「発泡スチロールで茶室を作る」「全員が1位になれるスポーツ競技を発明する」「家族写真で役を作る麻雀を開発する」。日常から発想した脱力系の作品で知られるアーティスト、開発好明の展覧会が、千葉県の市原湖畔美術館で開催されている。美術館のショッピングモール化を目指したという同展覧会には、過去作、新作がなんと50点近く登場。さらに会期中、開発はほぼ毎日会場に滞在し、ワークショップも50以上開催する力の入れようで、かつてない質と量で開発の作品世界が展開している。
そのなかで特に注目したいのが展覧会の音声ガイドである。おそらく史上はじめて、日本語ラップによるガイドが収録されたのだ。起用されたのはYOUNG HASTLE。自分の趣味である「筋トレ」や、日頃愛用している「VネックTシャツ」をテーマにラップを歌う異色のラッパーが、本展のためだけにリリックを書き起こし、展示作品の解説を来場者に伝授する。このユニークな試みが実現した背景にはいったいどんな経緯があったのだろう? 開発とYOUNG HASTLEによる対談をお届けする。
「ラップが展覧会の音声ガイドだったら面白いんじゃないか?」と。(開発)
―最近は展覧会の音声ガイドも多彩になっていて、芸能人や人気声優が担当しているものもありますが、日本語ラップのガイドはおそらく人類史上初では?
開発:個展をするにあたって、やっぱり日本初、世界初のことをしたいよな~と思ったんです。それで、どんな展覧会ガイドなら美術ファンや、さらには普段美術館に来ない人も驚かせるだろう……と考えた結果、YOUNG HASTLEさんに依頼することに。
左から:市原湖畔美術館前の庭に座る開発好明、YOUNG HASTLE / 後ろに見えるのは、本展のための新作『洗濯船』
―YOUNG HASTLEさんというと、「VネックTシャツ」や「日焼け」を曲の主題にしてラップする独自のセンスが特徴ですよね。開発さんは、もともとファンだったんですか?
開発:僕はヒップホップに全然詳しくないんですけど、「ラップが音声ガイドだったら面白いんじゃないか?」というインスピレーションがまず閃いて、デザイナーの友人と飲んでいるときに相談したんですよ。「今、ラッパーを探してるんだ」って。
―ふむふむ。
開発:そうしたら友人が「義理の弟がラッパーなんだよね」と。それがYOUNG HASTLEさんだったんです(笑)。それで紹介してもらって、そこからはトントン拍子に話が進みました。
今回の音声ガイドは、カセットテープに収録して、会場と美術館のオンラインショップにて販売しているんですが(ダウンロードデータも同封)、そのジャケットのデザインをYOUNG HASTLEさんの義理のお兄さんであるデザイナーの北風総貴さんにお願いしたので、ものすごく身近な人たちの助けでできた展覧会なんですよ。
『開発好明:中2病』展覧会音声ガイド。イラストは開発が、デザインをYOUNG HASTLEの義兄であるデザイナーが手がけている
―先ほど試聴しながら会場を回ったんですけど、失礼ながら想像以上にちゃんとしていました。歌詞を書き下ろしたのもYOUNG HASTLEさんですか?
YOUNG HASTLE(以下、YH):そうです。開発さんから作品解説を一覧でもらって、キーワード的なものを蛍光マーカーでチェックしながら、うまく組み替えて書いたっすね。
―開発さんからオファーが来たときは驚きましたか?
YH:全然っす。もともと、友だちが社長をやっている会社のために曲を作ったりしていたから慣れていたし、違和感なかったです。お金ももらえるし(笑)。ジャクソン・ポロック(アメリカを代表する抽象画家)のドリッピング(絵具を滴らせて即興的に描く絵画技法)とか、専門的なワードはググって調べました。
開発:曲が上がってきたときはウキウキしましたね。自分の展示をラップに合わせて擬似体験・追体験する感じが新しいなって。音声ガイドって、わりと年配の人が使うことが多いじゃないですか。おじいちゃんやおばさんたちが、ヘッドホンをつけて、タテ乗りしながら会場を歩いている様子がね、いいんですよ。
YH:ビートが激しすぎると作品を観る歩調に合わないかなと思ったので、ゆっくり目のBPMで、優しい曲調っていうのは意識しましたね。
ぶっ飛んだ空間になっているんだろうなとは予想していました。(YOUNG HASTLE)
―実物の展示を見たのは今日がはじめてとのことですが、第一印象はいかがですか?
YH:音声ガイドを作るために写真と解説はもらっていたので、積み重ねたタンスが入り口になっていて、ボルダリングで登らないといけない(登らずに進める秘密の入り口もある)……とかもわかっていて、ぶっ飛んだ空間になっているんだろうなとは予想していました。でも、意外に繊細な作品も多いですね。
『受験の壁』2016年 再制作 / 展覧会の入口がタンスでできたボルダリングの壁になっている
開発:あ、ほんとに?
YH:ホコリを水で溶かして描いたドローイング(『ホコリドローイング』 / 2001年)や、ドイツで描いた『非対称生物(2004年~)』とかも細かいじゃないですか。開発さんは、変わったアイデアをセンスでかたちにしたコンセプチュアルな作品を作る人って印象を持っていたから、意外なバランス感が面白かったです。あと、量にも圧倒されました。最初のフロアの床に敷き詰められた付箋ドローイングもすごい。毎日描いてるんでしょう?
開発:2万6000枚あるやつね。あれは毎日続けているシリーズで、だいたい1日100枚くらい描いています。自分っぽいスタイルにならないように全部バラバラに描き分けることにしていて、似通ってきたり、飽きたらその日はやめる。
YH:へえ!
いくらでもかっこつけられるけど、それがバレて嘘がめくれた瞬間が超ダサイ。(YOUNG HASTLE)
開発:僕は自分がスペシャルな存在だとは思っていないから、日常のなかで作品を作っていきたいし、普通に存在する多様なものに目を向けたいんですよね。YOUNG HASTLEさんも、筋肉や日焼け、VネックTシャツとか、すごく個人的なテーマで曲を作っているでしょう? それははじめて会ったときから強く共感できるところで。“バイトしない”って曲も、ヒップホップ以外の仕事で稼ぎたくないって内容で、アーティストの気持ちそのものだから、聴かなくてもわかる(笑)。
YH:自分は、実生活に基づいた等身大の作品しか書かないんですよね。あえて盛らないというか。嘘ついてもすぐバレちゃうんですよ。作品としていくらでもかっこつけられるけど、それがバレて嘘がめくれた瞬間が超ダサイじゃないですか。だったら、素で等身大の自分をみんなにわかってもらいたいっていうか。ま、等身大の自分もイケてると思っているんで(笑)。
開発:僕は等身大の自分がイケてないと思ってるんだよね(苦笑)。YOUNG HASTLEさんは、身体もすっごい鍛えているでしょ。僕は「鍛えない派」なんです。むしろ鍛えずに何ができるんだ? ってところで勝負している節がある。
YH:え、鍛えたほうがいいっすよ。気持ちもポジティブになるし。実際のところ、身体が仕上がってると本当にモテるんですよ。クラブとかで女の子からの視線が全然違う。
開発:「見られる身体」か。すると僕の身体は……笑いに走るしかないね(笑)。ただ、アートって、嘘をつくこともまた面白みの一つだったりするからさ。僕が作品を作るモチベーションって、美術の王道に対するカウンターなんですよ。壮大なスペクタクルとか、意識の高いメッセージを発するのがアートの主流だとすれば、僕は日常的な、自分にできることを地道にこつこつやっていくことに希望を見出している。自分自身が持っている劣等感を転換する振る舞い方を探しているんですよね。
「中2」ってちょうど何かが始まる時期なんですよね。(開発)
―たしかに価値の転換は開発さんの作品に頻繁に現れる要素ですね。今回の展覧会タイトルにもなっている「中2病」というテーマでも話を伺いたいと思います。YOUNG HASTLEさんは10代でヒップホップに目覚めたそうですが、はじめて自分で買ったCDは?
YH:小学生のときにアニメの『スラムダンク』のエンディングテーマだった、WANDSの『世界が終わるまでは』ですね。
開発:あー、『スラムダンク』はみんな好きだよなあ。僕も自分の部屋を再現した新作に単行本を使っています。あとは『HUNTER×HUNTER』とか……。
『アポロウォーズ・スーパーマン的 アトムサンダーバードバイオニクス2号』2016年 / 本展の象徴とも言える作品。好きなものに囲まれ、ベッドの中で何でもできる中2男子少年の夢想を表現(実際は、作品に座ることはできません)
YH:めっちゃ『少年ジャンプ』ですね。
開発:やっぱり中2病と言えば『ジャンプ』でしょう。ヒップホップではじめて聴いたのはなんだったの?
YH:キングギドラっす。
開発:日本人?
YH:日本人の、もう超レジェンドがいるんですよ。K DUB SHINEがリーダーで、ZeebraやDJ OASISが参加していた。
開発:僕が初めて買ったのは、西田敏行の『もしもピアノが弾けたなら』と、The Bugglesの『ラジオ・スターの悲劇』。たしか15歳だったな。キングギドラとは何がきっかけで出会ったの?
YH:中3でスケボーにハマって、スケボー雑誌の『Ollie』を読むようになって、その音楽コーナーにキングギドラが載ってたんです。それがきっかけで、日本語ラップのシーンにハマりました。ちょうどエアマックスとかハイテクスニーカーが流行していた世代だから、ストリート系の文脈からもヒップホップに接続しやすかったんでしょうね。
開発:「中2」ってちょうど何かが始まる時期なんだよね。僕は中2までは漠然とコックになりたいと思っていたんですよ。でもある日、料理よりも美術がかっこいいというスパークが起きて、それで進路相談の場で先生に「東京藝術大学に進みたい!」と相談したら「お前は偉い!」と褒められた。
―意外な展開ですね。美術で生きるって大変じゃないですか。
開発:「世の中の多くの中学生が高校受験で頭を悩ましているのに、お前はさらに先の大学のことを考えている。それが偉い」って(笑)。子どもの頃からちょっと絵を描けば褒められていて、自分にできそうなことを考えたら、それがたまたまアーティストだった、ということなんですけどね。
『千人針 太陽と月』2016年 / 得意の手芸をモチーフにした作品も多数。来場者が一針刺すことで一つの作品が完成する
―開発さんは中2でアーティストになろうと思ったそうですが、YOUNG HASTLEさんも、今の仕事につながっているものとは、だいたい中学生で出会っているんですね。
YH:そうですね。ただ俺の場合は、普通に大学行って、普通に就職しようと思ってたんですよ。ヒップホップが好きだから、入るならナイキとか音楽系の会社がいいな、と考えていたんですけど、それらの根本が全部ヒップホップなんで、本当はヒップホップがやりたいんだなと気付いて。だったら自分がやりたいことを目指してみようと思って、ラップをやろうって決意したんですよね。作文とかも苦手だったし、超不安でしたけど。
開発:実際に踏み出してみてどうだった?
YH:最初は厳しかったっすね。仲間と一緒にクラブ借りてイベントやったりしてたんですけど、全然有名になれない。やっぱり一目置かれるためには、個人名義のアルバムを出して、全国流通しないといけないってことで、26歳くらいのときにアルバム出したんですよ。その中の1曲が、最初に話していた“V-Neck T”っていうVネックTシャツについて歌った曲で、それがウケたのが転機ですね。俺が知らない人が、俺のことを知ってくれるようになった。
自分の人生をすべてアートにすることには時間も労力も惜しまない人生を送ってきたと思います。(開発)
開発:変わろうと思って変われたっていうのが羨ましいなあ。僕はいまだに変われてない気がしているもの(笑)。美大生の頃にPARCOが主催した『日本オブジェ展』という公募で準大賞を獲ったのは転機だったけれど。
―『日本グラフィック展』の後に始まった公募展ですね。『日グラ』時代には、日比野克彦さんなどスター性のあるアーティストもたくさん登場しています。
開発:そうそう。美大を卒業しても、10年後に美術を続けている人の割合が3%を切っている世界ですから、不安で不安で。その受賞で踏ん切りをつけられたって感じはありますね。
―YOUNG HASTLEさんがアルバム出したときみたいに、開発さんもチヤホヤされたりしました?
開発:まったく。僕が受賞する前の年までは、みんなばーっと世の中に出ていったのに、僕のときは日経の就職雑誌の表紙になったくらいで……。その後、『岡本太郎賞』っていう公募展も獲ったんですよ。美術家の山口晃(大和絵の様式にのっとり、近未来的な要素などが混在した風景画などを手がけるアーティスト)と同時受賞で、「今度こそは!」と思ったら、山口くんだけがサッカーワールドカップのポスターを描いたり、NHK教育の『日曜美術館』に出演したりしていた(笑)。
―でも、その後ニューヨークやベルリンに渡っていますよね?
開発:ニューヨークには2年半いましたけど、全然ぱっとしませんでした。でもベルリンではあっという間に展覧会が決まって、1年間休みなく展覧会の予定で埋まってしまったんです。僕の作品にはリサイクルの要素や、グリッド状の造形が多いんだけど、それがドイツ人の気質に合ったんでしょうね。アメリカ型の大量生産・大量消費の社会とは相性がよくなかった。 それで気づいたのは、視点を変えることの重要さと、あきらめないこと。アートって、作品が素晴らしいから認められるとは限らなくて、場や文化との相性が大きい。僕の場合はドイツだったけれど、人によってはインドかもしれないし、南米かもしれないから。
『大抽選会』2016年 / 抽選に当たると、後ろのギターや自転車などの景品が当たるかも?(先着順)
YH:その感じ、すごくわかります。ヒップホップも続けるのが一番難しくて、俺が20歳くらいのときは今の10倍くらい同世代のヤツらがいたんですよ。でもみんなどこかで辞めちゃって、本当に音楽が好きな連中だけが残っている。俺にしても、毎日ヴァース(サビに入るまでのラップ部分)を欠かさずに書くのを習慣にしたり、他のことを犠牲にして全部音楽に捧げたり、そこまでやってはじめて道が拓いたって感じがある。
―“V-Neck T”や“Workout”といった、身の回りのことをネタにした曲も、意識的に選んだと別のインタビューで言ってらっしゃいましたね。
YH:1stアルバムでは“100% Positive”や“It's Up To Me”みたいな、気持ちを鼓舞するようなメッセージを主体にした真面目な曲も書いてはいるんですよ。でも、やっぱりみんなが聴きたいのは他とはちょっと違う切り口のものなんですよね。そういう意味では戦略的に曲作りをしています。
開発:僕は「鍛えない派」ではあるけれど、よく考えてみれば、自分の人生をすべてアートにすることには時間も労力も惜しまない人生を送ってきたと思います。20代から続けている『顔写真』や、一時期打ち込んでいた『ラインドローイング』……ノートの行間に線を描いていく作品で、あまりにも苦しくてやめちゃったけど(笑)。
それは1日の全部をアートにしたいから始めたことで、多分それが僕の修練なんですよね。身体は鍛えないけれど、頭は常にアイドリングの状態にするというか。バレエダンサーは3日休むと2週間かけないと身体が元に戻らないそうですけど、アートも一緒。頭をアイドリングさせ続けないと、瞬発力が失われて、本当に生み出したいときに作品を作れなくなってしまう。
『顔写真』1994年~(写真:谷岡康則) / 会場では、約10年分の顔写真がコマ撮り状にプロジェクションされている
YH:やっぱり、どの世界も同じなんすね。
開発:そうだね。だから「開発と付き合うと作品にされちゃうから、付き合いたくない」って女の子に言われちゃう(笑)。現に、30歳の頃に歴代の彼女に会いに行って、インタビューするっていう作品を作っておもいっきり嫌がられました。
YH:へえ~、おもしろそう。
開発:その作品は永久にお蔵入りですけどね(笑)。
『都会生活者のためのオアシス』2016年 再制作 / フェイクファーで作られた「都会生活者の孤独を癒す」作品
YH:俺も長年彼女いないんですよ。いや、モテるんですけどね? 彼女がいると本業が疎かになってしまうから、今は必要ないな、と。
開発:うわあ……やっぱりストイックだ!
- イベント情報
-
- 開発好明
『中2病展』 -
2016年7月16日(土)~9月19日(月・祝)
会場:千葉県 市原湖畔美術館
時間:10:00~17:00(土、日曜、祝日は延長あり、入場は閉館の30分前まで)
休館日:月曜(祝日の場合は翌平日)
料金:一般600円 大高生・65歳以上500円 会期中有効フリーパス1,000円
※ 中学生以下、障害者手帳をお持ちの方とその付添者1名は無料
- 開発好明
- オンラインショップ情報
-
- 市原湖畔美術館オンラインショップ
-
市原湖畔美術館のオリジナルグッズや図録を扱っています。『中2病』展にあわせてYOUNG HASTLEが制作した「音声ガイド」のRAPカセットも販売しています。
- プロフィール
-
- 開発好明 (かいはつ よしあき)
-
1966年山梨生まれ。多摩美術大学大学院美術研究科修士課程修了。観客参加型の美術作品を中心に、2002年にPS1 MOMA『Dia del Mar/ By the Sea』、2004年にヴェネチア・ビエンナーレ第9回国際建築展日本館『おたく:人格=空間=都市』、2006年、2015年に『越後妻有アートトリエンナーレ 大地の芸術祭』に出品。2011年8月から1か月間被災地30か所を巡り東日本大震災のためにアートによる心の繋がりを運ぶ、『デイリリーアートサーカス 2011』を主催。2016年7月16日より市原湖畔美術館で『中2病』展を開催。
- YOUNG HASTLE (やんぐ はっする)
-
ヒップホップMC。2010年6月、1stアルバム『THIS IS MY HUSTLE』を発表。収録曲の“V-NECK T”が注目を浴びる。その後、肉体美を誇るPVが注目を集めた“Workout(remix)Feat. 般若& Shingo西成”も話題を集めた。2015年11月、『DJ TY-KOH & YOUNG HASTLE / TYH THE MIXTAPE』をリリース。
- フィードバック 0
-
新たな発見や感動を得ることはできましたか?
-