上海出身で、8歳の頃から日本で生活しているというシンガーソングライター、王舟。彼は自分のことをこう分析しているという。
「例えばそこに多数派があると、それとは違ったものを体現しようとするクセが、どうも自分にはあるみたいで。なんていうか、その場に多様性を作りたくなるんですよね。例えば飲み会でみんなが騒いでいると、自分はそこで寝ていたほうが楽しいんじゃないかと思ったりして」
こうした感性と出自がそのまま反映されているのか、王舟の作る音楽はどこか気まぐれで、とらえどころがなく、それでいて妙な人懐っこさがある。デビュー作『Wang』とは打って変わって、すべて自らの手で録音したという新作『PICTURE』では、随所に南米音楽的な要素がみられるなど、サウンドのエキゾチックなムードはさらに色濃くなった。そして、何よりもその歌声にただようミステリアスな色気。とにかくその歌を聴けば聴くほど、この人への興味が湧いてきてしょうがないので、さっそく本人にインタビューを敢行。その音楽観をたっぷりと語ってもらった。キーワードは「東洋医学」。では、どうぞ。
「調子を整えれば、身体はおのずと健康になる」みたいな考え方があるんですよ。
―今回のアルバム『PICTURE』は、全編を通して南米音楽的なアプローチがとても際立っているように感じました。この背景には何があるのかなと思ったんですけど、王舟さんは以前、ボサノヴァのバンドを組んでいた時期があるそうですね。
王舟:ああ、それは高校を卒業する頃の話ですね。友達がDJパーティーをやりたいと言いだしたことがあって。そこで彼がラテン系の音楽をかけると言うから、そこに合わせてボサノヴァのバンドをやってみたらどうかな、と思ったんです。
―王舟さんも当時からボサノヴァに親しんでいたってこと?
王舟:いや、まったく。むしろ、その誘いをきっかけにボサノヴァを聴くようになって、すぐに「これを自分でやるのはちょっと無理だな」と思いました(笑)。やっぱり自分はロックバンドがやりたかったというのもあって。
―その当時やりたかったロックバンドって、具体的にはどういうイメージだったんですか。
王舟:僕はOasisが大好きだったから、なんとなくそういうものをイメージしてたのかな。あとPrimal Screamとか。そういうロックバンドへの憧れがものすごく強かったし、いまだにそこは変わってないと思う。
―バンドへの憧れは、今でもあるということ?
王舟:はい。それこそ最近はシャムキャッツやceroやミツメみたいなバンドと共演することもあるんですけど、控え室とかで彼らの話を聞いたりすると、やっぱりバンドっていいなと思いますね。うまく機能しているバンドって、こんな感じなんだなぁって。僕は昔、昆虫キッズの佐久間(裕太)とかとバンドをやっていた時期があるんですけど、そのバンドはうまく機能できないまま終わっちゃったので。
―それって、AMAZONというバンドのことですよね? なぜそのバンドはうまく機能できなかったんでしょう。当時の王舟さんはベースを担当されていたそうですが。
王舟:そのバンドには、僕の他にもう一人中心人物がいたんですけど、彼との方向性がなかなか合わなかったんです。やりたい音楽は近いんだけど、バンド内のシチュエーションに対する考えが違っていたというか……。要は東洋医学と西洋医学の違い、みたいなものですね。いや、この例え方ではうまく伝わらないかな……。
―いや、とてもおもしろそうなので、ぜひそのまま続けてほしいです。
王舟:まず、僕には「調子を整えれば、身体はおのずと健康になる」みたいな考え方があるんですよ。つまり、バンド内の風通しをある程度良くしておけば、自然とそこからはいろんなアイデアが生まれてくるだろう、と。一方でもう一人は、まずはじめにバンドの目標を決めてから、そこにみんなで向かっていこうとするタイプで。アイデアが自然発生するのを待つのではなく、セッションを叩き台としながらも、しっかりと個々のフレーズを指定していくようなやり方だったんですね。そうすると、やりたい音楽は近くても、そこに至るまでの過程はまったく別モノってことになる。
―なるほど。では、サポートメンバーを迎えて録音した前作『Wang』は、いわばその東洋医学的な考え方にしたがって作ったアルバムなのでしょうか?
王舟:そうですね。『Wang』は「このメンバーで作れる音楽をやろう」という設定のもとに取り掛かったアルバムで、その結果として、特に意識することなくフォークやカントリーの要素が作品に表れたんです。その経験を踏まえて、一人でやってみるのもいいのかなと思ったのが、今回のアルバム。つまり新作は、いずれまた大編成で作るための勉強として取り掛かった作品でもあるんです。
―大編成で作るための勉強というのは?
王舟:まず、僕は「なんとなくやってみたら、図らずもすごく良かった」みたいな音楽が、一番いいと思ってるんですね。でも、それってすごく難しいことだし、もしうまくいったとしても、それはそのときのシチュエーションありきってことにもなるから、すごく刹那的なんですよ。そういう音楽の成り立ち方にものすごく憧れている反面、自分がこれから音楽をずっとやっていくことを考えていくと、刹那的なものばかりをひたすら求めていくわけにもいかないなと思って。だから、まず今は自分がやれることをちゃんと整理してみたほうがいいかなと思ったんです。ここでいう勉強は、そういう感じですね。
「ちょっと変わってるんだけど、なんか肯定したくなるもの」との出会いって、すごく重要だと思う。
―つまり、王舟さんの理想としては、偶発的に生まれた音楽がベストなんだけど、その一方で、ミュージシャンとしては常にそればかりを狙い続けるわけにもいかないだろうと。というか、「偶発的なものを狙う」というのは、ちょっとした矛盾でもありますよね。
王舟:そうそう、矛盾しちゃうんですよね。でも僕は、人知を超えた……というほど大げさなものではないけど、自分たちの計算では成り立たないような瞬間に、ものすごく憧れているところがあって。
―そういう瞬間が起こりやすい環境を作ることなら、きっと可能ですよね。それこそ集団で音楽を作ることの醍醐味って、まさにそこだと思うし。
王舟:それこそ前作に関しては、サポートメンバーと音を合わせていく中で、自分の意図とはまったく違う世界観になっちゃった曲もあるんです。でも、それがものすごくおもしろかったんですよね。そういう変化を受け入れていったほうが、生きていく上でも楽しいんじゃないかなって(笑)。
―というのは?
王舟:例えば、今自分がうまくいかない状況に置かれていて、そこからなんとか抜け出したいんだとしたら、まず自分の価値観を変えることが一番だと思うんですよ。で、これは当たり前の話ですけど、人間というものはそれぞれ違うわけであって。そこで自分と相手の違いを肯定的に受け止められると、けっこう自分の価値観って変わるんですよね。そういう「ちょっと変わってるんだけど、なんか肯定したくなるもの」との出会いって、僕はすごく重要だと思う。だから、音楽もあまり形を整えたりせず、なるべくそのままの状態で出したほうがいいと思っているんです。
―イビツな状態のほうがいいということ?
王舟:イビツというより、そっちのほうが自然ということですね。むしろ、そのイビツさを不自然だと捉えることのほうが、僕は不自然だと思う。だって、そこらへんの石コロだって、すべて形が違うわけだし。そういう石を眺めると、なんかホッとするという人も、きっといると思うんです。それに、いわゆる完成度みたいなところで補えるものって、実はそんなに多くないんじゃないかなって。
―つまりそれは、一般的な感覚やアベレージに寄せてしまうと、作品が中庸なものになりかねない、ということですよね? それぞれ違うのが当たり前なんだと。
王舟:そうなんです。例えば、完成度の高いものが1つだけあるとしたら、それは個性と言えるのかもしれないけど、みんながそれに近づいていくと、もはやそれは個性ではなくなるし、むしろ「個性的なものをめざす」という、ちょっとした矛盾も生じてくるというか……。そういえば、僕は8歳まで上海に住んでいて、今でもたまに帰ることがあるんですけど、あそこに行くと、びっくりしますよ。それこそ個性的な人だらけで。
―(笑)。どう個性的なんですか?
王舟:まず、誰も信号を守らない(笑)。それにみんな声がでかいし、服装から何からバラバラで。プートン(上海市街区の対岸に位置する地区。国際的な金融、貿易、経済の一大中心地)とかに行くと、またちょっと違うんですけど、僕が小さい頃に住んでいた西側のほうは、とにかくみんな自己主張が強くて。日本ではよく「個性を大切に」というけど、むこうでは逆に、個性があって当たり前というか。
―むしろ、日本では協調性を求められますよね。
王舟:そう! 僕が今言おうとしたのは、まさにそれです。つまり、個性というよりも、協調性を重んじるか、自己主張をするかの違いってことですね。それでいうと、いわゆる完成度の高いものって、その協調性を示すものとしては、かなり強力なツールだったりする。でも、僕はその協調性に囲われたくないからこそ、音楽を聴いているようなところもあるので。
今回のアルバムにはなかなかダサい曲が揃ってて、そこがいいなと思っている。
―「協調性に囲われたくないから、音楽を聴いている」というのはどういうことでしょう?
王舟:例えば、生きづらさを抱えているとして、そういうときに自分の知らない文化と出会ったりすると、それってちょっとした息抜きになると思うんですよ。だから僕は、音楽にもそれを置き換えられたらいいなと思ってるんです。そこで、今はいろいろ試してみようってことで、スタッフにも「次は一人でやる」と伝えて、今回のアルバムを作りはじめたんですけど、自分でそう決めておきながら、途中でそのコンセプトをうっかり忘れちゃって(笑)。実は今回も、参加してほしいゲストミュージシャンのリストを用意してたんですよ。そうしたらスタッフから「いやいや、ちょっと待ってよ」と。
―あははは(笑)。
王舟:つまり、作品単体としてみれば、今回のアルバムを自分一人で作る必要は特になかった、とも言えるんです。むしろ演奏からいろんな人の匂いを感じとれたほうが、音楽としてはふくよかになるような気もするし。でも、自分がこれから音楽をやっていく中での過程として考えると、この作品を一人で作ることは、とても重要だったと思います。あと、以前に自分は『賛成』というタイトルのCD-Rを出しているんですけど、あの作品をたまに聴き返していたのもあって、今回また宅録で作りたくなったってところもありましたね。ただ、そういう気分も日によってコロコロ変わるもんだから、途中で「やっぱりサポートに加わってもらおうかな」なんてことも思ったりして(笑)。
―一人でアルバムを作りながらも、その時々で気分の変化があったと。では、今回の『PICTURE』というタイトルはどのようにして決まったのでしょうか。雪山を描いたアートワークも含めて、ここには何かしらのコンセプトが読み取れそうな気もしたのですが。
王舟:タイトルについては、特に何も考えてないんですけど、オム・ユジョンさんが描いている雪山の絵に関しては、1年くらい前からスタッフのタッツ(仲原達彦)が勧めてくれていたんです。タッツが韓国で買ったオムさんのZINEを見せてくれて、それがすごくいいなと。そこで今回はジャケットをオムさんの絵にして、アルバムタイトルを『PICTURE』にしたら、何かそこにつながりというか、意味合いが出てくるかなって。自分が物事を決めるときって、だいたいそういう感じなんですよね。つまり、「こういう作品にしたい」みたいな目標は特にないんです。ただ、逆に「こうはしたくない」という否定の対象はたくさん用意してあって。そこから逃げていくと、最終的に「いい」と思えるものに出会えるというか。
―なるほど。まずはNGを並べていくわけですね。もしかすると、それってさっきの医学療法的な話とも通じるものですか。
王舟:そうそう。これも事前に作品の方向性を定めるのではなく、まずは不純物を除いていこうという考え方ですね。なので、今回のアルバムは個人的な目標を突き詰めた作品というより、大枠の中でその時々に思うことをやっていたら、自然とこうなったっていう感じなんです。そういう意味では、今回のアルバムは『Wang』とそれほど変わらないんじゃないかな。どちらにしても重要なのは、あくまでもそれを無意識でやっているということですね。確信めいたものをうちに秘めながらも、無意識でやるっていう。それが傍目からしたらダサかったりすると、尚更いいんですよね。自分的には今回のアルバムって、なかなかダサい曲が揃ってて、そこがいいなと思っているので(笑)。
―(笑)。いまいちピンときてないんですけど、どこがダサいんですか。
王舟:なんかちょっとカッコつけているところですかね(笑)。あと、『恋する惑星』という映画があるじゃないですか(ウォン・カーウァイ監督作品。1994年に公開された香港映画)。あの映画って、けっこう露骨な場面が多いわりに、そういうところもやたらとロマンチックに撮っちゃってて、それがものすごくダサいんですよ。でも、なんか気になって何度も見ているうちに、だんだんそれがかっこ良く見えてきちゃって。今回のアルバムには、その影響もあるんですよね。
―最初はダサいと感じていたはずなのに、いつの間にかそこが好きになってたと。
王舟:はい。というか、むしろ今では「もの作りはああじゃなきゃ」とまで思うようになっています(笑)。
- リリース情報
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- 王舟
『PICTURE』(CD) -
2016年1月20日(水)発売
価格:2,700円(税込)
PECF-1131 / felicity cap-2461. Roji
2. Hannon
3. Moebius
4. 冬の夜
5. lst
6. ディスコブラジル(Alone)
7. Hannon(Reprise)
8. Picture
9. Rivers
10. あいがあって
11. Port town
- 王舟
- イベント情報
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- 王舟
『PICTURE Release Tour(Alone)』 -
2016年2月11日(木・祝)OPE N18:30 / START 19:00
会場:愛知県 名古屋 西アサヒ
出演:
王舟
inahata emi2016年2月13日(土)OPEN18:00 / START19:00
会場:京都府 喫茶ゆすらご
出演:
王舟
畳野彩加(Homecomings)2016年2月14日(日)OPEN 18:30 / START 19:00
会場:広島県 尾道 浄泉寺
出演:
王舟
白い汽笛2016年2月18日(木)OPEN19:00 / START19:30
会場:福岡県 STEREO SIDE-B
出演:
王舟
夏目知幸(シャムキャッツ)2016年2月20日(土)OPEN19:30 / START20:00
会場:北海道 札幌 キノカフェ
出演:
王舟
夏目知幸(シャムキャッツ)2016年2月21日(日)OPEN19:30 / START20:00
会場:宮城県 仙台 BAR&EVENT HOLE Tiki-Poto
出演:
王舟
夏目知幸(シャムキャッツ)料金:各公演 前売2,500円 当日3,000円
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- 王舟
『PICTURE Release Tour(Big Band)』 -
2016年3月5日(土)OPEN 17:30 / START 18:00
会場:大阪府 梅田 Shangri-La2016年3月13日(日)OPEN 17:00 / START 18:00
会場:東京都 恵比寿 LIQUIDROOM出演:
王舟(Vo,Gt)
岸田佳也(Dr)
池上加奈恵(Ba)
潮田雄一(Gt)
みんみん(Key)
山本紗織(Flu)
高橋三太(Tp)
荒井和弘(Trb)
大久保淳也(Cl,Sax,Flu)
増村和彦(Per)
小林うてな(Steelpan,Marimba)
annie the clumsy(Cho)料金:各公演 前売3,000円 当日3,500円
- 王舟
- プロフィール
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- 王舟 (おうしゅう)
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上海出身、日本育ちのシンガーソングライター。2010年、自主制作CDR『賛成』『Thailand』を鳥獣虫魚からリリース。2014年、1stアルバム『Wang』、7インチシングル『Ward/虹』をfelicityからリリース。2015年、1stアルバムのアナログ盤『Wang LP』、12インチシングル『ディスコブラジル』をfelicityからリリース。2016年、2ndアルバム『PICTURE』をfelicityからリリース。バンド編成やソロでのライブも行なっている。
- 王舟
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