これは福島第一原発の事故によって故郷を追われた人々の話である。埼玉県の旧騎西高校での避難生活を余儀なくされた、福島県双葉町の人々の姿を克明に捉えた、舩橋淳監督のドキュメンタリー映画『フタバから遠く離れて』。2012年に公開され、国内のみならず、海外でも大きな反響を呼んだこの作品の第二部が11月15日より公開される。前作から今までの約3年間が記録された本作では、町長と町議会、埼玉に移った人々と福島に残った人々との軋轢や、新たに浮上した中間貯蔵施設の問題などが、前作以上の濃度でカメラに収められている。そう、言うまでもなく、原発事故はまだ収束などしていない。そして、誰もがその当事者であり、責任の一端を担っているということを、この作品は改めて我々に突き付けてくる。
今回舩橋監督が対談の相手として指名したのは、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文。震災・原発事故以降、積極的にメッセージを発信し、自ら編集長を務める『THE FUTURE TIMES』でこの国をドキュメントし続けてきた後藤は、『フタバから遠く離れて』をどのように見て、何を思ったのか。そして、震災から3年半が経過し、記憶の風化が進む中、今映画や音楽には何ができるのか。二人の対談が行われたのは、横浜にあるランドマークスタジオ。アジカンが震災後初めて発表したアルバム『ランドマーク』が生まれた場所である。
舩橋淳(ふなはし あつし)
1974年大阪生まれ。映画作家。デビュー作『echoes』(2001年)が仏アノネー国際映画祭で審査員特別賞と観客賞を受賞。第2作『Big River』(2006年、主演:オダギリジョー)はベルリン、釜山など国際映画祭へ正式招待された。東日本大震災で町全体が避難を強いられた福島県双葉町とその住民を長期に渡って取材したドキュメンタリー『フタバから遠く離れて』(2012年)は世界40カ国以上で上映。2012年キネマ旬報ベストテン第7位。著書『フタバから遠く離れて 避難所からみた原発と日本社会』も出版される。同スピンオフ作品『放射能 Radioactive』は、仏Signes de Nuit国際映画祭でエドワード・スノーデン賞を受賞。劇映画『桜並木の満開の下に』では被災地を舞台に物語を展開し、ジャンルを越えて、震災以降の社会をいかに生きるかという問題にアプローチしている。
Deep In The Valley | 舩橋淳の映画と批評
映画『フタバから遠く離れて 第二部』公式サイト後藤正文(ごとう まさふみ)
1976年生まれ。ASIAN KUNG-FU GENERATIONのボーカル&ギターであり、楽曲の全ての作詞とほとんどの作曲を手がける。これまでにキューンミュージックから7枚のオリジナルアルバムを発表。2010年にはレーベル「only in dreams」を発足。また、新しい時代やこれからの社会など私たちの未来を考える新聞『THE FUTURE TIMES』を編集長として発行。2014年4月にソロアルバム『Can't Be Forever Young』、11月19日にソロツアーのライブ盤『Live in Tokyo』を2枚組アナログレコードにてリリース(CD、配信は12月3日リリース)。続く11月28日のBLACK FRIDAY/RECORD STORE DAYにはCD付き7インチシングル『Route 6』をリリース。
Vo.ゴッチの日記
only in dreams
ASIAN KUNG-FU GENERATION
TheFutureTimes
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この映画を見て「じゃあどうしよう」と即座に思うのではなくて、重たいものをそのまま受け取ったような感覚になった。僕らはこの「何とも言えなさ」を共有しなくちゃいけない。(後藤)
舩橋:ここ(横浜ランドマークタワー)にスタジオがあるんですか?
後藤:この部屋の隣がスタジオで、震災後の4月くらいからここに入ってました。当時は自粛モードの中、ミュージシャンもみんな引き上げちゃって、スタジオも稼働してなかったんですけど、ずっとお世話になってたスタジオだったから、「僕らが入ります」とスタッフに伝えて。そうやって、余震の中でみんなビクビクしながら作ったのが震災後最初に出たアルバムの曲たちで。
舩橋:あ、『ランドマーク』! そうか、「ランドマーク」にはメルクマールとか、象徴するような建物って意味もあるけど、作った場所がここだったんですね。
後藤:そうなんです。ダブルミーニングで、いいんじゃないかなって。
舩橋:映画『フタバから遠く離れて 第二部』はいかがでしたか?
後藤:僕も新聞(『THE FUTURE TIMES』)を作ってて思うんですけど、震災直後よりもこういう映画を撮ることの意義を自分の中にしっかり持っておかないと、撮り続けられないんじゃないかと想像しました。というのも、見る側の反応も、今と2年前とじゃ違うと思うんですよね。まず動員から違う気がする。
舩橋:はい、それはとっても心配してます。
後藤:僕の中でも、少しずつ自分の生活が立ち直ってきて、当時はスタジオが使えなかったり、ライブができるかどうかも危うかったけど、そういうところは今、取り戻すことができました。ただ、こういう映画を見ると、まだ全然進んでないどころか、今も分断や争いが起こり続けているという意味では、後退しているかのような印象を受けますよね。もちろん、僕は自分で取材もしてるから、そういう状況は理解していたつもりなんですけど。でも改めて、僕らはこの「何とも言えなさ」を共有しなくちゃいけないと思いました。これを見て、「じゃあどうしよう」と即座に思うのではなくて、重たいものをそのまま受け取ったような感覚でした。
『フタバから遠く離れて 第二部』 ©ドキュメンタリージャパン/ビックリバーフィルムズ
舩橋:映画にしても音楽にしても、貨幣経済のシステムの中に入り込んで作って、プロデュースされて、世の中に出されて、それが消費されて、納得する……っていう循環があると思うんですね。震災と原発事故の直後はそれに関する作品がたくさん作られて、消費されていったわけですけど、その循環が一段落しちゃうと、「あの話はもう聞きたくない」っていう、逆の波が起こるんです。「選択的知覚(セレクティブパーセプション)」って言うんですけど、それが今の震災や原発映画の動員の減少に顕著に出てて。つまり、そのサイクルが一段落しても、まだ原発事故が続いているということの重みを、人間はあんまり理解できてないんですよね。西日本で映画を上映する機会があって、行ってみると、もう福島は何とかなったと思ってる人がいっぱいいるんです。
後藤:僕は静岡の島田市の出身で、近くに浜岡原発があるんですが、全国の原子力施設を抱えてる市町村の人たちの会議のシーンを見て、「この人たちはホントに他人事みたいに集まってるんだな」って思ったんですよ。ちょうど浜岡原発がある御前崎の市長も出てましたけど……。
舩橋:映画の中で、「もう2年も経ってるんですよ! 再稼働してください!」って言ってた人ですね。
今、僕らは双葉町の人たちが築いてきた歴史や文化や風土をも丸ごと剥ぎ取ってしまっている。それを実感として感じたんですよね。(舩橋)
後藤:僕、福島第一原発の事故を考えるときに、他人事だとは思えないんです。自分にもいくらかの罪があって、自己嫌悪みたいな気持ちになることもあって。
舩橋:なぜそういう気持ちが起きたんですか?
後藤:10代の頃は間違いなくそういうことに無自覚に生きてきて、政治にも興味がなかったし、むしろコミットするのがダサいと思ってた世代でもあるんです。でも、自分が使ってる電気がどうやって生まれてるのか? っていうことが、震災前から何となく気になってはいたんですね。日本で暮らしてるといろんなことを無意識のうちにアウトソーシングしているんだけど、それが震災と原発事故で「露になったんだな」って気持ちがあるんですよね。今の状況はそもそも自分たちが担保してきたものだし、「いい加減気づきなさい」ってメッセージを受け取らなければならないというか。
舩橋:ホントにおっしゃる通りだなと思います。世界的に見れば、例えばハンコを作るために象牙狩りの密猟がケニアで行われていたり、ダイヤモンドを採掘するためにジンバブエの子どもたちが強制労働をさせられていたりする。「文明社会」というのは、その仕組みを見えなくすることなんですよね。
後藤:しかも、それって最近のことのように思いがちですけど、そもそも都市はそうやって発展してきたんですよね。民俗学の本を読むと、「けがれ」も全部外部化して、人々の間に差別を作って、「死」さえもアウトソーシングしてきた。それってすごいことですよ。
舩橋:僕も今は偉そうなことを言ってますけど、震災前はぼんやりとしか考えてなくて、使用済み核燃料の話とかも、「何万年も未来の子どもたちにごみを押しつけるっておかしいよな」ぐらいにしか思ってなかったんです。でも今回、双葉町の人に寄り添いながら3年半以上映画を撮って気づいたのは、これは遠く離れた問題ではなく、もっと身近なところに犠牲を押しつけてるんだなってこと。今、僕らは双葉町の人たちが築いてきた歴史や文化や風土をも丸ごと剥ぎ取ってしまっている。それを実感として感じたんですよね。
物見遊山にカメラを回して、「ほら、すごいでしょ?」って見せるのって、他人事の極致じゃないですか? これは映像を撮る人間として、やっちゃいけないことだと思ったんです。(舩橋)
―続編として第二部を撮ることに関しては、1作目の撮影中から決まっていたのでしょうか?
舩橋:正直、「終われなかった」という感じですね。ドキュメンタリーがいつ終わるかっていうと、いつでもいいんです。最初はとりあえず1年撮ろうと思ってたんですけど、2011年の12月16日に、当時の民主党の野田総理が「原発事故収束宣言」を出しましたよね。僕はそれを旧騎西高校の畳の上で双葉町のみなさんと一緒にテレビで見ていたんですけど、もう笑うしかなかった。それで、この映画は世界に見せるべきだと思って、そこから急ピッチで1作目をまとめて、2か月後の『ベルリン国際映画祭』に持って行ったんです。とにかく、この問題は今も続いている。双葉の人たちが実際に帰ることができる日がいつになるかはわからないですけど、少なくとも、どこか安住できる場所に落ち着けるまでは、撮り続けようと思っています。
―「震災や原発事故を扱ったドキュメンタリーを撮る」ということ自体に関して、監督の中で葛藤はありましたか?
舩橋:自分の中でそれを消化するまでには、すごく時間がかかりましたよ。実は震災後に東北をまわって、陸前高田や気仙沼もほんの少し撮影してきたんですけど、ものすごい罪悪感を感じたんです。人の悲劇を盗み撮りしてるような感覚があって、とにかくこれは使っちゃいけないと思った。『ニューヨークタイムズ』のデニス・リムという批評家が、「ディザスターツーリズム(被災地観光)」という言い方をしているんですけど、物見遊山にカメラを回して、「ほら、すごいでしょ?」って見せるのって、他人事の極致じゃないですか? これは映像を撮る人間として、やっちゃいけないことだと思ったんです。ゴッチさんも、震災や原発事故っていうのを、自分の作品に肉体化していくのって、時間がかかりましたか?
後藤:最初は「書き留めたい」みたいな気持ちがすごくあって、『ランドマーク』にはそういう精神が如実に表れてると思うんですけど、みんな半分躁状態だったんですよね。と言うのも、そういうエネルギーを表出させて気を張っていないと、自分たちがまいっちゃうってわかってるから、防御本能としての躁状態だったと思っていて。そういう状態になりながらも、ゆっくり消化しながら作っていった感じでした。でも、そこでサッと対応できるやつが優れているとも思ってなくて、9.11のとき、僕は音楽をやりながら会社勤めをしていたんですけど、早い人たちはすぐ歌にしていた。彼らがどういう回路で表現に結びつけてるのか興味があると同時に、ちょっとした嫌悪感もあったんですよね。
作品を作る上で、自分の言葉を見つけるというか、内在化させる過程が、まさしく「戸惑い」だと思うんです。(舩橋)
舩橋:「よくそんな口当たりのいいメッセージをすぐ書けるな」みたいな?
後藤:いや、内容というよりはスピード感についてです。アウトプットまでの時間が早すぎないかって疑問がありました。でも、それから自分がミュージシャンになって、いざ大きなことが起きたときに、「歌わなきゃ」って思ったんですよね。原発事故の後に1回実家に帰ったんですけど、なんかすごいうしろめたさを感じて、「ここで何も表現しなくて、俺は表現者なのか?」と思って、すぐに実家で曲を録音してウェブに曲をアップして。それで、その後すぐに東京に戻ってきました。僕は表現をする人間だから、こっちでみんなと一緒に戸惑って、その戸惑いを書き留めなきゃいけないと思ったんです。はじめは、「頑張ろう」って言葉は一切湧いてきませんでしたね。
舩橋:作品を作る上で、自分の言葉を見つけるというか、内在化させる過程が、まさしく「戸惑い」だと思うんです。自分でドキュメンタリーを撮るようになって気づいたのが、ドキュメンタリーって、まさにその内在化の過程なんですよね。僕は9.11のときまさにニューヨークにいて、制作会社のADをしていたんですけど、当時のブッシュ政権がアフガニスタンに報復攻撃をすることになったときに、ものすごくリベラルで知的だった友人たちが、「やるしかない」って殺気立ってて、それに僕はすごく戸惑ったんです。そもそもニューヨークって移民社会で、いろんな目線の人がいることをわかってる人たちが多いはずなのに、急激にナショナリズムが芽を出したことがホントにショックで。その戸惑いの中で、僕は『BIG RIVER』っていうフィクション映画を作って、9.11後のレイシズムがうっすら感じられるような内容にしたんですけど、それも僕にとって、戸惑いを内在化させる過程だったんですよね。
表現って不謹慎であることから逃れられない。「人前で歌を歌いたい」って思ってるようなやつは、ネジが何本か外れてるわけだし、「俺なんていろんなところでぶん殴られればいいんだ」って思って(笑)。(後藤)
―本作を撮るにあたって、物見遊山なドキュメンタリーにしないために重要だったのはどんなことでしたか?
舩橋:一番考えたのは、「距離を埋めること」でした。いろんな知識人が理論武装して原発に対してああだこうだ言いますけど、それって安全な場所から遠くに言葉を投げているだけで、実際に起きていることを理解できてない場合も多い。しかも、そういった言説も最初に言ったような消費のサイクルが終わると忘れちゃう。まだ続いている原発事故を言葉で捉えきるのはすごく難しいから、映像記録として残そうと思ったわけです。そのときに大切なのが、自分の主観をできるだけ剥ぎ取ること。「裸の映像」っていう言い方を僕はしてるんですけど、偉そうな理論武装が何もできない状態で、「ありのまま差し出す」っていうことを考えました。
後藤:それって、とても誠実ですよね。作り手のバイアスって完全には排除できないものだと思うんですが、舩橋監督はできるだけ引き剥がそうとしている。それで言うと、逆に僕は新聞を作るときに、自分の言論をはっきりと乗せてますね(笑)。でも、表現としてやっていることなので、それでいいとも思ってて。
舩橋:ゴッチさんは実際に被災地で歌うこともされていますが、それには何かしらの覚悟がないとやれなかったんじゃないかなと。そのあたりはいかがですか?
後藤:自分の中で大きかったのは、“夜を越えて”っていう曲を作ったときに、「瓦礫」という言葉を使うかどうかですごく悩んだんです。もちろん、比喩としての「瓦礫」なんですけど、それが実際に会って話したりした人たちの家であり街であったことを考えると、そこでの逡巡はすごくあって。ただ、そもそも表現って不謹慎であることから逃れられないとも思っているんです。「人前で歌を歌いたい」って思ってるようなやつは、ネジが何本か外れてるわけだし、「俺なんていろんなところでぶん殴られればいいんだ」って思って(笑)。何かを克服するのって、そういうある種の開き直りでもあるのかなって。
舩橋:今おっしゃられたようなことって、すごくデリケートな問題で、映画で言うと、福島で見せられない原発映画っていうのがあるんですよね。自分の言いたいことのために取捨選択をして、他人の生活を貼り合わせて作った映画は非常に乱暴で、「何を勝手に作ってるんだ?」と福島の人には思われてしまう。
―実際、本作に関してもそういう問題があったわけですか?
舩橋:今回は被災した人たち同士の内部対立を描いているんですけど、それには大変躊躇しました。要は、映画を作るとき、被写体がどう見えるかまで責任を負わないといけないんです。映画の中で旧騎西高校に避難した人たちに対して、「タダ飯食いやがって」って非難するおっちゃんは、悪く映っちゃうから、僕はそれを背負う覚悟が必要だった。実は、第一部のときにもそういう内部対立はあったんですけど、「今これを出すと、町が分裂する種になってしまうかもしれない」と思って、カットしたんです。
『フタバから遠く離れて 第二部』 ©ドキュメンタリージャパン/ビックリバーフィルムズ
―では、第二部でそういった部分を描くことができたのはなぜだったのでしょう?
舩橋:このコミュニティーの分裂を引き起こしている根本的な原因が、原発事故なんだということを改めて意識したことですね。賠償や線量、今度は中間貯蔵施設……。もともと一緒の町で仲良く暮らしていたのが、何重にも分断されていってる、これは原発事故の災禍そのものなんです。そこが本質なわけで、見てる人が「このおっちゃんバカだなあ」じゃなくて、「原発が原因でこうなってしまうのって、ホントに悲しいね」って思ってくれるなら、僕はこのおっちゃんに対してちゃんと責任が取れると思ったんです。まだ公開前なので、正直怖い気持ちもあるんですけど、それだけの覚悟を持って作った作品です。
民俗史とかを見ると、教科書で知ってた歴史がぐわんって歪んで、一気に平面から凹凸のある立体になる。この映画は、その役割も果たしてくれると思うんです。(後藤)
舩橋:先週ボストンとニューヨークで映画が上映されたんですけど、福島の問題はもう解決したと思ってる人が多かったんです。未だに仮設住宅で避難生活を送っている状況を知って、「ガザみたいなことが日本国内で起こってるのか?」って言う人もいたりして。ジャーナリズムは「今」に向けて発信するものだけど、映画は時代や国が違っても、見た人が理解できる情報や物語を入れておかないといけない。後藤さん、1960年代や70年代に作られた、原子力のPRビデオってご覧になられたことありますか?
後藤:いや、ないですね。
舩橋:YouTubeにもアップされてますけど、どれだけ原子力がかっこいいかっていうイメージが作られていたわけです。ゆるキャラみたいなのが出てきたりして(笑)。つまり、時代によって原子力のイメージって変わるから、僕たちが今偉そうに言ってることも、実はあと10年後にはまるっきり変わってるかもしれない。だからこそ、できるだけありのままに記録しておく必要があると思ってるんです。
後藤:何年かしたら、この映画は資料価値がぐっと高まるでしょうね。教科書って、そのときの政治勢力が上手に編集するので、内容が変わっていきますよね。何が信じられないって、例えば極端な例ですけど、前までは足利尊氏の肖像だったものが、今「騎馬武者像」になってるそうなんですよ(笑)。一般常識として習ったようなことも変わってしまう可能性がある。だからこそ、庶民の声をちゃんと庶民の手で残しておくべきで、こういう映画は教科書に抗うものとして残ると思うんです。
舩橋:歴史書も当時の権力者が書きますからね。
後藤:そうなんですよ。都合良く修正されていくわけじゃないですか? 僕は民俗史が好きなんですけど、一般常識として知っているものとは違う供述とか記述から学ぶことって、すごく多いんですよね。俗っぽい話で言うと、社会の中でホントに男の人だけが強かったのかというと、江戸時代は女の人がお金を貸してたりもするし、女の人から離縁することも多かった。でも、男の人が公的な書類を書くから、男から離縁したように見えているんだけど、三行半を叩き付けているのは女性だってケースも多かったそうです。女の人が意外と強かった(笑)。そういう事実が民俗史として残っていて、教科書で知ってた歴史がぐわんって歪んで、一気に平面から凹凸のある立体になる。この映画は、その役割も果たしてくれると思うんです。
何かを残していくためには、決して消費されないものを作るしかないと思うんです。(舩橋)
後藤:もう1つ、この映画で思ったのが、「まだまだ撮り切れてないんだ」っていうのが伝わってくるってことなんですよね。文学でもそうですけど、優れている作品というのは、「描き切れている」のではなく、「描き切れないんだ」っていうところが、尊い部分だと思うんです。この映画には、膨大で複雑なバックグラウンドを収めるための莫大な量のテープがあって、そこにも収まり切らない人々がいて、それを監督が何とか2時間という形にした。そのことに対して、みんなで途方に暮れるのが一番いいと思って。
舩橋:映画は2時間程度ですが、撮影した素材は400時間ありますからね(笑)。映画では福島と埼玉に散らばった双葉町民を描いていますが、双葉町民は全国39都道府県に散らばっているんです。そこは映画では描ききれなかったから、本にして出そうと思ってるんですけど、文学でも映画でも、大事なのは外の世界といかに地続きでつながってるかを感じさせることだと思うんです。上から目線で、理屈で言うんじゃなくて、平たい目線で、窓の外を感じさせることが大事。
『フタバから遠く離れて 第二部』 ©ドキュメンタリージャパン/ビックリバーフィルムズ
後藤:この映画って、福島で起こっていることを撮ってるんですけれど、僕たちの属してるコミュニティーにも、絶対こういう問題ってあるんですよね。だから、僕たちみんなが自分ごととして考えないとダメだって気持ちにさせられます。日本人は民主主義が上手じゃないなって最近いろんなところで突きつけられてる気がするんですけど、1人のすごいリーダーがベストな意見を選び続けるわけじゃなくて、常にユラユラしてるベターをみんなでどうにかして選んでいくんだっていうことを、それぞれがイメージしていかないといけないわけで。
舩橋:選挙にしても、空気を読む日本社会から解放されて、それぞれの人間が主体性を持って、「ここに入れなきゃダメなんだ」って思えるようになるには、どうすればいいんだろうっていつも考えています。
後藤:そこに訴えかけるのは大変ですけど、やらなきゃいけないと思います。そのためには、自分から変わるしかなくて、まずはいろんな場所でカジュアルに政治の話をするっていうのがいいんじゃないかって思ってるんですよね。僕は今回映画を見て、自分自身に「キープオン」って言われた気がしました。
舩橋:何かを残していくためには、決して消費されないものを作るしかないと思うんです。歴史は修正されていくけど、今起こっていることをありのままに記録して、なおかつ、ここで起きていることと外の世界が地続きであることを示すこと。それがドキュメンタリーの役割なんじゃないかって思います。
作品情報
『フタバから遠く離れて 第二部』
2014年11月15日(土)からポレポレ東中野ほか全国で公開
監督:舩橋淳
配給:Playtime
リリース情報
Gotch
『Route 6』(アナログ7inch+CD)
2014年11月28日(金)発売
価格:1,620円(税込)
only in dreams / ODEP-007
[SIDE-A]
1. Route 6
[SIDE-B]
1. Baby, Don't Cry (Live Version)
※CDにはアナログ盤と同内容を収録
リリース情報
Gotch
『Live in Tokyo』(アナログ7inch2枚組+CD)
2014年11月19日(水)発売
価格:3,888円(税込)
only in dreams / ODJP-002
[SIDE-A]
1. Humanoid Girl
2. The Long Goodbye
3. Can't Be Forever Young
4. Stray Cats in the Rain
[SIDE-B]
1. Aspirin
2. Route 6
3. Blackbird Sings at Night
4. Only Love Can Break Your Heart
[SIDE-C]
1. Great Escape from Reality
2. Lost
3. Nervous Breakdown
4. A Shot in The Arm
[SIDE-D]
1. Sequel to the Story
2. A Girl in Love
3. Wonderland
4. Baby, Don't Cry
後藤正文イベント情報
『LITHIUM ROCK FESTIVAL 2014』
2014年11月23日(日)
会場:東京都 新木場 STUDIO COAST
『COUNTDOWN JAPAN 14/15』
2014年12月28日(日)~12月31日(水)
会場:千葉県 幕張メッセ国際展示場1~11ホール、イベントホール
※Gotch(後藤正文)は12月29日出演
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