できることなら創作活動だけにひたすら集中したいし、完成させたモノはたくさんの人に届けたい。でも、自分の作品に関わる作業を他人に任せるのはなんだか不安だ――きっとこれは音楽家に限らず、なにかしらの表現者であれば一度は感じたことのあるジレンマだと思う。今はインターネットなどを通して個人が作品を発信するのが当たり前の時代だけど、その一方でアートを作る能力と、それを世の中に広める能力はやはり別モノだ。ましてやその2つを兼ね揃えている人なんて、一体どれだけいるんだろう? もちろん、アーティストにとっては作ったものがすべてだ。しかし、それを広めるために誰を信じるかは、ある意味では創作そのものと同じくらいに重要なことだし、だからこそこれは難しい決断になるのだと思う。
さて、そこでハナカタマサキという一人の音楽家を紹介したい。このたび彼がリリースするファーストアルバム『Lentment』は、作詞作曲はおろか、すべての演奏、マスタリングに至るまでの一連のプロセス、そしてアートワークの制作にいたるまで、すべての作業がハナカタ一人の手によって行われているという。それだけでなく、彼は自主レーベル「PENTACOAST」を通して、販売やプロモーションにまつわる作業もたった一人で担っていくというのだ。
どこかトクマルシューゴを思わせるトイポップ的な音作りと少し鼻にかかったような優しい歌声は、彼の豊かなイマジネーションと音楽家としての瑞々しい才能を存分に感じさせるものだ。言い方を変えれば、彼はとてもアーティスト然とした人物であり、あまりマネージメント的な業務を好んでやるようなタイプではないように見える。しかし、これはハナカタが10年以上にわたって音楽活動を続けてきた中でようやく辿り着いたやり方なのだという。そこで今回は「理想的な音楽活動のかたち」について、ハナカタ本人に語ってもらうことにした。
今回のアルバムは、トッド・ラングレンの『ラント』のような作風を目指しました。四方八方からいろんな音が聴こえきて、それが重なって1つの音楽になるようなものを作りたいと思って。
―ハナカタさんは、今回のアルバム『Lentment』のレコーディングをすべてご自宅でされたそうですね。一体どんな環境で作業されていらっしゃるんですか。先日の下北沢のライブでは「次の曲は家に出てきたネズミについての曲です」なんて話もされてましたけど。
ハナカタ:(笑)。僕が住んでいるのは普通のアパートなんですけど、そこでProToolsを使ってすべての録音をやっています。だから、時間帯によってはいろんな物音を拾っちゃうことがあるんですよね。でも、僕にとってはこれが一番やりやすい環境だと思っています。
―ライブではギターとウクレレを持ち替えながら演奏されていましたが、今作ではそれ以外にもたくさんの楽器が使われていますよね。
ハナカタ:はい。バンジョー、マンドリン、鉄琴、木琴、トイピアノ……他にもいろいろ使っていますね。でも、こうしていろんな楽器を使うようになったのって、わりと最近のことなんですよ。今35歳なんですけど、20代の頃はもっとスタンダードなやり方というか、フォークソング的なものを演奏していたし、10代の頃はハードロックだったんですけどね。
―ハードロック!? 今の姿からは想像できない過去ですね(笑)。ちなみにハードロック時代はどんなバンドが好きだったんですか。
ハナカタ:Racer Xって知ってますか? Mr.Bigのギタリスト、ポール・ギルバートが在籍していたテクニカルなロックバンドです。当時は速弾きギターソロを演奏して録音したテープを、よく『YOUNG GUITAR』っていう雑誌の「完コピ大賞」に応募してましたね。
―10代の頃のハナカタさんは、ひたすら速弾きギタリストへの道にのめり込んでいたってことですね(笑)。
ハナカタ:そうなんです。友人の前でX JAPANの“紅”を弾いてみたら、ちやほやされて調子に乗ってしまって(笑)。そこから自分でもRacer Xそっくりの曲を作るようになり、それをバンドで練習するようになったんです。とはいえ、当時の僕は「音楽が好き」というよりは「ギターが好き」で、さらに「速弾きが好き」だったんですね。つまり、曲のことは二の次だった。18歳くらいまではそんな感じでした。
―ということは、高校を卒業する頃になってハナカタさんの趣向性はいくらか変化したということ?
ハナカタ:はい。速弾きばかりやってるうちに、もっといろんな音楽を聴いたほうがいいなと思うようになってきて、『レコード・コレクターズ』という雑誌を手に取り、その記事の中で興味が沸いたものをいろいろ聴くようになったんです。あと、トッド・ラングレンの音楽に出会ったのは大きかったですね。あの人は演奏から録音まで、すべてをたった一人でやってしまうじゃないですか。それがすごくいいなと思って。
―なるほど。一人ですべての楽器を演奏するハナカタさんのスタイルは、トッド・ラングレンから影響を受けて身につけたものだったんですね。
ハナカタ:そうなんです。だから、今回のアルバムも『ラント』(トッド・ラングレンの1stアルバム。1970年作)みたいな感じを目指していたんです。どこかチープというか、四方八方からいろんな音が聴こえてくるような感じ。コードの弾き語りとかじゃなくて、いろんな楽器の音が重なって1つの曲になっていくような音楽を作りたいと思って。
今のように自宅ですべての録音作業ができると、自分が納得するまでとことんやり続けられる。きっと僕にはそういうやり方が合っているんだと思います。
―なるほど。じゃあ、そこでトッド・ラングレンの他になにか参考になったものがあれば、ぜひ教えてほしいです。個人的にはトクマルシューゴさんの作品なんかも連想したんですが。
ハナカタ:たしかにトクマルシューゴさんはすごく好きですね。あとは、KLIMPEREI(フランス在住の夫婦によるトイポップユニット)かな。その人たちもいろんな楽器で多重録音をやっていて。
―とはいえ、お一人でいくつもの楽器を弾きこなすのって、やろうと思ってもそう簡単にできることではないですよね。
ハナカタ:そうですね。でも、僕の場合はだいたい勘で弾いているというか。つまり、すべての楽器をちゃんと演奏できているのかっていうと、じつはそうでもないんです。特にこのアルバムでは細かく録音した素材をつなぎ合わせたりしているから、実際には演奏できないパートもちょこちょこあって(笑)。でも、僕の場合はまず音を聴いてみて「いいな」と思えるものであれば、それでいいと思っています。
―こうしてお話をうかがっている限り、どうやらハナカタさんはライブなどよりもレコーディングの方に音楽活動の重きを置いているようですね。
ハナカタ:そうだと思います。楽器の音を重ねていく中で見えてくるゴールに少しずつ近づけていく作業が、僕はなによりも楽しいと感じるんですよね。でも、レコーディングスタジオで録音するのは少し苦手だったんですよ。
―というのは?
ハナカタ:やっぱり時間の制約があるからかな。でも、今のように自宅ですべての録音作業ができると、自分が納得するまでとことんやり続けられるんですよね。きっと僕にはそういうやり方が合っているんだと思います。そのぶん、こうして作品が完成するまでの時間がかかり過ぎちゃうんですけど(笑)。
子どもが絵を眺めながら、お母さんと一緒に楽しんで聴けるようなものにしたかった。
―35歳での初アルバムというのは、遅咲きのデビューだと思いますが、そのことについてはどのように感じられていますか?
ハナカタ:とても遅いですね(苦笑)。いろいろ寄り道をしてしまって、もっと早い時期に出せたら良かったなあとか、このCD不況時代にあえてアルバムをリリースしなくても、とか思ったのですが、本当に気に入った曲がたくさんできたので、「記念」という気持ちもあるんです。自分さえ満足できる曲が作れたらそれでいいと思ってた時期もありましたが、アルバムとしてリリースするからには、やっぱりいろんな人に聴いてもらいたいです。
―しかも、ハナカタさんは音楽制作だけでなく、アートワークもご自身で手がけていらっしゃるんですよね。ずっと音楽にのめり込んできたハナカタさんがアートワークにも力を注ぐようになったのは、なにかきっかけがあったんですか? 今作には画集のブックレットも付いていて、フクロウをはじめとした、楽曲の中に登場する動物の絵がたくさん描かれています。
ハナカタ:絵が楽曲のイメージを補完するようなものになればと思って、今作には絵本のようなブックレットをつけることにしました。というのも、できればこのアルバムは小さい子どもたちにも聴いてほしいと思っているんです。子どもが絵を眺めながら、お母さんと一緒に楽しんで聴けるようなものにしたかったというか。
―絵は、いつ頃から取り組んできたんですか?
ハナカタ:昔から絵を描くのは好きだったんですけど、ちゃんと描くようになったのは10年くらい前からで。というのも、僕の両親はどちらもプロの画家で、姉もずっと絵を描いていたので、僕もちょこちょこやってはいたんです。
―ご家族がみんな画家さんって珍しいですね。そんな家庭環境にいながら、「自分も絵描きの道を志そう」とは思わなかったんでしょうか。
ハナカタ:親からは勧められていました。でも、当時の僕は家族のイメージのせいか、画家っていう仕事があんまりかっこ良く思えなかったんですよね。それよりはやっぱり音楽がやりたかった。高校を卒業する頃には、ずっと音楽をやり続けていきたいなと思うようになっていたので。
―「ずっと」というのは、つまり音楽を生業にしたいという意味ですよね?
ハナカタ:そうですね。以前にもっとストレートな歌もののバンドを組んでいたんですけど、そのバンドをやってた頃は特に「売れたい」っていう気持ちがすごくありました。
やっぱりバンドっていいなって思うときもあります。「マジック」があるのもすごくわかるし、そういう瞬間に興奮もしますが、今はそういうハプニングを期待していないのかもしれません。
―制作面だけでなく、ハナカタさんはたった一人で「PENTACOAST」というレーベルも運営されていますよね。たとえば、誰かに販売やプロモーションの協力を頼もうと考えたことはないのでしょうか。一人だと作業量も必然的に増えるし、それなりのご苦労もあるかと思うんですが。
ハナカタ:たしかにいろいろ手が回らなくなっているところはあります(笑)。ただ、「誰かと組んで一緒になにかをやる」ということに対して、苦手意識があるというか。バンドをやっていた頃から、僕はすべてを自分の思った通りにやりたいという気持ちがすごく強かったんです。でも、一方でどうしても人の顔色をうかがってしまうところがあって、バンド内で自分の意見を通せないことも多かった。この先、どう変化するのかわかりませんが、今はすべて自分でジャッジを下せるこのスタイルがとても居心地がいいんです。
―ただ、音楽の場合、他人と演奏を重ねることで新しい世界が広がることもあると思うのですが、一人で音楽を作り続けるというのは難しい部分もありませんか?
ハナカタ:最初は一人で作り続けると、きっと行き詰まるんだろうなあ……と思ってたんです。でも、今のところ自分なりにいい曲ができてきていて、このままいけそうだなと思っています(笑)。ただ、やっぱりバンドっていいなって思うときもありますね。「マジック」があるのもすごくわかるし、そういう瞬間に興奮もしますが、今はそういうハプニングを期待していないのかもしれません。
―今後、いつかバンド編成での活動もやってみたいと思いますか?
ハナカタ:曲作りは、しばらく一人でコツコツ作っていこうと思っています。一人ならではのマジックもあるんですよ。上手く説明できませんが、録音中に意図しない方向に曲が転がり始め、そこからどんどん発展させていくのが楽しいんですね。ただ、ライブでは日によって、バンド編成でもやっているんですよ。譜面を書いて演奏してもらっています。
仕事中も音楽のことばかり考えてしまうんですけど、それで仕事が苦痛だと感じたことはまったくなくて。
―あと、現在のハナカタさんはこうして精力的に音楽活動を続けつつ、普段は音楽とは別のお仕事をされているんですよね。
ハナカタ:はい。僕が今やっているのはウェブ系の仕事で、いつも朝9時に出社してます。月曜日から金曜日まで出勤する、いわゆるカレンダー通りの仕事ですね。
―その仕事に音楽をやる時間が奪われていると感じることはありますか。
ハナカタ:そういう感覚は特にないです。たしかに僕は仕事中も「今日は帰ったらあそこを録音しよう」とか、そんなことばかり考えているんですけど、それで仕事が苦痛だと感じたことはまったくなくて。むしろ、今の仕事はすごく楽しいんです。
―そうなんですね。それは、これまでの人生で、音楽一筋でやっていこうとか、逆に音楽を諦めてちゃんと働こうとか、そういった迷いや紆余曲折を経て、今のスタイルに辿り着いたというのもあるのでしょうか?
ハナカタ:バンド活動をしていた頃から、音楽だけで食べていきたいという気持ちはありましたが、とても漠然としていて、まったく計画性がなかったような気がします。今のように全部一人でやるようになって、やっとしっかり自分をマネジメントしていかないと駄目だと思うようになりました。でも音楽を諦めようと思ったことは一度もないんです。
―それはすごく大事なことかもしれませんね。
ハナカタ:僕もそう思っています。だから、できれば今後もこういう方向性で音楽活動を続けていきたい。自分ですべて録音して、それを発表する。そういう流れをうまく作っていけたらいいなと思ってて。特に今回のアルバムは、初めて自分がやりたかったことを100パーセントに近いかたちでやることができたから。
―まずは宅録を主体とした現在の制作環境を保っていきたいと。では、もし今回のアルバムが世に出たことで、いろんなレーベルがハナカタさんに声をかけてきたらどうしましょう。
ハナカタ:うーん。それはちょっと考えちゃいますね(笑)。今のスタンスでやっていけるのであれば、もちろんお世話になりたいんですけど。
―たとえばどんな条件が必要になりますか。
ハナカタ:やっぱり音楽制作のプロセスはすべて自分一人でやらせてほしい。できれば今作のようにミックスからマスタリングまで、ぜんぶ自分の力でやりたいんですよね。その上で僕の音楽活動をフォローしたいと思ってくれる方がもしいるんだとしたら、それはもうぜひお願いしたいと思ってます(笑)。
―なるほど。そうでなければやっぱり一人が気楽だと。
ハナカタ:まあ、そうですね。今の環境で音楽をやれることが、僕はすごく幸せだなと感じているので。でも、その時々でもっと満足のいくやり方があると思うので、自分なりの音楽活動を、アルバムができたこのタイミングでもう一度見直してみようかなとは思っています。今はアルバムが完成して嬉しい気持ちでいっぱいですが、早く次のアルバムを作りたいという気持ちもすごくありますね。
- イベント情報
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- ハナカタマサキ
『Lentment Tour』 -
2014年6月26日(木)OPEN 19:30 / START 20:00
会場:東京都 渋谷 SMiLE
料金:前売1,000円(ドリンク別)
※バンド編成での出演2014年7月6日(日)OPEN 18:30 / START 19:00
会場:青森県 青森亭
料金:前売1,000円(ドリンク別)2014年7月7日(月)OPEN 18:30 / START 19:00
会場:岩手県 MIUMIU
料金:前売1,000円(ドリンク別)2014年7月8日(火)OPEN 18:30 / START 19:00
会場:福島県 Players Cafe
料金:前売1,000円(ドリンク別)2014年7月11日(金)OPEN 18:00 / START 18:30
会場:東京都 八王子 papabeat
料金:未定2014年7月15日(火)OPEN 19:30 / START 20:00
会場:静岡県 静岡 なんでモール
料金:前売1,000円(ドリンク別)2014年7月16日(水)OPEN 19:00 / START 19:30
会場:京都府 京都 天Q
料金:投げ銭(ドリンク別)2014年7月17日(木)OPEN 18:30 / START 19:00
会場:大阪府 ANIE
料金:未定『梶が森ロックフェスティバル』
2014年7月19日(土)OPEN 11:00
会場:高知県 高知県立自然公園梶ヶ森、山荘梶ヶ森、梶ヶ森キャンプ場
料金:前売5,000円2014年7月20日(日)OPEN 18:30 / START 19:00
会場:高知県 高知 歌小屋
料金:前売2,000円(ドリンク別)2014年8月21日(木)OPEN 19:00 / START 19:30
会場:東京都 吉祥寺 キチム
料金:前売2,500円(ドリンク別)
※ワンマン、バンド編成での出演
- ハナカタマサキ
- リリース情報
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- ハナカタマサキ
『Lentment』(CD) -
2014年6月18日(水)発売
価格:2,484円(税込)
PENTCD-07211. AFRICA
2. WHEELBARROW
3. PANAMA
4. DARUMASAN GA KORONDA
5. CAT CALL
6. ATTIC
7. MADO
8. MOLE
9. OTHER PEOPLE
10. FOG
11. HOOTER
12. TUMTUM
13. FREE
14. PARAPARA
15. OWL
- ハナカタマサキ
- プロフィール
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- ハナカタマサキ
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1979年1月23日生まれ。山梨県甲府市出身。宅録音楽家。作詞作曲、すべての楽器演奏、録音からアルバムアートワークまで一人で行う。マイレーベルPENTACOAST主宰。2014年6月18日に1stアルバム『Lentment』をリリースする。海外メディア『NeuFutur Magazine』『Soundblab』にアルバムレビューが掲載されるなど活動の幅を広げる。
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