何かをどうしようもないぐらい好きになり、いてもたってもいられない衝動を覚えた経験が、誰の中にもあるのではないか。『私たちのハァハァ』は、ロックバンド「クリープハイプ」のファンである女子高生4人が、同バンドのライブのために自転車で北九州から東京を目指す青春ロードムービーである。主人公に「Vine 女子高生」として注目を集める大関れいか、シンガーソングライターの井上苑子など、ほぼ演技未経験の現役女子高生が名をつらね、初期衝動のままに一夏を走り抜ける。
そして本作への出演も果たし、作品が完成する上でのキーパーソンとなっているのが池松壮亮。ともに『私たちのハァハァ』の出発地である福岡県出身、仕事上でもプライベート上でも深い交流のある二人。映画監督と役者という異なる場所から見えている現在の景色、池松壮亮による松居大悟の作品論、両者とも交流のあるクリープハイプ・尾崎世界観の話などなど。腹を割って大いに語り合った。
『リリオム』は舞台だったから、そんなにたくさんの人には観てもらってないんだけど、あそこから池松くんの仕事の仕方が変わってきたのにって思うとちょっと悔しいんです(笑)。(松居)
―ともに福岡出身のお二人ですが、親しく交流するようになったきっかけから聞かせてください。
松居:最初に会ったのは、2010年のNHK-FM でやったラジオドラマ『相方のあり方』ですね。
池松:そんなに前かぁ。僕が18歳のとき、東京に引っ越してきてすぐの頃ですね。
松居:博多弁で台本を書いたんですけど、それをさらに池松くんが強い博多弁にして演じたんですよ。あのときは全然話さなかったね。
池松:だって、リハーサルと本番で2日間だけだったから。
松居:あと、死ぬほどオシャレだった……。
池松:なんかツナギみたいなの着ていた覚えがあります(笑)。その次が、『リリオム』(2012年、青山円形劇場 / 脚色・演出:松居大悟)で一緒にやったんですよね。
松居:なんだかんだで、こうしてちゃんと話すようになったのは『リリオム』からだね。あの作品の前後くらいで、池松くんの仕事の仕方が変わったよね?
池松:そうかなぁ。まぁ、来る仕事は変わってきたかもしれないですね。
松居:暴力をふるうシーンだったり、ベッドシーンだったり(笑)。だから、今の活躍ぶりは嬉しいんだけど、ちょっと悔しい気持ちもあって。『リリオム』は舞台だったから、そんなにたくさんの人には観てもらってないんだけど、あそこから池松くんは変わってきたのにって(笑)。
池松:(笑)。でも、今でも言われることありますよ。もう一度『リリオム』が観たいって。あのとき、松居さんいくつでした?
松居:26歳かな。自分の劇団(ゴジゲン)以外で作品性の強い商業舞台をやったのはあれが初めてだったから、ホントに大変だった。ちょうどその年の頭にクリープハイプがメジャーデビューするというので、ミュージックビデオもやり始めて。だから、今思えば『リリオム』の頃がターニングポイントだったんだなって。
池松:僕もその頃がターニングポイントでしたよ。
松居:その言葉が欲しかった!
池松:(笑)。でも、最初の頃はずっとお互いを牽制し合ってましたよね。
松居:今も普段は普通に喋ってるけど、やっぱり大事なことは言わなかったりするよね?
池松:え? 大事なことって?
松居:この間も、一緒にお茶してたのに、誕生日だってこと言わなかった。後から知ってショックだったよ(笑)。
池松:あれは誕生日の前日だったから(笑)。それに、そんなこと言っても仕方ないじゃない? 言ったら奢ってくれた?
松居:「おめでとう」って祝ってあげたのに。
池松:(苦笑)。
22や23歳くらいのときはかなり焦ってたけど、「もういいかなぁ」って。最近は、自分はもう役者しかできないんだと腹を括っているところがあるんです。(池松)
―本当に普段から頻繁に会っているんですね。
池松:ちょくちょく会っていますね。
松居:多分、僕にとって、仕事以外で一番よく会っている人が池松くん。一緒にやる作品じゃなくても、いろいろ相談にのってもらうし、映画を観に行ったりもするし。
―学年でいうと池松さんが5つ下ですよね? そう考えると、結構な後輩感があると思うんですけど。
松居:自分のほうが結構な先輩のはずなんだけど、あらゆる局面において彼の指示を仰ぐケースが多いですね。逆に池松くんがお兄ちゃん的な存在というか(笑)。
池松:(笑)。一緒にいると楽なんですよ。お互い監督と役者で立場も違うし。そこは松居さんも同じなんじゃないかな。
松居:自分が抱えてる悩みって、なかなか他の人には理解されにくいものだったり、人によっては嫌味に思われたりするようなものかもしれないんですけど、池松くんだと素直に話せるんですよ。彼に話すことで、頭の中が整理されてくるというか、彼がボソっと言い返してくる「これってそういうことなんじゃないの?」という意見が、自分の深層心理を突いてくれるというか。だから、だいたい自分のほうが話してますね。彼はあまり自分の話をしない(笑)。で、25歳になったんだよね?
池松:そう。
―20代も後半に突入して、仕事に対する姿勢が変わってきたところはありますか?
池松:以前と比べて、あんまり焦らなくなりました。22や23歳くらいのときはかなり焦ってたけど、「もういいかなぁ」って。もうちょいのんびりやろうかなって。
松居:そうなんだ。何でそう思ったの?
池松:もともと福岡にいた頃は子役をやりながら、高校時代まで本格的に野球をやっていたんですよね。でも野球に携わる夢を諦めて、映画のために上京して数年経って。最近は、自分はもう役者しかできないんだと腹を括っているところがあるんです。松居さんが25の頃はどうでしたか?
松居:『アフロ田中』で初めて映画を撮ってた時期ですね。うーん、自分が最強になった気分というか、世界が変わるんじゃないかって思ってた(笑)。でも、26になった頃に「あんまり世界って変わらないな」と気づいて(笑)、そして尾崎(世界観)くんとか池松くんとかと出会った。その頃から、自分が信じられる人と一緒に、自分が信じられる作品を作っていこう、自分にできることを一つひとつやっていこうと思うようになりました。そうやって腑に落ちてから、僕もあまり焦らなくなった。でも、尾崎くんは今もメッチャガツガツしてるよね(笑)。
池松:ずーっとしてるね(笑)。
松居:説教とかされるもん。
「あぁ、全員の気持ちがわかるなぁ。全員かわいいなぁ」って、そう思わせてくれるところがこの作品のいいところだと思うんですよ。(池松)
―クリープハイプの尾崎さんを含めて、三人はプライベートでも仕事でも交流があるわけですが、それぞれ監督、役者、ミュージシャンとジャンルは違いつつ、それぞれの作品を観たり聴いたりしているわけですよね。そういうとき、どのように感想を言い合ったりするのかに興味があるんですけど。
松居:池松くんから作品の感想をちゃんと聞いたのは今回の『私たちのハァハァ』が初めてなんですよ。僕も彼の映画や舞台は必ず観ていますけど、これまで、あまり感想を言い合うようなことはなくて。
池松:言わないですね。
松居:尾崎くんとも、基本的にそういうことはあまり話さない。もちろんお互いの作品は意識していると思うけど。
池松:まぁ、三人の性格上、誰かが「あ、終わったな」と感じたら、スッと離れていくだけの話だと思うから。関係が続いているということは、お互いを認め合っているからだろうし。逆に、身内だからこそ厳しい目で見るってことはあると思いますしね。
―そう考えると、普段は表には出さないとしても、その根底では、とても緊張感のある関係なのかもしれないですね。
松居:それに、冷静に判断できないから言わないっていうのもあって。もちろん、友達バイアスみたいなものは抜きに作品を観たり聴いたりしているつもりですけど、それは良くも悪くも絶対影響してきてしまうものでもあるわけだから。正直、特にクリープハイプの作品については、その背景にある尾崎くんの気持ちを勝手に想像しちゃうから、もう客観的に聴けなかったりもします。
―でも、きっとそこには、それぞれ「アイツに恥ずかしくないようなものを作りたい」という思いがあるんでしょうね。
池松:あぁ、そうですね。
松居:それはメッチャあります。
―本作『私たちのハァハァ』に出てくる4人の女の子は、ムードメーカー的存在のさっつん(大関れいか)、思い込みの激しい文子(三浦透子)、すべてを達観しているような一ノ瀬(井上苑子)、実は周りに合わせているだけのチエ(真山朔)と、ちょっと乱暴に分けてしまうと4つのタイプに分かれると思うんですね。松居さんと池松さんは、自分がどのタイプに一番近いと思いましたか?
『私たちのハァハァ』 ©2015「私たちのハァハァ」製作委員会
松居:うーん……。高校生のときはわりとチエっぽいところがあったけど、今は時と場合によって使い分けているような気がするなぁ。
池松:松居さんの中には、4人全員がいると思いますよ。
松居:そっか。うん。そうだね。
『私たちのハァハァ』 ©2015「私たちのハァハァ」製作委員会
池松:僕も、4人全員の気持ちがよくわかるんですよ。これは作品を観た後に松居さんにも伝えたことなんだけど、物語で4人の主要キャラクターを描くってことになると、どうしても「この子はこう」って、登場人物の性格を描き分けていくやり方をしたくなると思うんですね。キャラクターを作るっていうのはそういうことだから。でも、そうじゃなくて、4人を演じた女の子たちが自分の中に持っているものを全部出させて、それによって4人のキャラクターが単純なベクトルに向かっていかない。「あぁ、全員の気持ちがわかるなぁ。全員かわいいなぁ」って、そう思わせてくれるところがこの作品のいいところだと思うんですよ。
自分の信頼できる仲間と仕事をすることが正しいって思ってきたけど、正しさはそれだけじゃないなって。(松居)
―キャラクターを描き分けすぎないというのは、当初から念頭にあったことなんですか?
松居:脚本の時点ではかなりキャラクターを描き分けていたんです。でも、4人がそれぞれのキャラクターに命を注ぎ込んでくれた時点で、これは僕らが作った話をはるかに超えて、彼女たちの話になったから、彼女たちの内側から出てくるものを活かそうと思いました。なので、脚本からかなり性格が変わっていったキャラクターもいたんだけど、「これが彼女たちの本当の姿なんだなぁ」と。
『私たちのハァハァ』 ©2015「私たちのハァハァ」製作委員会
池松:いや、でも本当に久々にいいものを観たなって思いました。ここまでの映画を作った以上、松居さんはもう青春映画はしばらくやらないほうがいいと思う。松居さんはずーっと登場人物に寄り添い続けて、「優しさってなんだ?」ってことを追求し続けてきたように僕は感じてきたんですけど、今回の『私たちのハァハァ』で遂にすべてを肯定するような俯瞰の視線を獲得したような気がしていて。これまでの「優しさってなんだ?」っていう追求には、多分、その原動力として欲望のようなものがあったと思うんですね。でも、それが欲望ではなくて愛情に変わってきたのなって。
松居:今の嬉しい言葉をね、今回、作品を観終わった後に池松くんが初めて感想として言ってくれたんですよ。
池松:以前の作品のタイトルみたいだけど、これまでずっと自分のことばかりで目一杯で、そこに共感してくれていた人がいたのが松居さんの作品だったと思うんですよ。でも、今回はそれだけではない部分を見せてもらえたというか。女子高生たちが主人公というと間口が狭いように思われるかもしれないけど、実はとても懐が深い、これまでで最も広がりのある作品だと思います。
―信頼する友人からそこまで言われて、松居監督としては、今後何か新しい方向性を模索していこうと思っていますか?
松居:最近、ちょっと考え方が変わってきたんですよ。
池松:どういうこと?
松居:今回の『私たちのハァハァ』のように、自分の中から生まれてきた作品に関しては、池松くんのように、自分がこれまで一緒にやってきた人たちと強い気持ちでもってやっていきたいなと思っているんです。でも、外部から「こういう作品をやってみませんか?」と言われたものに対して、これまではその企画を自分の色に染めていくことばかり考えて、自分の信頼できる人たちで固めて向かっていたけれど、それってあんまりカッコよくないなと思うようになってきて。
池松:結構ディープな話をしますね(笑)。
松居:ずっと劇団をやってきたこともあって、自分の信頼できる仲間と仕事をすることが正しいって思ってきたけど、正しさはそれだけじゃないなって。
池松:確かにね。今って映画監督の仕事も圧倒的に受け仕事が多くなってるじゃない? それって、ある意味、役者と同じってことですよね。
松居:だから、そこにどういうスタンスで向かっていくかっていうのはちゃんと考えなくちゃいけないことで。そこを分けて考えていかないと、自分の中でバランスが取れなくなってきていて。だから、この先、自分が「池松壮亮とやりたい」と言ったときは、相当腹を括っていると思ってもらってもいいです。
池松:まぁ、どちらかがダメになったりしない限り、この先も松居さんとやっていくことはあると思うんですよ。でも、だからこそ半端なかたちじゃなくて、「ここだ!」というところでまた一緒にやりたいですね。
『私たちのハァハァ』 ©2015「私たちのハァハァ」製作委員会
きっと自分には監督だったり、ミュージシャンだったり、ゼロからものを作っていく人に対して、圧倒的な敬意のようなものがあるんですよ。(池松)
―実際に、池松さんは、近年同じ監督の作品に続けて出演されることも多いですよね?
池松:そうですね。続きますね、ここ何年か。
松居:同じ監督からまた頼まれるっていうのは、池松壮亮という役者が、スタッフに近い考え方をしてくれるということじゃないの?
池松:うーん……。自分としては、初めての監督でも、2度目の監督でも、3度目の監督でも、やっていることは変わらないんですけどね。
松居:これは無意識レベルの話だと思うんですけど、役者さんってどうしても、作品の中で「自分がどう見える?」あるいは「自分の役がどう見えるか?」ということを一番に考えるんですよ。でも、池松壮亮はまず「この作品がどうあるべきか?」ということを考えているように思える。
池松:どうなんですかね……。自分の中にはどっちの気持ちもあるし、どっちでも勝ちたいと思ってますけどね。他の役者がどうなのかっていうのもわからないし、自分も意識的にそうやって取り組んでいるわけじゃないから。
松居:でも、役者同士で話したりしていて、そこで他の人の考え方をあんまり共有できなかったりしない?
池松:だから役者の友達がいないのか(笑)。でも、今松居さんが言っていることがその通りだとして、それが役者にとって本当にいいことなのかどうかってことは、わからないじゃないですか。
松居:まぁ、そうかもしれないね。
池松:でも、きっと自分には監督だったり、ミュージシャンだったり、ゼロからものを作っていく人に対して、圧倒的な敬意のようなものがあるんですよ。さっきの松居さんの話で言うなら、役者の仕事って完全に受け仕事だから。
松居:それは羨ましいってこと?
池松:羨ましいわけじゃないけど、「僕にはできないよな」って。
松居:そういえば、前にクリープハイプのライブを一緒に観に行った帰りにも同じことを言ってたよね。そのときは、なんか珍しく自分の柔らかい部分を出してきたなと思ったけど(笑)。
池松:(笑)。だって、それはやっぱり思いますよ。松居さんは自分の言葉で映画を作ってるし、尾崎さんは自分の言葉で歌ってるわけじゃない? でも、自分の仕事は人が書いた歌詞を歌うようなものだから。もちろん、そこに多少の思いも込めて言葉を発していくわけだけど。だとしたら、普段からアンテナ張ってさ、自分が信じられる人たちと仕事をしていくしかないかなって思いますよ。そうやって、いろんなものが繋がってきたところに、今の自分がいるんじゃないかな。
- 作品情報
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- 『私たちのハァハァ』
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2015年9月12日(土)からテアトル新宿ほか全国公開
監督:松居大悟
主題歌:クリープハイプ“わすれもの”
音楽:クリープハイプ
出演:
井上苑子
大関れいか
真山朔
三浦透子
クリープハイプ
武田杏香
中村映里子
池松壮亮
配給:SPOTTED PRODUCTIONS
- プロフィール
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- 松居大悟 (まつい だいご)
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1985年生まれ、福岡県出身。劇団ゴジゲン主宰。09年、NHK『ふたつのスピカ』で同局最年少のドラマ脚本家デビュー。12年2月、『アフロ田中』で長編映画初監督。以降、クリープハイプのミュージックビデオから生まれた異色作『自分の事ばかりで情けなくなるよ』(第26回東京国際映画祭正式出品)や、青春剃毛映画『スイートプールサイド』など枠にとらわれない作品を発表し続け、ゴスロリ少女と時代を象徴する音楽で描いた絶対少女ムービー『ワンダフルワールドエンド』は第65回ベルリン国際映画祭ジェネレーション部門に正式出品。今作『私たちのハァハァ』は、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2015で2冠に輝いた。
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- 池松壮亮(いけまつ そうすけ)
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1990年生まれ、福岡県出身。03年、映画初出演となった『ラストサムライ』で注目を集め、『第30回サターン賞』で若手俳優賞を受賞。以降、映画『ぼくたちの家族』、NHK大河ドラマ『風林火山』、舞台など話題作品で活躍。2014年、映画『ぼくたちの家族』や『紙の月』などの演技が評価されブルーリボン賞やキネマ旬報ベスト・テンなど日本の主要映画賞で4つの助演男優賞を受賞。ドラマ『MOZU』シリーズでは双子の殺し屋の役を一人二役で演じ激しいアクションにも挑戦。第39回エランドール賞新人賞も受賞。
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