およそ6年ぶりとなるアルバム『HIVE1』をリリースしたばかりのタイヨンダイ・ブラクストン。複数の打楽器とエレクトロニクスによって構成された新作は、聴き手の安易な予想と理解を許さない。その楽曲展開に今も興奮し、ライブパフォーマンスに早くから期待を膨らませてきた方もきっと多いことだろう。そこで今回はタイヨンダイ本人にメール取材を敢行。『HIVE1』の制作にまつわる話と、きたるべき来日公演について本人に伺いつつ、タイヨンダイ・ブラクストンという音楽家のキャリアを改めて振り返ってみた。まだ作品を聴いていないという方も、ぜひこの機会に『HIVE1』の躍動するリズムとノイズを体感してほしい。
「これは深いリスニング体験を求める人向けの作品なんだ。エキサイティングな感覚を楽しんでもらえたら嬉しいね」
「リスニング体験というものは、真剣に取り組むべきものだと思うんだ。そう取り組むことは誰でも可能なはずだし、少なくとも僕自身はみずからのすべてを捧げて行うことだと思っているよ」
5月某日。作り手のこうした意向が作品から伝わったのか、都内ではタイヨンダイ・ブラクストン『HIVE1』のハイレゾ試聴会が開催された。この作品が世に放たれてからすでに半月ほど経過し、興味があればいつでも音源を購入(あるいは店頭やSoundCloudで試聴も)できる状況でありながら、試聴会は見事に満員御礼。会場に設置されたDYNAUDIO社製のハイエンドスピーカーから放たれる爆音に、ある者は体を揺らし、またある者は宙を見つめながら聴き入っている様子は、そのまま『HIVE1』という作品の特異性を示していたようにも思える。そして作り手であるタイヨンダイ本人も、この作品を「特殊なアルバム」として捉えているという。
タイヨンダイ:これはどんな環境でも流せるような作品ではないよ。それこそ、パーティーを開くときに『HIVE1』は合わないだろうね。つまり、これは深いリスニング体験を求める人向けの作品なんだ。そういう意識でじっくりと聴いてもらえれば、この音楽のなかで起きている様々な物語がきっと浮かび上がってくるはずだよ。そういうエキサイティングな感覚を楽しんでもらえたら嬉しいね。
たしかにこの日の試聴体験は非常に刺激的なものだった。エレクトロニクスと複数の打楽器が調和を避けながら浮き沈みを繰り返す『HIVE1』は、聴き手に対して常に一定の緊張感を与えてくる。この楽曲展開のすごさはもちろんCD音質でも十分に体感できるが、粒子のきめ細やかなハイレゾ音源だと、パーカッションやグリッチノイズが立ち上がってフェードアウトしていくまでの質感も、より鮮明にはっきりと伝わってくるのだ。そしてなによりも一般的な家庭環境ではありえないレベルの大音量で聴けるのは、なかなか得難い体験だった。一定のボリュームを超えると聴こえ方が劇的に変わる。『HIVE1』はそんな作品だと感じた。
タイヨンダイ:その通り! 「『HIVE1』は想像できるすべての設定に適したアルバムです」と言ってみたい気持ちもあるけど、実際はそうじゃないんだ。ヘッドホンでもステレオでもいいから、大音量で聴いた方が絶対に楽しめると思う。このアルバムに録音された音とその音質は、非常に濃いものだからね。でも、例えばそれをノートパソコンのスピーカーで再生すると、単純なアイデアとその下に響くパーカッションの音しか聴こえてこないから、どうしても薄っぺらく感じてしまう。あるいは夕飯の支度をしているときなんかに、音量を絞って『HIVE1』をかけても、この作品の要には届かないだろうね。
その『HIVE1』を作った彼自身も、音楽と向き合うための特別なリスニング環境を用意しているという。
タイヨンダイ:実際、僕も大音量で音楽を聴いてるよ。僕の家には最高のステレオがあるから、どんな種類の音楽もかなりの大音量でかけるんだ。ベースを練習するときなんかもそう。素晴らしい性能のスピーカーを使って、いつも爆音で演奏してる。大音量で音楽を聴くと、音の中に自分が存在しているように感じられるし、そこに身を委ねているような気持ちになれるんだ。それが自分の出した音であろうと、他人の出した音であろうとね。
タイヨンダイの音楽に対する「果敢な挑戦」への目覚め
彼のこうした音楽観には、必然的にその生い立ちも関わってくる。フリージャズ界の重鎮、アンソニー・ブラクストンの息子として生まれ、幼い頃から音楽に囲まれていたというタイヨンダイにとって、あまりにも偉大な父からの影響は免れようもなかったのだ。若き日のタイヨンダイはそれに反発してパンクやヒップホップにのめり込むものの、その音楽的形式を理解していくにつれ、その関心を徐々にまたクラシックや電子音楽へと傾けていく。その萌芽は彼が2002年にリリースした初のソロアルバム『History That Has No Effect』にも見出すことができるだろう。不協和な電子音が延々と続くこの作品には、「現代音楽の作曲方法をエレクトロニクスのフォーマットで鳴らす」という果敢な挑戦が収められている。そう、『HIVE1』にいたる彼の実験は、すでにここから始まっていたのだ。
ロックバンド・BATTLES在籍中の頃も抱いていた、オーケストラ音楽への愛
タイヨンダイはBATTLESというバンドの元メンバーとしても広く知られているが、将来的にそのキャリアを俯瞰したとき、彼がBATTLESを通して2000年代オルタナティブミュージックの覇者となったことは、少し浮いて映るのかもしれない。2009年のソロ作『Central Market』で、タイヨンダイはRADIOHEADのジョニー・グリーンウッドが共演したことでも知られるニューヨークの交響楽団「WORDLESS MUSIC ORCHESTRA」を起用。イーゴリ・ストラヴィンスキー作曲のバレエ音楽『ペトルーシュカ』『春の祭典』を思わせる壮大なオーケストレーションを展開するこの作品は、まだBATTLES在籍中でありながら、彼の進もうとしている道がすでにBATTLESとは別にあることを十分に匂わせていたのだ。
その後も数多くの交響楽団と共演を重ね、ミニマルミュージックの第一人者であるフィリップ・グラスとのコラボレーションも果たすなど、現代音楽家としての評価を着々と高めていくタイヨンダイ。そんな彼は『Central Market』以降もしばらく20世紀初頭のロマン派音楽に没頭していたという。そうなると、おそらく次のアルバムもオーケストラ音楽をさらに追求したものになるのではないか。およそ6年ぶりとなる新作の内容をそう予想された方も少なくなかったと思う。しかし、実際に届けられたニューアルバム『HIVE1』から聴こえてきたのは、管弦楽を配したオーケストレーションではなく、複数の打楽器がエレクトロニクスと共に打ち鳴らされる、じつにミニマルなものだった。新作がこうした方向性へと進んだ経緯について、彼はこう話す。
タイヨンダイ:僕は今でもオーケストラ音楽に強い関心があるし、オーケストラ向けの音楽を作りたいとも思ってる。実際、今回のアルバムにもその考えを適用したかったんだ。でも、最終的にそれはこのアルバムにふさわしい作曲方法でないと気づいた。あえて今回のアルバムにオーケストラ音楽的な仕事があるとすれば、それは楽曲がダイナミックに聴こえるように、あるいは音が変化、進化しているのがわかるように編集してるところかな。そういう構成のやり方に関しては、『Central Market』で学んだことが今回のアルバムにも活かされているよ。
3人のパーカッション演奏者と、2人のシンセサイザー演奏者のために作られた『HIVE』
そもそも『HIVE1』という作品は、マルチメディアのインスタレーションパフォーマンス作品『HIVE』のために書き下ろした楽曲が基になっているのだという。2013年にグッゲンハイム美術館からの依頼で始めたこの『HIVE』というプロジェクトを彼はこう説明する。
タイヨンダイ:『HIVE』の音楽は5人の演奏者のためにあるんだ。3人のパーカッション演奏者と、2人のエレクトロニクス・モジュラーシンセサイザー演奏者。彼らはそれぞれ、デンマーク人の建築家がデザインした巨大な木造のポッド(乗り物)に座って演奏する。僕が制作するような音楽に強いビジュアル要素を持たせるには、一体どうすればよいか。このプロジェクトはそういうことを考える機会にもなったし、実際にそれが実現できたと思う。
一方で、そのグッゲンハイム美術館で実演されたものと『HIVE1』に収録されている楽曲は、必ずしもその内容が一致するわけではなく、むしろほとんど別モノなのだと彼は付け加える。
タイヨンダイ:グッゲンハイム美術館で実演された音楽のほとんどは、アルバムに収録された音楽の化身みたいなもので、『HIVE』で演奏された楽曲中、このアルバムに残ったのは“Scout1”だけなんだ。しかも、この曲でさえかなり変化しているしね。というのも、グッゲンハイムでのパフォーマンスを行う時点で、「パーカッションとエレクトロニクスのための楽曲を書いたら一体どうなるか」というアイデア自体はすでにあったんだけど、今にしてみれば、それはまだ氷山の一角にすぎなかったんだよ。制作に関する理解を深めていくためには、そこからさらに数年かかったんだ。
メロディーはない。「演奏中に聴こえてくる様々なパターンの存在を認める」という聴き方
パーカッションとエレクトロニクスのための楽曲を書く。彼のこうしたアイデアの影響源となったのが、1931年にエドガー・ヴァレーズが13人の打楽器奏者のために書いた“Ionisation”だった。タイヨンダイはその打楽器を軸とした作曲術にエレクトロクスの手法を組み合わせた、まったく新しいアンサンブルの形を追求していく。
タイヨンダイ:“Ionisation”はピッチのない素材で構成されているのにも関わらず、今までとは違ったリスニング体験ができる非常に刺激的な作品なんだ。つまり、メロディーを聴くのではなく、音楽を聴くための伝統的な要素を追い求めるのでもなく、「ただ音の集合体を楽しみ、演奏中に聴こえてくる様々なパターンの存在を認める」という聴き方だね。このアルバムを作りながら、僕はそういう聴き方を意識していたんだ。
理解の域を超えた楽器が与えるインスピレーション
『HIVE1』では、ベースドラム、スネアドラム、ウッドブロック、タンバリン、スレイベルといった複数の打楽器に加え、Ableton Live(シーケンサーソフトウェア)やサンプラーも多用されているという。また、作品の節々から聴こえてくる声も、タイヨンダイ本人のものではなく、主にサンプルしたものが使われているようで、「バンドの場合、声という要素は優先的に扱われるけど、この作品ではすべての音を対等に扱うことを強く意識していた」という本人の発言にもあるように、そうしたサンプルボイスも他の楽器と同じく操作可能な音の1つとして扱われている。
そして本作を構成するエレクトロニクスサウンドの重要な部分を担っているのが、前述したモジュラーシンセサイザーだ。カスタムメイドだというこの楽器について、タイヨンダイは少し興奮気味にこう説明する。
タイヨンダイ:この楽器の直観と相容れないところや型破りな性質を、今回はそのまま作品の哲学として応用することにしたんだ。モジュラーシンセサイザーは、作用の仕方がとにかく変わっている。楽器であることは確かなんだけど、音を生み出す仕組みが他の楽器とまったく違うんだ。これは伝統的、あるいは西洋学的な楽器に対する理解の域を超えたところに存在する楽器といってもいいんじゃないかな。楽器が生み出す音から、その音を生み出す過程まで、とにかく独特の楽器なんだよ。
楽曲制作と同時に描いていた、リリースまでのシナリオ
一般的な方法論を超越した演奏形態や作曲術によって制作された『HIVE1』は、あまりにも突飛でエキセントリックな作品にも聴こえてくるが、同時にこの作品からは彼に影響を与えた先達への敬意も感じられる。ちなみに『HIVE1』はアメリカ本国では「Nonesuch Records」からリリースされている。ヤニス・クセナキスやスティーヴ・ライヒといった現代音楽家の作品をいくつも担ってきたこのレーベルと手を組んだことにも、どうやらタイヨンダイが『HIVE1』に込めたアイデアは反映されているようだ。
タイヨンダイ:『HIVE』について構想しながら、同時に僕はこのアルバムを出すまでのシナリオも想像していたんだけど、そこで真っ先に頭に浮かんだのが「Nonesuch Records」だった。エレクトロニックミュージックの愛好家として、僕はこのレーベルが過去50年近くの間にリリースしてきた革新的な音楽のことを考慮しながら、このプロジェクトに取り組んだ。だって、僕は「Nonesuch Records」の大ファンだからね。僕の作品をこのレーベルの歴史に加えてもらえるなんて、本当に素晴らしい機会だったよ。
来日公演は、タイヨンダイひとりが演奏する貴重なライブに
最後にこの『HIVE1』の「1」という数字にも触れておこう。もちろんここにも彼の意図はあるようで、今後『HIVE2』や『HIVE3』が制作される可能性もタイヨンダイは示唆している。『HIVE』シリーズがこれからどんな展開を見せていくのか、早くも期待は膨らむが、なによりも今はこの『HIVE1』という異形の作品と向き合う時間をじっくりと楽しんでいたいとも思う。
さて、その『HIVE1』を携えた彼は、来日公演で一体どんなライブパフォーマンスを披露するのだろうか。その演奏方法からしてまったく予想できないが、そこはやはり彼のことだ。きっと『HIVE1』同様に神秘的な音空間を演出してくれるだろう。
タイヨンダイ:今回は僕ひとりで演奏するよ。モジュラーシンセとエフェクトをいくつか使うつもり。もちろんアルバムの曲もたくさんやるけれど、新作も披露する予定だから、ぜひ楽しみにしていてほしい。
- リリース情報
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- タイヨンダイ・ブラクストン
『HIVE1』日本盤(CD) -
2015年5月13日(水)発売
価格:2,160円(税込)
NONESUCH RECORDS / BEAT RECORDS / BRC-4691. Gracka
2. Boids
3. Outpost
4. Studio Mariacha
5. Amlochley
6. Galaveda
7. K2
8. Scout1
9. Phono Pastoral(ボーナストラック)
- タイヨンダイ・ブラクストン
- イベント情報
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- 『タイヨンダイ・ブラクストン来日公演』
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2015年7月1日(水)OPEN 19:00 / START 20:00
会場:大阪府 CONPASS2015年7月2日(木)OPEN 19:00 / START 20:00
会場:東京都 恵比寿 LIQUIDROOM
出演:
TYONDAI BRAXTON
with UKAWA NAOHIRO + DOMMUNE VIDEO SYNDICATE = REALROCKDESIGN + HEART BOMB
Materials by TAKASHI ITO
EYヨ(DJ SET)料金:各公演 前売5,400円(ドリンク別)
- 『The Art of Listening LIVE! #1 Special Lecture TYONDAI BRAXTON』
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2015年7月3日(金)OPEN 19:30 START 20:00
会場:東京都 西麻布 KREI Salon
出演:TYONDAI BRAXTON
聞き手:篠崎賢太郎(『Sound & Recording Magazine』編集長)
料金:5,000円(税込)
- プロフィール
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- TYONDAI BRAXTON (たいよんだい ぶらくすとん)
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ワシントンポスト紙に「この10年で最も評価されている実験音楽家」と賞賛されたタイヨンダイ・ブラクストンは、自身の名前で、そして他者との共演で、あるいは様々なグループ名で1990年代半ばより作曲や演奏活動を行ってきた。彼はかつてエクスペリメンタルロックバンド、バトルスに参加し、そのデビューアルバム『Mirrored』は高い支持を得て多くの人々に影響を与えた。2010年にバトルスを離脱して以来、ブラクストンはインスタレーション・パフォーマンス『HIVE』の音楽制作を中心に据えてきた。2013年3月には、ニューヨークのグッゲンハイム美術館にて『HIVE』の新作のワールドプレミアを行った。2015年5月に、6年振りの待望のニューアルバム『HIVE1』をリリース。
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