謎多きSerphの知られざる過去 美しい音楽と、本当の闇の狭間の話

「すごい新人がいる」と話題を呼んでいたSerphに初のインタビューを試みたのは、今から6年前の2010年。出世作『vent』のリリースタイミングだった。当時「精神的な飢餓感を満たすために毎日曲を作っている」と語っていたSerphは、その後リスナーという存在を発見し、社会の抑圧から魂を解放するための音楽家へと変貌を遂げていった。これまで発表した楽曲の中から厳選され、2016年仕様に磨き直した11曲と、新曲2曲の計13曲を収録した初のベストアルバム『PLUS ULTRA』は、現時点での集大成であると同時に、ラテン語で「さらなる前進」を意味するタイトル通り、この先を見据えた作品でもある。

CINRAでは別名義のReliqやN-qiaも含め、これまで幾度となくSerphに対する取材を行ってきたが、今回テーマに掲げたのはずばり「Serphの過去」。取材時には毎回のように語ってくれる、音楽に対する絶対的な信頼が果たしてどうやって培われてきたのか、このタイミングでどうしても聞いておきたかったのだ。そして、「やはり」というべきか、Serphが歩んできた人生は、かなりヘヴィでディープなものであった。しかし、本当の暗闇を見つめてきた者だけが、本当の光を描くことができる。ぜひ、じっくりと読んでみてほしい。

幼稚園の頃から、周りが子供らしく遊んでる中で、自分だけそれが気に入らなくて、ひたすら百面相してるみたいな子でした(笑)。

―今日は改めてSerphのこれまでを振り返っていただこうと思うんですけど、まずデビュー時と今を比べて一番大きく変化したのはどんな部分だと思いますか?

Serph:デビュー前は引きこもりみたいな状態だったし、それまでの人生も、人に認められるとか、評価されることがあんまりなくて、すごく淀んでたと思うんです。でも、そういうネガティブな感じは相当なくなってきたなって。人に迷惑をかけることもあったけど、吐き出してきたことによって、どんどんプレーンな、素朴な状態になったと思います。

―一番最初の『vent』取材(ドリームポップ界の新たな旗手 Serphインタビュー)で、音楽は「自分っていうリスナーのために作ってる」という話をされていました。根本的な部分は変わってないかもしれないですけど、他者としてのリスナー、つまり「Serphのファン」という存在が現れたのは、すごく大きな出来事だったでしょうね。

Serph:そうですね。リスナーとの触れ合い……ライブもそうですし、お店を回ってみたり、ネットの反応を見たりして、自分もちゃんと人のためになってるというか、人を喜ばせたり、怒らせたり、「影響を与えてる」ってことは、つまり社会に参加できてるってことですよね。もともと人に認められることが少なかっただけに、そう思えたのはすごく大きかったです。

アルバム『vent』(2010年)収録曲

―そもそもはDJをやっていたお兄さんの影響で音楽に興味を持ったという話だったと思うのですが、ご両親はどんな方だったんですか?

Serph:父親は普通のサラリーマンだったんですけど、父方の家系には、映画監督だったり、ジャズピアニストだったり、落語家だったりがいて、結構厄介な遺伝子を持った家系だったみたいです(笑)。その人たちと濃い交流があったわけではないんですけど、話を聞いてると、どうやら性格的に共通点があるみたいで。

―どんな共通点ですか?

Serph:ちょっと怒りっぽいというか、エモーショナルになりやすいみたいです。でも、その一方では理性的というか、頭でっかちなんですよね。何かで表現しないと生きていけないくらいの、厄介な体質というか、業じゃないですけど……退屈に弱いというか、退屈に耐えられない一族なのかもしれないです。常に刺激を求めているっていう。

―Serphさん自身も小さい頃から退屈に耐えられなかった?

Serph:そうですね。幼稚園の頃から、周りが子供らしく遊んでる中で、自分だけそれが気に入らなくて、ひたすら百面相してるみたいな子でした(笑)。

その頃からの夢が映画監督で、ハリウッド映画をよく見てたので、日本の社会とはかけ離れた世界をスクリーンから吸収しちゃってたんですよね。なので、「この大人しい子供たちは一体何なんだろう?」と(笑)。

―「人と違うことをしなきゃ」みたいな感じだったわけですか?

Serph:というよりも、「元気づけなきゃ」とか「刺激を与えなきゃ」って感じですね。他の子が穏やかな世界にいるのがホントに理解できなかったんです。父は普段帰ってくるのが夜遅くて、週末しか家にいなかったので、今思うと映画の主人公が父親代わりで、そこから学んだことが大きかったんじゃないかと思いますね。

12歳まで箱の中に入れて、大人しく従う子を作るっていう社会に対して、ずっと怒りや恨みがあって、「これは絶対におかしい」って思ってました。

―ひたすら百面相してるような子ってことは、目立つ子供だったわけですか?

Serph:いや、僕は目の色が薄かったり、天然パーマだったりして、小学生の頃はいじめを受けてたんです。しかも、性的虐待に近いような、ギリギリの感じ。なので、その頃から反社会的な気持ちがすごく生まれてました。私立の学校だったんですけど、クラスの中のストレスが一定のレベルに達すると、リーダー格がそのストレスを何とかしようとして、生贄を捧げるというか……それで祭りが始まるわけです。

でもそれって、単にいじめっ子といじめられっ子の関係じゃなくて、教育システム自体の問題なんですよ。12歳まで箱の中に入れて、大人しく従う子を作るっていう社会に対して、ずっと怒りや恨みがあって、「これは絶対におかしい」って思ってました。

アルバム『Heartstrings』(2011年)収録曲

―アメリカとかだと自分を表現すれば褒められるけど、日本は周りに合わせると褒められる。そこはホントに構造的な問題ですよね。

Serph:まして、僕は小学校から大学までエスカレーターで、周りも金持ちの子が多かったわけです。そういう子供たちがこんな仕上がりになるのかって、金も憎むようになって……そのはけ口が音楽で、NINE INCH NAILSとかがすごく好きでした。パンク的な要素だったのか、不満のはけ口というか。

―いじめは小学校を卒業した後も続いたんですか?

Serph:中学になると笑える程度になって、高校でその後10年くらいの付き合いになったヒップホップ好きの友人に出会うんです。それでかなり救われましたね。1990年代後半、LIQUIDROOMが新宿にあって、まだクラブっていう場所がはぐれものの場所だったというか。それに90年代のクラブミュージックって、僕が好きな竹村延和を代表に、アートっぽくて、プログレッシブだったんですよね。

―その頃に自分の価値観が形成されていったと。

Serph:大きかったですね。人格が作られていく最中で、青春でした。まだ知る人ぞ知る頃のDJ BAKUが恵比寿のMILKでイベントをやってて、そのラウンジのDJをやらせてもらったりして、その周辺ともつながりができたり。当時のヒップホップグループ——降神とかMSCにもホントやられました(Apple Musicにてプレイリスト「Serphを形成した90年代の10曲」を配信中)。

今思い返して何よりつらかったのは、長期的な考えが全く持てなかったことですね。

―そんな楽しい青春時代だったのに、なぜ引きこもるようになってしまったんですか?

Serph:結局大学時代は遊んでばかりでボロボロになっちゃって……ろくに勉強もしなかったし、堅気の世界に積極的に参加しようとしなかったんです。なんとか卒業寸前までは漕ぎ着けたんですけど、就職活動になると、それまでちゃんとした生活を送ってきたか、そうじゃないかって、はっきり差が出るじゃないですか? まるで通用しなくて、心が折れちゃったんですよね。しかも、大学時代に遊びほうけた結果、周りの人が離れていってしまって、孤独になって、心を病んじゃったんです。

―さっきおっしゃっていた、高校時代からの友人も離れてしまった?

Serph:まあいろいろあって……縁を切ることになりました。その頃の人間関係は、すごく歪だったんです。それからだんだん独りになり、引きこもりがちになって、家族以外の人との接点がなくなっていきました。

今思い返して何よりつらかったのは、日雇いのバイトとかで小銭は稼いでたんですけど、その日暮らしで、長期的な考えが全く持てなかったことですね。そのとき救いになったのが、音楽だったんです。大学時代にDJをやってたときは、「センスいいね」ってチヤホヤされてたので、それが人生の中で唯一大事だと思える感覚でした。

―初期のSerphの作品の背景にあるのはエスケーピズムだという話を以前したかと思うのですが、まさにその頃は音楽が逃げ場だったわけですね。

Serph:その通りですね。そこでは自分が許されてるし、裁かれることもない。でも、それ以外のときは、「自分には社会的な価値がない、他人に対しても何の価値もない存在だ」って思い込んで、自分を抑圧してたんだと思います。

90年代のクラブシーンには、今でも複雑な思いが残ってますね。

―転機が訪れたのはいつだったのでしょうか?

Serph:今の嫁さんとの出会いです。そこからやっと独りじゃなくなった。二人でいると、トラブルにせよ、ネガティブなことにせよ、それが反映される生身の人間がそこにいるわけじゃないですか。さんざん迷惑をかけたんですけど、少しずつ強い絆を作ってきたって感じです。

―いつ、どのように出会ったんですか?

Serph:出会ったのは『vent』(2006年発売の出世作)を出してすぐくらいです。MySpaceで「歌わせてください」って連絡が来たので、彼女が歌ってる音源を送ってもらって。そのときはホント軽い気持ちで、「なかなかいい声じゃん。何かやれるかな」と思って、会って、一緒に音楽を作るようになりました。

―もしかして、それがN-qia?

Serph:そうなんです、夫婦ユニットなんです(笑)。彼女は地方出身で、ちゃんと社会人として働いてるんですけど、自分が大学生とかニートだった時期に周りにいたのって、東京もんばっかりで、みんなすっごいひねくれてたんですよ。

自分も含めてみんな、深いところで病んでたんでしょうね。懐疑心を全く持たずに、何でも素直に受け止めるのがいいことだとは思わないですけど、彼女と出会って、素直でいられる自分を再発見して、猜疑心みたいなものがどんどんほぐされました。

N-qiaは、SerphとボーカルNozomiによる音楽ユニット

―奥さんに救ってもらったわけですね。

Serph:そんな感じです。ただ、90年代のクラブシーンには、今でも複雑な思いが残ってますね。竹村延和は「日本には居場所がない」ってドイツに行っちゃったし、かと思えば、Zeebraは渋谷の観光大使になってるし(笑)。

当時の僕は社会的に見れば廃人だったわけですけど、それでも自分にできることとして残ったのがSerphだったんです。自分は何とかなったというか、人のためになることができて、報われたなって思うんですけど……当時の仲間たちがどうしてるのかなっていうのは、今も気になりますね。

一方的な要求ですけど、みんなに心が折れないでほしいんです。夢破れても、理不尽な目に遭っても、腐らずに、好きなものだけ追いかけていてほしい。

―暗闇を見てきたからこそ、今の眩い光のようなSerphの音楽があることがよくわかりました。そんなSerph初のベストアルバムをリリースすることになった経緯を教えてください。

Serph:“feather”(『vent』に収録)をリアレンジして出したいっていうのがすごく大きかったです。デビュー当時から聴き続けてくれてるリスナーがいる一方で、新しいファンも増えてきて、そういう人たちにちゃんと応えたいというか。『vent』の頃は結構荒削りなまま作品を出していたので、改めてちゃんとした形で出したいと思ったんです。

公募企画『Serph Music Video Contest』のグランプリ作品

―Serphとしてはデビューからの7年で5枚のフルアルバムを出していて、それ以外にもミニアルバムだったり、別名義でも作品を複数発表していたりと、すごいペースで作ってきた分、荒削りな部分もあったわけですね。

Serph:荒削りで、情熱のままに削り出したような作品もひとつの良さだったとは思うんです。ただ、Serphにはイージーリスニング的な、ヒーリング的な良さもあると思うので、今回はそこを意識して、なるべく広く届くような盤にしたかったんです。

―ちなみに、デビュー(2009年)以降で名義関係なく何曲くらい作ってるんですか?

Serph:バージョン違いも含めれば、2000曲くらいいってますね(笑)。

―すごい、年間で約300曲(笑)。ただ、今回に関しては過去の曲をコンパイルするだけじゃなくて、今の形にアップデートすることに意味があったと。

Serph:今に合わせてアップデートするっていうのは、ある種のマナーっていうか、礼儀的な部分です。ネットとかでリスナーの反応を見てみると、自分が先鋭的な要素をブチ込んだ曲よりも、何だかんだSerphならではのキャラクター性というか、変わらない良さを評価してもらえてる部分が大きいと思ったんですよね。だから流行とは関係なく、これからもずっと残る「らしさ」みたいなのはかなり意識しました。

―“feather”もあの印象的なメロディーラインはちゃんと残ってるし、その曲の一番いい部分により磨きをかけようと。

Serph:そうですね。「らしさ」により磨きをかけるみたいな感じでした。

Serph『PLUS ULTRA』ジャケット
Serph『PLUS ULTRA』ジャケット(Amazonで見る

―選曲はどのように行われたのでしょうか?

Serph:ファンの人の思い入れの強い曲を選んだって感じです。結構エゴサーチをするんで(笑)、そういう反応とかを見て、今回の曲たちが残ったって感じですね。

―今自分の音楽を聴いてくれてる人に対して、どんな想いがありますか?

Serph:最近は同世代の人に聴いてほしいなっていうのが結構強いです。若いときはCDをいっぱい買ってたけど、ある程度の歳になるとあんまりって人が多いとは思うんですね。でも、音楽好きは何年経っても音楽好きだから、そういう人たちのために音楽をやりたいなって。一方的な要求ですけど、みんなに心が折れないでほしいんです。夢破れても、理不尽な目に遭っても、腐らずに、好きなものだけ追いかけていてほしい。

―それはやはり自分自身が抑圧を通り抜けてきたからこそ、そう思うわけですか?

Serph:そうですね。愛情を持てる対象がひとつでもあれば、その時点で人は救われてると思うんです。それがなくなって、何かに順応したり、服従すると、本物の闇が形になってしまう。

愛情の反対は「無関心」で、何にも関心を持てなくなっちゃうと、何となく働いて、何となくテレビを見るような人生になってしまうから、そうじゃなくて、情熱的でいてほしいんですよね。

―かつてのSerphは現実から目をそらすための音楽だったのが、今は現実と対峙するための音楽になっている?

Serph:対峙っていうとぶつかる感じですけど、長いスパンで見て、もっと日常に息づいてる感じであってほしいですね。音楽を通じて、「好きだ」って気持ちとか、キラキラした気持ちみたいなものが保たれれば、それがリスナーそれぞれの中で何かを生み出していくんじゃないかなって。

『PLUS ULTRA』特設サイトには草野マサムネ(スピッツ)や細美武士(the HIATUS)などからのコメントが掲載されている
『PLUS ULTRA』特設サイトには草野マサムネ(スピッツ)や細美武士(the HIATUS)などからのコメントが掲載されている

―具体的な今後の活動に関しては、何か展望をお持ちですか?

Serph:「家族を幸せにしたい」とかってことだけを考えちゃうと、つまらないのかなって思いますけど、今はそれがメインかなあ。20代のぶっ飛び感みたいなのからは遠のいてますね(笑)。あとはSerph好きのコミュニティーっていうか、ファンの期待を裏切りたくはないので……小さな話ですけど、その輪を大切にしていきたいってことですね。守りに入ってる時期なのかもしれない(笑)。

―最近はクラウドファンディングをやられたり、ファンとのコミュニケーションの機会が増えてるからこそ、そういう思いが強まってるんでしょうね。でも、その「コミュニティー」って今の時代のキーワードで、ネット時代は小さな社会でも経済が成り立つから、そこを基盤に活動するっていうのは、すごく現実的な話でもあると思います。

Serph:60年代にヒッピーが夢見たコミューンは、物理的なコミューンだったけど、今はネットワークが世界中に広がっているから、そこでアイデア上のコミューンってものができれば、確かに経済にもつながりますよね。コミューンごとにめちゃめちゃ有能な弁護士がいて、自治体としての権力を獲得して、小さい国家がめちゃめちゃある惑星になっていくっていう……面白いなあ(笑)。

―音楽は誰に言われなくても作り続けるでしょうし、これからはコミュニケーションをどうデザインしていくかが大事で、そのためには現場も必要だと思うから、またいずれライブも期待したいと思います。最後に、せっかくの機会なので、リスナーに向けて何か一言いただけますか?

Serph:それはもう、「いつもありがとうございます」っていう、それだけですよ(笑)。

リリース情報
Serph
『PLUS ULTRA』(CD)

2016年7月15日(金)発売
価格:2,376円(税込)
NBL-218

1. airplane
2. circus (barnstorm version)
3. feather (overdrive version)
4. shift (aquatic version)
5. monsoon (unknown season version)
6. a whim (solid jam version)
7. missing (finally found version)
8. pen on stapler (cinematic version)
9. soul for toys (pilgrim version)
10. vitt (toytronic version)
11. luck (darjeeling version)
12. memories
13. lumina (holiday version)

プロフィール
Serph
Serph (さーふ)

東京在住の男性によるソロ・プロジェクト。2009年7月にピアノと作曲を始めてわずか3年で完成させたアルバム『accidental tourist』を発表。以降、4枚のフルアルバムと数枚のミニアルバムをリリースしている。2014年1月には、自身初となるライブ・パフォーマンスを単独公演にて開催し、満員御礼のリキッドルームで見事に成功させた。2016年7月に自身の代表曲をアップデートさせたベスト盤『PLUS ULTRA』をリリース予定。より先鋭的でダンスミュージックに特化した別プロジェクトReliqや、ボーカリストNozomiとのユニットN-qiaのトラックメーカーとしても活動している。



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