「チーナ」というバンドには、いつだって「孤独」が付きまとっていたように思う。2000年代終盤から東京のライブハウスシーンで活動を始めた彼ら。ピアノやバイオリンを駆使した楽曲たちは、俄然ポップで端正で上品だった。それでいて、ボーカル・椎名の綴る言葉には、自分の無力さを真正面から見つめる、海のように深い内省があった。本質的にこのバンドには、拠るべき場所を持たず、ただ気高く孤独と戯れるような風情があったのだ。
しかし、ここに来てチーナは変わった。そもそも5人組だった彼らだが、去年、新たに16人編成の大所帯プロジェクト「チーナフィルハーモニックオーケストラ」を始動。さらに、チーナフィルで音源を作るべく、クラウドファンディングの機能を持った「Eggsサポートプロジェクト」を通して、リスナーとのコミュニケーションを図っている。拠るべき場所を持たなかったはずのバンドが、今、他者と「繋がる」ことで新たな世界を創造しようとしているのだ。そして筆者には、そんな彼らの姿が、遂に辿り着いたチーナの「あるべき姿」のようにも思えている。「小さなもの」を「小さくて大きなもの」に変え始めたチーナの五人に話を聞いた。
何でも長くやっていると、客観的に判断できなくなるし、やりたいことやできることも、どんどん狭まってしまう。(リーダー)
―チーナをオーケストラ編成にするという構想は、いつ頃からあったんですか?
椎名(Vo,Pf):ミニアルバム『DOCCI』(2014年)を作っている時には、意識し始めていましたね。チーナフィルでパーカッションを叩いてくれている小宮山(純平)さんが「チーナはロックじゃなくて、楽器編成をもっと活かしてクラシックっぽいことをやったほうが、お客さんも面白がってくれるよ」って言ってくれて。
―そこがスタートだったと。
椎名:そうですね。それで、自分たちで最初に意志表明したのは、たしか2年前のCINRAの取材(私たちは空を飛べないからこそ歩ける、チーナが見つけた真のHAPPY)でした。
リーダー(Gt,microKORG):そうだったね。なんでもそうだけど、バンドも長くやっていると主観的になりすぎてしまうんです。曲のアレンジにしても、いい / 悪いを客観的に判断できなくなってくるし、やりたいことやできることも、どんどん狭まってしまう。そういう意味でも、チーナに新しい波を取り入れることができないか考えていたんです。
―バンドにとってのテコ入れ的な側面が強かったんですね。
林(Cb):そもそも椎名が作る曲も、どちらかといえばオーケストラに合う曲が多かったんですよ。「この曲、そのまま合唱曲になるんじゃない?」っていう曲もあったし。
椎名:そうだね。女性メンバー三人はもともと音大のクラシック畑出身なんです。だから、何をやっても、最終的にはクラシックに戻ってしまって(笑)。最初はそれが恥ずかしかったし嫌だったんですけど、男性メンバーはそういう部分を評価してくれる。だったら、思い切って自分たちの素養に寄せて、オーケストラをやってみようと思ったんです。
―どうして椎名さんは、ご自身の本来の素養であるクラシックに寄せていくことが嫌だったんですか?
椎名:チーナも他のバンドと同じで、友達とバンドを組んだら、結果的にバイオリンとコントラバスがいたっていうだけの話なんです。それなのに、ライブハウスで演奏していたら「普段はコンサートホールでやっているんですか?」とか、「チーナは僕らのバンドとはジャンルが違うよね」ってすごく言われて。「なんで、そんなことを言われなきゃいけないんだろう?」っていうコンプレックスが強かったんです。
柴(Vn):本当に、嫌というほど言われたよね。
椎名:でも恥ずかしい話、私は自分がやるまで、小さなライブハウスでライブを観たこともなくて。他のバンドの人たちは、バンドというものをすごく理解して活動していたけど、私はバンドがどうやって活動していくものなのかもわからなかった。だからこそ、クラシックっぽさをなくして、「バンド」として見てもらいたいという気持ちが強かったですね。
―なるほど。椎名さんにとっての「バンド」や「ライブハウス」って、仲間の友情や、人の繋がりの親密さを象徴する場所だったのかもしれないですね。
椎名:そうですね……だから、初期の頃はすごく尖っていて、「素人は、わかってくれなくてもいいんで」みたいなスタンスで、お客さんが付いてくることができないようなライブをしていました。そのせいで、物販でCDが1枚も売れない日もありましたね。
HAPPY(Dr):僕はチーナに入ってまだ3年弱なので、客観的な視線が残っていて。こんなことを言うと怒られるかもしれないんですけど、今、椎名さんは目まぐるしく変わっている感じがします。
―具体的にどういうふうに変わっているんでしょう?
HAPPY:最近、椎名さんが作る曲は明るいんです。僕が出会った頃のチーナは、いい意味でトゲがあったんですよ。パッと見かわいい女の子に急にナイフで刺される、みたいな。でも、そこに心地よさがあった。それに比べて今は本当にシンプルに、かわいい子のかわいい仕草を見ているイメージなんですよね。
椎名:……(じっとHAPPYを見る)。
HAPPY:今の僕の発言、やばかったですか……?
椎名:ううん、全然(笑)。たしかに、今は「心を開いた楽曲を作りたい」という気持ちがあります。私は、血が騒ぐというか、ものすごいエネルギーを感じる曲が大好きだし、聴いた人が興奮するような曲を作りたいと思ってきたんです。でも、何かを「否定」したり、「負」のエネルギーから音楽を始めていたんですよね。今は、お客さんに「負」ではないものを感じてほしいし、本当にみんなにわかってほしいと思って曲を作るようになりました。
試行錯誤し続けたいんです。みんなで音を鳴らすことでしかわからないことがある。(椎名)
―たとえば、『DOCCI』に収録されていた“シラバス”では、<若者よ空は飛べないね>と歌われていたように、今までのチーナの根底には、世界の巨大さに押しつぶされそうになる個人の無力感があったと思うんです。でも、チーナフィルは、ちっぽけな個人でも、繋がれば世界の大きさにも負けない力を持てるということを証明しようとする突破力を感じます。
椎名:たしかに、チーナフィルは「みんなでやっていくぞ!」っていうエネルギーを持っていますね。今まで、ライブの直前は閉じ籠るのが一番いいと思っていたんです。でも、フィルのみんなが直前までずっと明るくいてくれることで、私もそれに流されて、普通に生活しているのと同じテンションでステージに上がっていいんだって気付かされました。
林:最初に声をかけた時点で、ただ上手に演奏ができるっていうだけじゃなくて、「一緒に楽しくライブをできる人」を選びたいという気持ちがあったもんね。いざライブをやってみたら、本当にみんな楽しそうで。今まで五人で出していたエネルギーが単純に3倍以上になって、16人分のエネルギーをちゃんと感じることができる。それにすごく触発されました。その後に五人でやっても、全く別物として、これはこれでいいなと思えましたね。
椎名:それに、チーナフィルは私たちよりも長く音楽をやっているメンバーも多いから、辛いこともたくさん経験してきていて。だからこそ出せる明るさがあると思うんですよ。
―トランペットの壺坂(恵)さんが在籍していたecosystemは、2年前に解散していますし、決して楽しいだけのキャリアを積んできたわけではないですよね。
椎名:そう。やっぱり、バンドを続けることって、すごく大変なんですよ。でも、五人だけだったら青ざめてしまうような出来事があっても、チーナフィルのメンバーは「大丈夫だよ」って言ってくれるんです。私も何度も心が折れたし、みんな「もう無理かも」って感じたこともあると思うけど、チーナフィルのメンバーは「とりあえず今日、楽しくライブができたらいいよ」っていう気持ちに持っていってくれる。ずっとバンドを続けることができるかもしれないと思わせてくれる力があるんです。
―ただ、現実的な面を見ると、16人のバンドを動かそうと思えば、経済的にも、機動性の面でも、難しいことは多いですよね。
椎名:本当にそうですね。今回「Eggsサポートプロジェクト」でCDを作ることになったのも、結局、そこが理由です。16人ともなれば、地方にライブに行くにも「車が何台必要なんだよ?」とか、お金もスケジュールも問題はたくさんあります。
―少人数で音楽をやったほうが合理的だし、ひとりで活動できる時代でもある。それでも大所帯のバンドを動かす意味って、どこにあるんだと思いますか?
椎名:私は、試行錯誤し続けたいんです。誰かがぽろっと言った一言が、すごいアイデアに繋がったりする。それって、実際にみんなで音を鳴らすことでしかわからないと思うんです。あと、私は歌詞を書いているから余計そう思うのかもしれないですけど、絶対に自分の本心でないことは歌いたくないし、お客さんを裏切りたくない。
―妥協したくないんですね。
椎名:試行錯誤することが、今の時代の中でいいことなのか悪いことなのかはわからないけど、私たちが音楽をやっていくスタイルは、これなんです。「旗振ろうぜ」っていうアイデアが出たり、もうよくわからないんですけど(笑)、普通のバンドから外れて、そのうちどっかのサーカスの人たちと一緒にやるかもしれない。ライブに来た人にしかわからない面白さを、もっと探せるんじゃないかと思いますね。
―リーダーはどうですか?
リーダー:もちろん、お金とかも絡んできますけど、難しいことを考えているよりは、できるうちは「やりたいからやる」でいいのかなって思います。今までオーケストラをやりたいと思ったことはあったけど、「物理的に難しいよね」って足踏みしてきたんですよね。でも、とりあえず、先のことは後で考えればいいやと思ってメンバーを集めてみたら、みんながOKをくれたし、次に繋がったんです。
柴:チーナフィルとしての最初のライブが終わったあとに、『つくばロックフェス』(茨城県で開催されている音楽フェス)からお誘いを頂いたんです。フィルメンバーには、1回限りのプロジェクトだと伝えてあったので、みんな出てきてくれる確証はなかったし、「できる人たちだけで集まれればいいかな」と思っていたんですけど、全員集まってくれて。私たちだけじゃなくて、みんなが「もう1回やりたい」って思ってくれたんだなって……私はそれにすごく感動しました。
椎名:やっぱり、お客さんとかバンド仲間とか、関わってくれる人たちに変えられてきたんですよ。
お客さんが音楽や作品により深く関わることで、それを自分の喜びとして感じてもらえたらいいなって。(椎名)
―最初は「わかってくれなくてもいい」とすら思っていたバンドが、そんなにも周りに影響を受けながら変化してきた。チーナにとって「人との繋がり」は、何よりも大事なものだったのかもしれないですね。
椎名:そうですね。チーナフィルをやることを発表したら、チーナを見てくれていたお客さんたちも喜んでくれた。それに、ツアーファイナルの時は、お客さんがみんな泣いてくれて、きっと、彼らの人生の中にチーナがいるんだって思ったんです。お客さんは、もう「お客さん」という言葉以上の存在なので、Eggsサポートプロジェクトのキャッチコピーも「あなたもオーケストラの一員になりませんか?」にしたんです。
―単なる「出資者」や「支援者」というより、もっと自分たちに近しい存在として捉えているんですね。
椎名:音楽をやっている人間にとって、音源を作ることって本当に大きな喜びなんですよ。大袈裟なことを言うと、お客さんが人生の中で、音楽や作品により深く関わることで、それを自分の喜びとして感じてもらえたらいいなと思って。もちろん、お金を支援してもらうためのプロジェクトではあるんですけど、「チーナフィルのCDを作る」というよりは、「あなたのCDを作る」つもりで参加してほしいですね。
―今回は特典にコーラス参加もありますもんね。
椎名:それが今回の目玉なんです。チーナを聴いている人たちの中には、「恥ずかしいけど、チーナがやるならしょうがない、歌うよ」って言ってくれる人がたくさんいて。本当に、お客さんもバンドと共に生きてるって感じるんです。チーナのライブは、ひとりで来るお客さんが多いんですけど、それがすごくいいなと思っていて。
―それはなぜ?
椎名:みんな、周りに流されるのではなくて、自分が「いい」と思ったものを選べる感覚を持っているし、ちゃんと意志を持って生きている人たちが多いんです。だからこそ、みんなで一緒に歌う曲は、変に「みんなで楽しく歌おうぜ!」というよりは、それぞれが「個人」として、自分の気持ちで歌ってもらえるような曲にしようと思っています。
―あくまでも「個人」が集まることで大きなものを描くのがいいですね。今度の『exPoP!!!!!』にはミニ編成で出てもらいますが、渋谷O-nestでハープが聴けるのは貴重ですよね。
椎名:チーナフィルは、大人数で演奏する「圧」で見せることが多いんですけど、今回は初の8人編成なので、「圧」だけじゃないことも意識してライブしたいと思っています。
―チーナフィルがやろうとしていることは、「オーケストラ」の敷居を下げることにも繋がるのかなと思います。
椎名:日本は、オーケストラのコンサートとなると「咳払い禁止」みたいなところもありますよね。外国だと野外でもコンサートがあって、みんなラフな格好で寝そべりながら聴いていたりするんです。クラシックって、そうやって聴いたほうが絶対に楽しいと思うんですよ。
―みんなが楽しめるものなんですね。
椎名:そういう、誰もがフラットなテンションで入ってくることができるものを作れたらいいですよね。それに、この間、自分でライブ映像を見たんですけど、ステージに大勢の人が立っているだけで、音が鳴っていなくても、なんとなく楽しいし……なんかウケる(笑)。
―ウケるって(笑)。でも、今回のクラウドファンディングには、チーナフィル初ライブのDVDの特典もありますよね。
椎名:そう、それも見てほしい! かなり力を入れて撮ったDVDなんです。大勢で音を鳴らすことで生まれる「圧」ってすごいし、それがちゃんと映っていると思います。それに……やっぱり、なんかウケますから(笑)。
- イベント情報
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- 『Eggs×CINRA presents exPoP!!!!! volume86』
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2016年6月30日(木)OPEN 18:30 / START 19:00
会場:東京都 渋谷 TSUTAYA O-nest
出演:
HINTO
Tempalay
戸渡陽太
チーナフィルハーモニックオーケストラ mini
料金:無料(2ドリンク別)
※会場入口で音楽アプリ「Eggs」の起動画面を提示すると入場時の1ドリンク分無料
- プロジェクト情報
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- Eggs
『チーナフィルハーモニックオーケストラSUPPORT PROJECT -
チーナフィルハーモニックオーケストラ初音源をリリース! “あなたもオーケストラの一員になりませんか?”』
- Eggs
- プロフィール
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- チーナフィルハーモニックオーケストラ (ちーなふぃるはーもにっくおーけすとら)
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チーナのメンバーを中心に結成した『チーナフィルハーモニックオーケストラ』。昨年ミニアルバム『DOCCI』をリリースし渋谷DUOでのワンマンライブも大成功に終わったチーナが次に表現したのは15人でのオーケストラ編成、現在16名。5月1日に初ライブをワンマンライブという形で渋谷WWWにて実施しチケットはソールドアウト。メンバーはVocal&Piano:椎名杏子、Violin:柴由佳子、Guitar:リーダー、Contrabass:林絵里、Drums:HAPPY、Trumpet:壺坂恵、Tenor sax:Cross You(RIDDIMATES)、Alto sax:akirag(RIDDIMATES)、Violin:関口幸恵、Violin:宮崎隼人、Viola:角谷奈緒子、Cello&E.bass:Sohey(SOUR/高速スパム)、Harp:ほしやまかなこ、Percussion:小宮山純平(MAGICAL CHAIN CLUB BAND)、Steelpan:タカヒロ、Accordion:マメルダ。現在Eggs SUPPORT PROJECTにてクラウドファンディングを実施中。
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