かつては一面的だった幸せのモデルが崩れ、生き方・働き方の多様化が進む中にあって、当然アーティスト活動のあり方にも変化が起きつつある。もちろん、かつてのように大手の事務所に所属して、メジャーのレコード会社から大ヒット曲を出し、世界中をツアーして回る生活を夢見る人もいるだろう。しかし、それを叶えることのできる人はあくまで一握りであって、生活のための仕事をしながら、その一方で自分が本当に作りたい作品を作り、継続的に発表できるという生き方も、多くの人にとっての現実的な幸せであるように思う。いま求められているのは、そのための仕組み作りなのだ。
世界中の配信サイトでの楽曲販売をサポートするTuneCore Japan、日本におけるクラウドファンディングの先駆けを担ったCAMPFIREといったネットサービスは、多様化するアーティストのあり方に対して、これからますます重要な役割を果たすことになるはず。特に、CAMPFIREは今年に入って手数料を大幅に下げるなど、「個人が発信する手段としてのネットサービス」を見つめ直そうとしている。果たして、こういった動きは何を意味しているのだろうか? TuneCore Japan代表の野田威一郎、CAMPFIRE代表の家入一真、そして、アーティスト代表として、昨年10周年を迎えたマルチネレコーズ代表のtomadを迎え、ネットサービスの今後について語り合ってもらった。
日本では「ストリーミング元年」と言いながらも、すでに世界とはまたずれつつあるっていう、そういう現状だと思いますね。(野田)
―TuneCore Japanのサービス開始から約2年半が経過しました。現在の利用実態はどのようになっているのでしょうか?
野田:現在は僕ら経由で約20万曲が世に出ていて、毎月アーティストに還元する金額が月次5千万円くらいです。なので昨年末で、累計の還元金額は6億円を超えてきて。配信先は32サイトで、国で言うと100か国以上なので、やっとですけど、徐々に規模感が出てきたかなって。去年はストリーミングサービスが増えたので、それを一つひとつ足していって、今年中には国内のサイトがほぼ網羅できると思います。次はアジアとか、日本以外の国の配信先ももっと増やしていきたいですね。
―まさに、昨年は日本におけるストリーミング元年と言える年になりましたよね。野田さんはいまの状況をどう見ていらっしゃいますか?
野田:「やっと始まったな」って感覚です。でもまだどこの会社も試行錯誤していますし、これからどうしていこうかっていう、スタート期だと思います。海外でも変化は続いていて、向こうではすでにストリーミングの先、無料で聴けて、それをどうマネタイズするかっていう動きになってきてるんですよね。昔のモバゲーみたいに、無料で遊べて、広告費で賄うっていう、アドストリーミングの形が増えつつあるんです。なので、日本では「ストリーミング元年」と言いながらも、すでに世界とはまたずれつつあるっていう、そういう現状だと思いますね。
―では、CAMPFIREの利用状況はどのようになっていますか?
家入:クラウドファンディングは、思ったより市場規模が広がらなかったなっていうのが正直なところです。国内の市場は50億円ほどと言われてて、その中にプラットフォーマーがいっぱいいて、小っちゃいパイを取り合ってる状態なんですよね。ただ、僕はまだまだこれから伸びると思っていて、特に個人が個人を支援する、体験や物を購入することで応援する、といったケースはもっと広がっていくはずで。そこでCAMPFIREが何をアピールできるのか、日々模索しています。
―そんな中で、今年の2月に手数料を20%から5%に引き下げる発表がありましたね。
家入:クラウドファンディングってどうしても、企業が関わるような大きな金額の案件が注目を集めるんですけど、僕はホントに重要なのは個人がお金を集められることにあると思ってるんです。インターネットの本質は誰でも発信できるってことなので、クラウドファンディングに関しても、そういう個人が何か一歩を踏み出せるようになってほしい。そのためには、1円でも多く返してあげるべきだと思うので、5%にしたんです。個人に寄り添った形でサービスを広げていきたいんですよね。そういえば、tomadくんもクラウドファンディングやってましたよね?
tomad:はい。PICNICっていうクラウドファンディングプラットフォームを作って、合計900万くらい集めて、アーティスト主導でCDを作ったり、イベントを企画していたりしました。大きいプラットフォームは他にもあるので、こっちは身内というか、マルチネのコミュニティーをどう先につなげていけるか、みたいなことを考えてやった感じです。
家入:今は一旦停止してる?
tomad:そうですね。少人数で運営していてあまり手も広げらない現状と、決済のシステムとか、法律の問題とか、やっぱりいろいろハードルがあるんですよね。あとアーティストがクラウドファンディングを使うメリットとデメリットも見えてきて、デメリットで言うと、出資してくれた方へリターンを返さなきゃっていう切迫感が強いのと、それに伴った事務作業に追われて作品作りに集中できなくなっちゃうこともあるなって。もちろん、メリットとしてはリスナーからアーティストに直接お金が入ることで、レコード会社と印税何%で契約するよりも、より多くのお金が入ってくる場合もありますよね。
家入:企業の方から「一緒にやりませんか?」って言われて、一回やるじゃないですか? そうすると、必ず「次は自社でプラットフォームをやりたい」っていう方向に行くんですよ。でも、実際にやってみると意外と大変で、3つくらいで終わるっていうパターンが多い。つまりクラウドファンディングの問題って、単発で終わっちゃうことなんです。結局関係性が持続しない。
―そういう課題があるんですね。
家入:それを解決するためには、tomadくんがやってるみたいに、もっとコミュニティーになっていかないといけないんです。マルチネみたいなコアなファン層を持っているところが独自のクラウドファンディングをやるっていうのは、ひとつの流れとしてすごく正しいと思うんですよね。
ネットサービスを利用することに対して「かっこ悪い」という感覚は根強い。「いや、そこを一緒に超えていこうよ」っていうのが僕たちプラットフォーム側からの提案なんです。(家入)
―CAMPFIREが手数料を下げて個人コミュニティーへ寄与することを考えたのと同様に、TuneCoreの「売上100%還元」も、アーティスト活動やコミュニティーを継続的に支援することのひとつの表れと言えそうですね。
野田:そうなればいいなと思っています。ただ、そうはいっても配信販売の利益って、彼らが活動を継続するための資金繰りのひとつでしかないんです。アーティストは夢を見るから、バーンって大きく売りたいっていうのはあると思うんですけど、僕らの観点としては、まずは活動を継続していくお手伝いをして、その上で何か他のやり方も含めて、大きく当ててほしいと思ってるんです。
家入:これから先がどうなっていくかを考えると、国としてヤバい方向に向かっていて、みんなが稼げない時代になるから、CAMPFIREにしろTuneCoreにしろ、それだけで食える人の数は限られると思うんですね。むしろ、大多数は食えない。だけど、例えば「月3万円は必ず入ります」ってなれば、バイトのシフトを減らして制作に時間を使えるわけじゃないですか? そういう小さい喜びを得ながら生きていく時代がやってくると思ってて。
―月に3万円入る取引先が増えていけば、制作に使える時間もどんどん増えていくわけで、3万円を稼ぐ選択肢のひとつとして、様々なネットサービスが出てきていると言えるわけですね。
tomad:実際僕も何十人っていうアーティストやトラックメイカーと関わる中で、音楽一本で食える時代ではなくなってきてるなっていうのは感じてて、だから就職のタイミングで音楽やめちゃう人も多いんですよね。そこでやめちゃうのはもったいないので、マイペースに社会人でも音楽を続けられる仕組みがあればいいなと思ってクラウドファンディングをやってみたんです。
―アーティストが収益を上げるモデルを考えようと。
tomad:そうです。最近は知名度が上がってきたこともあって、企業から音楽の制作案件を受託して、制作をマルチネ周辺のアーティストに振っていくみたいなこともしていて、所属が緩い制作会社みたいにもなっているんですよね。会社員として稼ぐ仕事とは別に、創作ができて、それなりの対価がもらえるパイプも別にある。そういう風になっていけばなって思いますね。
家入:ただ、アーティストさんによっては「クラウドファンディングは必死感が出てかっこ悪い」とか「金儲けっぽくて嫌だ」って言うんですよね。クラウドファンディングに限らず、ネットサービスを上手く利用することに対して「かっこ悪い」という感覚はなぜか日本では根強くて、もちろんそれもわかるんですけど、「いや、そこを超えていこうよ」っていうのが僕たちプラットフォーム側からの提案なんです。
―すぐに解決するのは難しい、時間を必要とする問題ですね。
家入:そもそもプラットフォームとアーティストの相性ってどうなんでしょうね。プラットフォームは資本主義、権威主義的な見え方もあると思うから、「あいつらが土足で踏み込んできて、土壌が荒らされる」みたいな、生態系を壊すような存在として捉えるアーティストも多いとは思います。僕からすると、「上手いこと利用してくれたらいいな」って単純に思うんですけど。そういう見られ方をする中でも、tomadくんは優しかったんです(笑)。
tomad:僕らのことを理解してくれてるなっていうか、家入さん悪い感じしなかったですよ(笑)。
家入:僕はもともとインターネットカルチャーが大好きで、マルチネのことも超かっこいいと思ってたんで、実は今日対談ができるっていうのもめっちゃ嬉しいんですけど(笑)。ただその一方で、プラットフォームとアーティストにある種の相性の悪さがあるのも自覚して、その上でこれからより広めていきたいなって思ってるんです。
個人でいろいろ出せる時代になったのはいいんですけど、そこから先につなげる役目の人があんまりいないと思うんです。(tomad)
―プラットフォーム側の難しさを、野田さんはどう感じていらっしゃいますか?
野田:誰でも配信販売に参加できるようになることで、「雑音が増える」と言われたりするんですけど、それを言ったらYouTubeもそうだし、そもそもインターネットなんてどこ見ても雑音だらけじゃんって思うから、あんまり気にはしてないですね。
家入:ネットの本質って、今まで手が届かなかったものが、すべて身近になっていくってことで、そうなればみんな自称クリエイターになるのは必然ですよね。そうやってみんなが承認欲求を満たすためにネットを使うわけだから、クオリティーの高い低いも出るし、雑音が増えるのは当然。
tomad:あと、ネットが普及して個人でいろいろ出せる時代になったのはいいんですけど、そこから先につなげる役目の人があんまりいないと思うんです。結局メジャーレーベルは盛り上がった人を一番売れるタイミングで持っていく。インディーレーベルやネットレーベルはそういう売上げじゃない部分も担っていると思うんですけど、さらにもっと個人をピックアップして育てる仕組みが出てきてもいいと思うんです。
―これまではインディーレーベルが担ってきた役割を、TuneCoreやCAMPFIREが担えるようになれば、アーティストの可能性は広がりますよね。実際に、これまでTuneCore発のアーティストの成功例を挙げるとすると、どんな名前が挙がりますか?
野田:「TuneCore発」っていうのは難しくて、例えば、KOHHさんなんかはうちを使ってくれていて、いま世界にも出て行ってるわけですけど、「僕らはあくまでツールで、使っていただいてるだけ」っていう立場なんです。そこで「僕らが押します」ってなると、流通会社ではなくレーベルになってしまうので。ただ、アーティストの数が増えて、利用者の成功事例が出てきた中で、そろそろ次の段階を考える時期だとは思っています。
家入:tomadくんはさっき言った「つなげる役目の人」を目指してるってこと?
tomad:目指してたわけではなかったんですけど、自然とそういう立ち位置になってきた感じです。アーティストとも話をするし、他のレーベルとか、いろんな音楽関係者ともよく話をするんで。
野田:「所属」という概念が変わってきたってことだと思うんですよね。途中で言ってたマルチネとアーティストの距離感ってすごく新しいと思ったんですけど、一アーティストが一個人として存在して、いろんなプロジェクトでいろんな人と絡んだ方が面白いことが継続的に起こる。そういうインディペンデント像を僕は何となく描いているんですよね。何だかんだで「所属」っていう概念が変わらずに存在していたけど、そこがもう少し崩れて、個が軸になって、チームと組むみたいになるのが理想かなって。
もう僕クラウドファンディングって言葉自体あんまり使いたくなくて、もっと新しいものになっていければなって思ってるんです。(家入)
―所属の概念の変化、つまりは途中でも話題に挙がった「コミュニティーの形成」というのが大きなポイントになりそうですね。
家入:完全に閉じたコミュニティーではなくて、緩やかなコミュニティーが必要だってことですよね。昔、学費を支援する「studygift」っていうプラットフォームをやって大炎上した結果わかったんですけど、完全オープンにして「みんなおいで」ってやっちゃうとダメなんです。そのときも最初は支援がめっちゃ集まったんですけど、その後に批判がめちゃめちゃ来て、大荒れに荒れてダメになっちゃった。もちろん僕らの不手際もたくさんあったので反省だらけなんですが……。なので、コミュニティーの範囲みたいなものをちゃんと設計することが大事だなって。
―なるほど。閉じ過ぎてるコミュニティーもダメだけど、完全にオープンなのもよくない。
家入:例えば、TwitterとかFacebookがだんだん発言しづらいものになってきているのも、完全オープンだからで、もっと緩やかなグラデーションのコミュニティーを設定していかないと、クラウドファンディングも上手くいかないのかなって。っていうか、もう僕クラウドファンディングって言葉自体あんまり使いたくなくて、もっと新しいものになっていければなって思ってるんです。
―tomadさんはこれまでのマルチネの運営において、コミュニティーの設計図というのはどの程度考えていらっしゃったのでしょうか?
tomad:僕としてはそこが第一にあるというか、例えば、この人とこの人は友達で関係性が近いからコラボさせてリリースしてみようとか、お金にならないけれど実験的なイベントをやってみたり、丁度10周年だった去年には本を出して今までの歴史をまとめたり。実際に場所があるわけじゃないですけど、コミュニティーに近いものになっている気はします。設立当初はレーベルに憧れがあったから、「マルチネレコーズ」って名前にしましたけど、今立ち上げるんだったら、「レコーズ」って付けないと思いますね。目印としての名前があればいいやっていう。
家入:マルチネとして「こういうのはかっこ悪い」とか「これをやると荒れそうだな」とか、そういうことには敏感?
tomad:そうですね。そこは一番大事にしてることなんですけど、その基準みたいなのって、なかなか口で説明できるものでもないっていうか。属人性が高いから、同じことをやろうとしても、やれる人とやれない人がいると思いますし。
家入:叩かれることもある? 「マルチネこっち行っちゃうんだ」とか。
tomad:ありますね。でも、そっちに行ったからこそ、新しい人が来て、コミュニティーの循環が生まれるので、そういう部分にも目配せしながら動いてる感じです。
野田:ネットでのコミュニケーションってそういうことですよね。僕らもこれからアーティストとのコミュニケーションをもっと気にしないとなって、今めっちゃ勉強になってます(笑)。
―TuneCoreというプラットフォームとして、アーティストとコミュニケーションを取るというのは、また難しさもありそうですね。
野田:そうですね。でも、僕らも伝えたいことがちゃんとある。「こうした方がいいんじゃない?」っていう提案を、登録してくれてるアーティストに、近い距離の情報として伝える方法ってきっとあるはずなんですよね。プラットフォーマーからの通知メールってだけだときっと響かないと思うから、その距離感っていうのを、オンライン上なのかそれ以外なのかも含めて、これからもっと考えていきたいですね。
―TuneCoreとしてイベントを開催したり、アーティストと一緒になって何かをする動きも増えてきているようですね。
野田:「やっとそのフェーズに入れそうかな」という感じです。そもそも僕らは流通業で、まずはサービスを認知してもらうことが重要だったんですけど、利用してくださるアーティストの数が増えてきたので、これからは一緒に何かをやっていきたい。例えば、ゼンラさん(ZEN-LA-ROCK)みたいな人は、すでにうちとCAMPFIREを両方使って作品を出したりしていて、プラットフォーム同士のコラボが勝手に成立していたりするんです。そういう動きもこれからもっと広げていきたいですね。
- プロフィール
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- tomad (とまど)
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インターネットレーベル「Maltine Records」主宰。2006年頃からラップトップを使ったDJ活動開始。都内を中心にLIQUIDROOMやUNIT、AIR、MOGRAなど様々なクラブでプレイ。2009年から都内のクラブにて年数回のペースで自身レーベルのイベントオーガナイズもしている。
- 野田威一郎 (のだ いいちろう)
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東京出身。香港で中学・高校時代を過ごし、慶應義塾大学卒業後、株式会社アドウェイズ入社。2008年に独立しWano株式会社を設立。2011年にはTuneCore Japanを立ち上げ、2012年10月にサービスを開始。
- 家入一真 (いえいり かずま)
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福岡出身。株式会社CAMPFIRE代表取締役。2001年株式会社paperboy&co.(現GMOペパボ)を創業後、JASDAQに上場。その後、株式会社CAMPFIREを創業、代表に就任。他にもオンザコーナーなどのカフェ運営を行うpartycompanyや、スタートアップへの投資を行うpartyfactory、ECプラットフォームBASEの創業など。シェアハウス「リバ邸」を日本各地に立ち上げるなどの活動も行なっている。
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