70歳になってもときめくために、今をどう生きる? 秦 基博と語る

家族の介護に追われて独り身で過ごした65歳の女性が、ひょんなきっかけから20歳まで若返り、女子大生として青春をやり直す――。そんな筋書きの連続ドラマ『スミカスミレ 45歳若返った女』の主題歌として書き下ろされたのが、秦 基博の新曲“スミレ”だ。

12月にリリースされたばかりのアルバム『青の光景』で描いた奥深い世界観とは対照的に、アップテンポな曲調で恋が生まれる瞬間の高揚やときめきを描くこの曲。とはいえ、35歳となりキャリア的にも年齢的にも成熟期を迎えてきた秦 基博自身の視点が反映されたアルバムと同じく、この曲も「年齢」が1つのモチーフとなっている。

今回のインタビューでは、曲についてだけでなく、その先に続く何十年の音楽人生を見据えた上での「今」というタイミングを彼がどう捉えているのかについても、語ってもらった。

白髪の70歳になってもギターを持ってるのは、たたずまいとして悪くないなと思いました。

―今回のシングルのジャケットでは秦さんが特殊メイクでおじいさん姿に変身しているわけですが、これはどういうアイデアだったんでしょう?

:“スミレ”は、『スミカスミレ 45歳若返った女』というドラマの主題歌として書き下ろした曲なんですね。主人公が若返る内容のドラマだったので、デザイナーさんから「逆に歳をとるのはどうか」って言われて、「やってみよう」というところから始まりました。

秦 基博『スミレ』初回生産限盤ジャケット
秦 基博『スミレ』初回生産限盤ジャケット

秦 基博『スミレ』通常盤ジャケット
秦 基博『スミレ』通常盤ジャケット

―今の秦さんが45歳老けるとすると、80歳くらいをイメージした?

:まあ、目指したのは80歳だったんですけど、70歳くらいかな。実際こんな70歳になるのかどうかはわからないですけど(笑)。でも、こんなふうに白髪になってもギターを持ってるのは「あ、いいな」と思いました。たたずまいとして悪くないなって。

―歳をとっても歌い続けていこうと思った。

:もちろん前からそう思ってましたけれど、改めてこんなふうに年老いていけたらかっこいいなと思いましたね。

秦 基博
秦 基博

恋愛は、自分で「恋をしよう」と思ってするものでもない。

―“スミレ”という曲はドラマの主題歌として書き下ろされたわけですが、どんなふうに曲のモチーフが生まれていったんでしょうか。

:さすがにある日突然45歳若返ることはないでしょうけど、人生、何が起こるかわからないとは思うんですね。何かの始まりや終わりって、本当に突然訪れてしまう。そういうことは言えるかなと思ったんです。で、恋愛をテーマにしたドラマなので、「何が起こるかわからない」「いつ恋が始まるかわからない」というところにフォーカスを当てて曲を書こうと思いました。

―そのモチーフから曲のストーリーはどういうふうに膨らんでいったんですか?

:曲の主人公は恋に臆病になっていた人間で、けれど「君」に出会ったことで、自分がもう恋に落ちていることを知る。そういうストーリーを思い浮かべました。というのも、恋が始まる瞬間って、自分の意志ではないと思うんです。

―恋愛ってそうですよね。いつ始まったか自分ではわからない。

:そうですね。別に理由があるわけじゃないし、具体的にいつからっていうのもない。自分で「恋をしよう」と思ってするものでもない。

―まさに、そういう恋の始まりのときめいてる瞬間みたいな。

:そうですね。で、そのときめきと同時に、戸惑いとか、苦しくて嫌になる気持ちとか、恋した時に湧きあがるいろんな感情がある。そういうものを描けたら、このサウンドが持ってる瑞々しさとか爽快さと結びつくんじゃないかなって。もちろんドラマの話もありましたけれど、恋愛をモチーフにした詞にしようというのは、そういうところからも思ったんです。まずは曲想ありきでしたね。

多面的なものを描かなきゃいけないと考えているというより、そもそも物事は多面的であると思うんですよ。

―秦さん自身の世界観や作品性の中ではどうでしょう? 昨年12月に『青の光景』というアルバムがリリースされて、この“スミレ”はその後すぐにリリースされるシングルでもある。アルバムが持っていた青い色彩感と、この曲のカラフルな色合いは対照的ですよね。

:この曲を作る時には、アルバムとは完全にスイッチが切り替わってましたね。時期としてはアルバムの制作と非常に近いんですけど、『青の光景』で描こうとしたものは13曲全部でやりきったので、モードは全然違いました。

秦 基博『青の光景』通常盤ジャケット
秦 基博『青の光景』通常盤ジャケット

―どんなふうにスイッチが切り替わった感じでした?

:逆に言うと『青の光景』には、もう曲を足せないという感じなんですよ。ずっとアルバムを通して作り出そうとしていた世界がそこにあって、それが13曲で完結している。だから、“スミレ”に『青の光景』の要素が入る余地はなかったんです。実際は、そんなことを考えることすらなく、ごく自然に「次はこういう曲を作ろう」と思ったわけで。それくらい『青の光景』の地続きという感覚はないですね。

『青の光景』収録曲

―聴いた印象が明確に違いますからね。それが色彩感で伝わります。

:言葉の選び方も違いますしね。わかりやすく言うと、自分の曲ではこれまでサビの頭に英語がくるものは今までなかったんです。でも、今回の曲のサウンド感や、描こうとしたものにハマったからそれをやってみた。新しいテイストがあって、トライするにはいい楽曲だったと思います。

―この曲はサビのところで<迷い込む 森の中へ>という言葉がリフレインされますが、この「森」というのはどういう象徴として描いたのでしょうか?

:うーん……やっぱり、恋をする時ってワケがわからなくなってると思うんですよ。理路整然としてないというか、自分でも気持ちをコントロールしきれていない。出口もわからないし、どこが入り口かもわからないし。そういうイメージが「森」とか「迷う」という言葉になっているんです。

秦 基博

―不安な気持ちや葛藤のようなものも描かれている。

:そうですね。ただ単純に「恋して嬉しい」という曲ではない。恋が始まる時のときめきや喜びが主題ではあるんですけれど、それだけじゃ説得力がないと思ったんです。やっぱり不安もあるし、戸惑ったり、自分が嫌になったり、そういう気持ちも等しくある。そこを描かないと嘘になってしまうと思いました。

―この曲だけじゃなく、秦さんの書く曲には感情の表側と裏側が両方あると思うんです。たとえば『青の光景』の“美しい穢れ”でも、充足感と後ろめたさが裏表になっていたりする。そういうモチーフがいろんな曲にある感じはします。

:表裏一体の感情、多面的なものを描かなきゃいけないと考えているというより、そもそも物事は多面的であると思うんですよ。そこにあることを描こうとした時にはやっぱり、そういうものになる。もちろん全部を書けばいいってことではないと思うけれど、自分が伝えたいことのためには「これも言わないとダメだな」と思うものがあるんですよね。今回の曲もただ「恋して楽しいです」だけだと説得力がないと思ってしまったんです。

ライブは、お客さんともいろんな距離感があるべきだと思うんですよね。

―シングルには、昨年の9月に行われた青森県の三内丸山遺跡でのライブ音源も収録されています。普段ライブをやらないような場所だと思いますが、どんな感じでしたか?

:やっぱり、すごく独特な空気感でしたね。肌寒い夜で、空気が本当に澄んでいて、凛としていて。ストリングスカルテットの響きもすごく綺麗でしたし。そういうアコースティックなものがすごく似合う場所でもありましたね。

『世界遺産劇場 -縄文あおもり 三内丸山遺跡-』の様子
『世界遺産劇場 -縄文あおもり 三内丸山遺跡-』の様子

『世界遺産劇場 -縄文あおもり 三内丸山遺跡-』の様子
『世界遺産劇場 -縄文あおもり 三内丸山遺跡-』の様子

―ライブ音源からは“季節が笑う”“ダイアローグ・モノローグ”“トレモロ降る夜”“Q & A”の4曲が選ばれていますね。

:“季節が笑う”はギター1本とストリングスカルテットで演奏しました。そういうアコースティックな空気感を持った曲をこのCDに入れたいと思ったんですね。“ダイアローグ・モノローグ”と“Q & A”は、やっぱり『青の光景』リリース直後でもありますし、この先に全国ツアーが待っていることも踏まえて、シングルを手にとった人にも改めてアルバムの収録曲を聴いてほしいなと思って。特に“Q & A”は、その日だけの特別なアレンジで演奏をしていたので、ぜひ音源としても聴いてほしいと思ったんです。

―3月からは『青の光景』のツアーも始まりますが、あのアルバムは、どこかピンと張り詰めたようなところのある作品だと思うんです。その世界観をライブでどう表現していくのかは、また違った可能性がありそうな気がします。

:もちろん、そういう張り詰めたようなシーンも作っていきたいとは思ってます。ただ、ライブなので、お客さんともいろんな距離感があるべきだと思うんですよね。曲を介してお客さんと対峙するような緊張感のある部分もあっていいし、もっと近くの距離で一緒に楽しめる曲があってもいいと思う。いろんなところを行き来して、いろんな気持ち、いろんな景色を旅しながらライブが進んで終わっていく。そんなワンマンライブになったらなとは思ってます。

―“スミレ”も、いろんな景色を見せるための1曲になる?

:そうですね。この曲はやっぱり『青の光景』とは色合いが違うものだし、1曲で場面を変えられる曲だと思うので、面白いなと思うんです。ただ、アルバムをリリースしてツアーに入るまでにシングルをリリースしたことがこれまでなかったので、どんな感じになるのかはよくわからない。ちょっと不思議な気持ちもしますね。

今精一杯の力をこめてフルスイングしておかないと、10年後にフルスイングできなくなってしまうかもしれない。

―秦さんは今秋デビュー10周年というタイミングになっているわけですよね。26歳でデビューして、今は35歳になっている。

:35歳で、今年で36歳になります。

―で、最初に話したとおり、『スミレ』のジャケットは70歳くらいになっても歌い続けていることをイメージしている。そういうふうに長いタームで自分の音楽人生を捉えた時、今はどういう時期だと思っていますか?

:そうですね……そういう意味では、やっと自分の足だけで、ミュージシャンとして歩き出したのかなという感じはしますね。今まではよちよち歩きだったのかもしれない。まだ一人前とも思わないけれど、ようやく地に足つけて、ミュージシャンとしての一歩目を歩み始めたのかなと思います。

―10年、20年経っても歌い続けている姿というのは、自分の中でも容易に想像がつくものですか?

:うーん……いや、どうですかね。そうとも限らないかなとは思います。ある日突然曲が書けなくなるかもしれないし、何かが起こって声が出なくなるかもしれないし、ギターが弾けなくなるかもしれない。そういう可能性が絶対にないとは言い切れない。何があるかというのは、本当にわからないことなので。

―確かに。この曲でテーマになっている通り、人生何が起こるかわからない。

:もちろんそういうことを心配して、ネガティブに過ごしているというわけでは決してなくて。10年、20年ずっと歌っている自分でいたいと思っているんですね。ただ、そのためには今と同じように毎日を過ごしていればいいわけではない。今やるべきことがあるんじゃないかと思います。

―今やるべきこと、というと?

:1つは、やっぱり曲を書くことだと思うんですよね。精一杯の力をこめてフルスイングしておかないと、10年後にフルスイングできなくなってしまうかもしれない。今思うことをどれだけ曲に投影できるかによって、10年後に歌えることが変わってくる。10年後の自分が、「35歳の自分はこう思ってたけど、やっぱり今は同じことを見てもこう思うな」って書けるかどうか。そのためには今やりきっておかないといけないと思うんですね。ぼんやりしていると、同じようなことを繰り返してしまう。今思うことをくっきりと書ければ書けるほど、未来の自分が書く曲はまた変わってくると思うんです。

秦 基博

いろんなものに触れることで自分自身も変わるだろうし。いろんな感情をすくいとっていくことが大事なんじゃないかと思います。

―歳やキャリアを重ねると、成熟していくと同時に、ときめきみたいなものも失われていくことが多いわけじゃないですか。だからこそ、好奇心を持ち続けることも大事になってくる気がします。

:そうですよね。やっぱり経験が増えていくと、初めて物事に触れた時の感動が減ってしまう。

―これは表現者だけではなくて、日常を暮らす人すべてに当てはまることだと思うんです。それこそ恋愛にしても、最初のときめきは長くは続かない。でも長く続く関係のためには、どこか気持ちの新鮮さを保ち続ける必要がある、というか。そのためにはどういう心持ちが必要だと思いますか?

:やっぱり大事なことは毎日の暮らしの中にあるんじゃないかと思います。誰かと話したり、本や漫画を読む、映画を観る、そうやっていろんなものに触れることで自分自身も変わるだろうし、僕の場合はそれを探していくのが曲を書くということでもある。誰しもがそうだと思いますけど、自分の中に何もない状態だと、何もアウトプットができないんですよね。特にシンガーソングライターをやってるとそう思います。自分というものと向き合って、掘り下げていく。いろんなものに触れて、何に引っかかったのかを掘り当てていく。嬉しかったり、悲しかったり、怒ったり、そういうふうに生まれたいろんな感情をすくいとっていく。そういうことが大事なんじゃないかと思います。

秦 基博

リリース情報
秦 基博
『スミレ』初回生産限定盤(CD+DVD)

2016年2月24日(水)発売
価格:1,836円(税込)
AUCL-201/2

[CD]
1. スミレ
2. 野ばら
3. 季節が笑う(Live at 三内丸山遺跡)
4. ダイアローグ・モノローグ(Live at 三内丸山遺跡)
5. トレモロ降る夜(Live at 三内丸山遺跡)
6. Q & A(Live at 三内丸山遺跡)
7. スミレ(backing track)
[DVD]
・Sally-みんなでつくるMUSIC VIDEO-

秦 基博
『スミレ』通常盤(CD)

2016年2月24日(水)発売
価格:1,300円(税込)
AUCL-203

1. スミレ
2. 野ばら
3. 季節が笑う(Live at 三内丸山遺跡)
4. ダイアローグ・モノローグ(Live at 三内丸山遺跡)
5. トレモロ降る夜(Live at 三内丸山遺跡)
6. Q & A(Live at 三内丸山遺跡)
7. スミレ(backing track)

イベント情報
『FMK 30th Anniversary 秦 基博 Special Live』

2016年3月3日(木)
会場:熊本県 熊本B.9 V1

『HATA MOTOHIRO CONCERT TOUR 2016-青の光景-』

2016年3月5日(土)
会場:福岡県 福岡サンパレス

2016年3月11日(金)
会場:岡山県 岡山シンフォニーホール

2016年3月12日(土)
会場:広島県 広島文化学園HBGホール

2016年3月19日(土)
会場:秋田県 秋田県民会館

2016年3月30日(水)
会場:京都府 ロームシアター京都 メインホール

2016年4月3日(日)
会場:北海道 札幌 ニトリ文化ホール

2016年4月10日(日)
会場:香川県 高松 アルファあなぶきホール 大ホール

2016年4月17日(日)
会場:愛知県 名古屋国際会議場センチュリーホール

2016年4月24日(日)
会場:新潟県 新潟県民会館

2016年4月28日(木)
会場:神奈川県 神奈川県民ホール

2016年5月3日(火・祝)
会場:宮城県 仙台サンプラザホール

2016年5月11日(水)
会場:埼玉県 大宮ソニックシティ 大ホール

2016年5月18日(水)
会場:大阪府 オリックス劇場

2016年5月19日(木)
会場:大阪府 オリックス劇場

2016年5月26日(木)
会場:石川県 本多の森ホール

2016年6月3日(金)
会場:東京都 東京国際フォーラム ホールA

2016年6月4日(土)
会場:東京都 東京国際フォーラム ホールA

プロフィール
秦 基博
秦 基博 (はた もとひろ)

2006年11月にシングル『シンクロ』でデビュー。強さを秘めた柔らかな歌声と叙情的な詞世界、そして耳に残るポップなメロディーで大きな注目を浴びる。日本武道館での全編弾き語りライブ(2011年)、独創的な映像演出を取り入れた『Visionary live-historia』(2013年)を成功させるなど、ライブアーティストとしての評価も高い。2014年に映画『STAND BY ME ドラえもん』の主題歌として書き下ろした“ひまわりの約束”が100万ダウンロードを超える大ヒットを記録し、弾き語りによる初のベストアルバム『evergreen』が第56回日本レコード大賞企画賞を受賞。2015年12月16日に約3年ぶりとなるオリジナルアルバム『青の光景』を発表した。そして2016年2月24日に、シングル『スミレ』をリリースする。



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