20年前から桑田佳祐との仕事を重ねてきたアートディレクター
還暦を迎えた桑田佳祐に贈る、各界の著名人インタビュー企画。今回は、立川志の輔、小山薫堂に続き、信藤三雄に話を聞いた。信藤は、1996年の『Young Love』を皮切りに、『マンピーのG★SPOT』『LOVE AFFAIR ~秘密のデート』など、サザンオールスターズの名盤デザインを数多く手がけてきたアートディレクターだ。桑田佳祐がプロデュースする作品を具現化してきたデザインの特徴について、短く言い表すならば「生命力に溢れたエロ」だろうか。
深紅のランジェリーが仲よく2つ並んだ『LOVE AFFAIR』は言うに及ばず(そもそも「情事」を意味するタイトルに対して、女性用の下着を2人分並べるのが意味深すぎる)、「G★SPOT」を「爺さんが集まったスポット」として解釈した洒脱な脱力感と回春的なエロは、おかしみを誘う。
「桑田さんも僕もエロは好きですから(笑)」
そして、そんなナイス「エロ」デザインの極致と言えば、やはり2002年のソロシングル『東京』のPVだろう。信藤は「桑田さんの作品のなかでも、一番密に進めた仕事だった」と振り返る。同曲のロケーションは大雨にそぼ濡れる深夜の東京シーサイドからスタート。桑田が演じるタクシードライバーが、中尾彬演じる刑事と、小島聖演じる情婦のホステスを後部座席に載せて疾走する冒頭からして、ただごとではない濃厚な空気が映像をじっとりと覆う。桑田はこのPVについて、自ら原案を出し、字コンテまで書いてきたそうである。撮影前に桑田と交わした会話を、信藤が思い出しながら語ってくれた。
信藤:桑田さんは最初に「火曜サスペンス劇場っぽいノリのPVにしたいね、僕が刑事役で!」とアイデアを出されたんですよ。そこから具体的に構想を練っていくなかで、いろんな展開、いろんなドラマを見せることができそうだね、ということで主役をタクシードライバーに変更しました。桑田さん以外の役者も「色っぽい人がいいね」という話にもなりましたね。桑田さんも僕もエロは好きですから(笑)。編集が終わった後、オフラインを桑田さんの別荘に持って行ったことも覚えています。
ジャケットデザインが点景だとすれば、そこに時間軸を足したPVは絵巻物である。その奥深い世界は、ミュージシャンとデザイナー、共に時代のトップランナーであり続ける桑田と信藤のカップリングだったからこそ生まれたものなのだ。
「“勝手にシンドバッド”って、天才にしか書けない曲ですよね」
二人にとって初の共作となった『Young Love』も、信藤にとって忘れがたい経験だった。デビュー曲“勝手にシンドバッド”での鮮烈な登場以降、ポップミュージックの最前線に君臨しつづけるサザンオールスターズに、信藤は「時代を代表する天才たち」という印象を抱いていたという。ここで言う時代とは、おそらく1980年代中頃から1990年代初頭までのバブル景気を指している。
圧倒的な好景気に沸いた当時の日本は、現代思想や芸術の分野で「ポストモダン」と呼ばれた。国家や歴史が市民の生を規定する垂直方向のイデオロギーがかつての絶大な力を失い、かわりに流動的な経済活動や文化交流が面的に増殖していく都市のネットワークが存在感を増すようになったこの頃、人の生活も志向も、多面的で多義的、享楽的で分裂的な性質を見せ始め、すべての価値観が相対的に把握されるようになっていった。信藤がサザンオールスターズに見いだしていたのもそのような側面である。
信藤:『勝手にシンドバッド』って、詩もメロディーもすごいじゃないですか。天才にしか書けない曲ですよね。革命性があります。いろんな詩のエッセンスを取り入れているし、タイトルも沢田研二さんの『勝手にしやがれ』、ピンクレディーの『渚のシンドバッド』をつなぎ合わせたものですよね? 桑田さんの作り方の1つとして、DJ的というか、リミックス的な感じがあると思ったんです。それもあって、『Young Love』のジャケットは時代を作ったポップスターたちのコラージュというイメージでデザインしたいと、桑田さんと話し合いました。
『Young Love』のジャケットに注目してみよう。たしかに帽子をかぶり、やや上方向に顔を向けた桑田は、いかにもボブ・ディラン風。原由子はIt's A Beautiful Dayの1stアルバム(サンフランシスコ出身のロックグループによる、1969年発表のセルフタイトルアルバム)のジャケットの女性だ。メンバーはTHE BEATLESの『Abbey Road』のように道を横切り、画面奥で墜落する飛行船はLed Zeppelinの1stアルバムから。
サザンオールスターズの姿に、20世紀音楽史を彩るスターたちを重ね合わせるサンプリング的な手法は、きわめてポストモダンな表象である。信藤は、デザイナーという立場から、歴史的存在としてのサザンオールスターズに、ある種の解答を返そうとしたのかもしれない。
「去年の年末に沖縄でサザンのライブを観たんですけど、僕はずっと泣きっぱなしだったんですよ」
さて、そんな信藤は1948年生まれ。桑田よりも8年早く還暦を迎えた彼から見て、現在の「ミュージシャン・桑田佳祐」はどのように見えているのだろうか。
信藤:じつは、去年の年末に沖縄でサザンのライブを観たんですけど、僕はずっと泣きっぱなしだったんですよ。僕がライブや美術館とかで一番感動するのは、そのアーティスト自身が持っているエネルギーに触れた瞬間で、あのライブでは特に桑田さんのエネルギーが自分のなかに入ってきたんだと思う。病気で長期休養をして、復活した後の全国ツアーだったでしょう。いろいろご苦労された桑田さんが、2時間も3時間も全力でパフォーマンスされている姿に胸が打たれました。それで思ったのは、僕は今までサザンオールスターズの本当のよさが分かってなかったのかもしれないということです。うまく説明できないんだけど……僕も年齢を重ねて、音楽の奥深さを深く理解できるようになったのかもしれない。僕自身、数年前に脳梗塞をやったんですね。倒れはしなかったけれど、今も低体温になったり、歩くのがつらくなったり、手が痺れたりする。人間にとって、そういうある種の障害は必要なことなのかも、と思います。経済的にも過不足なく、人生にも迷わず、そんな平穏無事な人生は望ましいものだけど……やっぱりさ、それではある種の深みには到達できないんですよ。残念ながら……。
クリエイターにとって「老い」とは何だろうか。才能の枯渇? 残された時間で実現可能な創造活動への焦り? 個人によって異なり、また30年そこらの人生経験しかない筆者に想像できるイメージはあまりにも貧しいものだ。けれども、信藤の言う「深み」、そして沖縄のステージで桑田が見せたという「音楽の本当のよさ」は、希望のようでもあり、願いのようでもある。
信藤:年齢を重ねることで、才能やセンスに深さが刻まれるんじゃないかな? 自分の才能の本質に一気に到達できる人もいるかもしれないけれど、らっきょうのように才能の皮を剥いていって「これが俺だったんだ!」と気づくにはある程度の年数が必要で、何かにつまずいたり、背負うものがあってこそ、人生の豊かさの真価が問われると思う。つまり、人間は苦労した方がいいんですよ。桑田さんには、このまま走り続けてほしいですね。僕の感覚からすると、還暦を迎えたことは通過点にすぎないような気もするんですよ。桑田さんも長生きしてください、僕もたぶん長生きするので。
- プロフィール
-
- 信藤三雄 (しんどう みつお)
-
アートディレクター、映像ディレクター、フォトグラファー、書道家、演出家、空間プロデューサー。松任谷由実、ピチカート・ファイヴ、Mr.Children、MISIA、宇多田ヒカルなど、これまで手掛けたレコード&CDジャケット数は約1000枚。その活躍はグラフィックデザインにとどまらず、数多くのアーティストのプロモーションビデオも手掛け、桑田佳祐『東京』では、2003年度の『スペースシャワーMVA BEST OF THE YEAR』を受賞。近作に、KEITA MARUYAMAブランドロゴデザイン、LAPLUME(Samantha Thavasa)広告デザイン、「洋服の青山」TV-CF「坂本龍一篇」、「XSOL」TV-CF、厚生労働省Smart Life Projectポスター、日本酒「笑酒来福」パッケージデザイン、三上博史WEBサイトディレクション、CDジャケットでは、MISIA、筒美京平、ドレスコーズ、UA等々。
- フィードバック 9
-
新たな発見や感動を得ることはできましたか?
-