毎年開催される新人アーティストの登竜門『FACE展 2015 損保ジャパン日本興亜美術賞』で、全国各地748名の応募のなかから、今年見事グランプリを射止めたのは、多摩美術大学大学院生でもある、宮里紘規さん。端正なルックスに育ちの良さを感じさせる凛とした佇まい。一見すると、飄々と生きる器用な若者のような印象だが、彼も常にぼんやりとした不安を感じており、それが作品制作における原動力でもあるという。正体不明の「何か」をつかまえようと制作を続ける宮里さんにお話を伺った。
自分が感じている世界はもっとドライだし、うすっぺらい。
―『FACE2015』グランプリ受賞おめでとうございます。受賞作品である『WALL』は、モザイク状の大きな「壁」と、その前に立つ人間が描かれている作品ですね。これまでシリーズで制作されてきたそうですが、継続したコンセプトがあるんですか?
宮里:「何か大きいものに向かっている自分」というのは、一環したテーマとしてあります。いつも目の前に何かが立ちはだかっていると感じているんですけど、その正体がわからないとずっと思っていて、それが何なのかを知るために、実際に「壁」を作品として作ってみよう、という考えでこのシリーズは続けています。
『FACE2015 損保ジャパン日本興亜美術賞』グランプリ
宮里紘規『WALL』2014年 ミクストメディア
―壁のような存在は、『圧力』や『後悔』といった過去の作品からもうかがえます。受賞作の『WALL』では、シュレッダーで切り裂いた無数の紙片をコラージュして「壁」を描かれていますが、このような手法を使われているのは何故なんですか?
宮里:絵の具で描いているとウェットというか、湿度があるような絵を描いてしまうんです。色選びや筆の運びからそうなるのかもしれないんですけど、「ちょっと人っぽいなぁ」という感じがして。自分が感じている世界はもっとドライだし、うすっぺらい。「絵の具は何か違うな……」って疑問を抱いていた頃に、トム・フリードマン(紙の断片や消しゴムカスなど、日常的な素材を使う現代アーティスト)の作品と出会って、「これだ!」と絵の具を捨てて、一気にコラージュの方向に行ってしまった感じです。
―たしかに宮里さんの作品は、日常的な素材を使用し、その細かいパーツで全体を形成する作風など、トム・フリードマンからの影響が感じられます。実際、穴あけパンチで切り抜いた紙片を使った作品も過去に作られていますが、これも彼の影響ですか?
宮里:そうですね。トム・フリードマンに、穴あけパンチで切り抜いた紙片をひも状に連ねた作品があるんですが、それを作品集で見て「自分は絵の具の代わりにキャンバスに貼ってみよう」とやってみたら、ずっと絵の具に感じていた違和感が払拭されて、しっくりきたのがきっかけですね。
―絵の具からコラージュに表現方法が変わるにあたって、作品コンセプトも大きく変わったのでしょうか?
宮里:絵の具のときは、描くことばかりに夢中になっておろそかにしていた部分をもう少し掘り下げたという感じで、大筋は変わってないですね。
―おろそかにしていた部分というのは、先ほどおっしゃっていた「自分の感じている世界と向き合う」ということでしょうか。宮里さんは、現代社会に対してうすっぺらいと感じていらっしゃるんですか?
宮里:情報が膨大に溢れかえっていて、一つひとつの存在が軽くなっている感じがしていて、それでうすっぺらく感じるんだと思います。
―その「軽さ」や「うすっぺらさ」に疑問も抱いているわけですね。「壁」という言葉には厚みや重さを感じますが、そういう点も関係しているんでしょうか。
宮里:そうですね。でも、作品で「壁の厚さ、重さ」は表現していないんです。目の前に立ちはだかってはいるんだけど、特に奥行きがなくて。なんて言うか……圧倒的に巨大な壁ではないような壁、裏には何もなくて、正体が掴みづらい壁を描いているイメージでしょうか。
―理由がよくわからないんだけど、ちょっと身動きとりづらいよね……みたいな。
宮里:そうですね。別に閉じ込められているわけではないし、出ようと思えば出られる。だけど目の前にある邪魔なもの、そんな感じです。なんとなく息苦しい、みたいな。
今まで自分がやってきた事が社会に認められるような水準のものであるのか、図ってみようと思ったんです。
―現在、宮里さんは多摩美術大学大学院の2年生ですが、美術に興味を持ち始めたのはいつ頃からなんですか?
宮里:幼稚園の自由時間に、褒められるのがうれしくてずっと描いていたのが始まりです。用紙の一面に細かい迷路をびっしり描いたり、集中して描き込んでいくのが好きな子どもでした。飽きっぽい性格で、唯一続けてこられたのが絵を描くことでした。
―高校では美術の専門学部がある学校に進まれたそうですが、中学生の時点で美術の世界を目指そうと決めていたんですか?
宮里:そういうわけでも全然なくて。僕自身は普通の高校に進学しようと思っていたんですけど、親に勧められて「じゃあ、そうしよう」と思って(笑)。べつに芸術家とかではなく普通の親なのですが、僕を子どもの頃から見ていて、美術のほうが合うと思ったのかもしれないですね。
―高校で美術を専門的に学ぶことになってみていかがでしたか?
宮里:最初は知識がなくて、全然ついていけなかったです。それまでイラストやアニメのキャラクターばかり描いていて、デッサンにもあまり興味が持てなかったんですけど。高校2年生のときに『日曜美術館』というテレビ番組で田渕俊夫さんという日本画家の特集を見て、それと同時期にフェルメールの展示会を観る機会があって、なんとなく惹かれるものを感じてだんだん美術のほうにシフトしていきました。
―田渕俊夫さんといえば、色彩豊かで透明感のある絵を描かれる日本画家ですが、高校生が惹かれるにはなんとなく渋い印象があります。どういった感想を抱かれたんですか?
宮里:単純にすごく綺麗だと思いました。なんて言ったらいいかわからないんですけど、今までこんな綺麗なものを見たことがない、すごくいいものだと思ったんです。
―それを機に写実的な絵を描くようになって、美術にぐっと入り込むきっかけになったんですね。その後、庵野秀明さんの出身校でも有名な大阪芸術大学に進まれていますね。
宮里:美大には進みたいなぁと思って悩んでいたら、高校の先生が「ここは?」って勧めてくれて。自分でというよりは、いつも誰かが教えてくれるんです(笑)。その頃、日本画に進むか、油彩画に進むかで迷っていたので、2年生から油画、日本画、版画、彫刻のコースを選択できる大阪芸大を勧めてくれたんだと思います。2年生では、悩んだ結果、油画に進みました。
―油画コースに進んでみて、いかがでしたか?
宮里:具象、抽象、構想(現代アート)の3つのカリキュラムがあって、ずっと具象的なものを描いていたんですが、なんとなくしっかりいかず、このままでいいのかすごく悩んでいました。そんなときに、図書館でトム・フリードマンの画集に出会って、大きな衝撃を受けたんです。そのことが2つ目の転機になったと思います。
―その後、多摩美術大学大学院に進まれて、これまで個展は学内展を1回、グループ展への参加も数回で、コンクールなどの応募自体もほとんどされてこなかったそうですが、今回『FACE2015』に応募されたのはどうしてですか?
宮里:応募前がちょうど作品の方向性にすごく悩んでいた時期でした。切り刻んだ紙片を貼っていくという手法を4年続けてきたので、何かしら結果が出なかったらまた別の方向性を考えようと思って、応募することにしたんです。今まで自分がやってきたことが社会に認められるような水準のものであるのか測ってみたいという気持ちもありました。
「美術はすばらしいものだ!」って、みんなが納得しなくてもいいんじゃないかと思っています。「何か変なもの」っていう立ち位置でいいんじゃないかと。
―グランプリ受賞で、ギャラリストからの視線など、美術業界からの注目も集まっているかと思いますが、今後はアーティストとしてどのような活動をしていく予定ですか?
宮里:じつは就職が決まり、9時から17時までの事務職的な仕事に就いたので、平日働いて、土日に制作する生活になると思います。自分が日常で感じた違和感を凝縮させて作品に向かわせる時間が必要なんです。パッとは出てこないので。
―美術から離れた仕事をしていたほうが、作品作りがしやすい?
宮里:僕の場合、作品制作自体がイベントなんですね。「よし、描くぞ!」と思ってから作り始めるので、自然に手が動いて毎日のサイクルで描いているわけでもないんです。作品制作を日常にはできないと思うんですね。
―ゆくゆくは作家として、作品制作だけで生活して行こうという気持ちはあるのでしょうか?
宮里:美術で食べていこうとは正直あんまり考えていないんです。「作品を制作するために自分の人生がある」みたいな作家の方が多い気がするんですが、僕は作品を観る側の意識に近くて、「より良く生きていくために作る」というスタンスなので、作品を世に出してお金を稼ぐという意識はあまりないですね。たぶん日常生活で発散できなかったことを、作品を作ることでバランスをとっているような気がします。
―かなり冷静に自身の作品や活動を俯瞰されていらっしゃいますが、社会における美術やアートの役割について、何か自分なりに考えることがあったりしますか?
宮里:今、美術の裾野が広がって、みんなが楽しめるものになりつつあって、それはすごくいいことだと思うんですけど、でもやっぱり美術はマイノリティーなものであってほしいという思いはあります。あまり多くの人に共有されていないほうが、今までにないオルタナティブな方向性を見出せるような気がしますし、マイノリティーとして社会に何かを投げかけるみたいな立ち位置でいいんじゃないかと僕は思っていますね。
―表立って美術が社会を牽引するようではないほうがいいと?
宮里:「美術は素晴らしいものだ!」ってみんなが納得しなくてもいいんじゃないかなと思っています。「何か変なもの」っていう立ち位置でいいんじゃないかなと。
―とはいえ、宮里さんにとって「美術」の存在は大きいわけですよね。
宮里:価値を感じるものをたまたま美術が持っていたから、絵を描いているんだと思います。普段、感動できることってあんまりないんです。友人から勧められたイベントや観光地だったり、すごいよって言われた人を見ても「んー……」って、そんなに予想の範疇を超えないことが多いんですけど(笑)、美術作品には心をグワッと動かされるものがたまにあるんです。
―自分自身と向き合うのに美術が一番有効だということでしょうか。今、作品制作に限らず、何か不安に思っていたり悩んでいることってありますか?
宮里:具体的にというよりは、漠然と「どうなっていくんだろう?」という不安はあります。今のところ差し迫って問題はありませんし、こういった賞をいただいたり、就職が決まったり、そんなに大きな挫折もなく過ごしてはいるんですけど、でも絶対とんでもないことがあるような気はしていて(笑)。本当にぼんやりした不安みたいなものはありますね。
―今後の展望みたいなものはあるのでしょうか?
宮里:美術は続けていこうと思っています。若いうちに目立ちすぎると芽を摘まれる可能性があるので、40代ぐらいで芽が出ればいいかなと思っているんですけど(笑)。
―若いうちに! みたいな思いはないんですか?
宮里:まだ経験や理論が不足しているという自覚があるので、今、世に出てしまうと自分のなかにあるものが全部出て行ってしまうような気がするんです。もう少しちゃんと考えて、経験を積んでからのほうがいいのかなと思っています。
―40代まであと15年以上ありますが、裏を返せば、それまで続けていく自信があるということでもありますね。
宮里:そうですね。続けられなかったら、そういう人間だったってことだと思います。
- イベント情報
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- 『FACE展 2015 損保ジャパン日本興亜美術賞展』
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2015年2月21日(土)~3月29日(日)
会場:東京都 新宿 東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館
時間:10:00~18:00(入館は17:30まで)
休館日:月曜
料金:一般500円 大・高校生300円
※中学生以下無料
※障害者手帳をお持ちの方とその介護者(1名まで)は無料『ギャラリー★で★トーク・アート』
2015年3月16日(月)10:00から2時間程度
会場:東京都 新宿 東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館
定員:20名程度
料金:400円(要申込)
- プロフィール
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- 宮里紘規 (みやざと ひろき)
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1990年沖縄県生まれ、東京都在住。大阪芸術大学美術学科油画コース卒業。多摩美術大学大学院美術研究科博士前期課程絵画専攻在籍中。2013年『シェル美術賞2013』入選、2015年『FACE2015 損保ジャパン日本興亜美術賞』グランプリ受賞。
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