シンプルな歌とメロディーが鳴っている。音像には、繊細なアレンジが施されている。この音楽の奥に見えるのは、Rie fuが、その人生の中で出会い、見てきたであろう多くの人々や土地の姿だ。
2014年にリリースされた『I』に続く、デビュー10周年記念アルバムの第二弾『O』。「OUTSIDE」を意識して作り上げた本作でRie fuは、「OUTSIDE」を自身にとっての「外部」ではなく、「輪郭」のように描いている。まるで「自分を作るのは他者である」とでもいうように。
その結果、時にユーモラスに、時にドリーミーに描かれる彼女の心象風景のスケッチ集のような一枚に仕上がった。他者への無垢な優しさが噴出する祈りのような瞬間が本当に美しい。キャリア10年を超え、自身のレーベルが3年目を迎えた、このタイミングで生み出された本作は、きっと彼女の新しい原点になるだろう。そして、あなたが新しいあなたを見つけるための、最良の他者にもなるはずだ。
常に「いろんな答えを探し続けたい、新しいものを見つけたい」という好奇心が生まれるんです。
―去年は中国やインドネシアなど、アジア10か国以上を回るツアーをされていたそうですね。
Rie fu:そうなんです。2年前に旦那の転勤でシンガポールに移住したんですけど、過去にアニメの主題歌を担当していたこともあって、私のFacebookページにはアジアの方、特に、インドネシアの方が多かったんです。それもあって、いつか現地でライブをやりたいと思っていて。シンガポールって、アジアの国ならどこでも大体2~3時間以内で行ける、すごく立地がいい国なんですよね。なので、現地に行って直接会場をブッキングしたりして、すごく自然な形でアジアツアーに繋がっていきました。今回、日本に一時帰国する時に、台湾での乗り継ぎがあったので台湾でもライブをしてきましたし。
―すごい! それもご自身でブッキングされたんですか?
Rie fu:はい(笑)。もともと、私はすごくのんびりとしたマイペースな人間だから、安住しちゃうとダラけちゃうんです。特にシンガポールは常に真夏の気候なので、ダラけようと思えばいくらでもダラけてしまえて(笑)。……その危機感があるからこそ動きたいっていうのはありますね。
―Rieさんは2012年にご自身のレーベルを設立されて以降、すごく自由に動き続けているイメージがあるのですが、その原動力になっているのも、そうした自分自身に対する危機感なんですか?
Rie fu:そういう部分もあるし、あとはあまのじゃく精神ですかね(笑)。私は見た目からものんびりしていると思われるんですけど、そのイメージの逆を突いてみたい、期待されていることと違うことをしたい、予想を裏切りたいっていう反骨精神に掻き立てられる部分もあると思います。もちろん、「その先に何があるんだろう?」という単純な好奇心もあるし。
―そうした反骨精神なり好奇心なりを音楽に変えていくことで、Rieさんは何を伝えたいんですか?
Rie fu:「視点」を伝えたいんだと思います。普段の何気ない日常に対しても、「こういう視点で見てみたらどうですか?」っていうのを提示したいんですよね。
―外を知ることで、自分自身を多角的に見る、ということですよね。
Rie fu:そうです。それこそ、私はこれまでアメリカにもヨーロッパにもアジアにも住んできましたけど、それぞれの場所から見た「日本」って全然違ったりするし。たとえば、去年のアジアツアーでは、最初は、日本語だと伝わりにくいと思ったので、敢えて歌詞を英語に訳して歌ったりもしたんですけど、そうしたら現地のお客さんに「日本語で聴きたかった」って言われたりして、日本語の「響き」の美しさに改めて気づかされたんです。日本語が母国語でない人たちは、言葉が直接入ってこないからこそ、歌い方やメロディーから意味を想像して聴くのが楽しいんだって。
―なるほど。日本で暮らしていると、日本語の響きの美しさなんて当たり前すぎて気にしないですよね。歌詞にしても、やはり響きよりも意味が重要視されるし。
Rie fu:そうですよね。でも、日本語の美しさを再発見したからこそ、今回のアルバムでは敢えて意味を深く考えすぎないように言葉を並べてみたんです。意味を考えすぎてしまうと言葉を無理に押し込んでしまうけど、聴いた人は「響き」から直接的な意味以上のものを感じ取ってくれるかもしれないから。
―言葉の意味そのものだけが答えじゃないということですよね。
Rie fu:そうですね。そうやって「答え」がひとつじゃないということを知れば知るほど、常に「いろんな答えを探し続けたい、新しいものを見つけたい」という好奇心が生まれるんだと思います。私は、「答えがないことが答え」だと思うんです。「答え」を求めると、自己中心的な考えになったり、他の考え方を拒否してしまうことになりかねないけど、それって、すごく勿体ないことだと思うんです。
「頑張らなきゃ」とか「普通にならなきゃ」って思いこんでしまうけど、「普通」なんて、誰が決めたわけでもないですよね。
―Rieさんって、この10年以上のキャリアを通して、他者を知ることで自分を知ってきた方だと思うんです。実際、アルバム『O』は、「INSIDE」をテーマにしていた前作『I』に対して「OUTSIDE」をテーマにした作品だそうですが、結果的に、すごくパーソナルな作品に仕上がっていますよね?
Rie fu:そうですね。前作の方がよっぽどエキセントリックなアルバムでしたよね(笑)。外を見ると、どうしても優しい気持ちになるんです。『O』の制作中は、自分本位の好きな曲をワーッと作るというよりは、「どうやったら、聴いている方がより何かを感じ取ってくれるのか?」ということを考えることが多くて。だからこそ、最後の“Song for Me”では、敢えて<がんばらないで>と歌いたかったんです。ライブで色々な場所のお客さんに出会って、お手紙を頂いたりする中で、一人ひとりすごくクリエイティブで素敵な個性があるんだけど、自信がなかったり、悩んでしまったり、頑張りすぎて行き詰まってしまう人が多いんだなっていうことを感じることが多かったから。
―<がんばらないで>って、すごく優しい言葉ですよね。先ほどRieさんは「答えを求めてしまうと、自己中心的な考えになってしまう」とおっしゃいましたけど、実際、「自分が正しい」と思っている人って、自分と違った価値観を持つ人を簡単に傷つけてしまいがちですよね。でもRieさんは、「答えはない」と知っているからこそ、他者を受け入れる優しい歌を歌えるんだと思います。
Rie fu:ありがとうございます。そんなに広い心を持てているかは不安ですけど(笑)。でも、いつもライブに来てくれる方の存在とか、海を越えて私を知ってくれている方がいることに気づけたことで、その優しさに、私も優しさで返したいという気持ちになれたんだと思います。アジアツアーでは、日本語の美しさとか、新しい発見もあったんですけど、それ以上に日本や自分の馴染み深い光景との共通点を見出したツアーでもあったんです。アジアで一番知られていた私の曲は、“Life is Like a Boat”(2004年『Life is Like a Boat』収録)という曲なんですけど――。
―アニメ『BLEACH』のエンディングテーマになっていた曲ですよね。
Rie fu:そうです。やっぱり、最初はその曲しか知らない方も多かったんですよ。でも、この曲をきっかけに、他の曲もすごく真剣に聴いてくださる方が多くて。“Life is Like a Boat”が、文字通りボートになって、他の私の楽曲や活動にお客さんを運んでくれた感じでした。この曲は<Nobody knows who I really am. I never felt this empty before(誰も私のことを知らない。こんなに空っぽな気分は初めて)>というフレーズで始まるんです。孤独や弱さ、不安な気持ち……そういう「自分だけが抱え込んでいるんじゃないか?」と思ってしまうような感情がこの歌には詰まっていて。そんな歌だからこそ、外国の方々にも伝わったんじゃないかと思うんです。
―「答え」なんてないし価値観は人それぞれだけど、人間として生きている以上、孤独や不安は、どんな国や文化の中で暮らしている人にも通じるものがあるのかもしれないですね。
Rie fu:そうですよね。日本は様々な分野でクオリティーの高いものを生み出してきた勤勉な国だけど、頑張りすぎて、自らの命を絶ってしまうくらい思い詰めてしまう人も多い。それって、すごくおかしなことじゃないですか? 文化も高くて生活水準も高いのに……それなら、精神的にもっと健やかになれる生き方もあるんじゃないかと思うんですよ。
―たしかに、日本で暮らしていて「豊かさってなんだ?」と自問自答する瞬間は多々あります。
Rie fu:だからこそ、この『O』というアルバムは、日本で暮らす人たちに音楽を通して「生きること」に対する新しい視点を与えたいっていう気持ちも強く込めていて。何かに自分を当てはめていくんじゃなくて、「自分を肯定する」ことを大切にして生きていくこともできると思うんです。自分を笑顔にしてくれる場所や人を大切にしてほしい。どうしても「頑張らなきゃ」とか「普通にならなきゃ」って思いこんでしまうけど、「普通」なんて、誰が決めたわけでもないですよね。夢中になれることや情熱を持てることって、人それぞれだし、それなら個人の幸せを追い求めたり、本当に夢中になれることを見つけたり……そういう身近なことからスタートしていくことのほうが大事だと思うんです。
理想を描かなきゃ、それも現実にならないですからね。
―ちなみに、Rieさんは今、ご自身を肯定できていますか?
Rie fu:そうですね……私の場合は、開き直ったのかもしれないですね(笑)。今はもう、「自分を受け入れるしかない」っていう感じなのかな。溺れそうな時に力を入れるとどんどん沈んじゃうけど、逆に波に任せてプカプカ浮いていこう……っていう感覚ですね。その波は、世間に期待されている波じゃなくても、自分にとっては運命的な波かもしれない。力を抜いて、頑張らずに、力まずに、それでも柔軟に動いていけたらなっていう。
―「開き直る」の解釈としてはすごく新しいですよね。
Rie fu:私の場合、自分ではコントロールできない、より大きな環境に対する適応性や柔軟性を身につけてきた部分もあるんです。振り返れば、デビューしてから今までの間に、自分らしくないことを音楽でも人間関係でもやってしまったことがあったし。でも今は、自分が続けていける範囲で純粋に作りたいものを作れているし、いかに健やかに過ごしていけるかっていうことの方が大事だと思っています。
―今、Rieさんが聴き手を肯定する歌を歌えるのは、Rieさん自身がやっと自分自身を肯定できる場所に辿り着けたからなのかもしれないですよね。7曲目の“zutto”って、すごく古い曲なんですよね?
Rie fu:うん、そうですね。ファーストアルバム(2005年『Rie fu』収録)の頃にはもうあった曲ですね。
―<もしもこの世界がひとつで それをこの目で見れたなら 私はそのうねりに溶けて ほっと一息つくでしょう>というラインが顕著ですけど、この曲で歌われているのって、すごく無垢な祈りであり、Rieさんが歌を歌う理由そのものでもあると思うんです。今、これを歌えることには、すごく大きな意味があるんじゃないかと思うんです。
Rie fu:そうですね。まさに、自分の原点である「外と繋がりたい」という気持ちを振り返る意味でも、この曲は大事な曲なんです。当時は歌謡曲みたいな気がして恥ずかしくて歌えなかったんですけど。あと、“Dreamer”という曲の中に<ひとつの愛>という言葉があって……「優しさ」だったり「音楽」だったり、いろんな形に姿を変えて「ひとつの愛」が存在しているんだって、クサいんですけど、今は素直に歌えるんです。
―昔は歌えなかった理想を歌えるようになったんですね。
Rie fu:理想を描かなきゃ、それも現実にならないですからね。なので、音楽自体の可能性というか、力というか……1人にでも100人にでも1万人にでも、誰かに音楽が伝わることには、変わらない「何か」があるっていうことを、意識するようになりましたね。
自分を愛すること、自分を肯定すること、それを一番に届けたいですね。
―前作『I』と今作『O』はデビュー10周年を記念した作品ということですが、この2枚って、10年間の集大成というより、むしろここから先に進むための「原点」を作った新しいデビュー作のような2枚なのかなという気がします。
Rie fu:そうですね。今は、気持ちも視野も広がってきている感じがするんです。思えば、美大に行きたくてポートフォリオの作品作りをしていた時に偶然ギターを弾く機会があって、そこから曲作りを始めて。それに反応をいただけたところから、私のミュージシャンとしてのキャリアは始まっているんです。なので、絵画の世界特有の、「アーティスト」として確立するまでは人に作品を見せるわけでもなく描き続けなければいけないっていう、自分本位な価値観の中で表現するフラストレーションから始まっていて。
―「伝えたい」というよりは、「閉じ込めておきたくない」という意識が最初にあったんですね。
Rie fu:そう。自分の中にある創作意欲や表現欲求を、どうやったら外側――「OUTSIDE」に向けて伝えていけるんだろう? って考えたら、音楽はぴったりな表現方法だったんですよ。当時は、それでフラストレーションは解消されたんです。でも、当時はスッキリしただけで、その先のことは考えていなかった。今はそこから何段階かステップは進んだ実感はありますね。
―この先の活動はどうなっていきそうですか?
Rie fu:実は、シンガポールからイギリスに引っ越すんです。今頃、どこかの海にプカプカと船便で荷物が浮いているんですけど(笑)。
―それはまた……動きますねぇ。
Rie fu:イギリスで活動することは、自分でレーベルを始めた頃から3~4年ずっと考えていて。イギリスには、1970年代にはパンクロックが生まれた土壌があり、それ以前にも、いろんな人種の人々が混ざり合うことで生まれた音楽の文化があって。
―たしかに、THE CLASHやTHE SPECIALSなどの1970年代のパンクバンドは、ダブやレゲエ、スカなど、移民の人たちが伝え育んできたサウンドをミクスチャーすることで、音楽の中に新しい価値観を生み出してきた……イギリスには、そんな歴史的土壌がありますよね。
Rie fu:そう、だからこそすごく厳しい世界だと思うし、批評することが国民性みたいな場所でもあるので、あまり簡単に「いい」とは言われないと思うんです。そういう場所だからこそ、挑戦したいなって。それに今回のアルバムも、日本の素晴らしい才能を持った方々とプロデュースやミックス、マスタリングすることができたので、そういう人たちを世界に紹介したい気持ちもありますね。
―Rieさんご自身は、イギリスで活動する中でどんなアーティストになりたいと思いますか?
Rie fu:おこがましいんですけど、私はケイト・ブッシュに憧れていて。彼女のように、プログレッシヴなポップソングを作れたらと思います。彼女は、サウンドが斬新なだけではなくて、歌詞の面では社会的な弱者に焦点を当てていたり、音楽の先にあるメッセージも強烈なんですよね。でも、多くの人に受け入れられる物語性のある曲も作っている他にはいないタイプのアーティストで。私も、さりげない「日本人らしさ」をちゃんとサウンドに落とし込んでいきながら、「他にはいない」と言われるような存在になって、自分を愛すること、自分を肯定すること、それを一番に届けたいですね。
- リリース情報
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- Rie fu
『O』(CD) -
2016年4月6日(水)発売
価格:3,000円(税込)
DQC-15191. Fourier(フーリエ)
2. SecretIsland
3. 夢の中であなたは(In My Dreams You Were…)
4. Father&Son
5. 雨の飛行場(Airport in the Rain)
6. Lullaby
7. Zutto
8. Scale
9. Dreamer
10. A Song For Me
- Rie fu
- プロフィール
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- Rie fu (りえふぅ)
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シンガーソングライター・油彩画家。日本語と英語がミックスされた歌詞や、カレン・カーペンターに影響を受けた歌声が特徴。幼少期をアメリカで過ごし、現地で賛美歌などに触れた事がきっかけで歌に興味を持ち始める。2004年デビューと同時にロンドンに渡り絵画を学び、現地のミュージシャンとも親交を深める。2007年ロンドン芸術大学卒。以後、音楽活動と合わせて定期的に個展を開く等、アートと音楽を繋げる活動を続けている。近年では、ものづくりの過程が垣間みられる工事現場をテーマとした絵画を描く『工事現場フェチ画家』としても制作を続けている。ピアノ・ギターを演奏し、他アーティストとのコラボレーションやCM音楽制作等、活動の幅を広げている。2016年シンガポールからイギリスに移住。
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