからかんになったというか、真っ白になったんですね。
―アルバムはmilkと一緒に制作されたとのことですが、方向性のようなものはあったのでしょうか?
寺岡:もともとギターと歌だけのミニマムな編成でやっていたので、そこが核であるべきだとは思うんです。ただ、そこから世界を広げたいと思ったときに、いろんな楽器アンサンブルを入れるイメージはできても、実際に作品に落とし込むことが私には難しかったので、milkに相談して、形にしてもらいました。それがよかったなと思います。
―プロデュースしてもらったのがよかったということですか?
寺岡:もちろん、同じレーベルの宮内優里くんやYeYeちゃんみたいに、自分で楽器を演奏して、アレンジもして、セルフプロデュースできるのは素晴らしい才能だし、自分もできたらいいなと思うんですけど、今回はこれまでの曲を捨ててゼロから作ったということもあって、自分の中が一旦すっからかんになったというか、真っ白になったんですね。そこにあった僅かな手がかりから、他の人に引っ張り出してもらうことで、結果的には自分だけでやるよりも、自分らしいものができた気がします。
―なるほど。『Why White Y?』というタイトルは、その辺りが由来のようですね。
寺岡:そうです。sugar meも『Why White Y?』も、今話したような理由で、まず白いものを入れたくて。なので、「White」を入れようと思ったこと以外は、タイトルに大きな意味があるわけではなく、言葉遊びみたいなものなんです。ただ『Whiteなんとか』にしちゃうと……。
―『White Album』みたいになっちゃうと(笑)。
寺岡:そうそう(笑)。それはちょっと違うと思って、これにしました。
―sugar meっていう名前は、Rallyeに入るときに決めたわけですよね?
寺岡:そうです。さっきも言ったように、そのときの自分の状態が真っ白だったし、自分の音楽や声のイメージがもともと白だったんです。白い毒みたいなイメージで、ピュアでクリーンに見えるけど、一番主張が強い色でもあると思うんですよね。
―白い毒っていうと、薬的な危うさも連想しちゃいますね(笑)。
寺岡:想像される方によっていろいろだとは思うんですけど(笑)、もともとはリンジー・ディ・ポールっていうシンガーソングライターの“sugar me”という曲があって、その曲はフレンチポップ的な要素がありつつ、曲の内容は三角関係のドロドロしたもので、そういう部分も面白いと思ったんですよね。
音楽は所詮音楽というか、楽しむだけでいいんじゃないかと思えるようになりました。
―音楽を作る上で、最も大事にしているのはどんな部分ですか?
寺岡:歌うことが自分のミュージシャンとしてのアイデンティティーだと思っているので、そこを大事にしながら、とにかく今回は自分が聴きたいと思えるもの、自分が好きだって胸を張って言えるものを作ろうと思いました。これまでの楽曲とはサウンドが全然違うので、昔から私の歌を聴いてくださっていた方に受け入れていただけるかはわからないんですけど……。
―でも、今回はそこを気にせず、自分の作りたいものを作ったと。
寺岡:好き勝手やらせてもらえたのは、レーベルのおかげです。体調を崩した時期があって、制作を2年ぐらい待ってもらったり、締め切りも3回ぐらい延びてるんですよ(笑)。それでも信じて待っていてくださったレーベルにはホントに感謝していて、小山田(圭吾)さんや他のミュージシャンの方とのつながりも作っていただいたし、アートワークも手配していただいたり、自分一人では絶対にできなかったですからね。ソロだからこそ、どういう環境に自分を置くかっていうのがすごく大事だなということを今回すごく思いました。
―途中でオールディーズが好きという話がありましたが、古い音楽への憧れみたいなものもあるのでしょうか?
寺岡:スタンダードなものやエバーグリーンなものにとても惹かれるので、口ずさめるようなメロディーのキャッチーさを大事にしたいと思ってます。アレンジや楽器に関しては今の時代の空気も取り入れたいと思うんですけど、究極的には、一度広げた世界を、もう一度弾き語りのようなミニマムなものに戻しても成立するというか、メロディーとコード、ギターと歌があれば成立するものには、こだわりたいと思います。
―“as you grow”なんて、まさにエバーグリーンな一曲ですよね。
寺岡:あの曲は一番気に入ってて、milkが書いた曲なんですけど、完全に自分の曲だと思ってます(笑)。メロトロンはサンプリング音源じゃなくて、実機で録音しているので、それも作り手としてはすごくいい経験でした。パッと聴いただけではわからなくても、聴き比べると全然違うので、そういうところも感じていただけたらなって。
―印象的なアルバムジャケットについても話していただけますか?
寺岡:最初の構想としては、白黒のジャケットがいいなっていうのがあって、レーベルと相談する中で、「イラストとコラボするのはどうだろう?」という話になったんです。それで絵本作家のきくちちきさんを提案していただいたのですが、『しろねこくろねこ』を読んだときに、すごく素敵だなって思って。モチーフは動物だったり、可愛いものなんですけど、筆のタッチはエネルギッシュで、荒々しさもあって、そういう部分もいいなって。
―このジャケットは素晴らしいですよね。僕も個人的に大好きです。
寺岡:ありがとうございます。しかも、壁一面の大きな壁画みたいな絵を描き下ろしていただいたんです。まだ音源はできていなかったので、ライブにご招待させていただいて、そこで私の歌を聴いてもらった上で、イメージして書いていただきました。
sugar me『Why White Y?』ジャケット撮影風景
―へえ、じゃあいずれはこの絵をバックに置いてライブとかしてほしいなあ。
寺岡:いただきました。考えておきます(笑)。
―では最後に、今後の活動の展望を話していただけますか?
寺岡:まずはこのアルバムをいかに多くの人に聴いてもらうかが大事だと思っています。作ってる最中は「他人の目なんて気にしないぞ」って思ってたんですけど(笑)、いろんな人に関わっていただいて、すごくいいものができたと思っているので、今はたくさんの人に聴いてもらいたいです。なので、今後はしばらくライブを中心に活動していくとは思うんですけど、それにプラスアルファで、今度はもっと自分発信で作ってみたり、milk以外の方ともコラボしてみたり、自分の視点を大事にしつつ、他の人の視点を入れることも常に考えながら、制作もしていきたいと思っています。
―準備期間から数えると、かなりの年月を経てやっと完成した一枚ですから、ホントにまずはこれをいろんな方に聴いていただきたいですよね。ちなみに、その期間と今とでは、何が一番変わりましたか?
寺岡:今はとにかく楽しいです(笑)。それに尽きる気がします。音楽は所詮音楽というか、楽しむだけでいいんじゃないかと思えるようになりました。きっと当たり前のことなんでしょうけど。真剣だからこそ、楽しんでやるのが一番しっくりくるというか、そこが一番変わりましたね。
- イベント情報
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- 『Au Revoir Simone Japan Tour 2014』
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2014年1月13日(月・祝)OPEN 18:00 / START 18:30
会場:東京都 渋谷 TSUTAYA O-nest
出演:Au Revoir Simone
ゲスト:
sugar me
じゅんじゅん+babi
little moa
お菓子:sunday bake shop
料金:前売3,500円 当日4,000円(共にドリンク別)2014年1月14日(火)OPEN 19:00 / START 20:00
会場:新潟県 LIFE
出演:Au Revoir Simone
ゲスト:sugar me
料金:前売3,500円 当日4,000円(共にディナー付)2014年1月15日(水)OPEN 19:30 / START 20:00
会場:石川県 アートグミ
出演:Au Revoir Simone
ゲスト:sugar me
料金:前売3,500円 当日4,000円(共にドリンク別)2014年1月17日(金)OPEN 18:30 / START 19:00
会場:京都府 Urbanguild
出演:Au Revoir Simone
ゲスト:
sugar me
グースー
料金:前売3,500円 当日4,000円(共にドリンク別)2014年1月19日(日)OPEN 18:30 / START 19:00
会場:東京都 渋谷 TSUTAYA O-nest
出演:Au Revoir Simone
ゲスト:
Chocolat & Akito
milk(sugar meははmilkのバンドでボーカルとしての参加)
slow beach
料金:前売3,500円 当日4,000円(共にドリンク別)
- リリース情報
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- sugar me
『Why White Y?』(CD) -
2013年12月18日発売
価格:2,000円(税込)
RALLYE LABEL / RYECD-180
1. summer queen
2. 1,2,3
3. couleur café(serge gainsbourg cover)
4. monsieur le démon
5. don't say so(Why White Y? ver.)
6. morning of the world
7. as you grow
8. sometimes lonely
- sugar me
- プロフィール
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- sugar me(しゅがーみー)
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寺岡歩美によるソロプロジェクト。2012年より活動開始。Rallye Labelより自身初となるソロアルバムをリリース予定。
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