ヒップホップやR&Bをはじめとするクラブミュージック由来のサウンドを生音で構築する5人組バンド、CICADA。完璧主義とも言えるようなイズムがうかがえる過不足のないストイックなサウンドプロダクションの一方で、ボーカリストの城戸あき子の声質もあいまって、その歌はJ-POPにも通じるポピュラティーをはらんでいる。
今年2月にリリースした初の全国流通盤『BED ROOM』であきらかになったCICADAの音楽像は、1990年代から2000年代初頭にかけて勃興し、ポピュラーミュージックとしても位置づけられたドメスティックR&Bと、黒いグルーヴに意識的な近年の音楽シーンの潮流を橋渡しするような趣がある。今回、枚数限定でリリースする7インチアナログ盤『stand alone』には、ドラムンベースに列なる人力ビートをフィーチャーした表題曲と、城戸がしなやかなフロウのラップを披露する“back to”の2曲を収録。
若林ともと及川創介という二人のソングライターは、インタビュー中も絶え間なく互いに悪態をつくほど明確なライバル関係にあり、その有り様からも妥協を許さない姿勢の一端が垣間見えて興味深かった。若林は臆面もなく「売れたい、売れないと意味がない」とも言う。そんなCICADAのバンド哲学を、若林と及川、城戸の三人に聞いた。
制作中は特に(若林とは)バチバチですね。基本的にお互い自分のほうが上だと思ってるので。(及川)
―若林さんがmixiでメンバー募集したのがCICADAの始まりなんですよね。
若林(Gt,Key):そうですね。「トリップホップが好きで、Massive Attackみたいなバンドをやりたいです。ギター、鍵盤以外のメンバーを募集」って載せて。僕はもともとX JAPANが好きで、ブラックミュージックはそこまで聴いてたわけではないんですけど、Massive Attackを聴いて、ブラックミュージックを通過した白人音楽への興味が一気に増したんですよね。
―CICADAはヒップホップやR&Bの要素も内包したクラブミュージックを、ストイックなバンドサウンドで再構築してるじゃないですか。それはメンバー同士が音楽的な共通言語を多く持っていないとなかなか難儀なことだと思うんですけど。
若林:最初はそこまで深く考えてなかったから、そういう不安はなかったんですよね。及川とはmixiじゃないところで出会ったんですけど、彼が加入してアレンジを任せるようになってから、サウンドの構築力は上がったと思います。プロ仕様になったというか(笑)。僕は、曲は書けるんですけど、アレンジが全然ダメで。
及川(Key):いや、アレンジもできるんですけど、苦手意識を持ちすぎてるんですよ。
若林:ふっ(冷笑)。
―及川さんとはどういう出会いだったんですか?
若林:彼がライブしてるところを見ていいなと思ったんです。キーボードの装飾的な音を作るのが上手いなって。そのとき彼はヒップホップバンドをやっていたんですね。
及川:生のヒップホップバンドをやっていたんですけど、そのバンドの初ライブに若林とベースの木村(朝教)が来て。「君、いいね」っていきなり言われたんですよ。そこからバチバチの二人(若林と及川)の関係が始まったという感じです(笑)。
―この二人は常にバチバチなんですか?
及川:制作中は特にバチバチですね。基本的にお互い自分のほうが上だと思ってるので。
―たとえばそれはどういう部分において?
若林:僕は作詞作曲の能力ですね。
及川:まあ、俺も作詞作曲なんですけど。
一同:(笑)。
―でも、若林さんはアレンジ能力においては及川さんを完全に認めてるんですよね?
若林:アレンジにおいては信頼してますけど、作詞作曲に関しては僕自身のことを100%信じてます。
僕はとにかく音楽で飯を食いたいんです。アンダーグラウンドではなく、オーバーグラウンドな存在になりたい。(若林)
―ボーカリストは、100人くらいオーディションした中から城戸さんを選んだとか。
若林:男女問わず100人から150人くらいかな? 初対面で、カラオケに1時間入って、好きな曲を歌ってもらうということを3、4年かけてやりました。いろんな人に会いましたね。池袋の日サロでバイトしてるギャルとかもいましたし(笑)。
―3、4年ですか! それだけの年月をかけてボーカリストを探すって、かなりの執念ですよね。
若林:ボーカルは何がなんでも自分が納得する人を探してたので。その間に個人的な音楽の趣味も少しずつ変わっていって、やりたいことがどんどん明確になっていったので、結果オーライかなと。
―若林さんはどういう歌声を求めてたんですか?
若林:UAさんみたいな歌声が好きで。それとは別に柔らかい声の人も気になってたし。男性でたとえるなら、チバユウスケさんやベンジーさんみたいな絶対的な声を持ってる人がいいなと思ってました。
―城戸さんの決め手は?
若林:アーティスティックすぎずポップすぎず。60点くらいの感じがちょうどいいなと思って。
―すごい言い様ですね(笑)。
及川:とにかくこの人はいつも上から目線なんですよ(笑)。
―60点って言うけど、完全に納得するボーカリストを探してたわけでしょう?
若林:アーティスティックな面で100点を出せる人が好みではあるんですけど、ポップな部分もないと音楽で飯は食えないと思ったので。僕はとにかく音楽で飯を食いたいんです。アンダーグラウンドではなく、オーバーグラウンドな存在になりたい。彼女はアーティスティックな面も、ポップな面も、どちらにおいても60点を出せる、バランスのいい人だと思ったんですよね。
城戸(Vo):これも結果オーライですね(笑)。
就活が始まるタイミングに、リクルートスーツを引き取った帰りの車の中で、「お父さん、やっぱり私は音楽をやりたい」と言って。(城戸)
―城戸さんも、「音楽で飯を食っていく」という意識は、オーディションを受ける前からあったんですか?
城戸:もともとは趣味でコピーバンドや弾き語りをしていて、音楽で食べていこうとは思ってなくて。意識が変わったのは、大学3年のときですね。就活が始まるタイミングで父にリクルートスーツを買ってもらったんですけど、オーダーしていたスーツを引き取った帰りの車の中で、「お父さん、やっぱり私は音楽をやりたい」と言って。
―お父さん、呆然としなかったですか?
城戸:してましたね(笑)。でもそのときにその気持ちを確信してしまったんですよ。そこから本気でやれるバンドを探して、(若林)ともさんに出会いました。
―城戸さんの音楽的な好みと若林さんがmixiに載せてる音楽性はジャストにハマる感じではなかったと思うんですけど、そのあたりはどうだったんですか?
城戸:確かにMassive AttackやPortisheadのことは全然知らなかったんです。でも、ともさんが作ったトラックを聴いたときに、これを自分が歌ったらよくなりそうだなと思ったんですよ。
―城戸さんの声質は黒い成分が全くと言っていいほどないですよね。どちらかと言えば、J-POP的なサウンドにフィットする声だと思う。そのうえでそこはかとない色気や憂い、渇きを帯びていて。その声がミニマルかつストイックに乗ることでCICADAのクセになる違和感を生んでると思うんですけど。
若林:その違和感がまさに僕が彼女の声をいいと思った、アーティスティックさとポップさのバランスだと思うんですよね。
城戸:歌ってるときは、大人の女性であるように意識してますね。普段の私は、子どもっぽいし落ち着きがなくて、みんなにいろいろ言われると「ああもう!」ってすぐなってしまう性格なんですけど(笑)。
―それは意外だな。若林さんが城戸さんに対して、ボーカルディレクションを細かくしてるんですか?
城戸:バンドに入って最初の頃は、ともさんが思い描くボーカルをかなり細かくディレクションされてました。でも、最近はけっこう任せてくれますね。
若林:最初のほうにかなり細かくやったので、最近はもう任せても大丈夫かなと。大雑把なリクエストはしますけどね。「緩く、優しく歌って」とか。
人肌の温度は歌声だけでよくて、サウンドは冷たければ冷たいほどかっこいいと感じるんですよね。(若林)
―及川さんが入ったことによってCICADAのサウンドの構築力が上がったと、先ほど若林さんがおっしゃってましたが、及川さんは加入前のCICADAの音を聴いてどんな印象を受けたんですか?
及川:素直にかっこいいと思いましたよ。自分には作れない音楽を鳴らしてるバンドだなと。低音のミニマル感にポップさもあって。ヒップホップの要素もあるけど、J-POPも入ってるみたいな。まあ、でも俺が入る前はそこまでちゃんとできてなかった。当時のライブは全然よくなかったし。
―厳しいですね(笑)。
及川:でも、音源はよかったんです。僕が最初に聴いたのは“Eclectic”という曲なんですけど、それは若林のアレンジも含めてめちゃくちゃよくて。未来が見えるバンドだなと思いました。
―かつ自分が入ったらもっとよくなるという予感もあったと。
及川:もっとよくなると思いましたね。俺からすると、当時はドラム(櫃田良輔)が全然よくなかったんですよね。グルーヴを知らなくて、奇抜なことをやればいいというような思惑が見えて。僕はもともとドラマーで、一番好きな楽器はドラムだから、それがすごく気になったんです。あと、友だちの父親が林立夫さん(ティン・パン・アレーのメンバー。大瀧詠一『A LONG VACATION』や細野晴臣『HOSONO HOUSE』などにもドラムとして参加)なんですよ。
―へえ!
及川:あの人はまさにグルーヴのあるドラムを叩く人じゃないですか。そういう面をCICADAのドラムにもシェアしていって。そこから彼がいろんなドラマーをどんどん掘っていくようになって、いい方向にスタイルが変わっていったんですよね。
―確かにこの音楽性はリズム隊が絶対的な肝になりますよね。
及川:そうですね。だから最初は、ドラムとベースのグルーヴが出てないのがもったいないなと思ってたんです。
―生音へのこだわりも最初からだったんですか?
若林:いや……。
城戸:最初は同期も使ってたんです。でも、あるときから全部生でやろうってなって。
及川:そう、最初は若林から「同期音を作ってほしい」って言われてたんですよ。でも、僕はそれが嫌で。クリックを聴いてライブをするかっこいい音楽もあると思うんですけど、CICADAはそうじゃないなって。
城戸:同期をやめてからCICADAはすごく変わったと思います。
―ストイックにならざるを得ないし。
及川:そうですね。いい方向に変わったと思います。
若林:僕は基本的に無機質な音が好きなので、そのときは同期をやりたくて。今は同期なしでもかっこいいサウンドになってると思うんですけど。
及川:俺と若林は同期を使うかどうかでもバチバチだったんですよ。この人は「無機質」とか「余白」に対してすごくこだわりがあって。音でもアートワークとかのデザインでも、そこばかり意識してるんです。僕も常に引き算を意識してるんですけど、若林の美的感覚とはちょっと違うんですよね。
―及川さんの「無機質」や「余白」にこだわる理由というのは、受け手の想像力を掻き立てたいみたいな?
若林:そういうことではないんですけど……基本的にサウンドにはあまり温度はいらないと思ってるんです。人肌の温度は歌声だけでよくて、サウンドは冷たければ冷たいほどかっこいいと感じるんですよね。
いい加減な姿勢でライブを組むと、音自体もいい加減に聴こえてしまう。テキトーにやってるところは100%バレるんですよね。(及川)
―若林さんと及川さんの二人がバチバチやってるからこそ、CICADAのストイックさや緊張感が維持されてるんですね。
及川:僕は今29歳なんですけど、ずっとバンドをやってきて、いい加減な姿勢でライブを組むと、音自体もいい加減に聴こえてしまうことがわかっているので。テキトーにやってるところは100%バレるんですよね。演奏してるときの表情でも音でも。CICADAはテキトーなところを排除したほうがどんどんよくなると思うから、そこを徹底したいと思ってますね。そういう部分ではピリッとした意識を持ってやってるバンドだと思います。
―そのあたり若林さんはどうですか?
若林:僕はけっこうピリッとしない派なんですけどね(笑)。作曲においては強いこだわりを持ってますけど、演奏面では僕はなんでもない人間なので。グルーヴ云々もよくわかってないし。そこはメンバーに任せています。
―でも、グルーヴありきの音楽をやりたいと思ってこのバンドを立ち上げたんじゃないんですか?
若林:個人的にはそういうこともよくわからず曲だけを作り続けていたので。ホントに曲作りにしか興味がないんですよね。
―サウンドにおいては自分が想像もしてなかった化け方をしたということですか?
若林:そういうことになりますね。僕にない部分を彼(及川)が埋めてくれたので。まあ、自分がいるバンドは絶対すごくなると思ってましたけど(笑)。
及川:ホントに偉そうだよね(笑)。でも、この二人が一番よく電話してるんですけどね。そういうところはしょっぱいなと(笑)。
―べつにしょっぱくはないと思うけど(笑)。
及川:お互い曲を作るので、俺は曲ができたらまず若林に聴かせるんです。すぐに「いいね」とは言われないんですけど。
―認めたくないんだ?
若林:いや、いい曲もありますけどね。いいときはすぐに「いいね」って言ってますよ。ただ、彼は曲を作るスピードが早い分、小手先で作曲してるときがあるんですよね。
―はっきり言いますね(笑)。及川さん、そう言われてどうですか?
及川:僕が作る曲のよさを理解できてないんでしょうね。音楽をあまり知らない人なので。
―あはははは!
若林:僕はメロディー至上主義なので。絶対に「ここだ」という場所にメロディーを置けないと、曲のすべてが嫌になるんです。
及川:二人のこだわるポイントが違うんですよね。僕にはそういう感覚は全くないんですよ。だから若林より早く曲ができると思うんですけど。
―裏を返せば、タイプの違うソングライターが二人いるのはバンドの強みでしょう。
及川:そうなんですよね。若林の曲にはあんまり手助けしたくないですけどね(笑)。
―二人の共通項は「ポップな歌であれ」ということなんですかね?
若林:それは売れるために必要なことだと思ってますね。ホントはAメロだけで成立するような曲を作りたいんです。Massive Attackの“Teardrop”だったり、電気グルーヴの“虹”だったり、1メロ構成の名曲ってたくさんあるじゃないですか。ああいう曲こそが最高だと思ってます。ただ、大衆に訴えるにはサビの力も必要だと思っていて。
及川:ポップな歌への意識は、確かに共通項だね。
今の世の中は音楽があまり大事にされてない気がする。もっといろんな価値観が受け入れられる世の中になってほしいですね。(若林)
―今回の7インチアナログ盤に収録されている2曲と購入者がダウンロードできる“door”のリアレンジバージョンは、抑制の効いたサウンドプロダクションはそのままに、ライブ感にも富んだバンドのダイナミズムを感じることができます。
及川:まず、アナログを切るという念願が叶ったのは嬉しいです。サウンドにおいては、低音のミニマルな部分だけではライブの空間を支配できないことがわかってきたので、低音のアプローチを活かしながらいかに躍動感を出せるかというのはポイントでしたね。このバンドは4つ打ちを絶対タブーにしているんです。でも、ヒップホップバンドやR&Bバンドになりたいわけでもない。リード曲の“stand alone”は、ジューク系のビート感を意識して、それを生ドラムでやるということにこだわりました。
―リズム隊の負担はさらに増してると思うんですけど(笑)。
若林:リズム隊を見てると地獄絵図のようですね(笑)。
城戸:ドラマーの危機感がすごく強いんですよ。自分が叩けないビートがあると、いつかクビになるんじゃないかという危機感を持っていて。そういうところも含めて、真面目なバンドだなと思います。
―リリースイベントにはtofubeatsがゲスト出演しますけど、彼とはけっこう前から交流があったんですか?
若林:いや、そんなことなくて。2回ライブでご一緒したくらいですね。僕自身、ずっとトーフさん(tofubeats)のファンなので、今回のイベントに出演してもらえるのも光栄です。
及川:トーフさんはライブのクオリティーも高いし、エンターテイメントしてるんですよね。プロだなと思うし、学ぶべきところがホントに多いです。
―若林さんはオーバーグラウンドな存在になりたいとおっしゃってましたが、そのモチベーションの根底には何があるのでしょう?
若林:今の世の中は音楽があまり大事にされてない気がするんですよね。個人的な価値観の押しつけではありますけど、自分の好きな音楽が人に大事されてないのは悲しいから。もっといろんな価値観が受け入れられる世の中になってほしいですね。そのために自分たちはオーバーグラウンドな存在になりたいです。
―自分たちがオーバーグラウンドになるためには、何が鍵を握ると思いますか?
若林:とりあえずいい曲を作り続けることですね。それですべてが解決すると信じてます。
及川:この人、「曲作りには絶対的な自信がある」とか言ってますけど、いい曲が連続でできると不安になるんですって(笑)。
―ホントは心配性っていう(笑)。
若林:ホントは、自分で自分に暗示をかけるんです(笑)。「自分はあたり前のようにいい曲がいっぱいできる」って。
―「言霊」という言葉がありますからね。若林さんいとってのいい音楽とはどういうものですか?
若林:サウンドは先鋭的なんだけど、メロディーは大衆的で偏ってない。その両方を満たしている、自己満足ではない音楽ですね。CICADAはそういう音楽を作り続けたいです。
- リリース情報
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- CICADA
『stand alone』(アナログ7inch) -
2015年11月11日(水)発売
価格:1,296円(税込)
PDCR-005[SIDE-A]
1. stand alone
[SIDE-B]
1. back to
※『stand alone』収録曲と“door(vinyl edit.)”のダウンロードカード封入
- CICADA
- イベント情報
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- 『CICADA 7inch vinyl「stand alone」release party』
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2015年11月4日(水)OPEN 18:00 / START 19:00
会場:東京都 渋谷 WWW
出演:
CICADA
tofubeats
料金:前売3,000円 当日3,500円(共にドリンク別)
- プロフィール
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- CICADA (しけいだ)
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2013年4月現在の編成となり活動を開始。HIPHOP/R&B等のブラックミュージックからtrip hop/エレクトロニカ等のミニマルミュージックをルーツとした死角無しのアンサンブル、Vo.城戸あき子の艶やかで時にキュートな歌声は正にニューポップスのドアを叩く逸材。2015年2月4日に初全国流通盤『BED ROOM』をリリース。HMV「エイチオシ」に選出され全店舗プッシュ、TOKYO-FMを初めとした各地ラジオでのOA等、注目度は高く「新世代都会派ミニマルポップバンド」との呼び声も多い。
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