音階のように、複数の「香り」に構造を与えた「香階」を作ったらどうなるか? そんな突飛なアイデアを、化学者で調香師のセプティマス・ピエスが夢想したのは19世紀半ばのこと。この度、その150年前のアイデアが、音と香りを同時に発する新しい楽器「Perfumery Organ」という形で具現化した。制作に携わったのは「TASKO」。アートユニット「明和電機」から独立した、結成4年目のもの作り集団だ。
視覚や聴覚に比べ、注目を浴びる機会の少ない嗅覚の可能性とは何なのか。また、メディアアートの表現者と過去のアイデア、あるいは現在の社会との間に生まれつつある新しい関係性とはどのようなものなのか。TASKOの「工場長」木村匡孝と、彼とは旧知の仲だというNTTインターコミュニケーション・センター(ICC)の学芸員・畠中実を招き、この新楽器を皮切りに、アートと技術にまつわるさまざまな話を訊いた。
視覚を記憶しようとしてもすぐに忘れるけれど、音や匂いが意外な記憶を引き出すことがあります。(畠中)
―まだ現物を見られていないのですが、今回制作された「Perfumery Organ」とは一体、どんな楽器なのでしょうか?
木村:セプティマス・ピエスという19世紀の化学者・調香師が考案した、「香階」というアイデアをもとにした楽器です。香階というのは音階に香りを対応させたもので、46音階にそれぞれの香りが指定されているんです。たとえば低音にはムスクみたいな動物系の重い香りが、反対に高音には柑橘系で、すぐに消えてしまうような香りが対応している。今回のオルガンは、P&Gさんの「レノアハピネス」という商品の広告のために作ったのですが、先方から「香りを前面に打ち出したい」というお話があったんですね。でも、香りは映像には映らない。何をやろうか考えていたところ、昔のサイエンス誌にピエスが寄稿した調香オルガンの挿絵を見て、これを作ろうと決めました。
―音階と同じように、ある香りと一オクターブ離れた香りの組み合わせは、調和の取れたものになるというのも驚きです。香りと音はどんな仕組みで出しているんですか?
木村:瓶の口を吹くと音が出ますよね、あの仕組みです。鍵盤を叩くと香料の瓶の口を塞いでいた蓋がスライドして、空気を送り、香りと音が出る。リコーダーのような仕組みなんです。普段、香料をたくさん周囲に置いて混ぜ合わせたりはしますが、それで「音楽をやる」というのがピエスのアイデアの面白さだと思います。「いい音楽」が「いい香り」を生むとは限らず、「変な音楽」がそれを生むかもしれない。「香りを出す」という楽器側の特性のほうを基準に音楽を考えなくてはいけないのが新しいと思います。
―少し変わった音色なのは、その音を出す仕組みゆえだったんですね。畠中さんはすでに「Perfumery Organ」をご覧になったそうですが、いかがでしたか?
畠中:いきなり「撮影現場まで見に来てくれ」と電話があって見に行ったのですが(笑)、仕組みとしても非常によくできていて驚きました。香水の瓶の口に空気を吹いて音を出すんですが、音を出す仕組みの部分はきわめてアナログで、瓶の大きさや中の香水の量で音程を調整している。そこはオルガンの構造にも似ていますね。「organ」には「器官 / 臓器」といった意味がありますが、特にオルガンやピアノなどの鍵盤楽器は機械の塊ともいえて、どこか器官との類似性がありますね。ボリス・ヴィアンの小説『うたかたの日々』(1947年)に登場するカクテルを調合するオルガンや、アレクサンドル・スクリャービンが作品を提供した、演奏に伴って色彩を投影する「色光オルガン」のように、過去の小説家や音楽家はそうした楽器の機構に想像力を刺激され、音だけではなく、音と同時に音以外の要素も表現できないかと考えてきた。たとえば、音と色はともにチャート化できるので、その類似もわかりやすいですが、香りも音や色のように体系化できるのか? といった点に興味を覚えましたね。
―ある感覚の入力が別の感覚の出力を生む「共感覚」の実験として面白いですよね。
木村:僕自身、普段の制作中に光や音のことはよく考えますが、嗅覚には無頓着だったんだと気づかされました。匂いで思い出す風景や感覚があるのに、それを無視してきたんです。今回の企画に協力いただいた調香師の吉武利文さんは、最近、戦時中の沖縄の壕の匂いを再現したそうです。香りの面白さは、嫌な香りでも記憶を喚起するところですよね。
畠中:人は視覚的なイメージに頼りすぎているところがあるよね。視覚を記憶しようとしてもすぐに忘れるけれど、音や匂いが意外な記憶を引き出すことがある。海外に行ってもデジカメの撮影で済ませがちだけど、昔、ドナウ川で音だけを録ったことがあるんです。
一同:(笑)。
畠中:いや、すると、ドナウ川の景色がありありと思い出せるんですよ。写真だと切り取られたアングルが記憶を決定づけてしまうけれど、実際の体験はフレーミングなんかされていないわけで。
木村:僕は日々機械を作っているわけですが、音楽のエモーショナルなところが羨ましいなと常々思っていて、「MMI」というロボットバンドを作ったんです。そこで何をやっているかというと、ライブ会場で音楽が人に与える「エモーショナルな感覚」の再現を目指しています。そのときに重要なのは、実は会場にある匂いや熱といった情報でもあって、MMIでも、音以外の情報を発生させようと考えています。視覚以外の感覚による記憶の喚起は本当に鋭くて、畠中さんの勤められているICCのような美術館も「無臭」と言われますが、そんなことはない。僕はかつてICCで死にかけたことがあるんです(笑)。「明和電機」の展覧会の準備で徹夜が続き、本気で「ここで死ぬんじゃないか」と……。今でもICCの匂いを嗅ぐと、その記憶が蘇ります(笑)。
面白い技術のアイデアは過去にたくさんあるので、それを現在の技術で実現できる21世紀って、けっこう良い時代だなと思うんですよ。(木村)
―今回の企画のまた1つの面白さに、歴史上の未完のアイデアを現代の技術で実現している点も挙げられます。聞けば、木村さんはそうしたネタをストックしているそうですね。
木村:紀元前まで遡って、技術のアイデアを集めています。たとえば自動販売機も、紀元前にはすでにあったんですよ。アレクサンドリアのヘロンという人が作った教会の聖水の販売機で、コインを入れると水がちょっと出てくるんです。特に機械技術は、18世紀半ばから20世紀にかけて起こった第一次、第二次産業革命によって完成し切っていて、あとはその応用が多いと思います。
畠中:産業革命の革命性は、ある技術によって、それを使用すれば大量に生産することができるようになるという「規格化」にあったわけですよね。しかしそれで、可能性が狭まることもある。つまり規格化以前は、ある目的のために個人が作った別々の機械が世界中にたくさんあったけれど、社会が効率化を求めていくと、たとえば町の発明家が作った装置は淘汰されてしまう。アタナシウス・キルヒャー(17世紀のドイツ出身の学者)によって紹介された、猫の鳴き声で音楽を奏でる「猫オルガン」という珍楽器があります。そのイマジネーションは、後の「イミュレーター」という楽器で参照され、その楽器のデモンストレーションのために擬似的に実現したりしていますが、その発想は17世紀の人の妄想にあったわけです。
木村:面白い技術のアイデアは、過去にたくさんあるので、それを改めて調べて、現在の技術で実現できる21世紀って、けっこう良い時代だなと思うんですよ。それをやっていれば1世紀ぐらいは食べていけるかなって(笑)。
畠中:たしかに1980年代くらいまでは、技術も芸術も、新しいものが古いものに取って代わる時代だったと思います。でも90年代からは、世紀末感もあったし、「もう新しいものはない」という開き直りも含め、「過去にこれだけのリソースがあるじゃん」という態度の作り手が様々な領域で出てきた感じがありますね。
木村:機械技術の場合、結局は地球上の物理的な制約に縛られるので、どうしてもそんなに新しくはならないんです。かといって、「Perfumery Organ」のように実現せず消えていくアイデアもあるので、それを忘れずに現在の技術で拾い上げる行為は、新しいと同時に重要。僕は技術を使った作品をずっと作ってきたので、過去の技術者への敬意は常に持っていたいんです。
畠中:アイデアと技術の両面から発想できる個人は、実はそんなに多くないと思います。メディアアートの領域でも、アイデアやコンセプト担当と技術担当が分かれていることはよくありますしね。近代以降の芸術は基本的に分業化の道を進みましたが、それ以前はレオナルド・ダ・ヴィンチのように、美術も科学も医学も扱える究極のクリエイター像があった。木村くんのような存在は、その古くて新しいアーティスト像を蘇らせているようで、面白いと思う。
現在のメディアアートは、映像の中にあった世界を本当に目の前に出してくれるところがある。それはリアリティーがあるから人を掴むし、木村くん風に言えば「エモい」んです。(畠中)
―「明和電機」から「TASKO」が生まれた経緯はどんなものだったんですか?
木村:明和電機は、社長の土佐信道さんが雇い主になり、彼のアイデアを工員として働くエンジニアやデザイナーが実現するチーム編成でした。で、あるとき「これ、社長以外のクライアントを入れてもいけるのでは?」と思いまして。そうして生まれた、社長のいない明和電機がTASKOですね。雇い主を入れ替えてもいいじゃないか、と。
―近年、TASKOや、今回のオルガンのもう一組の制作者である「invisible designs lab.」のように、クライアントワークで個性的な活動をされているもの作り集団の台頭が目立つように思うのですが、こうした動きの背景には何があるのでしょうか?
木村:すべてを自分一人でできるのが理想ですが、実際はそうもいかないからチームを組んでいるところはあると思います。すべての案件に対して自分一人で毎回イチから調査し、鍛錬するよりは、人と協働したほうがいい。ただTASKOは、企業も巻き込んだ集団でのもの作りというスタイルが、社会的にもある程度認められてからスタートしたので、その意味ではラッキーだったんです。Rhizomatiksさんなどはこのシステム自体を作った存在で、過渡期に活動をされていたので、大変だったのではないかと思います。
―Rhizomatiksさんの立ち上げが2006年なので、本当にこの数年で一気に盛り上がってきたシーンだと言えそうですね。
木村:こう言っては何ですが、自分の学生時代は、メディアアートって本当に食えないものだったんです。それが、資本力のある広告という世界と結びついて、アーティストもお金を使って作りたいものが作れるようになった。一方、企業は面白いアイデアが手に入るわけで、うまいマッチングだなと思うんです。
畠中:2000年以前くらいまでは、広告などでも映像技術が主流で、CGでもVFXでも、そこですごいこと目立つことをやることが効果的だったんですね。しかし現在のメディアアートでは、映像の中でしか表現できなかったようなことを本当に目の前に出して見せてくれるようなところがある。ライゾマのライブ演出などの仕事は、そうした要素がすごく強いと思います。それは、リアリティーがあるから人を掴むし、木村くん風に言えば「エモい」。invisible design lab.が制作して話題を読んだ広告「森の木琴」(森の中にある巨大な木琴の上を重力で転がる球の音色が駆け巡る、檜の間伐材を利用した携帯電話のプロモーション)のように、映像技術を超えた表現の可能性の広がりが、今の広告とメディアアートの結びつきの背景にはあると思います。
木村:「森の木琴」は時代にも合っていたのかなと思います。みんな、映像表現に飽きてきている部分があるんじゃないかな、と。「森の木琴」のアイデア自体はずっと昔から考え得るものですけど、たとえば80年代に同じことをやっても、これほどの反響を得ていたかはわからない。逆に言うと、現在は僕らのような活動をする人にとっては良い時期です。将来的にはわかりませんが、ものを作るという仕事はなくならないと思うので、試行錯誤していきたいですね。
アーティストが企業やマスを意識する場面があるとしても、それと同じように考えていては仕方ないでしょう。(畠中)
―明和電機は作品を「製品」と呼んでいましたが、一方、Appleのような大企業の製品がアート的な感動を担う存在として認識されている現状があると思います。産業とアートのもの作りの境界線が曖昧化してきた、とも感じるのですが。
木村:うーん。僕は単純に、受容者としてApple製品の面白さに触れているので、産業とアートを同一線上に並べて、ライバルみたいに感じたことはないですね。Apple製品のように人を沸かせるテクノロジーって、かつては日常の中に結構あったと思うんです。たとえば、高度成長期にテレビが人をワクワクさせたことも、それと似ている。Appleは、みんながもはや電化製品に慣れきっているところに、面白い商品と巧みなブランディングを展開したから、注目を浴びる存在になったのではないかと思う。
畠中:Appleが成功しているのは、彼らの製品によって世界が変わるというような思想的理念をユーザーに共有させたからでしょう。たとえばパソコンにしても、「これで年賀状が作れる」みたいなことは言っても、その先のヴィジョンを提示できるかどうか。たとえば、さかのぼれば、ソニーの「ウォークマン」などはそういう製品だったと思います。新しい技術=ライフスタイルの変更ということを打ち出す、変革者としての側面がメーカーないしブランドにあった。ただ、アーティストがそういう企業やマスを意識する場面があるとしても、彼らと同じことをやっていては仕方ないでしょう。たとえば商業ベースでは発想され得ないものを拾い上げたり、企業の中にある気づかれにくいアート的な側面を表面化したり、すでにあるシステムを食い破る部分にこそ可能性があるのではないでしょうか。
木村:僕は仕事を続ける中で、量産化に興味がないことがわかったんです。個人で活動していたころにペーパークラフトを量産したことはあったのですが、会社化してからちょくちょくいただくその手の話にはあまり関心が持てない。商品として大量に流通させて世界を変えることを前提にものを作るんじゃなくて、流通や世界の変更というのは、僕にとってはあくまでももの作りの結果として後から出てくるものなんです。
役に立つか立たないかは、「物体」にしてみないとわからないと思うんです。とりあえず形にしたらいいじゃないか、といつも感じます。(木村)
―企業は、当然ながら「役立つ」から開発をするわけですが、一方のアーティストは、木村さんがご自身で「バカ機械」と呼んでいる個人作品や、二足歩行ロボット「footaway」のように、技術を使ってある種の無駄を生み出したり、役に立たないものを作ったり、ということをやってきた印象があります。
畠中:その構図が変わったのが現在だと思うんです。たしかに、機械に対する批評を行うために、アーティストは役に立たないものを作る、という価値観が普通にあった。そこで技術をナンセンスに使ったりして、アートの領分を確保してきました。でも近年はそれとは違い、「社会の役に立っていい」という動きがある。それはかつてデザインの仕事だったけど、アートにもその可能性が開けてきたと感じます。ただ、それがアートであるためには何か別の要素も必要で。たとえば、かつてYMO時代に坂本龍一さんが言っていたように言えば「毒」とか、要するに「批評性」という言い方ではなく、良くも悪くも働く両義的な領域を残すことで人にものを考えさせるような仕組みが、今も求められていると思います。
木村:役に立つか立たないかは、「物体」にしてみないとわからないと思うんです。とりあえず形にしたらいいじゃないか、といつも感じます。ただ、多くの人はそんなリスクの高いことをやらないので、だったら自分が、と思っている。「Perfumery Organ」も、今回物体にしなかったら、この先二度と具体化する人は現れなかったかもしれないわけで。
―ただ、物体にした結果、本当に無駄になるものもあるわけですよね。
木村:よくありますよ。でも、やってみないと始まらないので、試行錯誤の時間は膨大になるんです。たとえば、今制作中のものに「歩く自転車」というのがあって……。
畠中:自転車じゃないじゃん、それ(笑)。
木村:そうっすね(笑)。「自転足」です。車輪が足になった自転車なんですが、何でこんなことを考えたかというと、車輪は人類の三大発明に数えられるもので、すごく効率が良いんです。で、あるときふと「何で人類や動物に、足が車輪のやつがいないんだろう?」と思ったんです。進化の過程の中で、なぜ車輪にならなかったんだ、と。
一同:(笑)。
木村:車輪の足のやつがいたらどうなるか、確かめようと思って作り始めたんですね。でも、作ってみたら全然動かなくて、頓挫しています(笑)。
―(笑)。わかりやすい欲求だけでなく、無駄に思えるアイデアも物体にすることで、オルタナティブな欲求の形や世界の広がりが生まれるかもしれない。その可能性に賭ける思考実験のようなものとして、木村さんの制作はあるんですね。
木村:そうですね。物体にすることで見えることがたくさんあるので、アイデアをアイデアのまま放置しないことは心がけています。具体化した物体には、自分が想像できなかった情報が多く入っているので、そこから考えるプロセスを大事にしているんです。今回の「Perfumery Organ」も、具体化した後、これでコンサートをするにはどうしたらいいか? という課題が見えてきた。この楽器は、香りに時間軸と物語を与えられるものですが、持続的に音を感知する耳と違い、鼻には呼吸のタイミングがある。観客の呼吸を合わせる方法を考えると、夜も眠れません(笑)。でもそれをクリアしたとき、この楽器は新しい楽器として定着するかもしれない。そんなことを考えると、とてもワクワクするんです。
- イベント情報
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- 『Perfumery Organ Exhibition in Tokyo』
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2015年11月20日(金)17:00~22:00(ライブは20:00~)
会場:東京都 恵比寿 ガーデンホール
ライブ:
原田郁子
テイラー・デュプリー
コリー・フラー
展示:
TASKO and Invisible Designs Lab.『Perfumery Organ』
KIMURA(TASKO)×Tomoaki Yanagisawa(rhizomatiks)『MMI』
Invisible Designs Lab.『TIME CODE』
Invisible Designs Lab.『森の木琴』
料金:無料
- プロフィール
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- 木村匡孝 (きむら まさたか)
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1981年、東京都生まれ。株式会社TASKO 設計制作部 工場長。多摩美術大学在学中、電動芸術研究室で「ロボットと平和についての研究」を専攻する。明和電機のアシスタントワークを経て独立後、「東京KIMURA工場」を設立。エンジンやモータを用いた「KIMURA式自走機シリーズ」を始めとする、いわゆる「バカ機械」や誰に頼んでいいかわからない機械の受注・生産を手がける。2012年、総合制作会社「株式会社TASKO」の立ち上げに参画。他ジャンルとのコラボレーション、テクニカルディレクション等、電気と機械にまつわるさまざまな業務を引き受けている。
- 畠中実 (はたなか みのる)
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1968年生まれ。NTTインターコミュニケーション・センター[ICC] 主任学芸員。1996年の開館準備よりICCに携わる。主な企画には「サウンド・アート──音というメディア」(2000年)、「サウンディング・スペース」(2003年)、「サイレント・ダイアローグ」(2007年)、「可能世界空間論」(2010年)、「みえないちから」(2010年)、「[インターネット アート これから]」(2012年)、「磯崎新──都市ソラリス」(2013年)など。ダムタイプ、明和電機、ローリー・アンダーソン、八谷和彦、ライゾマティクス、大友良英といった作家の個展企画も行なっている。
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