かつてメディアクリエイター佐藤雅彦のもとで『ピタゴラスイッチ』に関わり、やがて海外のクリエイティブエージェンシーを巡る武者修行をしながら、音楽ファンにはSOURやandropの個性派MVで知られることになった異才クリエイター。現在はクリエイティブラボ「PARTY」の創設メンバーとして、多様なグローバル企業の広告キャンペーン、イベント空間演出などにも携わる。川村真司のそうした縦横無尽さは、言い換えれば常にスタイルを固定化させない、とらえどころのなさとも写る。そんな彼自身の本質を照らし出す、インスピレーションの素や原動力とは? ニューヨークから一時帰国した川村の本音に迫った。
なお彼は現在、KIRIN Hard Cidre(キリン ハードシードル)『Green Apple Museum』プロジェクトに、クリエイティブユニットmagmaとのコラボレーションで作品を出展中。同プロジェクトは、exonemo、西島大介、秋山具義、大野そらなどジャンルを超えたクリエイター18組が「青リンゴ」をテーマにオリジナル作品を発表する試みだ。ウェブ上での公開に加え、実展示を行うのも特徴(展示は8月10日で終了)。今回の出展作について、また物質感、アナログ感へのこだわりも聞くことができた。
原点は、慶應大学の佐藤雅彦研究室。何かがわかった瞬間や、新しい気付きによって、頭の中のスイッチがパチッと入るときの快感みたいなもの。人がモノに対して興味を持つことの面白さを学びました。
―川村さんは、CMプランナー、MVディレクター、広告のクリエイティブディレクター、さらに個人での作品制作など多様なキャリアでもの作りをしています。その創造力の源は?
川村:原点という意味では、慶應大学の佐藤雅彦研究室ですね。そこで覚えたのは、何かがわかった瞬間や、新しい気付きによって、頭の中のスイッチがパチッと入るときの快感みたいなもの。「なるほど、そういう考え方もあるのか」「こういう見方があるのか」と感じる瞬間、人がモノに対して興味を持つことの面白さを学びました。これは今、僕が作りたいものにも直結していると感じます。けっこう左脳的で、ロジックで組み立てるのが好きなんです。誰にも依頼されてないけど、「こういう概念を示せたら」という設定をした上でそれにかなう表現を目指す。これは依頼仕事でも、個人の創作でも共通です。
―川村さん個人の初期作品に、パラパラ漫画の原理を拡張したような『Rainbow in your hand』があります。36枚の紙に印刷された内容はすべて同じだけれど、それを一気にめくると残像で3D的に虹が描かれる、というものでした。
川村:あれは、もともと自分でも好きなパラパラ漫画について、メディアとしての表現の可能性がもっともっとあるんじゃないか? と思ったのがきっかけです。だから僕にとってはアウトプットそのものより、その考え方を世の中に示せるかが大切でした。「ああ、本にもこういうとらえかたがあったのか」みたいなことですね。
―佐藤研究室時代には、佐藤さん監修のNHK Eテレ『ピタゴラスイッチ』で、あの「ピタゴラ装置」や「アルゴリズム体操」に深く関わったそうですね。
川村:ゼミ入試の時点では、佐藤先生が何者かすら知らず、ただ友だちについて受けに行ったダメ生徒でした(苦笑)。後で聞いた話では、先生は「今はダメでも可能性がありそう」枠を設けていたらしくて、そこに入れてもらったみたいです。で、さすがに先生の仕事を知らなくてはと調べたら、僕の大好きだったCMの多くは佐藤雅彦作品だった。「コマーシャルが面白いんじゃなくて、この人の作品が面白かっただけじゃん!?」と思ったのを覚えています。
―佐藤さんのCMは『ポリンキー』『バザールでござーる』など、今も記憶に残るものが多いですね。研究室ではどんな課題のもと、勉強したのですか?
川村:常に世の中に出すのを目的に課題を設定して、みんなでアイデアを出し合うような作業を繰り返していました。『ピタゴラスイッチ』もゼミの課題から生まれました。「NHKで子ども向けに、ゼミでやっているような『考え方を考える』ような番組を作れないかという話がある」というので、佐藤先生のもとゼミ生みんなでアイデアを出し合いました。たとえば「プログラミングという、モニター上でしか見えないものの本質をアニメで伝えられるか?」とか。そういう課題に答えを出す中で、「ピタゴラスイッチ」や「任意の点P」といったコンテンツが生まれていった。でも、やっていくうちに僕が気付いたのは、そこで生まれる表現も面白かったけど、実は一番すごいのはその出発点になる佐藤先生の「課題の発見」だったんですよね。
―知らず知らずのうちに導かれていくような?
川村:課題自体がほとんど答えにもなっているというか、この課題に答えれば必然的に面白くなるというか……。そういう「枠組みの設計」が実は一番大事なんだと学びました。だから僕はよく、クリエイティビティーって何? と聞かれると「課題を見つける力」って答えるんです。前提になる枠組みが適切なら、答えも絶対面白くなる。それが究極の創造力かなというのがあって。後に関わることになったNHK Eテレ『テクネ 映像の教室』も同じ考え方です。まず「技法から映像をひも解くとどうなる?」という設計があるからこそ、後は個別の技法ごとに答えていけば必然的に面白くなるだろう、って。
―それは広告界での仕事においても一緒ですか?
川村:基本そうですね。クライアントが本当は何を伝えたいのか、その課題を見つけるのが一番大事。彼らのほうが自分たちの商品やサービスへの知識も愛も深いので、そこから生まれた要望には真剣に応えつつ、でも同時にそれを疑いもする、というか。それが自分の義務かなとも思っています。たとえば、「この課題は、今回の条件=30秒のCMとは別のやり方が適しているのかも」と思うとき、僕はCM案と一緒に「オモチャを作りませんか」「30分の生放送番組が良いのでは?」といった別案も出すタイプです。それを喜ぶ人もいれば迷惑がる人もいるのですが(苦笑)。相手がそうやって課題を一緒に探すことを喜んでくれるときは本当にやりやすくて、そういうときはいいものが生まれることが多い。これはMVでも一緒で、僕は広告でいうオリエンシート(発注主が広告制作側に依頼案件を伝える資料)が、楽曲の世界観や歌詞に近いものと感じています。そうして枠組みが決まれば、後は全力でそれに面白く答えようと頑張るのみです。
誰も見たことがないのと同時に、誰が見ても面白いと思える。そんな両極端のせめぎ合いの中で表現したい。
―枠組みが決まればそこに面白く答えることができる、というお話でしたが、この「面白く答える」も、実際は誰もが簡単にできることではないとも思います。たとえばMVなどで、コンセプトを具体的な表現アイデアに落とし込む、ひらめきのスイッチみたいなものはありますか?
川村:そこは一番説明が難しいですね。たしかに、究極的にはセンスや経験の領域になります。ただ、まずはロジックで作りこめる部分をできるだけ組み上げます。たとえばSOURの“日々の音色”では「人それぞれの個性」「流れ」といったキーワードが歌の世界観にあり、そこから「つながり」をテーマにした映像にしたいというのがありました。
―当時ポピュラーになったSkypeを活かしたアイデアで話題になりましたね。
川村:あの頃、僕はニューヨークに移り住んだばかりで、東京のSOURの皆とSkypeしながら相談していました。引っ越し直後で手伝ってくれるスタッフもいないし、予算も少なく「今回、正直きついかもよ~」とか話してたんです(苦笑)。でもそこで不意に、遠くにいてもビデオチャットで今「つながってる」じゃん、と気付いて。Skypeを使った発想が生まれました。だから、制約を逆手にとるというか、うまく使うのも表現の1つの契機にはなり得ます。真っ白なキャンバスに好きに描いてと言われるより、明らかな制約を前にどうそれをクリエイティブに解決していくかが刺激になる。このときはさらに、つながりという点から世界中のファンやボランティアにも参加してもらおうと考えました。
―そのあたり、センスの発露から再びロジックが作用してくる交差ぶりも面白いですね。
川村:両者はコンセプト(構想)とクラフト(技術、手技)という対の状態にも近いと思うんです。センスはクラフト的な部分にも大きく出るから、僕が撮ったらああなったけど、別のディレクターなら同じコンセプトでもまた違ってくるでしょうね。
―川村さんはデジタルやネットの世界に造詣が深い印象のある一方で、実写やアナログ的なモノへの強いこだわりもあるように感じます。andropの最新MV『Shout』がそうですね。屋根裏部屋のような空間を懐中電灯が照らし、それが作る影が物語を紡いでいくというものです。
川村:懐中電灯で照らしているようで実はプロジェクターでアニメーションも混ぜてあったり、一方でセットはすべて実物で後付けCGは一切使わないなど、デジタルとアナログの両感覚を交差させています。そこはやっぱり、僕個人の趣向でしょうね。デジタル表現を扱うことが多い仕事だからこそ、それでできること、できないことはよく考えます。オンラインで多くのものを享受したり、シェアできるようになった一方、まだ手を握る、キスするといった「手触り」には届かない。言い換えれば、プログラムできない部分にもすごい興味があるんです。リアルな事物の「ゆらぎ」とかって、逆にプログラミングがすごく難しい。人はそれに惹かれるところもかなりあると思う。僕自身もそうだし、表現にそういった要素が欲しいときは、もうリアルにアナログでやるしかないな、ってなります。
―川村さんの映像はアイデアだけでなく、「見る快感」のようなものもあって、そこでもおっしゃるような手触り感が活きているように思います。
川村:たしかに、意識的には気付いていなくても、そのあたりに何か違う引っかかりがありそうな気はしています。
―ところで、こうしたエッジーとも言える表現は、広告賞を受賞したり、クリエイティブ業界でもよく話題にあがりますが、一方で「広告」というからにはより多くの人に届けるキャッチーさも大切にしているのでしょうか? そのバランスはどう考えていますか。
川村:僕はギークなもの、カルトなものも大好きなんです。広告でもそれが成立するケースはあって、たとえば鍵を握るオピニオンリーダー100人に刺さる表現ができれば、後はそこから広がりを狙える、とか。ただ同時に、僕はやはりシンプルで世界中に伝わる表現がベストだと考えているところがあります。日本の広告代理店に就職した後、外国のエージェンシーをいくつか渡り歩いた時期があり、これは狭い日本のお茶の間を超えてより大勢を魅了する表現の作り手たちを見にいきたい、という武者修行でもありました。その結果、「ターゲットは何歳から何歳まで」みたいなセグメンテーションの考え方って、実は非効率なのかも? と思えてきて。
―それはどういうことでしょう?
川村:たとえばオランダでスポーツメーカーのキャンペーンをやるとします。でもそのキャンペーンというのは実際はオランダだけじゃなく、近隣のフランス、ドイツ、UKもぜんぶ想定ターゲットに入ってくる。そこではいろんな文化、年齢、言語……そういう枠組みがすべて重なった小さな点にズバーンと刺さる表現でないと広告として成立しません。オランダ人にだけわかるユーモアとかじゃ伝わらないわけです。逆にその小さな点に向けて研ぎすました表現というのは、もう誰がみても面白い。結局はそちらの方法が効率も良いんじゃないかと思えてきて。だから僕は、新しく、誰も見たことがないのと同時に、年齢、人種、言語、宗教などの違いを超えて誰が見ても面白いと思える、そんな両極端のせめぎ合いの中で表現したい。広告の世界に限らずフォトグラファーも建築家も、ある段階まで考え抜くと、そういう場所で勝負している人は意外と多いとも感じています。
もの作りを通して社会に何か提案する。何かを発想するにあたって、一見そうは見えないものであっても、そこは大切にしたい。
―最近のご活動として、『Green Apple Museum』への出展作について聞かせてください。今回はクリエイティブユニットmagmaとの協同制作です。青リンゴというお題から、この作品「The Apple Machine」に行き着いた経緯は?
川村:これは、お題の中にあったメッセージ「かつてリンゴがニュートンにひらめきを与え、世界を刺激した」そのまま、と言えばそのまんまなんです(笑)。重力を使った、DIY的クリエイティビティーを発揮したインスタレーションという感じです。ほかに、それこそB案、C案も作り、「電磁力で空中に浮き続ける『落ちないリンゴ』」とかもあったんですけど、magmaさんとやれるなら断然最初の案だなと。僕がイメージスケッチを彼らに渡して、それを素敵に実現化してもらえました。Rube Goldberg Machine(普通にやれば簡単にできそうなことを、手の込んだからくりの連鎖で行う機械。漫画家ルーブ・ゴールドバーグ発案の表現手法とされる)風の、DIY的なしっちゃかめっちゃか感が気に入っています。
―最上部から落としたリンゴが果物箱まで自動的に運ばれていく途中、ピンボールになっていたりするのも楽しいですね。
川村:あのへんはまさにmagmaさんパワーです。実展示では実際に体験できて、ピンボール部分でアタリに入った人はKIRIN Hard Cidreグッズなどをプレゼントさせていただきました(笑)。
―今日の取材では、『Green Apple Museum』に企画立案から関わるA4Aの東市篤憲さんも僕らの横に同席してくれています。東市さんが今回、川村さんに参加を依頼された理由とは?
東市:マサさん(川村さん)の最近の仕事は、ファッションブランドのコンセプト展など空間演出的なものも多いんですね。今回の『Green Apple Museum』は、ウェブ上で見られると同時に実空間にも展開する試みもあります。さらに、彼の所属するPARTYは昨年『そこにいない。展』というタイトルの個展をやっていて、そこではタイトルに反して実は「ある・いる」ことの意味を逆照射するような鋭い意識を強く感じました。そういうことも含めて、ネットと実空間それぞれの良さをわかっている人ということもあり、今回お願いしたんです。
―川村さんは、この『Green Apple Museum』のような試みをどうとらえますか?
川村:たとえば僕自身は、今日このKIRIN Hard Cidreを飲みながら話していて、美味しいな、気分いいなあと感じている(笑)。でもこれだけいろんなものの選択肢が増えてくると、極端に言えば、お酒も「喉の渇きを癒す」とか、「いい気分になる」という「機能」においては大差を見出さない人もいるかもしれません。今の時代、作り手は味の違いにこだわると同時に、そういう人々に向けてどれだけエモーショナルバリュー(感動や共感などの情緒的価値)を届けられるかでコミュニケーションしていくことになる。その点、アーティストたちの多様な表現から「インスピレーション」を通じてそれを伝えようというのは、とてもいい企画だと僕は思います。体験型イベントでも人々に開かれるという点含め、ですね。
―最後にお二人から、インスピレーション、ひらめきを育てるためのアドバイスをもらえますか?
東市:今日、マサさんの話を聞いていて思ったのは、どれだけ評価されても、一度やったことと同じものはやりたくないんですよね、きっと。制約が糧になるという話もあったけれど、マサさんの中ではこの「同じことはしない」という制約またはルールも、自分のクリエイティビティーの中で裏テーマみたいなものなのかなと感じました。あと、マサさんも含めて僕が面白いと思う人って、異ジャンルの友人が多いんですよね。端から見ていると違う者同士でも通じる部分があるからなのか、ともかくそういう交流も、人が作るものに影響するのかなと思いました。
川村:最後にまた佐藤研究室での話に 戻っちゃいますけど、あそこでの経験で良かったことがもう1つありました。それは学生の段階で、実際に社会とちゃんとつながる表現の仕事を体験できたこと。ピタゴラ装置も、スタジオに泊まり込んで作って、経験豊かなプロデューサーやカメラマンに怒られながらもこだわりどころは頼み込んで、結果いいものを作らせてもらえたと思います。そこから、もの作りを通して社会に何か提案することに意義があると感じられるようになりました。だから何かを発想するにあたって、一見そうは見えないものであっても、そこは大切にしたい。結局、僕はセレクターではなくディレクターですから、すでにあるものからただ「選ぶ」のが仕事ではありません。そのときどきの課題を見つけ、さらに「こういう方向に持っていけば良いものになるはず」という方向付けをするのが、自分の役割だと考えています。
KIRIN Hard Cidre presents『Green Apple Museum』
- 商品情報
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- KIRIN Hard Cidre
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リンゴでできたお酒シードルを、ビールのように爽快で、キレのある飲み心地に仕上げました。サーバーから注がれるフレッシュな味覚。甘すぎないので、料理との相性もバツグンです。
- プロフィール
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- 川村真司(かわむら まさし)
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クリエイティブラボ「PARTY」クリエイティブディレクター。数々のブランドのグローバルキャンペーンを始め、プロダクト、ミュージックビデオの演出など活動は多岐に渡る。『Rainbow in your hand』ブックデザイン、SOUR『日々の音色』『映し鏡』MVのディレクションなどその活動は多岐に渡る。主な受賞歴に『文化庁メディア芸術祭エンターテイメント部門最優秀賞』、『AdFest Design / Cyber グランプリ』『アヌシー国際アニメーションフェスティバルミュージックビデオ部門グランプリ』など。『Creativity』誌による「世界のクリエイター50人」や、『Fast Company』誌「ビジネス界で最もクリエイティブな100人」に選出。
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