キセルインタビュー 「明るい場所」はどこにある?

辻村豪文と辻村友晴による兄弟ユニット、キセルがニューアルバム『明るい幻』を完成させた。彼らがスタジオアルバムを世に送り出すのは、前作『凪』から、なんと4年半ぶり。アルバムの完成までにここまで長い期間を要したのは、もちろん今回が初めてのことだ。そして、本作を待ちわびていた方の多くが、きっといつものようにこんな感想を抱くことになるだろう。「これ、キセル史上最高傑作なんじゃないか」と。

これまでの作品と比べて、キセルの音楽性に何かドラスティックな変化が起きたわけではない。アナログレコーディングによるあたたかなサウンド。黒人音楽を咀嚼しながら身につけた、ゆるやかなファンクネス。そして辻村豪文の浮遊するような声で唄われる、美しいメロディーライン。そうしたキセルらしさを構成する要素はここでも健在で、むしろそのすべてが本作ではさらに研磨されたような印象を受ける。辻村兄弟はこの4年半でキセルの音楽を見つめ直し、自分たちが作り得る最良のポップソングだけをここに詰め込んだ。キセルは常に最新作が一番良いと思わせてくれる数少ないバンドだが、やはりそれは本作でも変わらなかったのだ。あるいは、これはキセルというバンドが結成15年目に辿り着いた1つの境地と言ってもいいのかもしれない。

さあ、ここからはいよいよ本人に語っていただこう。ちなみに前作『凪』がリリースされたのは、2010年6月。言うまでもなく、我々を取り巻く状況はあの頃からずいぶんと変わってしまった。キセルはこの4年半の間、時代の変化をどんなふうに見つめながら、この『明るい幻』という作品に取りかかっていたのだろう。辻村兄弟の二人に話を聞いてみた。

友晴くんは自分のことを「甘かった」と言ってましたけど、それを言い出したら、僕にも拙いところがたくさんあったんですよ。でも、そこも含めてキセルらしさやと思うので。(豪文)

―『magic hour』(2008年)以降、キセルはアルバムの制作にたっぷりと時間をかけるようになった印象があります。カクバリズムへの移籍がお二人の活動に与えた影響って、恐らくものすごく大きかったと思うのですが。

豪文:そうですね。とはいえ、今回のアルバムは思っていた以上に時間がかかってしまったので、スタッフにはいろいろ迷惑をかけちゃいましたけど(笑)。2012年頃には次のアルバムに向けた話をしていて、曲もその頃からちょこちょこ作っていたんです。でも、どうしても曲作りってその時々の状況に左右されてしまうし、特に今回は自分たちの中でけっこう高めのハードルを設定していたから、たしかにこれはカクバリズムじゃないと出せなかったアルバムやと思います。時折お尻叩かれつつ、ちゃんと待っていてもらえたので。

辻村豪文
辻村豪文

―お二人はどんなハードルを自分たちに課していたんですか?

豪文:単純なところですけど、まずは歌モノとしての強度をもっと上げたいと思っていました。多分、キセルのいいところって、メロディーのさりげない感じやとっつきやすさだと思うから、今回のアルバムではそこをもっと突き詰めたかったんです。

友晴:アレンジとかもね。ただ、もちろん僕も兄さんと同じく「このアルバムで次の段階に進もう」みたいな気持ちはあったんですけど、今思えば、初めの頃の僕はまだ考え方が甘かったような気がする。兄さんと作業を進めていく中で「今回は大変になりそうやな」と思いましたから(笑)。

豪文:そう? そんなことは二人のときに言ってくれたら良かったやん!(笑) それに、けっこう早い段階でいろいろ話し合わへんかったっけ?

左:辻村友晴、辻村豪文
左:辻村友晴

友晴:話し合ったけど、お互いのリズムのノリなんかを掴むまでは、やっぱり時間がかかったよ。二人でソウルやブラジル音楽を聴きつつ、「次はこういう感じもあることをやりたいね」みたいな話はよくしていたんですけど、具体的なやり方が最初の頃はよくわからなくて。兄さんがプリプロしてきたものを聴きながら、徐々に掴んでいくような感じでしたね。そこからは兄さんが今回やりたいことにうまくはまりそうな曲を、僕もいくつか持っていったりして。

―まずは豪文さんのイメージを共有するところから始まったんですね。

豪文:でも、それは僕だけのイメージってわけでもなくて、あくまでもキセルとしての傾向がそうだったというか。僕ら二人の好む音楽って、キセルを始めた頃からそんなに変わっていないから、それをこの作品でうまく濃縮したかったんです。さっき友晴くんは自分のことを「甘かった」と言ってましたけど、それを言い出したら、僕にも拙いところがたくさんあったんですよ。でも、そこも含めてキセルらしさやと思うので。

「拙さ」も含めて、このアルバムでは「今のキセルができる感じはこれやな」と思えるところまで、やり切れた感じがしています。(豪文)

―「拙いところ」というのは?

豪文:たとえば誰かの曲を聴いて「こういうことやってみたいな」と思うときってあるじゃないですか。でも僕らの場合、そこに自分たちの音楽をどんどん近づけていくかというと、そうでもないんです。ある意味、もうちょっといい加減というか(笑)、そういう落としどころとしての「拙さ」があると思っていて。そういう部分も含めて、このアルバムではキセルらしさがうまく出せているんじゃないかな。「今のキセルができる感じはこれやな」と思えるところまで、今回はやり切れた感じがしています。


友晴:そこはやっぱりエンジニアのウッチーさん(内田直之)の存在が大きかったですね。僕らのアレンジを、ウッチーさんは一歩引いたところから見てくれていたので。そのおかげでさっき兄さんが話した「歌モノとしての強度」にもつながったんじゃないかな。

豪文:うん。毎回そうですけど、ウッチーさんにはすごく助けられていますね。僕らが見落としている部分をウッチーさんが拾ってくれて、あとから気づかされることもたくさんあったから。全部生ドラムで録ったのも、このアルバムが初めてやったし。

友晴:そうそう。それに今回のアルバム、ほとんど兄さんがドラムを叩いているんですよ。

―え、今回のアルバムは豪文さんがドラムなんですか!

豪文:9曲は僕が叩いてて、それ以外の4曲では北山ゆう子さんと千住宗臣くんにお願いしています。今までに出したアルバムでは、リズムマシーンを手打ちしてたこともあるんですけど、今回は最初から生ドラムの音を想定して曲を作っていたんですよ。それでレコーディング前に「じゃあ、誰に叩いてもらう?」と二人で話したとき、全曲生ドラムっていうのが初めてやったので、僕がドラムで弟がベースっていうカタチのほうが、「らしさ」が出るんじゃないかなと思って。とはいえ、こればっかりはやってみなきゃわからん感じだったんですけど。

左:辻村友晴、辻村豪文

友晴:別にそこがアルバムの売りっていうわけでもないんですけどね。作品の世界観として、今回は二人でやってみたほうがいいんじゃないかなって。それが決まってからは、二人でスタジオに入って、ベースとドラムの練習をよくやってましたね。今思い返せば、あれも楽しかったな。

―なるほど、すごく納得しました。というのも、今回のアルバムって、今までの作品と比べて何かが変化したというより、むしろこの淡いファンクグルーヴや、モコモコとした音質が、いつも以上にキセルらしさを感じさせると思っていて。それはお二人でリズム隊を組んでいるからなんですね。

友晴:おお、それは嬉しい。つまり、うまくいったってことですね(笑)。

今回は歌詞を考えているとき、今の世の中に感じることや、新聞を読んで思ったりすることが、どうしても自分の意識から抜けなくて。(豪文)

―では、歌詞においてはいかがですか? 前作『凪』のときは、作詞に最も時間をかけたとうかがっているのですが。

豪文:今回も特に歌詞に時間がかかりました。メロディーを削ぎつつ、「ここにどんな言葉を乗せたらいいのかなぁ」って。というのも、今回は歌詞を考えているとき、今の世の中に感じることや、新聞を読んで思ったりすることが、どうしても自分の意識から抜けなくて。今までもなかったわけじゃ全然ないんですけど、占める度合いが大きいというか。

辻村豪文

―世の中の動きを気にしながら、作詞に取り組んでいたということ?

豪文:気になることがやたら多くなってしまって。当たり前ですけど、それは普段の自分の生活とか気分にも関わってくることやから。ただ、それで声高に何かを言いたいというよりは、音楽として楽しむためにどんな言葉とか風景や状況を歌うのがいいのかなって。自分の中にあるそういうモヤモヤした気持ちを、なんとか作ったオケやメロディーの中に落とし込みたかったんです。「もしかすると、震災で傷ついた人がこれを聴くこともあるかもしれない」みたいなことも、どこか頭の中にはあって。気を遣うっていうのとまた違うんですけど、どんな歌でも人を傷つける可能性はあるし、作るときにはほんまは気にするべきじゃないのかもしれないけれど、やっぱり何もなかったようには無理やし、避けては通れないから、自分らなりの覚悟がやっぱりいると思って。

―その「モヤモヤした気持ち」は、やはり2011年の東日本大震災以降に強く感じるようになったものなんですか?

豪文:そうです。弟と居酒屋で話すときなんかも、「なんか、世の中は思う以上に自分らが普通やと思う方向と真逆に動いてくね」って。

友晴:それこそ、原発とかね。

豪文:なんていうか、自分が普通に足場やと思ってたものがグラグラしてくるような感覚もあったし。

左:辻村友晴、辻村豪文

―足場というのは?

豪文:僕らが通っていた京都の学校って、平和教育がわりと激しかったんですよ。やっぱり教育ってすごくて、その頃の経験が予想以上に自分の中に沁み込んでいるんですよね。

友晴:夏休みの登校日に体育館に集まって、原爆や戦争の映画が上映されたりね。

豪文:それが今、世の中で起きていることを見ていると、そういう子どものころの思い出なんかも含めて、自分が信じてきたことが否定されているような気がするんです。それってやっぱり傷つくじゃないですか? 個人的で小さいことかもしれんけど、ちょっとずつ傷つく感じがして。人と人との間の溝が深くなりやすいっていうか。そういうことが今は多い気がして、多分モヤモヤするんやと思います。それに今は自分に子どもがいるのもあって、これから先考えるなら、むやみやたらに批判し合うとかじゃなくて、皆でホンマよく知恵を絞って考えたほうがいいよなって。

―確かに、今の時代は誰しもが何かを思わずにいられない状況ですよね。震災直後はそこで作品を通して直接的なメッセージを打ち出すアーティストもたくさんいました。でも、『明るい幻』は聴き手に何かを問いかけたり、ストレートに感情をぶつけるような作品とは明らかに違いますよね。

豪文:そうですね。むしろ、今回は言葉の数をなるべく減らして、メロディーと歌詞に余白を持たせたかった。説明はあまり多くないほうがいいなって。だから、中には意味がわかりづらい部分もきっとあると思うんですけど、今回は特に、自分の中ではどの歌詞の意味も言いたい感じはわりとはっきりとしていて、そこは聴いてくれる人がどう受け止めてくれてもいいんです。キセルの場合は歌詞ってそういうものだと思っていて。メロディーとか音込みで伝わるものがあればいいなっていう。

―あくまでも音楽として楽しめるものにしたかったということ?

豪文:そうですね。やっぱり歌はシンプルでわかりやすいけど、広がりのあるものがいいと思っているので。そういうのが理想で、なるべく近づけたらなって。普遍的といったらアレですけど、僕らが好きな昔の音楽は、ちゃんと今の時代に残っているわけで。

友晴:曲はもちろん、言葉においてもそうですよね。

豪文:うん。だから、僕らもそういう音楽から学びつつ、何か新しいことがやれたらいいなと思っていて。今回はとにかくとっかかりのいいものにしたくて。老若男女といったら大げさですけど、子どもでもパッと覚えられるような楽曲を目指したかったんです。

自分の希望が「明るい」に表れたんじゃないかな。「明るくしたい」みたいな気持ちがどこかにあったというか。(友晴)

―では、この『明るい幻』というタイトルについても教えてください。「明るい」「幻」って、意外とありそうでない組み合わせの言葉だと思うんですけど。

豪文:このタイトルは、アルバムに入っている“ミナスの夢”という曲の歌詞から取ってるんです。その“ミナスの夢”に出てくる「明るい幻」は、「自分の中にある記憶」みたいな意味合いで使っているんですけど、今回の楽曲を通して聴いていくうちに、「もしかすると、これはけっこう融通の利く言葉かもしれないな」と思って(笑)。今回のアルバムの歌詞をずっと考えてたときに、「今の地点から描いたこの先のビジョン」とか、「自分が生まれるよりも前に生きていた、自分と繋がりがあるはずの人々が思い描いていた『今』」みたいなことがどこか頭の片隅にずっとあった感じがして。「明るい幻」という言葉は、そういうのも含めて、どの曲にもうまくハマるような気がしたというか。

―過去の作品を振り返ってみても、キセルの曲名や歌詞には「夢」がよく登場してきましたよね。今のお話を聞いた印象だと、この「幻」という言葉は「夢」と近いニュアンスで使われているような気もしたのですが。

豪文:ああ、そうですね。そうかもしれないです。

―「明るい」という言葉も、このアルバムの中で何度か登場していますね。

豪文:はい。キセルの歌詞は語彙が少なくて(笑)、今回は確かに「明るい」という言葉をやたらと使ってるんですよね。でも、なんでやろう? なるべく平易な言葉にするということは、いつも心がけているんですけど。

友晴:僕らの場合は歌詞の前に曲を作るから、そういう言葉が曲に呼び起されたようなところもあるとは思うんですけどね。あるいは、自分の希望がその言葉に表れたんじゃないかな。「明るくしたい」みたいな気持ちがどこかにあったというか。

辻村友晴

豪文:そうかも。さっき話したように「昔があって、今があって、その先がある」みたいなことを考えていくと、それぞれの地点から想像できる明るさって、後にも先にも必ずあると思うんですよ。それは先のほうに見えるぼんやりとした明るさなのかもしれないし、振り返ったときに見える明るさなのかもしれないけど。今回はそんなことを考えながら歌詞を書いてたから、その結果としてやたらと「明るい」という言葉が出てくるようになったのかもしれない。

―お子さんの視点に立って、未来を思い浮かべてみたりとか?

豪文:確かにそれもありますね。でも、これが不思議なことに、最初はまず親のことを考えるんですよ。あるいはさらに祖先のことを想像してみたりとか。これから先のことについては、「今自分ができることはなんやろう?」と考えるくらいで、どうしたって「あとはお任せ」なんですけど、やっぱり過去って自分が知らなくて今と繋がってることがたくさんあるんですよね。だから、自然と「もっと勉強せな」みたいな気持ちになったりするし。それに、昔のことを考えるのも、ここから先のことを想像するのも、「『今』から離れてみる」という意味では、どっちも感覚的には似ているような気もするんですよね。

左:辻村友晴、辻村豪文

―時間軸のどの地点から物事を考えようと、その先に明るさを見いだそうとするのは同じだと。

豪文:うん、そうですね。やっぱり人って、明るいほうに向かって動こうとするのも本当やと思います。

リリース情報
キセル
『明るい幻』(CD)

2014年12月3日(水)発売
価格:2,900円(税込)
DDCK-1040

1. 時をはなれて
2. 夏の子供
3. 君をみた
4. 覚めないの
5. 花に変わる
6. そこにいる
7. ミナスの夢
8. たまにはね
9. 今日のすべて
10. 同じではない
11. 絵の中で
12. 空の上
13. 声だけ聴こえる

イベント情報
『明るい幻 Release Tour 2015』

2015年1月23日(金)OPEN 18:30 / START 19:00
会場:長野県 松本ピカデリーホール
料金:前売3,500円

2015年1月24日(土)OPEN 17:30 / START 18:00
会場:石川県 金沢 21世紀美術館 シアター21
料金:前売3,800円

2015年1月25日(日)OPEN 17:00 / START 18:00
会場:京都府 磔磔
料金:前売3,800円(ドリンク別)

2015年1月30日(金)OPEN 18:30 / START 19:00
会場:福岡県 博多百年蔵
料金:前売3,800円(ドリンク別)

2015年1月31日(土)OPEN 17:30 / START 18:00
会場:広島県 4.14
料金:前売3,500円(ドリンク別)

2015年2月6日(金)OPEN 18:30 / START 19:00
会場:北海道 札幌 cube garden
料金:前売3,500円(ドリンク別)

2015年2月8日(日)OPEN 17:30 / START 18:00
会場:宮城県 仙台 darwin
料金:前売3,500円(ドリンク別)

2015年2月14日(土)OPEN 17:00 / START 18:00
会場:大阪府 梅田CLUB QUATTRO
料金:前売3,500円(ドリンク別)

2015年2月15日(日)OPEN 17:00 / START 18:00
会場:愛知県 名古屋CLUB QUATTRO
料金:前売3,500円(ドリンク別)

2015年2月21日(土)OPEN 17:00 / START 18:00
会場:東京都 赤坂 BLITZ
料金:前売 1Fスタンディング3,500円 2F指定4,000円(共にドリンク別)

プロフィール
キセル

辻村豪文と辻村友晴による兄弟ユニット。カセットMTR、リズムボックス、サンプラー、ミュージカルソウ等を使用しつつ、浮遊感あふれる独自のファンタジックな音楽を展開中。これまで4枚のアルバムをスピードスターよりリリース。2006年12月にカクバリズムに移籍し、『magic hour』『凪』『SUKIMA MUSICS』のアルバムと10インチレコードやライブ会場限定のEPなど精力的にリリース。2013年6月1日には二人のかねてからの目標のひとつである日比谷野外音楽堂でのライブを実施。チケットは完売、大盛況のもと終了。昨年末にDVDとして発売している。2014年は結成15周年を迎え、12月3日に7枚目のアルバム『明るい幻』をリリース。2015年1月23日より全国ツアーがスタート。



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