orange pekoeのギタリスト・作曲家の藤本一馬が4枚目のソロアルバム『FLOW』を発表した。ピアニストの林正樹、ベーシストの西嶋徹とのトリオを核に、ブラジルやアルゼンチンからのゲストも迎え、ジャズ、クラシック、ワールドミュージックを横断しながら、「空間の響き」を追求した楽曲たちは、静謐であると同時に広大な流れを感じさせる。近年は「クワイエットミュージック」という、ジャンルや国を超えた繊細な音楽に注目が集まっているが、そのなかにあっても非常に強い記名性を感じさせる作品だと言えよう。
そこで今回は、藤本と林による対談を企画。さまざまな形態で共演を繰り返し、2015年に発表された林のアルバム『Pendulum』に藤本が参加するなど、近年急速に接近している二人。『FLOW』の話はもちろん、新しいジャズのあり方や、ブラジルの音楽シーンについてまで、幅広い範囲に及んだ音楽トークからは、両者のイズムがたしかに浮かび上がってきた。
一馬くんはギタリストの枠に収まらない、トータルで音楽をクリエイトする素晴らしいコンポーザーなんですよね。(林)
―藤本さんはorange pekoeで2002年にメジャーデビューされて、2011年に初のソロアルバムを発表されました。ソロ活動をはじめた動機はどういったものだったのでしょうか?
藤本:ギターのインストゥルメンタルでアルバムを作りたい気持ちは前からあって、2005年くらいからギターとベースのデュオでライブをやってたんです。ただ、orange pekoeの活動もあったので、アルバムを出すのに6年くらいかかってしまったという感じでした。ボーカル音楽をポップスと捉えたとして、orange pekoeで追究したい「自分のなかのポップス像」に対して、「自分のなかのインストゥルメンタル像」もあったので、それを形にしたかったんですよね。
―これまでに3枚のソロアルバムと、1枚のデュオアルバムを発表されていますが、作品を重ねるなかでご自身の「インストゥルメンタル像」は明確になってきましたか?
藤本:音楽制作のなかで、構築していく部分と、即興的な部分の2つの側面のどちらも重要と考えていますが、演奏者としての僕は「そのときの瞬間」を大切にしたい気持ちが強くて、そのためには高い集中力や自発的なものが必要だと思っているんです。自身ではボーカル音楽として作るときのほうがポップスは構築していく割合が大きくて、インストゥルメンタルでは、より自然発生的なものでありたい。一時期orange pekoeに即興的な要素を多く持ち込んだこともあったんですけど、ものすごく集中力を要する、腰を据えて聴くような部分もできてきて、「そこまでリスナーに要求していいものか?」って悩んだんですよね。でもインストゥルメンタルではそこを突き詰めていきたいという気持ちになりました。
―林さんとの共演が増えたのはソロデビュー後、ここ3年くらいだそうですね。
林:正直、orange pekoeの活動は詳しく知らなかったんですけど、岡部(洋一 / パーカッショニスト)さんとか、僕が知っているミュージシャンと一馬くんが一緒に作品を作っていたんですよね。最初のソロアルバムを聴いたとき、自分の周りにいるギタリストとは全然タイプが違っていたのがとても印象的でした。交流がはじまったのは……「間を奏でる」(生音でのアンサンブルをコンセプトとした林のプロジェクト)を聴きに来てくれたんだよね?
藤本:はじめて共演する前に、一度観させてもらったことがあって、非常に素晴らしいライブでした。その少し後に、ギタリストの鬼怒無月さんに声を掛けていただき、正ちゃん(林正樹)と僕の3人編成でセッションをやって、一緒に音を出して。
林:で、僕は一気にファンになりました。いろいろ話していくと、共通して聴いている音楽が多くて、音に対する考え方も、「こんなに近い人がいたんだ」ってすごく嬉しくて。そこから共演する機会が増えていったんです。
―お二人がそこまで共鳴しあったのはなぜだったのでしょうか?
林:演奏家としての結びつきだけではないというか、一馬くんはギタリストの枠には収まらない、もっとトータルで音楽をクリエイトする素晴らしいコンポーザーでもあるんですよね。あと「これから一緒にいろいろやっていこう」という話をしたときに、僕が1歳年上なので最初は「林さん」って呼んでくれていたんですけど、「正ちゃんって呼んでいい?」って言ってくれて。それを機にさらに距離が縮まった気がします(笑)。
藤本:むしろ僕のほうがファンになっちゃったんですよ。音楽を一緒に作る上では距離感や呼び方も大事で、演奏だけじゃなく、人としてのつながりが音に出てくると思うんですよね。そうやってお互いを感じ合いながら音楽を作っていくと、相手の音も自分が出した音かもしれないって、そんな錯覚を起こす瞬間がある。1つの生きものになるというかね。それがデュオの醍醐味だと思うんです。
音楽を愛する人たちが直接アーティストと交渉して、近い距離でライブをやって、みんなに感動を与えるみたいなことが増えている。(林)
―近年は「クワイエットミュージック」をキーワードに、ジャズやクラシック、ワールドミュージックなどがクロスオーバーした音楽が盛り上がりを見せています。お二人の音楽もそことのつながりが感じられるのですが、そういった動きをどのように見られていますか?
藤本:正ちゃんとよく話すのは、ECM(「沈黙の次に美しい音」というコンセプトがある、ジャズや現代音楽を手がけるドイツのレーベル)の音楽が好きだってことで。音楽のなかの静寂を大切にしている作品が多くて、どこか室内楽の香りがあるジャズとか、そういう音は僕も大好きだし、正ちゃんとも共通の感覚があると思います。
林:「ジャズ」にもいろんな流れがあって、ブルーノートで演奏されるような有名なアーティストもありつつ、ECMとか、カルロス・アギーレさん(クワイエットミュージックの火付け役となったアルゼンチンのピアニスト / シンガーソングライター)とかが、日本で上手く紹介されてきていると思っていて。それも、ホントに音楽を愛する人たちが情熱を持ってアーティストと交渉して、キャパ50人くらいの近い距離でライブをやって、みんなに感動を与えるみたいな、そういうことが増えてる気がするんですよね。
藤本:今回の『FLOW』のレーベル、SPIRAL RECORDSのディレクターだったり、これまで僕のCDをリリースしてくれたNRTというレーベルのディレクターだったりが、そういった音楽と僕らの音楽を一緒に紹介してくれているんです。
林:「生音で聴ける」というのは大きいと思うんですよ。50人くらいの規模だったら、PAを使ってもそんなに爆音で出すわけじゃないし、優しい音でしっかりお客さんに伝えて、感動を与えられる。そもそも一部の詳しい人以外、レーベルを意識して音楽を聴く人ってそんなに多くなかったと思うんですよ。10年くらい前は、ECMとEMIとごっちゃになってたり(笑)。
―詳しい人はレーベルごと大好きだけど、みんなが好きって感じではなかったですよね。
林:でも、僕のライブに来てくれる人たちには、ECMがどういうレーベルかも浸透していて、それはすごいことだなって思うんですよね。まだ大多数ではないと思いますけど、自分から音楽を求める人たちの意識はだいぶ変わってて。しかも、それが僕の好きな方向に変わってくれている感触があるので、これからがもっと楽しみです(笑)。
―リスナーの意識の変化に関しては、やはりネット文化が寄与してる部分も大きいでしょうね。
林:そうでしょうね。ただ、僕は少し心配しているというか、ECMのような音楽があらゆる音楽と並べられたときに、クワイエット過ぎて印象に残らないんじゃないかって気もしちゃうんです。「これは生でも聴きたい音楽だ」って、思ってもらえたらいいなと思いますね。
―さきほどカルロス・アギーレの名前が挙がりましたが、『FLOW』にもブラジルとアルゼンチンからゲストミュージシャンが参加しているように、「いま」の南米の音楽との接点も欠かせない要素になっていますね。
林:いまの南米の音楽って、多くの人が思っていた「ブラジル=ボサノバ」のイメージとは全然違う、すごく洗練された音楽を作る同世代のアーティストが増えた印象があります。僕のアルバムにも参加してくれたアントニオ・ロウレイロとか、彼も僕たちのような音楽にすごく共鳴してくれている感じがあって、対等に考えていいんだなって思いましたね。
「ジャンルはこうです」って言えないところに新しさとか面白さがある気がする。(藤本)
―藤本さんは、南米の音楽シーンの面白さをどう見ていますか?
藤本:ジャンルというよりは、個々のアーティストの影響力が大きいと思うんですよね。たった一人のアーティストがシーンを変えてしまうことがある。僕は特にミルトン・ナシメント(「ブラジルの声」の異名を持つ作曲家・歌手)がすごいと思うんですよ。もちろん南米の音楽シーンにはいろんな才能の人がいて、影響を与えあっていると思いますが、そんななか彼の音楽に魅せられた人が世界中にいて、パット・メセニーやハービー・ハンコックとコラボレーションすることで、すごいクロスオーバーが起こってる。MPB(ムジカ・ポプラール・ブラジレイラ / ブラジリアン・ポピュラー・ミュージックの意)を代表するアーティストと、アメリカのジャズを牽引するアーティストのクロスオーバーがそこで起こったわけで。
―アントニオ・カルロス・ジョビン(ボサノバを生んだ一人とされる、ブラジル音楽を代表する作曲家)とは、また違う流れがそこから起こった。
藤本:ミルトンは、The Beatlesとか、欧米の音楽からの影響を受けていて、彼が育ったミナス(ジェライス州 / ブラジル)に行ったことがあるんですが、あそこってさまざまな文化がクロスオーバーしているんですよ。そこで独自の音楽が生まれて、さらにミルトンが欧米とクロスオーバーさせて、新しく生まれた価値観が世界中に広まり、日本にまで到達したわけですよね。
林:ハービー・ハンコックも参加している、ウェイン・ショーター(アメリカのサックス奏者)のアルバム『NATIVE DANCER』(1964年、ミルトンが歌や作曲を担当した)は、ハービーをはじめ、それぞれの個性が、ミルトンの音楽のなかで生かされている画期的なレコードだよね。
藤本:あと、もう一人挙げるならエグベルト・ジスモンチ(ブラジルのマルチ楽器奏者・作曲家・編曲家・音楽プロデューサー)がすごいですね。彼がECMからアルバム『Dança das Cabeças』(1977年)を出したことで、またクロスオーバーが起こった。で、気がつくとそういう音楽が1つのジャンルのようになっている。ジャンルやシーンを考えるとき、一人のアーティストの価値観やイズムが流れていることに僕は注目します。そのなかで個々が影響を与えあい、また新しいものを生んでいくという広がり方があるように感じるんです。
林:ジスモンチもフランスで音楽の勉強をして、ブラジル音楽と西洋音楽を見事に融合させた人だよね。
藤本:そうやってクロスオーバーすることによって、ジャンルには縛られない新しいものが生まれていく感じがします。正ちゃんの音楽も僕の音楽も、「ジャンルはなんですか?」って聞かれても、わからないところにいると思うんですよ。「ジャンルはこうです」って言えないところに面白さがある気がするんですよね。
林:だから、自分が聴いているいろんな音楽に、日本からもどんどん混ざっていきたいなって思いますね。日本人がどうクロスオーバーしていけるのか。そこはもっと頑張りたいですね。
『FLOW』は、自分が思う空間の響きを形にできたアルバムだと思ってます。(藤本)
―『FLOW』の制作にあたって、なにかコンセプトはありましたか?
藤本:作品を作るときは「いま自分が感じてることってなんだろう?」って思いながら、自分の気持ちのもやもやみたいなものから糸を手繰るようにして、音楽に投影していくような感じなんです。ただ、「空間」のイメージが常にあって、今回一緒に演奏してくれた正ちゃんと西嶋徹さんは同じように響きを大切にしてくれました。それってなかなか言葉にはできないんですけど、『FLOW』は自分が思う空間の響きを形にできたアルバムだと思ってます。
―林さんはどんなことを意識して参加されたのでしょうか?
林:基本的にはなにも考えてなくて(笑)、楽曲に身を委ねたら、気持ちよくできちゃうんですよね。「この曲ではこんなフレーズを弾いてやろう」とか、作為的なことはまったく考えなかった。西嶋さんはもっとも信頼しているベーシストで、ずっと一緒に音楽を作ってきた人なので、ある種の安心感もあって、ゆっくり音楽を作れた気がします。演奏家として自分をよく見せたいとか、そういう邪念を感じずに作れたのが嬉しくて、録った後のラフミックスを何度も聴いて「やっぱりいいなあ」って思ってました(笑)。
―いまおっしゃった「楽曲に身を委ねる」という感覚は、『FLOW』というタイトルおよび、アートワークともリンクがありそうですね。
藤本:たしかにジャケットの写真から広がったに部分もあって、『FLOW』ってタイトルはまさにそうですね。人生と川の流れをかけていて、「自分の本質の流れのなかで生きていたい」という想いと、この大きな川の写真がすごく合致したんです。
林:一馬イズムっていうか、曲によってはすごく世界観の強いものもあって、たとえば、“Snow Mountain”は美しいだけじゃなく、尖がっている部分も表れてる。でも、アルバム全体を通して聴いたときには、大きなストーリー性を感じるんですよね。僕だったら、アルバムは全部自分の曲にしたくなっちゃうんですけど、じつは僕が作った“Consequence”という曲も入れてくれているんです。
藤本:正ちゃんは基本的に演奏と曲がつながっている感じの人で、演奏が作曲しているように聴こえるときがあるんです。“Consequence”はすごくいい曲だし、アルバムに参加してくれたことに対するリスペクトも込めています。正ちゃんの曲が入ってることは、僕にとってとても大切なことなんです。
―そして、藤本さんはアルバムのリリース後、4月中旬からニューヨークに長期滞在されるそうですね。
藤本:ずっと行きたかったんです。僕はあんまり器用なタイプじゃないんで、まとまった期間にたくさんのことをインプットしたいという気持ちがすごくあって。このアルバムをリリースできたのと、いくつか参加させてもらっていたプロジェクトやツアーも終わったので、ここがタイミングかなって。
―途中でお話されていたような、日本と世界とのクロスオーバーのきっかけになるかもしれないですよね。
林:一馬くんがニューヨークでどういったものを吸収して、どう変わっていくのかすごく楽しみです。見捨てないでね。「いいピアニストがいた!」って(笑)。
藤本:いやいや、なにをおっしゃいますか(笑)。このアルバムが自分で想定していた以上のものになったのは、参加してくれたメンバーのおかげなので、素晴らしい出会いに本当に感謝しています。
- リリース情報
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- 藤本一馬
『FLOW』(CD) -
2016年3月30日(水)発売
価格:3,100円(税込)
SPIRAL RECORDS / SPIRA-11091. Polynya
2. Estrella del río
3. Flow
4. Resemblance
5. Still
6. Azure
7. Consequence
8. Dew
9. Snow Mountain
10. Surface
11. Prayer
- 藤本一馬
- プロフィール
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- 藤本一馬 (ふじもと かずま)
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ギタリスト / 作曲家。ミュージシャンの⽗の影響で幼少期より独学でギターを弾きはじめ、ジャズ、南⽶の音楽をはじめとする広汎なワールドミュージックに親しむ。1998年ヴォーカルのナガシマトモコとorange pekoeを結成。国内はもとよりアジア各国や北米でのCDリリース、ライブ公演など幅広い支持を獲得する。初のソロアルバム『SUN DANCE』(2011)以降、ソロ、デュオとして『Dialogues』『My Native Land』『Wavenir』の4作品をリリース。多様な⾳楽的造詣を、明敏な感覚により汲みとられた現代性とともに収斂させる陰影を含んだソングライティングは高い評価を獲得している。
- 林正樹 (はやし まさき)
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1978年東京生まれ。少年期より独学で音楽理論を学び、その後、佐藤允彦、大徳俊幸、国府弘子らに師事。ジャズピアノや作編曲などを習得。大学在学中の1997年12月に、伊藤多喜雄&TakioBandの南米ツアーに参加。音楽家としてのキャリアをスタートさせる。現在は自作曲を中心とするソロでの演奏や、生音でのアンサンブルをコンセプトとした「間を奏でる」、田中信正とのピアノ連弾「のぶまさき」などの自己のプロジェクトの他に、「渡辺貞夫カルテット」「菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール」「Blue Note Tokyo All Star Jazz Orchestra」など多数のユニットに在籍。演奏家としては、長谷川きよし、小野リサ、椎名林檎、古澤巌、小松亮太、中西俊博、伊藤君子をはじめ、多方面のアーティストと共演。
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