西海岸のヒップホップシーンの重鎮・Snoop Doggが、現在飛ぶ鳥を落とす勢いのファレル・ウィリアムスをエグゼクティブプロデューサーに迎えたアルバム『BUSH』をドロップした。「Snoop Lion」名義でリリースしたアルバム『Reincarnated』以来、実に約2年ぶり。アメリカの「コロムビアレコード」とファレルのレーベル「i am OTHER」、そしてSnoop Doggのレーベル「Doggy Style Records」のクリエイティブパートナーシップによって生み出された本作で、ファレルは全楽曲のソングライティングに携わり、さらにはバックボ―カルとして5曲参加するなど、まさしく八面六臂の活躍をみせている。それによって、Snoop Doggの音楽性やイメージに大胆な変革をもたらしたのだった。
1990年代からヒップホップのジャンルを押し広げてきたSnoop Dogg
1993年、Dr.Dreのプロデュースのもと生み出されたデビュー作『Doggystyle』で華々しく世に登場して以来、1990年代型ギャングスタラップ(ギャングたちの暴力的な日常をテーマに歌うラップミュージック)を代表するアーティストとして、西海岸のヒップホップシーンをリードし続けてきたSnoop Dogg(以下、スヌープ)。彼は、そのキャリアを通じて、持ち前の好奇心と軽快なフットワークにより、西海岸はもちろん東海岸や南部のラッパーなど、多種多様なラッパーたちと共演を果たしてきた。さらには、METALLICAやRed Hot Chili Peppers、Gorillazなど、様々なジャンルのアーティストとのコラボレーションも。そう、彼は常にヒップホップというジャンルを押し広げる、突破者としての役割を担って来たのだ。とりわけ、2010年に発表したポップの歌姫ケイティ・ペリーとの楽曲“California Gurls ft. Snoop Dogg”が、全米シングルチャートで7週連続首位を獲得するなど大ヒットしたことは、まだまだ記憶に新しい。
“Happy”の世界的大ヒット以前のファレルの功績
その彼が今回タッグを組んだファレル・ウィリアムスの経歴についても、改めて整理しておこう。もともとは、盟友チャド・ヒューゴと組んだプロデュースチーム「The Neptunes」として、ブリトニー・スピアーズ、ジャスティン・ティンバーレイク、マドンナなど数多くのビッグアーティストのヒットソングに携わり、スターダムにのし上がっていった。その後、自身のヒップホップロックグループ「N*E*R*D」をチャドとともに立ち上げ、次々とヒットを飛ばしながら、近年は“Blurred Lines”で一世を風靡したロビン・シックのプロデュースの他、ソロアーティストとしても活躍。Daft Punkのアルバム『Random Access Memories』(2013年)に参加し、同アルバムからのシングルヒットとなった“Get Lucky”では、フィーチャリングボーカルとしてその美声を披露した。
2013年に、ソロとして発表した曲“Happy”は、世界各国でカバー動画が作られ、社会現象とまでなった。同曲を収録したファレルにとって2枚目のソロ作『G I R L』(2014年)は世界的な大ヒットを記録し、『第56回グラミー賞』では4冠を獲得するなど(過去を振り返ると計11冠受賞している)、現在の音楽シーンにおいて最も重要な人物のひとりである。
10年以上も前から、ファレルはSnoop Doggの新たな一面を引き出してきた
スヌープとファレル・ウィリアムス。実は2つしか歳の離れていない(スヌープが2歳上)この二人がタッグを組むのは、今回が初めてのことではない。二人の邂逅は、今から10年以上も前に遡る。2002年にリリースしたスヌープの6枚目のアルバム『Paid Tha Cost Be Da Boss』に収録されたシングル2曲を、The Neptunesがプロデュースしているのだ。とりわけ、ファレル自身がフィーチャリングボーカルとして参加した“Beautiful”は、スヌープにとって久々のシングルヒットとなった。
その勢いを受けて、スヌープの7枚目のアルバム『R&G(Rhythm & Gangsta):The Masterpiece』(2004年)は、The Neptunesが全面的にプロデュースを担当。しかも彼らが主宰するレーベル「Star Trak」からのリリースとなるなど、当時から蜜月関係にあったのだ。ファレルをフィーチャーした同アルバム収録のシングル曲“Drop It Like It's Hot”は、意外にもスヌープにとって初の全米ナンバーワンヒットを記録。
このあたりから、従来のギャングスタラッパー的なイメージとは異なる、ソウル / ファンクのテイストを持ったアーティストとして、スヌープは再評価されるようになった。その背後には、The Neptunes、そしてファレルの存在があったというわけだ。西海岸を代表するギャングスタラッパーとして登場以来、銃刀法違反や薬物所持、そして東西間の血で血を洗う抗争など、「ギャングスタ」を地で行く強面なイメージがつきまとっていたスヌープ。そんな彼の「チャーミングさ」に最初に光を当てたのは、ひょっとするとファレルだったのかもしれない。
「(ファレルは)己の人生以上に、目の前のプロジェクトに夢中なんだよ」(Snoop Dogg)
“Drop It Like It's Hot”のヒットから約10年。その間も、つかず離れずの関係性を保って来た彼らだが、今回満を持してファレルがスヌープを全面的にプロデュースするのだから、これは只事ではない。久しぶりにファレルとタッグを組んだ理由とその経緯について、スヌープ自身は次のように語っている。
Snoop Dogg:俺とファレルは、深い友情で結ばれているんだ。「タイミングをみてスタジオに入り、フルアルバムを作ろう」って、そんな感じさ。そして、一度スタジオに入ったら、純粋に俺たちが大好きなことをやる。リスナーが気分良くなってくれるような、素晴らしい音楽を作ること。それだけだよ。だから、お互いの時間を調整してスケジュールを組んだあとは、とてもシンプルだった。ファレルとともに時間を過ごして、俺は何をすべきか的確に指示をもらうというイージーなプロセスさ。それは素晴らしい体験だったね。
プロデューサーとして、全幅の信頼を置いているとも言えるファレルの存在。そんな彼の人物像について、スヌープは以下のように表現している。
Snoop Dogg:ファレルはすごい情熱的なやつだよ。音楽を奥深くまで理解していて、一緒に仕事をするアーティストには、常にたくさんの愛を注いで敬意を払ってくれる。己の人生以上に、目の前のプロジェクトに夢中なんだよ。そして、溢れんばかりのエネルギーで仕事に取り組み、彼のプロデュースする音楽に限らず、アーティストと一緒に作り上げるサウンドで、まわりを納得させるアティテュードも持っている。さらに、一緒に仕事をしているアーティストを安心させる力もある。それらを通じて、彼は自分自身のみならず、一緒に仕事をするアーティストにとっても歴史に残るような音楽を作り上げているんだ。
一方、そのファレルは、今回のアルバムについて、こんなふうに語っている。
ファレル:あまりにも明白なのに、なぜか見落としてることってあるよね。で、実際に聴くと納得する。そして思うんだ。「なぜこれをやるまで、こんなに時間がかかったんだ!」ってね。そんな感じのアルバムになっていると思うよ。
どういうことだろうか? かくして生み落とされたスヌープのニューアルバム『BUSH』に耳を傾けてみることにしよう。
ファレルが「なぜか見落としていた」こととは?
音楽的には、ファレルがアルバム『G I R L』で展開した、モダナイズされたディスコファンク的なテイストを色濃く反映させたものとなっているように思える本作。しかし、その何よりの特徴は、ラッパーではなくシンガーとしてのスヌープに、よりフォーカスを当てている点であろう。彼自身、本作を完成させる上で大事にしたのは「歌」であると語っている。
Snoop Dogg:最も大事にしたのは、ボーカルだね。自分の声が常に正しくあるよう気にかけた。ラッパーとしてだと、ボーカルは完璧じゃなくてもいい。しゃがれていたり、ハードだったり、スムースだったり……何でもアリだ(笑)。でも、ボーカリストはそうじゃない。準備の段階から歌う最中まで、身体のどこから声を出すかなど、細部にわたって考える必要がある。だから、今回のアルバムでは、すべてにおいて細心の注意を払って、ベストなボーカルを目指したんだ。
ファレルの言う、「あまりにも明白なのに、なぜか見落としてること」とは、恐らくスヌープのシンガーとしての魅力なのだろう。かつてスヌープのチャーミングさを引き出してみせたファレルは、自身の楽曲“Happy”に象徴されるようなポジティブな音楽性の中で、シンガーとしてのスヌープの魅力を定着させようと試みた。
「(スティーヴィー・ワンダーとの共作は)まさに1本のスシロールみたいなものだ」(ファレル)
具体的な楽曲について見ていこう。グウェン・ステファニー、T.I.、ケンドリック・ラマー、リック・ロスなど、スヌープとファレル双方の人脈によって集められた豪華なフィーチャリングアーティストたち。その中でもとりわけ目を引くのは、やはり冒頭1曲目“Calfornia Roll”にフィーチャーされているスティーヴィー・ワンダーの存在だろう。レコーディング中に、「頭の中でスティーヴィーの歌が聴こえ始めた」というスヌープが、急遽スティーヴィーに連絡。ファレルとスタジオに入っている旨を伝えたところ、その1時間後にスタジオにやって来て、ハーモニカやコーラスまで披露してくれたというマジカルな制作秘話を持つこの曲。それについて、ファレルは次のように語っている。
ファレル:“Calfornia Roll”は、まさに1本のスシロールみたいなものだ。あらゆるものが重なっていて、いろんなことが同時に起きている。注意深く聴けば、そこに込められた僕たちのいろんな意図が見えてくるだろう。現場で僕はすごくナーバスになってしまって、スティーヴィーに対してほとんどディレクションできなかったけど、やっぱりそこは流石スティーヴィーだったよ。直感的なパフォーマンスで、素晴らしいサウンドにしてくれた。スヌープの歌声も最高だった。録り終えた音を翌日に聴いたとき、それが魔法のような多重サウンドになってることに気づいた。本当に最高の曲に仕上がったと思うよ。
そして、本作からの1stシングルとなった“Peaches N Cream ft. Charlie Wilson”は、昨今のファレルが得意とするレトロフューチャーなサウンドが幻惑的で、ファレルとチャーリー・ウィルソンがともにボーカルとして参加していることから、かつてのヒット曲“Beautiful”の再来とも言われている。スヌープ曰く、「俺たちが一緒にトラックを作ると、マジックが起こる。ものすごく声が調和するんだ。完璧な組み合わせってやつだね」。
映画のオマージュが散りばめられたミュージックビデオも話題に
2ndシングルとなった“So Many Pros”は、『黒いジャガー』(原題『Shaft』)や『スーパーフライ』といった、1970年代のブラックエクスプロイテーションムービー(アフリカ系アメリカ人をターゲットに作られた、比較的低予算な映画)をはじめとする、様々な映画のオマージュが散りばめられたミュージックビデオが話題となった。スヌープ自身にとっても、お気に入りの1曲となっているようだ。
Snoop Dogg:自分の中で大事な映画がいくつかある。今の自分を築き上げる過程で影響を受けた映画の人物像。そういう大好きな映画の人物になりきれて、それを自分のミュージックビデオで実現できるなんて滅多にない経験だったよ。ビジュアルもいいし、音もいいし、フィーリングもいい……最高だよ(笑)。最近流行っているようなミュージックビデオでは見たことがない映像になっているんじゃないかな。
アートワークにおいても、ファレルの手によって大胆な変革を遂げた
しかし、本作における最も大胆なイメージチェンジと言えば、謎の盆栽に青い犬というジャケットをはじめ、スヌープらしからぬ鮮やかな原色使いが目にまぶしい、一連のアートワークだろう。
Snoop Dogg:ファレルのチーム「i am OTHER」(音楽レーベルとしての事業だけでなく、ファッションやデザインなど多彩な活動を手がけている)に、俺を大変身させてほしかったんだ。スヌープを題材に、このアルバムを表現するアートワークにするにはどうしたらいいか、ジャケットに限らず全体のイメージとフィーリングを伝えるものを考えてもらった。そして出来上がったのが、このアートワークなんだ。
第一線で活躍するヒットメーカー・ファレルの手によって、音楽的にもイメージ的にも大胆な変革を遂げた最新型のSnoop Dogg。2012年に、「Snoop Lion」にアーティスト名を変更することを正式に宣言し、その翌年には本気のレゲエアルバム『Reincarnated』をリリース。「レゲエアーティストに転向か?」と、ファンをやや困惑させていたスヌープだが、ここへ来て完全復帰。「『G I R L』よりいいアルバムになったよ!」というファレルの言葉は、まんざら嘘でもないのだろう。むしろそれは、ファレルの自信の表れといってもいいのかもしれない。この10年間で培ってきたプロデューサーとしてのスキルを、公私にわたって自らが慕っているスヌープの魅力を最大限に引き出すために用いること。ファレルという強力な理解者の全面バックアップのもと、スヌープは今、再びメインストリームに躍り出ようとしているのだ。
- リリース情報
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- Snoop Dogg
『Bush』日本盤(CD) -
2015年5月20日(水)発売
価格:2,376円(税込)
SICP-44341. CALIFORNIA ROLL featuring Stevie Wonder
2. THIS CITY
3. R U A FREAK
4. AWAKE
5. SO MANY PROS
6. PEACHES N CREAM featuring Charlie Wilson
7. EDIBLES featuring T.I.
8. I KNEW THAT
9. RUN AWAY featuring Gwen Stefani
10. I'M YA DOGG featuring Kendrick Lamar & Rick Ross
11. PEACHES N CREAM (Instrumental) (ボーナストラック)
- Snoop Dogg
- プロフィール
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- Snoop Dogg (すぬーぷ どっぐ)
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全世界セールス3500万枚を誇る、世界で最も有名なラッパーの一人。Dr.Dreに見出されデビューから3作連続で全米チャート1位を記録、2004年には“Drop It Like It's Hot ft. Pharrell”が3週連続で全米シングルチャート1位に輝いた。音楽活動と並行して2009年にはPriority Recordsのクリエイティブチェアマンに就任したり、ハリウッド界への進出、自身のバスケットボールチームを通じた地域社会への貢献など、その活動は多岐に渡る。ファレル・ウィリアムスとはデビュー以来親交を深めてきたが、ニューアルバム『Bush』でこの最強タッグが再び実現! ポップでカラフルな新しいSnoop Doggの魅力が存分に詰まった、今春一番の注目作だ。
- ファレル・ウィリアムス
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シンガー、ソングライター、プロデューサーとしてはもちろん、ファッション / カルチャーアイコンとしても世界にその名を知らしめる、スーパーマルチアーティスト。プロデューサーユニット「The Neptunes」のメンバーとして10代の頃からプロデュース業に関わり、2001年に自身がプロデュースしたブリトニー・スピアーズのシングル“I'm a Slave 4 U”が、初のチャート1位を獲得。2013年には、同年最大のヒット曲となったDaft Punk“Get Lucky”とロビン・シック“Blurred Lines”の両楽曲ほか、全米アルバムチャート1位を獲得したビヨンセ、Jay-Z、マイリー・サイラス等の楽曲も手掛け、『第56回グラミー賞』では「最優秀プロデューサー賞」他、Daft Punkと共に主要2部門(「最優秀レコード賞」「最優秀アルバム賞」)を含む計4冠を獲得(計11冠)。2014年、8年ぶりのソロアルバム『G I R L / ガール』をリリース、ミュージックビデオの試聴回数が6億6千万回を突破したシングル“Happy”は、全米シングルチャート10週連続1位を記録し同年の年間チャート1位に。アメリカだけでなく日本、イギリスでも年間チャート1位を記録し、世界中でハッピー旋風を巻き起こした。『サマーソニック2015』にヘッドライナー出演。
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